表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と青の聖女  作者: 連星れん
04

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/66

大陸暦1971年――星還送


 ライナの星還送(しょうかんそう)は、星教会(せいきょうかい)の裏にある儀式場で行なわれた。

 星教会(せいきょうかい)の中庭でもあるここには、母さんと何度か訪れたことがある。

 まだライナが生まれる前、母さんと礼拝に来たときのことだ。

 礼拝のあと、母さんはいつもここに連れて来てくれた。そのときこの中庭には多くの花が咲き乱れていて、母さんと手を繋いでそれを見たのを覚えている。

 だけど今は冬期とあってここにはなにも咲いていない。夜の闇の中、魔灯(まとう)に照らされて色褪せた木々や草が見えるだけだ。そのせいでどこか、物悲しい風景に映った。

 私は中庭の中央に視線を戻す。そこには石造りの柵に囲まれた小高い祭壇がある。

 そしてその中央には小さな(ひつぎ)が置かれている。……ライナが入った(ひつぎ)だ。

 その周りには二人の人間が立っている。

 一人は先ほどの修道士、そしてもう一人は若い男性だ。

 男性は星還士(しょうかんし)だ。

 星還士(しょうかんし)は聖なる火魔法の使い手であり、遺体を星還(しょうかん)――火葬して肉体から魂を解放する役目を担う人のことだ。

 星還(しょうかん)を行なえるのは星教(せいきょう)に所属する星還士(しょうかんし)のみであることから、この国の葬式は全て星教(せいきょう)が取り仕切っていた。

 星還送(しょうかんそう)は先ほどからすでに始まっている。

 祭壇上にいる修道士は、死者を送る祈りの言葉を述べている。

 それを私は(ひつぎ)から少し離れた、祭壇から降りた場所で見ていた。

 聖なる祭壇に上がることができるのは星教(せいきょう)の人間だけとされている。たとえ遺族であろうとも、祭壇に置かれた(ひつぎ)には近づくことができない。だから参列する人間は、祭壇下で式を見守るのが普通だった。

 本来ならここには、私だけがいるはずだった。

 だけど隣にはもう一人、参列者がいる。

 先ほどの修道女――ユイさんだ。

 彼女は適度な距離を保ちながら、私の右隣に立っている。それが平常なのだろう、変わらず落ち着き払った表情で祭壇を見ている。

 ユイさんがここの星教会(せいきょうかい)の人でないことは、修道士との会話で気づいていた。

 それなのにこの人は星還送(しょうかんそう)の手配をしてくれただけでなく、こうして葬儀にも付き合ってくれている。自分も参列させていただいてもよろしいですかと、わざわざ丁重に私に許可を得てまで。

 たとえ星教(せいきょう)の人間であろうと、この人はたまたまここに訪れただけの人だ。ライナの体を修復してくれたとはいえ、ここまで付き合う義理はない。立場的にあとはここの修道士に任せて帰ってしまっても、なんら不思議ではない。それなのにどうしてここまで付き合ってくれているのだろうか――そう、疑問に思いながらも、それを突き詰める気力は今の私にはなかった。

 ライナの入っている(ひつぎ)をぼんやりと見ていると、やがて修道士の言葉が止まった。

 修道士は(ひつぎ)に向けて手で星十字(せいじゅうじ)を切ると、私たちとは反対側から祭壇を降りた。するとそれを確認した星還士(しょうかんし)が、(ひつぎ)の前で手を掲げた。それから小さく言葉を連ねたあと、(ひつぎ)に火が灯る。

 その魔法の火は、瞬く間に(ひつぎ)全体に広がった。燃えさかる炎の回りには、多くの小さな赤い粒が舞い始める。

 それは火の粉ではない。火の粒子だ。

 大気中と人などの生物の中に存在し、魔法の源でもある粒子は基本、人の目では見ることができない。だけど粒子が活発になれば、視認できることもある。まさに今、目の前の光景のように。

 炎の回りから生まれるように姿を現わした沢山の火の粒子は、次第に炎から離れて舞い上がり始めた。そして次々に空へと昇っていく。

 幻想的だけれど、哀愁漂う光景――。

 私がこの光景を見るのは、これで二度目だった。

 前回は、母さんの合同星還送(しょうかんそう)のときのことだ。

 母さんの合同星還送(しょうかんそう)は、ここより大きな星教会(せいきょうかい)で行なわれた。

 その合同星還送(しょうかんそう)には、壁近(へきちか)の数人の家族が参列していた。

 誰もが知らない人だった。

 そして誰もが燃え上がる炎を見ながら、故人を想い涙を流していた。

 家族と寄り添いながら、大事な人を失った悲しみに耐えていた。

 あのとき、私の隣にも、家族がいた。

 ライナがいた。

 泣いているライナの小さな手を、私は握っていた。

 私も母さんが死んで悲しくて寂しくて仕方がなかったけれど、その手の中の温もりがあったお陰で泣かずに済んだ。

 守るべきものがあるから、泣いてはいられないと思えた。

 あの子がいるから、強くいられた。

 ……でも、そのライナも、もういない。

 今、(ひつぎ)の中で、灰になろうとしている。

 あの子であったものは、この世界から、消えようとしている。

 もう()れ合うことのできない、魂だけの存在になろうとしている。

 それなのに、燃える(ひつぎ)を見ても、まだ、実感が湧かない。

 ライナが死んだことだけは理解しているのに。

 もう私は一人で、なにも残されていないのだとわかっているのに。

 あの子がいないことが、悲しくて仕方がないのに。

 それなのにどうしてか涙は……流れなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ