1-③
それからセレーナの地獄のような日々が始まった。
魔女は気まぐれにセレーナに暴力を振るっては、甲高い声で笑う。鞭で打ち、首を絞め、反応が鈍くなってくるとナイフや炎を使って苦しめた。
セレーナの悲鳴が響くたび、魔女は歪つな笑みを浮かべる。
「セレーナは本当にいい子ね。私はあんたが大好きよ」
魔女は真っ赤な口紅の引かれた唇の両端を上げ、愉快そうにセレーナを見る。
セレーナは魔女を睨みつけた。
セレーナの顔には、王宮にいた頃の純粋さはもう残っていなかった。彼女の心にあるのは、ただ魔女への憎しみと、自分を犠牲にした王国の者たちへの怒りだけ。
セレーナはただただ魔女からの虐待に耐え続けた。
セレーナの解放はあっけなかった。魔女はある朝、「あんたにはもう飽きたわ」と言うと、魔法の鏡で王宮に連絡をして迎えを寄こさせた。
セレーナは魔女の屋敷まで迎えにきた騎士たちにあっさりと引き渡され、彼女の五年にも及ぶ虐待生活は幕を閉じた。
王宮に戻ると国王夫妻と兄弟たちから涙ながらに迎えられ、国民たちからは国のために犠牲になった偉大な王女として盛大な歓迎を受けた。
しかし、彼らの笑顔を見てもセレーナの心はちっとも晴れなかった。セレーナはただただ冷え切った思いで彼らの顔を見返した。
王宮に戻ってからのセレーナは、しばらくの間公の場から距離を置き、城の中で隠れるように過ごした。
何しろ五歳のときから王宮を離れて魔女の元で奴隷同然に過ごしてきたので、王族としての公務のやり方などまるでわからなかったのだ。
また、長年の虐待生活で体は痩せこけ、皮膚は傷だらけだったので、とても表に出られる状態ではなかったというのもある。
数ヶ月が経ち、体が回復してくるとセレーナは少しずつ晩餐の席や貴族たちの集まりに顔を出すようになった。
皆、国のために犠牲になったセレーナをにこやかに迎え、丁重に扱う。しかし、セレーナは彼らの笑みを見ると胸がむかむかして吐き気がした。
(こいつらは私を生贄にして、今までのん気に暮らしてたのね)
セレーナには彼らの柔らかな笑顔が、醜悪な悪魔の笑みにしか見えなかった。
セレーナは元気を取り戻すにつれ、残酷になっていった。気に入らない者は罰し、冷遇し、気まぐれに人生をめちゃくちゃにする。
セレーナが人々を痛めつけているときの顔は、長年彼女を苦しめてきた魔女そっくりだった。
一度など、お茶会で集められた年の近い令嬢のうち一人がセレーナを褒めたとき、その媚びた顔が気に入らないと思いきりひっぱたき、令嬢があまりのことにわずかにセレーナを押し返すと、王族に傷をつけたとして処刑を命じたことまである。
そのご令嬢は必死に泣き縋って謝ったが許されることはなく、令嬢の家族が悲痛な顔で見守る中で、哀れにも首を落とされてしまった。
さすがに処刑まで行ったのはこの一度きりだったが、王女が罪もない貴族令嬢を処刑したという話は、国民を震え上がらせるには十分だった。
はじめの頃の尊敬に満ちた眼差しが嘘のように、国民たちはセレーナに怯えた目を向けるようになった。
国を救った幼い王女は、またたく間に国民から恐れられる悪逆非道の王女に変わっていった。