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第15話 天才との模擬演武

 ゼルにジャージを借りてそれに着替えた俺は、騎馬部専用の室内訓練場で軽いストレッチを行っていた。

 サイラスとの模擬演武決定後、ルカに『馬は貸しませんからね』と忠告を受け、純粋な武術対決をする事になったのだ。


「さて、ルカ君! 君には公正な審判をお願いするよ」


 ストレッチをしながらやる気満々なサイラスの横で、ルカが盛大な溜息をつく。


「ハァ……先輩、随分とやる気満々ですが、建物内を壊さないで下さいよ」

「ああ、多分、大丈夫だ! リーリウム君、準備は出来たかい?」


 声を掛けられ、俺は模造刀の武器を手に取り道場の中央に立つサイラスの元へと向かった。


「いつでもどうぞ。ルールは五分間魔法禁止で戦うだけ、でいいんですよね?」

「ああ、武器と体術のみだ。相手を降参させればその場で終了、五分経っても勝敗がつかなければ引き分けだ」

「分かりました」


 本格的に剣を振るのはカノンとのスパルタ特訓以来である。

 学院に来る前の三ヶ月間、おさらいと称して毎日のようにしごかれてきたが、家を出る前日にやったのなんてあれは殺るか殺られるかの殺し合いだ。思い出しただけで憂鬱になる。


「どうした? 今さら嫌だとか、悲しい事は言わないでくれよ?」

「いえ、思い出に浸ってただけなので……お願いします」


 俺は小さく一礼し、剣を構えた。

 お互いに得意武器でという事で、俺は標準的なロングソードを、サイラスは長槍(スピアー)を選んでいる。

 

 サイラスは器用に槍を回転させると左脇に挟んで身を屈め、笑顔のまま構えをとった。右利きの俺と向き合うと持ち手が同じ側となる。


「それでは模擬演武を開始します。両者、正々堂々と……始め‼」


 ルカの合図と共に、槍が真っ直ぐ突き出された。体重を乗せた一突きは空気を裂く音をはっきりと響かせる。


 その槍先を剣の面で受け止め、そのまま流して滑らせる。

 槍頭が左横を通過するのを確認し、剣の面を水平になるよう持ち替え、横撫に思い切り振り抜いた。


 サイラスは槍の柄尻を浮かせると、側頭部を狙った俺の剣を柄の部分で受け止める。そしてその柄尻を右手で掴み、ハンマーのように打ち下ろす。

 避けるために後ろへ飛び退き、剣を構え直した時には、既に槍の先が俺へと向き直っていた。


 僅か二秒程の出来事である。


「槍は間合いが詰め辛い上持ち手が同じ側だと戦いにくい。無駄な動きがない槍使いは面倒ですね」

「おう、ありがとさん! 俺も、君には苦戦しそうだ」


 お互い口元に笑みを浮かべ、同時に攻撃を繰り出した。


 長いリーチを生かした刺突の連撃は、自分の背よりも長い武器を扱っているとは思えない程の速さと軽やかさで突き出される。

 剣で弾こうにも鍛え上げられた肉体でしっかり握られた槍は多少の衝撃ではブレてもくれない。


 ――防戦一方になるのは面白くないな……


 槍先をいなしながらタイミングを伺っていると、何突きかに一回、力のこもった刺突がある事に気が付いた。残像が見える程の高速突きに緩急を交えるあたり、容赦をする気は全く無さそうだ。


 ――合わせるならコレ、だな


 サイラスの手元を注視すると、その一撃を放つ前に僅かに握りが強くなっている。

 そのタイミングに合わせ、渾身の力で剣を下から上に振り上げた。


「――――っ⁉」


 強い力と力がぶつかればその分反動は大きくなる。

 槍先が上に上がり、サイラスの動きが一瞬止まった。


 その一瞬の隙に剣を水平に構え、腰を深く落として突きを放つ体勢を取る。

 地面を蹴って前方へ飛び出ると同時、ブォンと空気を裂く音と共に剣を真っ直ぐ突き出した。

「おっ!」っと目を丸くしたサイラスが大きく仰け反り、寸での所でその剣先を躱す。


 ――この至近距離で躱すか……でも、ここで一太刀入れれば俺の勝ちだ


 しかし、相手はズバ抜けた身体能力を持つ天才と称される男……そう簡単に行く訳がなかった。


 サイラスは仰け反った姿勢のまま俺の姿を目視すると、槍を手放し、両手を地面に着けてバク転の体勢を取った。

 バラバラに地面を離れた足は剣を持つ俺の手をピンポイントで蹴り抜き、続けて握りが緩くなった剣をさらに蹴り上げ、俺の手から弾き飛ばす。

 見事な連続蹴りだ。


 後方へ一回転したサイラスは両足が地面に着くと同時に曲げた膝のバネを生かし、即座に俺の顔目掛け掌を下から上へ突き出した。

 当たれば骨をも砕きそうな掌底を、上半身を捩って何とか躱す。

 空を切った掌底の風圧が頬を掠め、チリっとした痛みが走った。


 体を捩った先の地面へと両手を着け、突き出されたサイラスの腕を両足で絡め取り、上半身と同じ方向へ下半身を思いきり捩る。 

 サイラスは空いた手で即座に俺の足を掴むと、引っ張られる方向と同じ方へ自ら地面を蹴り抜いた。

 しなやかな筋肉と素晴らしい腹筋で回転に合わせて体を回し込み、俺の足を抱え込むとそのまま空中へと放り投げる。

 俺は一回転して着地すると、距離を取って再び構えを取り直した。


「ふぅ、やるねぇ」


 同じように構えを取り直したサイラスが相変わらず爽やかな笑顔で言う。しかし、俺を見据えたその目は獲物を狙う獣のようにギラついていた。


「君は本当に型にはまらない動きをするね。まいったな、ワクワクが止まらないよ」

「それは良かった。楽しませれてるみたいです――ねっ!」

 

 地面を蹴り、相手の懐まで一気に距離を詰める。

 立て続けに拳を打ち込むとサイラスはいなす様に全ての拳を捌き返し、そして俺の手首を掴み取ると襟首に手を掛けて背負い投げの体勢を取った。

 一連の動作に無駄な要素は一切なく、流れるようなその動きで俺の体が前方へと持って行かれる。


 背負われる瞬間、サイラスの背中と自分の間に曲げた片膝を差し込み、自らを前方へと押し上げた。

 地面に叩きつけられる前に両足でサイラスの首を挟み込み、力を入れて思いきり締め上げる。

 すぐに掴んでいた手首と襟首が離され、今度はサイラスが俺の胴体を腕でガッチリとホールドした。


 首を絞められたまま上半身を起こそうとするサイラスに対し、そうはさせまいと俺はサイラスの太腿に腕を絡め、こちらも両腕でしっかりとホールドする。

 持ち上げられてしまえば頭が地面に向いた状態の俺はてっぺんから叩き落される事になるだろう。そうはさせないために全身の筋肉に力を入れ、相手の首を刈り取るように足で締め上げながらぐぐっと下に引っ張り続けた。


 ――これも十分殺し合いだな……


 限界が来たのか、サイラスは「ふっ」と息を漏らし、俺の胴体をロックしている腕を緩めた。そして両腕を横に大きく広げ、拳をグッと握り締める。


「マジか」


 俺は咄嗟に首を絞めていた足をサイラスの肩に掛け、そこを軸に背筋を使って体全体を勢いよく持ち上げる。

 瞬間、サイラスの拳同士がガチンッと鈍い音を立ててぶつかった。直前まで俺のへそがあった所だ。


 ――おいおい、俺の内臓潰す気かよ……


 相手の頭上まで体を上げた俺は後方へ距離を取り直すため、そのまま背中を蹴り飛び退こうとした。しかし、その足の片方を、異様な角度に仰け反りながら手を伸ばすサイラスに掴まれる。


「――っ⁉」


 目を見開いた俺と、ニィっと笑うサイラスの目が合った。


 仰け反った体勢のまま片足を一歩後ろへ引き、足を握る両手に力が込められる。そして体を起こす反動を生かしながら、フルスイングで俺の体を投げ飛ばした。ご丁寧に体に捻りまで加えた加速付きだ。


 対処する術なく吹っ飛ばされると、もの凄い勢いで壁に激突した俺の口から「かはっ」と苦渋の呻き声が漏れた。


 一瞬チカッとした視界に、狂気的な笑みを浮かべたサイラスが走り込んで来るのが映る。その表情にもはや爽やかさなど微塵もなく、嬉々とした狂人の顔がそこにはあった。


 ――この人、こんな戦闘狂だったのか……


 今までカノン以外の人間と戦った事のない俺は、ある一つの感情が沸き上がっていた。


――……面白い

 

 サイラスの拳が目の前に迫り、ギリギリのところで横に転げて寸でで避ける。壁に拳がめり込み、亀裂が入った。

 俺は瞬時に体勢を直し、地を蹴って飛び上がると空中で一回転してかかと落としをお見舞いする。

 サイラスは頭上で腕を交差させ、受け止めた足を力一杯押し返す。

 弾かれた俺は後方に着地し、再び体勢を取り直してから向き直ると、サイラスは愉快そうに笑いながら言葉を投げ掛けてきた。


「良い顔するじゃないか。こんな感情、久し振りだ」

「そちらも、なかなか人に見せれない表情になってますよ」

「おっと、感情がだだ洩れになっちゃったか。まぁ楽しいんだから仕方ないさ!」

「ええ、同感です」


 俺達はニッと笑い合い、拳に力を入れて同時に飛び出した――その時。


「そこまでっ‼」


 拳を打ち出そうとした俺達の間に、凄まじい突風が巻き起こった。

 お互いに動きが止まり、風に押されるように一歩後ろへ下がる。


「五分経ちましたので、この勝負は引き分けとなります」


 そうルカの声が掛かり、俺とサイラスは顔を見合わせ、フッと息を吐いて肩の力を抜いた。

 周りを見渡すといつの間に集まったのか、かなりのギャラリーが囲っている。皆誰も声を出さず、俺達を見詰めたままだ。


 ――また……やってしまった気がする……


 これ以上目立たないようにとあんなに思っていたのに、俺は全く学習しないらしい。そう自分で自分に呆れていると、不意にガッと肩を掴まれた。


「いやー楽しかった! こんなに血が沸き立ったのはいつぶりだろう……時間が短すぎたな!」


 そう言ったサイラスは戦う前の爽やかな笑顔で笑っていた。


「君の戦いっぷりを肌で感じて分かったよ。君にぴったりなのは……俺と同じ活動だ!」

「え……」

「全部活に在籍許可を出そう! 俺と一緒に体育会を盛り上げてくれ!」


 ――()()()嫌だ‼


 そう心の中で思った時、大勢の野次馬達から拍手が起こった。皆一様に興奮している。サイラスも同じなのか、俺の肩を掴んで前後に揺さぶりながら鼻息荒く捲し立てた。


「君の能力は色んな部活で重宝する! 形式に囚われず、実戦向きなのがまた素晴らしい! 躊躇いなく相手を獲りに行く姿勢には感動したよ! ここにいる生徒達は技術や能力に長けていても実戦経験が有る者は少ないんだ。ぜひ、君の力を貸してくれ!」

「い、いや、俺は……」

「あーでも、まずは各部の事を知ってもらうのが先だよな……よし、俺が一緒にもう一回全ての部を君と回ろう!」

「いや、だから……」

「それで部活毎の指南を俺がやるとしよう! そうすればまた君と――うぐっ」


 ゴッと鈍い音がし、サイラスが後頭部を抑えてしゃがみこんだ。

 後ろには馬に付ける蹄鉄を手に持ったルカが立っていた。


「後輩を困らせるんじゃありませんよ。あと、貴方には勧誘の前にやる事がある」

「な、何だろう? ルカ君、顔が怖いよ」


 若干涙目になりながら、サイラスはしゃがんだままルカを見上げた。


「僕、言いましたよね? 建物内を壊さないで下さいって」

「え……でもそれは……」

()()()()()()()?」


 黒い笑顔を浮かべるルカに、サイラスは小さな声で「はい」と返事を返した。それを聞き、ルカがむんずとサイラスの襟首を掴む。


「貴方が今すぐやる事は壁の補修です。見てるあんた達も、いつまでもサボってないで散った散った! うちの部員は外で練習を始めなさいっ」


 その一声で周りの野次馬達はあっと言う間にいなくなり、騎馬部の部員達も逃げるように走っていった。そしてルカが俺に視線を向ける。


「君もお疲れ様。今日の所はこれで終了としてもらえるかな? うちにまだ興味があればまた来てくれたら嬉しい。歓迎するよ」


 そう言ってルカは壁の補修にサイラスを引きずって行った。

 俺も出口へ歩いて行くと、まだ残っていた三人に出迎えられる。


「すごかったよ。クロスがあんなに身体能力高いなんて思わなかった! 体育の授業、相当手を抜いてただろう?」


 セシルが目を真ん丸にして興奮気味にズイッと顔を寄せた。後ろでナナが目をキラキラさせて手を叩いている。


「……楽しかった。また見たい」

「あのサイラス会長と互角以上に戦えるなんて驚いたわ。随分と優秀なお師匠様がいるんじゃない?」


 ――完全な独学……は無理があるしな。まぁ名前を出さなければ大丈夫だろう


 ニヤッと笑って探りを入れてくるルルに対し、俺は少し考えてから言葉を返した。


「ああ、悪魔のように容赦ない奴がな。剣も体術もその人から叩き込まれた」

「そう、素晴らしいわね。それだけ技術があれば、魔法が無くても十分戦いになるわ」

「そうだね。魔法禁止で君と手合わせってなったら僕は遠慮したいかな」


 本心かは分からないが、そう言ったセシルの言葉にルルとナナも首を縦に振って同意した。


「それじゃあ僕は生徒会室に向かうとするよ。クロスはもう帰るのかい?」

「本当はあと一個所くらい回りたいんだけどな。でもどこに行くか決めてなくて」

「あら、だったら私達と一緒に来なさいよ。魔導学術研究部、まだ見てないでしょう?」


 言われてみればそうだったなと、俺はルルの言葉に甘える事にした。


 別れ際、ゼルからの伝言だとセシルから言伝を受け取った。それは至ってシンプル、『今度俺とも真面目に戦え!』との事だそうだ。


 そして俺は双子と一緒に魔導学術研究部がある文化部の研究棟へと向かった。

 その道中、二人から忠告が入る。


「……クライヴ・リドラーチェ・モンタギュー。面白い人」

「ええ、少し独特な人物なの。あまり気にしないであげてちょうだい」

「――? ああ、了解」


 よく分からないままとりあえず返事をし、俺達は魔導学術研究部の部室へと移動したのだった。




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