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少女と青の聖女  作者: 連星れん
03

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大陸暦1971年――少ない朝食


 夕食のあとも、どことなく表情が沈んでいたライナに、私は約束通り本を読んでやった。

 ライナはそれを最初は大人しく聞いていたけれど、読んでやっているうちにいつもの笑顔を取り戻した。その笑顔のおかげで、指輪のことで後ろめたい気持ちになっていた私の気分も少しは晴れた。

 そしてその夜は、ライナが気が済むまで本を読んでやってから、就寝した。

 朝起きたら、父さんは帰っていなかった。

 私はいつも通り朝食の支度をして、食卓にそれを並べる。


「ご飯だぞ」


 近くの床に座って絵本を読んでいたライナが、立ち上がって食卓についた。

 それから目の前の朝食を見て、向かいに座った私を見る。

 ライナが言いたいことがわかった私は、思わず苦笑いを浮かべた。


「パン。小さくてごめんな」


 ライナのお皿には、いつもより小さく切られたパンが乗っていた。

 昨日、父さんにお金を取られてしまったせいだ。父さんに渡したあの袋には、昨日の日当だけでなく、これまで多くもらったお金も入れていた。そのお金がある程度、溜まったら、ライナのためになにか買ってやろうと思って。

 普段ならあの袋は部屋に隠しているのだけれど、昨日の時点でそろそろお金が溜まっていたのもあり、今日の買物でライナにお肉でもお菓子でも買ってやろうとつい、その日の日当を入れて持ってしまっていたのだ。こういうときに限って、とはまさに昨日のことを言うのだろう。……本当に、ついていない。

 そういうわけでお金を全部、渡してしまったので今日は買物ができない。

 それなら今日の仕事終わりに日当を貰ってから買物に行くという手もあるのだけれど、それだと商店街は仕事場から真反対にあるのもあって帰りが遅くなってしまう。そうなるとライナを家の外で長く待たせてしまうことにもなるし、ライナを連れて行くにしても日が落ちて子供が二人出歩くのは安全上、あまりよろしくない。

 だからライナには申し訳ないけれど、今日はいつもよりパンを小さくさせてもらった。これならライナのだけでも夜と明日の朝の分はある。


「ううん。そうじゃなくて、おねえちゃんのパンは?」


 私の前にはスープのうつわしか置かれていない。


「お姉ちゃんは今日、あまりお腹が空いていないから」


 パンが少ないからなんてことは言えないので、私は嘘をついた。

 ライナは微笑んでいる私の顔をじっと見たあと、パンが乗ったお皿をこちらに押してきた。


「ライナもすいてないからいい」

「嘘を言うな。さっきだってお腹なってたじゃないか」


 朝食の支度をしているとき、絵本を読んでいるライナのお腹が小さく鳴ったのを、それなりに耳がいい私は聞き逃さなかった。


「あれは」ライナは口籠もりながらも言った。「おなかのむしがかってにないただけだもん」


 その可愛い言い訳に、ちょっと笑いそうになったけれど、私は我慢する。


「その虫はお腹が空いてるから鳴くんだよ。だから食べろ」

「いらない」

「変な意地はるなって」

「はってない」

「子供は食べないと大きくなれないぞ」

「おおきくならなくていい」

「ライナ」


 強情な妹につい(たしな)めるような口調になってしまう。

 ライナは私に叱られると――滅多に叱ることはないけれど――いつも身を縮めて泣きそうな顔になる。そして素直に謝るのだけれど、今日は違った。

 今日のライナはたじろぐことなく、真っ直ぐに私を見据えている。


「おねえちゃんといっしょにたべる」


 そして強い意志がこもった口調で、そう言った。

 その目は、全てを理解していた。

 父さんにお金を取られたせいで今日パンが買えないことも、残ったパンが少ないことも――。

 私は隠すのを諦めて、正直に言った。


「今日、パンが買えないんだ」


 うん、とライナがうなずく。


「だから残ってるのが、このパンを入れて小さいのが三つだけなんだ」


 それを聞いてライナは考えるように小首を傾げたあと、言った。


「それならよるにいっしょにたべよ。それでね。あしたははんぶんこするの」

「それで、いいのか」

「うん。ライナ、おねえちゃんといっしょにたべたいもん」

「――そうか。わかった。それじゃあ、夜に一緒に食べよう」


 そう言うと、ライナは「うん」と笑顔でうなずいた。

 それから手を組んだので、私も目の前に手を組む。


「母なる緑の大地の恵みと」

「ははなる、みどりの、だいちのめぐみと」

 ライナがあとに続いてくる。

「父なる青き海原の恵みに感謝を」

「ちちなる、あおき、うなばらの、めぐみにかんしゃを」


 その幼い声を聞きながら、私はやるせない気持ちになっていた。

 こんな子供に、貧しい現実を見させてしまって――私に気を遣わせてしまって。

 ……でも、それ以上に、ライナの優しさが、泣きそうなぐらいに嬉しかった。



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