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寿限無in異世界

作者: 刻露清秀

 俺はごく平凡な高校生。数日前に猫を追いかけて走り回っていたらトラックに轢かれてしまった。これは本当にたまたまだったのだが、運が悪かったというかなんというか…………。何にせよその結果、中世ヨーロッパのような世界に転生してしまったのである。


 正直言ってここ最近の生活はかなり不満だらけであった。現代日本で生まれ育ち、生きてきた記憶と人格を持ったままこのファンタジー世界に投げ込まれたのだ。いや、べつに不満をぶちまけたいわけではない。ただ、ちょっとした偶然で死んでしまった結果がこれでは少しばかり納得がいかなかっただけだ。


 しかも、誇り高き一般家庭出身だった俺には転生先の執事という身分は窮屈すぎる。守らなきゃいけないルールは多いし、高慢ちきな貴族どもと一緒にいるだけでストレスが溜まるわ、正装じゃなきゃいけないので夏でも暑いわ…………etc,etc. それでも我慢していればそのうち慣れるだろうとたかを括っていたが、やはり無理があったようだ。


「あー! もうやってらんね! 」


俺はベッドの上でゴロリと寝返りを打つ。そしてそのまま枕元のぬいぐるみを掴み、力一杯投げつけた。それは壁に当たって跳ね返り、ぼすんと床の上に落ちる。


「ああぁ! 」


ぬいぐるみに当たっても仕方ない。


 一番大変なこと、それは俺の雇い主である貴族どもの名前がクソ長い上にフルネームを覚えなければならないことだ。


 今日もこんなことがあった。この家の長男、ジュリアン・ゲイリー・ムーン・ダンダン・ズンドコ・スチャラカ・ボンボン・ドンブラコ・コッコ・ドンドコ・マルマル・ヤンヤヤンヤ・ドツイタレ・オキゾクサマが、そのご友人をぶん殴った。こういうときは奥様にご報告を申し上げなければならない。


 なぜフルネームかというとこの世界の貴族は親や親戚から名前をもらうため、フルネームでないと誰が誰やらわからないのである。身分が同じならあだ名で呼べるが、使用人だとそうはいかない。この屋敷にはおぼっちゃまが三人いるのでぼっちゃまもダメ。


「ジュリアン・ゲイリー・ムーン・ダンダン・ズンドコ・スチャラカ・ボンボン・ドンブラコ・コッコ・ドンドコ・マルマル・ヤンヤヤンヤ・ドツイタレ・オキゾクサマ様がご友人をぶん殴ったんです」


と言わなければならない。


「まあうちのジュリアン・ゲイリー・ムーン・ダンダン・ズンドコ・スチャラカ・ボンボン・ドンブラコ・コッコ・ドンドコ・マルマル・ヤンヤヤンヤ・ドツイタレ・オキゾクサマが殴られたんですって!? 」


「いいえ、ジュリアン・ゲイリー・ムーン・ダンダン・ズンドコ・スチャラカ・ボンボン・ドンブラコ・コッコ・ドンドコ・マルマル・ヤンヤヤンヤ・ドツイタレ・オキゾクサマ様がご友人を殴ったんです」


「なんですって?! うちの大人しいジュリアン・ゲイリー・ムーン・ダンダン・ズンドコ・スチャラカ・ボンボン・ドンブラコ・コッコ・ドンドコ・マルマル・ヤンヤヤンヤ・ドツイタレ・オキゾクサマに限ってそんなことないわ! 」


「いや、しかし事実としてジュリアン・ゲイリー・ムーン・ダンダン・ズンドコ・スチャラカ・ボンボン・ドンブラコ・コッコ・ドンドコ・マルマル・ヤンヤヤンヤ・ドツイタレ・オキゾクサマ様がご友人にたんこぶを作りましたので……」


そんなやり取りをしているうちに、ご友人とジュリアン・ゲイリー・ムーン・ダンダン・ズンドコ・スチャラカ・ボンボン・ドンブラコ・コッコ・ドンドコ・マルマル・ヤンヤヤンヤ・ドツイタレ・オキゾクサマは仲直りをし、ご友人はうちに帰り、俺だけが叱られたのである。クソが。これが異世界版寿限無である。

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