2-③
「あなたも大変ね。何が目的か知らないけれど、こんな不愛想で性格の悪い王女のご機嫌を取るはめになって」
セレーナが意地悪な声でそう言うと、ロレンスは本気で意味がわからないという顔をした。
「セレーナ様、私はご機嫌を取っているつもりなどありません。本気でそう思っています」
「どうだか。陛下からもらえる褒美目当てにやって来たはいいものの、実際に私を見てうんざりしているところなんじゃないの?」
セレーナがつまらなそうにそう言うと、なぜだかロレンスは顔を赤くした。
「とんでもありません。以前からパレードなどで遠くから拝見しておりましたが、おそばで見るといっそう可愛らしい方だなと思っていたところです」
ロレンスは照れたようにそう言った後、はっとした顔で、「王女殿下に向かって恐れ多いことを申し上げて申し訳ありません」と謝った。
セレーナは顔を引きつらせて彼を見る。
(可愛らしい? 私が? 馬鹿じゃないの)
セレーナは自分の外見が全く好きではなかった。
幼い頃は紫がかった長い黒髪も、暗い青色の目も気に入っていたが、魔女の屋敷で散々醜い子だと罵られるうちに、自分は醜いのだと思い込むようになっていたのだ。
セレーナにはロレンスの言葉がただ自分の機嫌を取るために用意された嘘にしか思えず、不愉快になった。
「ああ、そう。随分な趣味をしているのね」
「なぜそんなことをおっしゃるのですか? セレーナ様はとても魅力的ですよ。私以外にもそう思う者はたくさんいるはずです」
ロレンスはセレーナの目を真っ直ぐ見つめ、真剣な顔で言う。
セレーナは嘲るような笑みを浮かべて言った。
「なら、あなた私の性格はどう思っているの? この国の人間なら私の噂を知らないはずはないでしょう」
「使用人を罰したり、気に入らない貴族たちを僻地に飛ばしたりという話のことですか?」
気を遣うかと思ったロレンスは、意外にもあっさりと言葉を返す。セレーナは少々面食らいながらもうなずいた。
「そうよ。どう思っているのか言いなさい」
「何も問題ないと思います。セレーナ様のお好きになされば」
「……は?」
セレーナは驚いてロレンスの顔を見る。ロレンスはにこにこと笑うばかりだ。
(なんなの、この男。本気で言ってるの?)
セレーナはロレンスの真意がわからず、彼を眺めることしかできない。ロレンスは笑みを浮かべたまま言う。
「だってセレーナ様は五年もの間、国のために一人で恐ろしい魔女の元で耐えたのです。国民を罰しようが何をしようが、当然の権利ですよ」
セレーナはロレンスの表情をじっと見つめるが、その顔に嘘は見えなかった。
納得がいかないセレーナだったが、ふといいことを思いついて、そばにあった紅茶入りのカップを引き寄せる。
「そう。あなたは私が国民に何をしてもいいと言うのね」
「はい。セレーナ様は何をしようが許されます」
「ふーん。そう思っているの。ねぇ、ロレンス様。少しこっちへ来てくださる? 私の椅子のそばに来て、跪いて欲しいの」
「え?」
セレーナが笑顔を浮かべて言うと、ロレンスは一瞬不思議そうな顔をした。しかし、すぐさま立ち上がり、言われた通りセレーナのそばにきてひざまずいた。
「こうですか?」
「ええ、それでいいわ」
セレーナは目の前で床に膝をつくロレンスに向かって微笑むと、カップを持ち上げる。
それから迷いなくロレンスの顔めがけてカップの中身をぶちまけた。
「セ、セレーナ様! ロレンス様に何をなさるんです!」
部屋の隅でじっと待機していた侍女が、血相を変えて飛んでくる。侍女は慌てた様子でロレンスに布巾を渡し、何度もぺこぺこ謝っていた。