2-④
セレーナはその光景を見ても眉一つ動かさない。冷めた目でじっと下を向くロレンスを眺める。
「私は国民に何をしてもいいって、あなたそう言ったわよね?」
セレーナは冷たい声でそう言った。
おそらく、ロレンスは自分が被害を受けることを想定していないから、あんな言葉を言えたのだろう。
とりあえずセレーナのことを肯定しておだてておけば、婚約者になって陛下から褒美がもらえると考えたのだ。あさましい男だ。
セレーナは椅子に座ったまま、床に置かれたロレンスの手をぎりぎり踏みつける。
「私の婚約者になりたいなら、これからもこういう扱いに耐えてもらうけれど、いいかしら?」
セレーナはこの場にそぐわない明るい声で尋ねる。侍女はセレーナの横暴を止めるすべもなく、ただおろおろと二人を見つめていた。
「……ははっ」
そのとき、じっと下を向いていたロレンスが、突然肩を震わせて笑いだした。セレーナは何事かと目を見開く。
ロレンスは顔を上げてセレーナを見た。その顔には先ほどまでと変わらない柔らかな笑みが浮かんでいる。
「セレーナ様って、本当に噂通りの方だったんですね」
「……何よ、馬鹿にしてるの?」
「馬鹿になんかしていません。聞いていた通りの振る舞いをなさるから、なんだかおかしくなってしまって」
「……ああそう。いつまでそんな余裕でいられるかしら。私は噂通り、悪魔みたいな女なのよ。あなたが私の婚約者になりたいなら、これからもっとひどい目に遭わせてあげるけど」
「いいですよ。どうぞ私を好きなように扱ってください。あなたのおそばに置いてもらえるなら、何をされてもかまいません」
ロレンスは恍惚とした目をセレーナに向けて言った。
予想外の反応にセレーナはうろたえる。
(なんで引かないのよ……)
これまでセレーナの元にやって来た婚約者候補たちは、悪態を吐けばしだいに笑顔が消え、辛抱強い者でも直接危害を加えられればセレーナから離れていった。
しかし、目の前のロレンスは離れていくどころか、嫌な顔一つ見せない。
それほどセレーナと婚約することでもらえる褒美が欲しいのだろうか。セレーナの胸には、呆れと同時に今まで感じたことのない不思議な感覚が広がった。
「……ああそう。いつまで耐えられるか試してあげるわ」
「はい、セレーナ様! よろしくお願いします」
ロレンスはセレーナの言葉に破顔した。
セレーナは何か嫌味を返してやろうかと思ったが、困ったことに頭には何も言葉が浮かばなかった。