2-②
セレーナは顔をしかめて考え込んだ。
こんな悪評ばかりの王女の婚約者に自分から名乗り出るなんて、よほど金に困っているのだろうか。それとも目的のためには手段を選ばない野心家か。
セレーナは面倒に思ったものの、少しだけ興味が湧いた。
(目的が何にしろ、簡単に婚約者候補を降りなそうね)
セレーナには最初からそのロレンスとかいう人物と婚約する気などさらさらない。
しかしセレーナの頭には、その男はおもしろい玩具になるのではないかという歪んだ興味が湧いていた。
これまでの婚約者候補は、継ぐ爵位こそないものの皆いい家の生まれの人間だったので、セレーナが暴言を吐いて追い返せばあっさり引き下がった。
しかし、今度の候補はおそらく金に困っているか、何としてでも爵位を上げたい人間なのだ。自分がいくらいじめても簡単には逃げ出さないだろうと思うと、セレーナの心は踊った。
(なかなか逃げだせない立場の人間をいたぶるって、とってもおもしろそう)
セレーナは、セレーナを虐待した魔女のように口の端を上げて意地悪く笑う。それから国王に向かって言った。
「わかりました。その方にお会いします」
「おお、会ってくれるか!」
国王は弾んだ声で言う。それから明るい声で、臣下にロレンスを連れてくるように命じた。
部屋の奥の扉が開き、臣下に連れられて青年が入ってくる。
青年はセレーナの前に来ると、足を止めた。
「……はじめまして、セレーナ王女殿下。ロレンス・ヘンリットと申します」
青年はそう言うと、はにかむように笑った。
柔らかそうな金色の髪に、空のように明るい水色の目。随分整った容姿の青年だった。しかし顔の造形そのものよりも、セレーナには彼の笑みのほうが印象に残った。
これまでだってセレーナの前に現れた婚約者は皆感じのいい笑みを浮かべていた。しかし、その裏には隠しようのない嫌悪と軽蔑の感情が滲んでいたのだ。
なのに、ロレンスの表情にはそれらの感情が一切見えない。
セレーナは青年の笑顔に思わず目を奪われ、その後で慌てて頭を振って彼を睨みつけた。
セレーナに睨みつけられても、青年は照れたように微笑むばかりだった。
***
「セレーナ様、お時間をいただきありがとうございます。私のような者が王女殿下の婚約者に名乗り出るなどおこがましいとは思ったのですが、どうしてもセレーナ様にお会いしたくて」
国王に促されて別室に移動した二人は、テーブルを挟んで向かい合っていた。部屋には二人のほかは、壁際に控える侍女しかいない。
ロレンスのほうは幸せそうな笑みのまま何度も会ってくれたことに対して感謝を述べ、対照的にセレーナは不機嫌な顔で紅茶を啜っている。
「本当ね。婚約者候補が子爵家の人間だなんて、陛下は気でも狂ったんじゃないかと思ったわ」
「そ、そうですよね。ご不快でしたよね。私が陛下に無理を言ってしまったばかりに、申し訳ありません……」
セレーナの言葉に、幸せそうな笑みを浮かべていたロレンスは途端に恐縮しきった顔になる。
セレーナはじろりとその顔を見た。
「あら、別に謝らなくていいのよ? 私は悪評が立ちすぎて、もうまともな縁談は来ないってことなんでしょう。あなたみたいな人を紹介されても仕方ないわ」
「そんなことは! セレーナ様のように素晴らしい方でしたら、ほかにも婚約を望む方はいくらでもいるはずです!」
セレーナの嫌味混じりの言葉を、ロレンスは力いっぱい否定する。セレーナは冷めた思いでその顔を眺めた。