3-②
「あの、セレーナ様?」
「この飴知ってる? これには火魔法がかけられていてね、飲み込むと体の中で燃え広がって内側にひどい痛みが走るのよ。戦場では捕虜相手の拷問でよく使われてるの」
セレーナはそう言いながら、部屋から持ってきておいた小さな飴の包みを見せる。
透明な包みにくるまれた鮮やかな赤色の飴。見た目こそ可愛らしいが、その力は恐ろしく、飲み込んだ瞬間体を焼き尽くしてひどい苦痛を与えるのだ。
セレーナは七歳のときに魔女にこの飴を飲み込まされ、一晩中熱さと痛みに苦しんだ。
「ロレンスは何でも私の言うこと聞いてくれるのよね? これ飲んでくれる? 大丈夫よ、後遺症が残らないように優秀な治療師を用意してあるから。ただ苦しむだけよ」
「あ、あの……」
ロレンスは何かをもごもご呟きながら俯いてしまった。
セレーナはその様子を満足げに眺める。
いくら罵っても動じない憎たらしい男だが、さすがに体の中を焼き尽くされると聞けば恐ろしいらしい。やっと期待通りの反応が見られて、セレーナは気分が良くなった。
「さぁ、どうするの?」
セレーナはロレンスの顔を覗き込みながら、笑顔で尋ねる。
断るなら今まで言ったことは嘘だったのかと罵ればいいし、断れずいやいや飴を飲み込むロレンスを見るのも楽しそうだ。
セレーナがわくわくしながらじっと見つめていると、ロレンスはようやく言葉を発した。
「あ、あの、セレーナ様……! 顔が近いです……!」
「は?」
予想外の言葉にセレーナは固まる。
ロレンスは耐えきれなくなったようにセレーナの元から一歩下がり、口元を押さえた。その顔は真っ赤に染まっている。
「ちょっと、なんなの?」
「す、すみません。セレーナ様があまりに近くて……。それに、セレーナ様が触れてくださったのは初めてだったので」
ロレンスはまるで少女のように先ほどまでセレーナが押さえていた頬を自分の手で押さえつけながら、恥ずかしそうに言う。
セレーナはすっかり気を削がれてしまった。
「何よそれ。私、この飴を口に入れるかどうか聞いてるんだけど。拷問用の飴よ。どうするの?」
「は、はい! セレーナ様の命令ならば喜んで飲み込みます!」
ロレンスはそう言うと、赤い顔のままセレーナから包みを受け取った。そして躊躇なく包み紙を開く。
セレーナは呆気に取られてその光景を見た。
(私、さっき拷問用の飴だって説明したわよね? 体の中が焼けるって)
ロレンスは一切迷うことなく包み紙から飴を取り出すと、口の中に放り込もうとする。呆然としていたセレーナは、思わず立ち上がってロレンスの手を打った。
飴がころころと床の上を転がっていく。
「飴が……」
「馬鹿じゃないの? 冗談に決まってるじゃない! いくらお父様から褒美が欲しいからってこんなことまでして、プライドはないの?」
セレーナが呆れた顔で言うと、ロレンスは恥ずかしそうに言った。
「すみません。冗談だったとは気づきませんでした」
「あの飴は本物だけどね。あれを飲み込んだら地獄のような苦痛に苛まれるところだったわよ」
「セレーナ様がそれを望んでいるなら、それでいいと思ったんです」
ロレンスはセレーナの目を真っ直ぐ見つめて言う。セレーナはその真剣な目に思わずたじろいだ。
「……馬鹿じゃないの」
セレーナはそう言って席を立つ。後ろでロレンスが「もう行ってしまわれるのですか」と悲しそうに呼んだけれど、セレーナは振り返ることがなかった。
セレーナにはますます彼が理解できなくなった。
体を焼き尽くされる飴を飲み込まされることよりも、ただ自分が触れて近づいたことのほうに動揺するなんて。あんなに真っ赤な顔になって慌てて、まるで本当に好きみたいじゃないか。
そう考えたところで、セレーナははっとして頭を振った。
そんなはずはない。ロレンスの目的は私を娶ることで得られる報酬なのだ。こんなに性格が悪くて、いつもロレンスに最低な態度ばかり取っている自分を、好きになるはずがない。
セレーナは必死で自分に言い聞かせる。
ロレンスのわけがわからない態度が腹立たしかった。それ以上に、こんなことで混乱する自分が憎い。
本当は、ロレンスにあの飴を食べさせるつもりだったのに。
無意識のうちにロレンスの手から飴を払い落した自分が理解できず、セレーナはいらだちを募らせた。