大陸暦1971年――星還送
ライナの星還送は、星教会の裏にある儀式場で行なわれた。
星教会の中庭でもあるここには、母さんと何度か訪れたことがある。
まだライナが生まれる前、母さんと礼拝に来たときのことだ。
礼拝のあと、母さんはいつもここに連れて来てくれた。そのときこの中庭には多くの花が咲き乱れていて、母さんと手を繋いでそれを見たのを覚えている。
だけど今は冬期とあってここにはなにも咲いていない。夜の闇の中、魔灯に照らされて色褪せた木々や草が見えるだけだ。そのせいでどこか、物悲しい風景に映った。
私は中庭の中央に視線を戻す。そこには石造りの柵に囲まれた小高い祭壇がある。
そしてその中央には小さな棺が置かれている。……ライナが入った棺だ。
その周りには二人の人間が立っている。
一人は先ほどの修道士、そしてもう一人は若い男性だ。
男性は星還士だ。
星還士は聖なる火魔法の使い手であり、遺体を星還――火葬して肉体から魂を解放する役目を担う人のことだ。
星還を行なえるのは星教に所属する星還士のみであることから、この国の葬式は全て星教が取り仕切っていた。
星還送は先ほどからすでに始まっている。
祭壇上にいる修道士は、死者を送る祈りの言葉を述べている。
それを私は棺から少し離れた、祭壇から降りた場所で見ていた。
聖なる祭壇に上がることができるのは星教の人間だけとされている。たとえ遺族であろうとも、祭壇に置かれた棺には近づくことができない。だから参列する人間は、祭壇下で式を見守るのが普通だった。
本来ならここには、私だけがいるはずだった。
だけど隣にはもう一人、参列者がいる。
先ほどの修道女――ユイさんだ。
彼女は適度な距離を保ちながら、私の右隣に立っている。それが平常なのだろう、変わらず落ち着き払った表情で祭壇を見ている。
ユイさんがここの星教会の人でないことは、修道士との会話で気づいていた。
それなのにこの人は星還送の手配をしてくれただけでなく、こうして葬儀にも付き合ってくれている。自分も参列させていただいてもよろしいですかと、わざわざ丁重に私に許可を得てまで。
たとえ星教の人間であろうと、この人はたまたまここに訪れただけの人だ。ライナの体を修復してくれたとはいえ、ここまで付き合う義理はない。立場的にあとはここの修道士に任せて帰ってしまっても、なんら不思議ではない。それなのにどうしてここまで付き合ってくれているのだろうか――そう、疑問に思いながらも、それを突き詰める気力は今の私にはなかった。
ライナの入っている棺をぼんやりと見ていると、やがて修道士の言葉が止まった。
修道士は棺に向けて手で星十字を切ると、私たちとは反対側から祭壇を降りた。するとそれを確認した星還士が、棺の前で手を掲げた。それから小さく言葉を連ねたあと、棺に火が灯る。
その魔法の火は、瞬く間に棺全体に広がった。燃えさかる炎の回りには、多くの小さな赤い粒が舞い始める。
それは火の粉ではない。火の粒子だ。
大気中と人などの生物の中に存在し、魔法の源でもある粒子は基本、人の目では見ることができない。だけど粒子が活発になれば、視認できることもある。まさに今、目の前の光景のように。
炎の回りから生まれるように姿を現わした沢山の火の粒子は、次第に炎から離れて舞い上がり始めた。そして次々に空へと昇っていく。
幻想的だけれど、哀愁漂う光景――。
私がこの光景を見るのは、これで二度目だった。
前回は、母さんの合同星還送のときのことだ。
母さんの合同星還送は、ここより大きな星教会で行なわれた。
その合同星還送には、壁近の数人の家族が参列していた。
誰もが知らない人だった。
そして誰もが燃え上がる炎を見ながら、故人を想い涙を流していた。
家族と寄り添いながら、大事な人を失った悲しみに耐えていた。
あのとき、私の隣にも、家族がいた。
ライナがいた。
泣いているライナの小さな手を、私は握っていた。
私も母さんが死んで悲しくて寂しくて仕方がなかったけれど、その手の中の温もりがあったお陰で泣かずに済んだ。
守るべきものがあるから、泣いてはいられないと思えた。
あの子がいるから、強くいられた。
……でも、そのライナも、もういない。
今、棺の中で、灰になろうとしている。
あの子であったものは、この世界から、消えようとしている。
もう触れ合うことのできない、魂だけの存在になろうとしている。
それなのに、燃える棺を見ても、まだ、実感が湧かない。
ライナが死んだことだけは理解しているのに。
もう私は一人で、なにも残されていないのだとわかっているのに。
あの子がいないことが、悲しくて仕方がないのに。
それなのにどうしてか涙は……流れなかった。




