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少女と青の聖女  作者: 連星れん
エピローグ

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大陸暦1972年――季節はめぐり


 修道院の通路に、強い風が吹き抜けた。

 その風を全身に浴びて、体が震える。

 最近は随分と空気が冷たくなってきた。

 涼しくて過ごしやすかった秋期がそろそろ、終わろうとしている。

 もうすぐ、冬がやってくる。

 ……そう。あの子を失った冬が――。







 エピローグ







「これからマーレの部屋に行くんだけど、アルバも来ない?」


 修道院の通路を一人歩いていると、上の見習い二人に声をかけられた。

 午後の自由時間、図書館に本を返した帰りでのことだ。

 それになんて答えるべきか困っていると、それを察したように左の子――ヤナが言った。


「あ、もしかして先に誘われてた?」


 私は苦笑して「うん」とうなずく。

 彼女の言う通り、自由時間の始めにマーレにも同じことを言われていた。それを知らないということはおそらく二人はなにかしらの用事があり、今から遅れて友人と合流をするのだろう。


「それで断ったんだ。ごめん」


 それを聞いて右の子――アリンが残念そうに眉を下げた。彼女はここの修道院の中では珍しく大人しめの子で、あまり自己主張が強くない。だけどその態度でわかるように、私に興味を持ってくれてはいるようだ。

 ヤナはそんな友人を見て苦笑すると「こちらこそ」と返してきた。


「見かけたから誘ってみようかなと思ったんだけど、マーレも同じことを考えたみたいだね」

「うん。ごめんね。最近、全然付き合えなくて。また懲りずに誘って」

「もちろん。それじゃあ、またねアルバ」


 ヤナは手を振り、アリンは頭を下げて、来た道を戻って行く。


「残念だったねアリン」

「え……! 私は別に……」


 恥ずかしげにしているアリンを見て、ヤナが楽しそうに笑う。

 それを苦笑しながら見送っていると、その二人と入れ違う形でリリーがこちらへと歩いてきた。


「人気者ですね」


 彼女はそばまでやってくると言った。


「この顔がな」


 自虐を込めて、私は肩をすくめてみせる。

 リリーは小さく苦笑すると、歩き出した私に肩を並べた。


「顔だけでなく内面も好かれていますよ」

「そうかな」


 優しいとかはよく言われるけど……でもやっぱり顔を褒められることのほうが多い気がする。だから結局のところみんな内面なんて二の次で、この顔が好きなだけなんじゃないだろうかと思ってしまう。それが嫌だとか悪いことだとは言わないけれど、でもどうしてもあいつに似ている顔が褒められるのは複雑な気分になる。

 私もライナみたいに母さんに似たかったな……なんてことを思っていると。


「その自覚がないところ、アルバさんてタラシですよね」


 横からさらっと攻撃された。


「え」


 意表を突かれた私を見て、リリーが小さく笑う。

 それが滅多にない彼女の冗談なのか、それとも本音なのかを悩んでいるうちに、足は自然と通路から外庭へと踏み出していた。

 季節の花が散り、色褪せた風景が私たちを出迎える。


「随分と寂しい風景になっちまったな」


 花壇の間に作られた道を歩きながら私は言った。


「こちらには秋の花も冬の花もあまり植えられていませんから」


 隣を歩いていたリリーが花壇の一画を見る。そこには何本か(つぼみ)をつけた花がある。


「反対の外庭にはもう少し冬の花がありますよ」

「そうなんだ」


 壁近(へきちか)には花なんてほとんど咲いていないから、冬の花もまともに見たことがない。だからどんな花が咲くのか今から楽しみだなと思った。

 やがて外庭で唯一のベンチ前までやってきた。ベンチに腰を下ろすと、衣類の下からひんやりと冷たさが伝わってくる。


「座らないのか」


 私は目の前に立っているリリーを見上げて言った。


「つい付いてきてしまいましたが、お邪魔ではありませんか?」

「ないよ。お前なら」


 世辞ではなく本心でそう言うと、リリーは微笑んで隣に座った。


「ロネはどうしたんだ?」


 今さらだけど今日リリーはロネと一緒ではない。


「部屋で本を読んであげていたら、寝てしまいました」

「あぁ、お母さんが誕生日に贈ってくれたやつ?」

「はい」


 先日、ロネは十二歳の誕生日だった。

 修道院では見習いの誕生日を個別に祝うことはしない。なにかあるとすれば、朝食の時に先生から誰々が誕生日だと知らされ、みんなでその子を言葉で祝ったりするぐらいだ。

 それでもやるほうはともかく、やられるほうとしてはそれだけでも結構、嬉しくも気恥ずかしい。私も実際にそれを夏前に経験したけれど、なんともむず痒い体験だった。しかも誕生日なりたての夜には忘れられないこともあったし……あれもまた大事な思い出だ。

 ともかくにも普通なら誕生日はそれで終わりだ。でもロネはそうじゃない。あいつは孤児だったほかの子と違って母親が生きている。

 だからロネには彼女のお母さんから贈り物が届いていた。それをユイさんは消灯後にこっそりとロネの部屋に出向いて渡していた。そうしたのはロネが母親から贈り物をもらっているのを見たほかの子が、羨ましがったり悲しい思いをしないようにと配慮してのことだ。

 そのことはロネもちゃんと理解していた。だからどんなに嬉しくても贈り物を人に自慢したり、見せびらかすようなことはしなかった。それを私が知っているのは二人の部屋に遊びに行ったとき、ほかの子に言わない約束でリリーが教えてくれたからだ。


「ロネに付いていなくていいのか」私は言った。

「起きて私がいないぐらいで泣くほど、子供ではありませんから」


 それもそうか。


「それで散歩してたのか」

「散歩と言うよりは、図書館に行こうと思っていました。そしたら貴女を見かけて」

「あぁ」声をかけたってわけか。「……あれ? 図書館に行くってことは貰った本はもう読んだのか?」


 ロネの誕生日のときに知ったのだけれど、リリーも再来週が誕生日らしい。それでロネの贈り物と一緒に、リリーも本をいただいたのだと本人が教えてくれた。

 ロネのお母さんについては以前にリリーがよくしてもらったのだと話してくれたけれど、それを聞いて本当なんだなと思った。でなければわざわざ他人の子にまで贈り物なんてあげないだろう。


「いえ。誕生日の祝いですから、その日が来てから読もうと思っています」

「お前、律儀だな」


 リリーが苦笑する。

 そのとき、びゅうと風が吹いた。思わず私たちは身を小さくする。


「そろそろこうして、外では過ごせなくなるな」

「そうですね」

「寒いのは得意か?」

「どうでしょう。苦手ではないとは思いますが。アルバさんは?」

「私もそんな感じだ。でも寒い中いたくはないなとは思う」

「それは誰でも思うのでは?」

「だよな」


 顔を合わせて苦笑し合う。それからまた前を向いた。

 色味のない花壇を二人して眺める。

 こういう時間も、リリーは自然体で付き合ってくれる。無理に話をしようとしたり、無理に無言でいようとはしない。それが本当にありがたい。

 その状態がしばらく続いたのち、私は吐露するように言った。


「もうすぐさ、妹の一周忌なんだ」


 リリーは少しだけこちらを見る。


「それで最近、ちょっとしんみりしてる」


 先ほど――最近ずっと上の子の誘いを断っているのはそれがあったからだった。

 それを態度に出さないようにはしているけれど、察しがいいリリーのことだ。私が最近、元気がないことには気づいていただろう。


「そうですか」


 案の定、リリーは納得するようにうなずいた。

 それから少し間を開けて続ける。


星礼(しょうれい)参りには行かれないのですか?」


 星礼(しょうれい)参りとは、星教会(せいきょうかい)の儀式場で生者が死者を想い祈ることだ。

 星教(せいきょう)では人が死んでも生まれ変わるという輪廻転生を説いている。星還送(しょうかんそう)にて燃やされた肉体から解放された魂が、新たな肉体に宿るのだと。そしてそれまでは生まれ変わるために魂が過ごす美しい場所――天国で過ごす。そこは現世とは違う次元にあり、だから生者の祈りが死者に届くことはないとされている。

 だけど、そうとわかっていながらも星礼(しょうれい)参りという慣習があるのは、残されたものが自分を慰める手段が欲しかったからではないかと思う。そう、今の私のように。


「行きたいけど、流石に個人的なことで外には出られないだろ」

「出られますよ」

「え」


 即時に意外な返答が返ってきて、私は驚いてリリーを見た。


「ユイ先生の許可を得られれば」





「外出、ですか」


 院長室の執務机に着いているユイさんが、正面に立つ私を見上げて言った。


「はい。リリーにユイさん――院長に許可を貰えれば可能だと聞いたのですが」

「その通りです。ただ外出の理由を教えていただくのと、外出時には先生が同行することにはなりますが。それと先生の都合が合わなかった場合、日にちは希望に添えない場合もあります」

「構いません」

「それで、どのような用件で外出を?」

星礼(しょうれい)参りに行きたくて」


 そう言うと、ユイさんは小さくはっとした。それからかすかに(うれ)うような表情を浮かべる。


「そうですか」ユイさんが目を伏せた。「もう、一年も経ったのですね」

「はい」


 あの子を失って、そしてユイさんに出会って。

 ユイさんはそのまま目を閉じると、すぐにこちらを見た。


「わかりました。それでしたら問題はありません。外出希望日は」ユイさんが卓上にあるカレンダーを見る。「週末でよろしいですか?」


 週末がライナの命日になる。それをユイさんが正確に覚えていてくれたことに、私は感動を覚えた。


「はい。よろしくお願いします」


 一礼をしてから背を向ける。折角だからもう少し話をしたかったけれど、ここに来たときユイさんは書類に向かっていたので忙しいのだろうと思い我慢した。


「アルバ」


 扉の前まで来たところで呼び止められた。私は振り返る。


「よければ私に同行をさせてもらえませんか」


 まさかの申し出に、私は驚く。


「でもユイさん、忙しいんじゃ……」

「大丈夫です」


 本人がそういうのなら……いいよな。


「それなら、よろしくお願いします」

「こちらこそ」ユイさんは微笑む。

「失礼しました」


 私は今一度、礼をしてから院長室を出た。

 それから夜の空気の冷たさを感じながら通路を歩いていて、遅れて嬉しさが湧いてくる。

 ユイさんが私とライナのために、時間を割いてくれる。

 二人で、出かけられる。

 それが嬉しくてたまらない。

 しんみりしていた気持ちが浮上するぐらいに嬉しい。

 星礼(しょうれい)参りに行くのに、そんなことを思うなんて不謹慎だろうか。

 こんな私を、母さんとライナは呆れるだろうか。

 ……いや、それはない。

 二人はそんなことを思わない。

 二人ならきっと、こんな私を見たら喜んでくれる。

 生者の勝手な考えかもしれないけれど、私はあの二人をよく知っているからわかる。

 私だって逆の立場ならそう思うから。

 自分の死をいつまでも悲しむのではなく、喜びを感じて生きてほしいと思うから。

 私たち親子はなんだかんだでよく、似ているから。



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