謎の移動屋敷
魔王レガルタが勇者アイオリスによって封印されて、数十年がたって、レイテイリア大陸のあるクラミエ王国のテリミ村近くにある林の切り株に一人の銀髪にきれいな細工が施された髪飾りをしている十八前後の女性が坐って、魔法の杖を地面に突き刺して、この辺りの地図を広げていた。
「今までに集めた話によると、この辺りにレガルタが封印されている洞窟があるって」
彼女はそう言って、暫く黙って廻りを見廻して呟く。
「そうだよね、姉さんの言うとかもしれないね」
それは、まるで独り言であった。
彼女は顔を上げて、左右色違いの瞳でもう一度見回した。
彼女の名前は、ミラ・ジュン・グラクス、魔導師である。彼女は暇ができるとどうゆうわけか、魔王レガルタが封印されている洞窟を探している。
「ふう、探さないと大変なことになるからね」
彼女は立ち上がり、背伸びをして呟いた。
「此処じゃないかも」
そうしてさらに周りを見つめていると、彼女に向けて、走ってくる一人の茶髪の若者が現れる。
「おい、ミラ、ミラ・ジュンじゃあないか」
「ダレス先輩、どうしたのですか」
ミラ・ジュンはその人物の顔を見て、頬を少し紅くする。彼は彼女が通っていた魔導学園の先輩で名前は、ダレス・エルガス、ミラ・ジュンの憧れであった。
「君は、相変わらずに、魔王レガルタが封印されている洞窟探しかい」
「はい、そうですよ」
ミラ・ジュンは、微笑みながらダレスの問に答える。
「でも、どうして、勇者アイオリス様となにも関係がないと言っていた君が、そんなことをするのだ」
ダレスはそう言って、彼女の見て、あることに気がついた様に言った。
「そういえば、たしか話に聞いている勇者アイオリス様も君と同じ、銀髪にオッドアイだったな」
「先輩、まさか、ボクがアイオリス様の子供だって言いたいのですか」
話によると、勇者アイオリスは銀髪にオッドアイであると伝えられている。
「だって、そうだろ、そんなにそっくりなのに、それにたしか、アイオリス様の苗字は君と同じ、グラクスだっただろ」
そのことを聞いたミラ・ジュンは彼の顔を見て、笑い出した。
「先輩、何度も言っていますけど、ボクの父は、魔法医ですよ。勇者とは程遠い職業ですよ」
彼女が言った魔法医とは、魔法治療と内科外科治療が出来る医者である。
「だが」
ダレスはなおも彼女に詰め寄ろうとした。
「先輩、それに、ボクの父は銀髪じゃあないし、瞳の色は違います。それに父は婿養子ですから」
そのことを訊いたダレスはしぶしぶだが、諦めた顔になる。
「ところで、先輩、どうしたのですか」
その時、ダレスの瞳が何故か怪しく光った。
「俺は、見つけてしまったのだ。あの邪悪な魔導師ガルガスが造り出したあの邪悪な移動屋敷を」
その言葉を訊いたミラ・ジュンは顔色を変える。その魔導師ガルガスとは約百数十年前の天才魔導師と呼ばれていた人物であったが、人格は最低で邪悪そのものであった。そして、己の欲望を満たす為に禁断の実験をする為に造り出したのが、ダレスが見つけたのが移動屋敷である。その屋敷はガルガスが姿を消した以降は、姿を眩まして時々姿を見せるが誰も捉えることができてはいないのである。
「先輩、それは本当ですか」
「冗談だったら、どれほどいいか」
ダダレスは苦い顔をしてみせた。
「先輩、早くその場所にいきましょう、又、移動してしまうかも」
ミラ・ジュンは慌てて、地面に突き刺していた自分の魔法の杖を手にした。
「それもそうだな」
ミラ・ジュンは、ダレスの案内でその場へ急ぐ。
「あれですね」
「あぁ」
ダレスはある屋敷を、彼女に示した。そこには、何故か数人の男性とモンスターがその屋敷を取り囲んでいた。
「しまった。慌てていたので、結界を張るのを忘れていた」
「先輩、そのことはいいですから、急いであの人達を排除しましょう、それにまた移動すると面倒なことになりますから」
ミラ・ジュンはダレスの失敗を気にすること無く、その男達に立ち向かって行ったが、何故か、ダレスは黙って、その場所から動かずにその様子を見つめる。
彼女は次々と、移動屋敷の前にいる男達とモンスターを倒していると、ダレスがミラ・ジュンの後ろに、急に音も無く近づいて来た。
「先輩、どうしたのですか」
ダレスはミラ・ジュンが、気がついて振り返る彼女の頭を掴む。
《ミラ、危ない》
ミラ・ジュンの頭に声が響いた。
「ミラよ。喜びたまえこれからは、君の身体は君一人のモノだよ」
その時、ミラ・ジュンは今更ながらダレスの様子がおかしいと気がつく。
「先輩、なにをするのですか」
ミラ・ジュンは思わずダレスの手を払い除けだ。
「ふ、ふ、ミラよ。その身体をおのれ一人のモノにしたくはないか」
「あなたは、誰なの」
彼女は、不気味に笑っているダレスを怯えて見つめる。
「なにを言っているのだ。俺はダレス・エルガスだよ」
「ウソだ。先輩は、ボクのことをミラとは呼ばないよ」
ミラ・ジュンはダレスから慌てて離れた。
「ワシのことに気がつくとは、もう一つの魂のおかげかな」
ダレスはそう言いながら、先程とは違う邪悪な笑みを浮かべ、不気味な呪文を唱え始める。
「その呪文は、なになの」
彼女は、初めて聞くその呪文に驚いたが、その呪文が持っているチカラに気がついて、そこから逃げ出した。
「気がついたか、さすが、光りの聖魔導師だな、だが、これで、君は本物の光りの聖魔導師になれるよ」
ダレスは逃げ出したミラ・ジュンに手に溜めた魔力の光りを、彼女目掛けて投げつけた。
「先輩、どうして‥‥‥」
「ミラよ。これでお前は、ワシの仲間となる」
倒れたミラ・ジュンの姿を見ているダレスの口調は、先程とは違う不気味な声となる。
「よし、移動するぞ」
ダレスが叫ぶと、何処からもなく、ミラ・ジュンの攻撃から逃げ出していた男達とモンスターが戻って来て、倒れているミラ・ジュンを見つけて言った。
「閣下、大丈夫ですか、で、この者はどうしますか?」
「このままにしておく、目覚めれば、やがて、ワシの仲間となる」
ダレスが笑っていると、男達顔を見合わせる。
「そういうことは、オレタチの妹分となるのか」
ダレスはその様子を笑って冷ややかに見つめた。
(バカモノ、お前達はワシラのコマとなるのだ)
「早く、屋敷へ入れ、移動するぞ」
男達は、ダレスの声に従って、屋敷の中へ入って行った。暫くすると屋敷が地中へ潜り始めて姿を消す。
『アイオリス、我は必ず此処から出てやる。その後、お前を‥‥』
何処からもなく、声が、響いた。