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零の風~あるパイロットの戦争~  作者: 佐久間五十六


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50/60

飛ばなくて済んだ事

 結局、空里は特攻に行かなかった。天候不良により、中止になったとは聞いていたが、空里に特攻の機会が与えられない本当の理由は謎であった。そして、そのまま終戦。

 飛ばなくて済んだ事は彼にとっては良かった事なのかもしれない。だが、戦争で生き延びた事を彼は後悔していた。死ぬ覚悟でいたのに死に場所を失った喪失感は、特攻要員にしか分からないものであった。

 それでも、とりあえずこの戦争にピリオドが打たれた事には喜ぶ事が出来た。多くの命が失われ国土の多くが灰塵と化した。日本が支払った代償は小さくなかったが、それでもこれから訪れる未来に少しは期待をする事が出来そうだ。命を捨てなくて済んだ事は結果的に良かったが、素直に喜ぶ事が出来無かったのは、仕方の無い事なのかもしれないが、空里自身は捨てなくて済んだ命を大切にしようと思える様になっていた。

 勿論、空里にとって戦後の世界は楽園そのものであったと言える。特攻と言う狂気の沙汰を見続けていた事に比べれば。米国の属国としての日本の地位も、右肩上がりの経済成長も、物質的な豊かさも、全ては戦前の日本を否定する事で初めて得られる引き換え品であったと言える。戦争の苦難を知る世代が多くいたこの時代にあって、完全に大日本帝国を否定する事は、簡単な事では無かったであろう。

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