萌とお勉強
萌に宿題を教えてもらいます
8話です
夏休みも終盤に差し掛かろうとするある日のこと。優大は萌に彼女の家へ来るよう呼び出された。
朝のんびりゲームをしていたら、ブーブーとスマホが鳴る。萌からチャットが来ていた。
『宿題をしましょう』
「うへーー…」
珍しく彼女から宿題の催促だった。優大は勉強があまり好きではないため、毎年ぎりぎりまで宿題を放置している。いつもはそこまで言ってこないのに、この夏はどうやら許してくれないらしい。しかももう既読してしまった。今更スルーは出来ない。
「行くか…………」
彼はまだ(ほとんど)手をつけていない大量の宿題を鞄に詰め込み、しぶしぶと上城家に行くことにした。
とはいえあのデート以来藍とは会っていない。どんな顔で会えば良いのかと彼は悩みしながら幼馴染の家に向かった。そして家に着いた彼は震える指でピンポーンとチャイムを鳴らし、玄関先でドキドキしながら待つ。ドアが開く。
「いらっしゃい……」
「ん、あれ? 萌?」
彼女は恥ずかしそうにコクンと首を縦に振る。今まで目まで隠れていたぐらいの長髪と違って、目が見えるくらいはっきりと前髪を切って、全体的にショートヘアになっていた。
「髪切ったのか?」
またしても彼女は黙ってコクンと縦に振る。そしてじっと優大が彼女を眺めていると、彼女は眉を下げて自信なさげに訊いてくる。
「どうかな……? 変……?」
「まさかっ、変じゃないよ。可愛いさ」
「そう……、良かったー……///」
「……」
「……」
「あ……ところで藍は……?」
「え? あぁ、姉さんはしばらく仕事で家に帰ってないわ」
「そうか……」
彼はまだ彼女が家にいないことにいくらかホッとした。
「……」
「さていまからどうする? ゲームでもするか?」
「……なに言ってるの。宿題をするのよ…?」
萌は優大に少し高圧的に言う。
「あぁ、そうだった! そのために来たんだった! 完全に吹き飛んでた」
「……」
彼女は少しぷんと怒りながら、いつものように彼を部屋まで連れて行った。そしてお茶を準備して、二人で勉強に取りかかった。
カリカリカリカリカリ……。カキカキカキカキカキ……。
シャー芯が紙に文字を刻んで削れる音がする。その音を聞いていると勉強しているなと感じると同時に、単調な音のせいで眠気がくる。
優大が頭をふらふらしていると、萌は彼のほっぺたをつねる。
「…ひてっ」
「こら、寝ないの」
「ふぁい……」
そしてしばらく勉強していたが、どうしようもなく飽きてきた。
(もう14:00か……)
彼は部屋の時計を見終わった後、ぼーーとしながら萌の方を眺めた。日射しに照らされながら勉強に励む彼女のその眼差しや真剣な表情が白く輝く女神のようでとても画になっていた。
姉妹そろって相変わらず綺麗な顔立ちしているなとつくづく思っていると、彼女がふいに髪を耳にかける。その仕草が非常に艶めかしく優大はついドキッとする。
「! どうかした……?」
「あ……いや、別に!?」
「?」
彼は顔をさっと下へ向け、カリカリとシャーペンを意味もなく動かした。
それからしばらくしてカリカリと書いていると、分からない問題が出てきた。
「なあ、萌ー」
「なにー?」
「これの解き方が分からん」
「えーと、これは~、ねー。あー、こっちの電子の係数が+3だから、ここの係数が5になるわ」
「あっ、そっか。電子の動きか」
「うん、そうそう」
そして酸化還元反応を書きながら答を導く。
「ふあー、どうしてこんな勉強ばかりせんといかんのかなー」
「勉強は学生の本分だし、特に科学は先人の知恵の結晶よ」
「それにしても内容が抽象的過ぎる。目に見えなさ過ぎる」
「優君なら目に見えてても、結局はひとの動きにしか興味を示さないでしょ?」
「それは言えてる」
「うふふっ」
「ははは」
そしてそんなこんなで時間ももう16:00を回り、勉強もひと段落つく。
「ふー、疲れたー……」
「お疲れー」
萌は下から持ってきた冷たい麦茶を優大の湯飲みにトクトクと入れてあげる。
「おー、サンキュー。んごくごくっ…………あー、うめーっ、くつろぐー」
「………あのさぁ」
「んー?」
「姉さん……最近また仕事で全然家に帰ってこないの」
「……そっかー。じゃあしばらくはまた夕方まで一人でいるのか」
「うん……」
部屋につけている風鈴がエアコンの風でチリリンと小さく鳴る。
「だからね……」
そう言って萌は優大の近くに寄り、顔も彼に近づけながら、
「私の部屋に……いつでも来てね」
「……」
「……」
チリリーン。
と次は大きく部屋に鳴り響いたのだった。
~おまけ~
「これはなんて訳すんだ?」
「え? これはI’ve never been my sisters home for 20 years.だから、『20年間は姉と絶縁状態よ』ね」
「え?」
「絶縁状態」
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