第一話
ドッという重い音と、背中に激痛。
嘘だろ、あの速度で入ってきた電車に撥ねられてこの程度の軽い衝撃?
と、思ったのもつかの間、違和感に気がつく。
静かだ……。
シン、と静まりきった音と濡れた土と草の香りがする。
恐る恐る目を開けると、なぜか森の中。
森の中?
さっきまで俺は駅のホームに居たはずじゃ……?
いや、落ちたから線路か?
いやいや、そもそもそんなとこからこんな森の中になんで移動した?
俺はおかしくなってしまったのか?
落ち着け、落ち着いて状況を整理しろ……。
俺の名前は――
そして、気がつく。
名前が、わからない。
名前だけじゃない。
自分の生い立ちもわからない。なんであの駅に居たのかもわからない……!
鼓動が早くなる。呼吸も浅くなる。
俺は、一体誰なんだ!?
ここはどこなんだ!?
不安が一気に噴出して頭がどうにかなりそうで、俺は叫んでしまっていた。
「きゃっ!?」
女性の小さな悲鳴と、ドサッという何かが落ちる音。
そちらを向くと、茶髪の少女が怯えながら立っていた。
「……大丈夫ですか?」
恐る恐る、といった感じで少女は口を開いた。
「あ、ああ……」
大丈夫なんかじゃない。
こっちは記憶がないんだ。どうしてこんな森の中にいるのかもわからない。
それなのに、大丈夫であるものか。
そう思ったら、じわり、と目から涙があふれた。
「えっ……!?やだ……どうしましょう!大丈夫ですか!?」
情けない、こんな少女に心配されて。
情けないのと、優しくされた嬉しさと、なくした記憶の不安からか、涙が次々溢れてくる。
「ッ、だい、じょうぶです。……少し、混乱していて」
なんとかそう絞り出す。
そのまま自分の身に起きたことを吐き出すように話す。
その間、彼女は俺に寄り添ってたまに相槌を打ちながら静かに俺の話を聞いていた。
「それは、混乱しちゃいますよね。とりあえず、森の中は暗くなると危ないので村までいきましょうか」
無言で頷く。自分に記憶も土地勘も無い以上、少女に従うしかないからだった。
今更だが、この少女がいい人であることを祈るしか無い。
少女は自分が落としたバスケットを拾うと、こっちですよ、と俺に優しく微笑むのだった。