テストパイロットの本分
空里天斗は入社後、設計士になる事を夢見ていたのだが、折しも設計士は既に沢山いた為、飛行機の性能を試すテストパイロットになった。
テストパイロットの本分は優秀な技術力よりも、どんな飛行機でも安定して飛ばせる事の出来る"飛行技術"が求められていた。無論、事故やトラブルはあってはならない。
飛行機は、陸軍や海軍に納入する前には必ずテストパイロットによる性能のチェックが行われる。要求されたスペックを満たしているか、テストパイロットが入念に確認する。このテスト飛行をクリア出来なければ、納入期限を過ぎていても納入される事はない。
この当時はまだテストパイロットの数は少なかった。その為、空里の様な航空機の知識を豊富に保有する人間の存在は、非常に貴重であった。彼にしてみれば、テストパイロットの技能を習得するのは、造作もない事であった。飛行機の操縦経験はまるで無かったが、操縦には直ぐ慣れた。
試作機から納入予定の飛行機まで、要請があれば何度でも乗った。元来飛行機好きの空里にしてみれば、彼にとっては苦痛では無かった。最も、飛行機の試運転など造作も無い事であった。幸いにも三菱重工業名古屋航空機製作所には、広大な飛行場があり、試運転をするには最適の環境が整っていた。
この会社でテストパイロットになった事で、後の空里の人生を大きく変える事になるのだが、彼はまだそれを知る由もなかった。
テストパイロットはとにかく安全に要求されたタスクをこなして、初めてミッション・コンプリートとなる。戦う相手は己の機体の数値だけである。競うものでもない。その為、モチベーションを保つのが難しいが、それでも飯を食べる為にはそんな事は言ってもいられない。航空エリートの道を少し反れたが、与えられたミッションを忠実にこなすのみであると空里は思っていた。




