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第13話 有意義な休日

 翌日午後――。


 黒のハイネックシャツにチノパンという至ってシンプルな服装で、俺はカップを片手にセシルの部屋の前で考え込んでいた。

 生まれてこの方、二人の人間しか知らなかった俺はどうにも言葉の伝え方が下手らしい。自分でもだろうなと思っていたのだが、昨日はちょっと言い過ぎたと反省している。兄さんとカノンみたく外面良く出来たらいいのだが……それは今後の俺の課題だ。


 謝る事を念頭に置いて部屋をノックしようと手を伸ばした時、扉がゆっくりと開かれた。


「あ」

「え、クロス? ど、どうしたの?」

「あー……っと、昨日のカップを返しに来た」


 そして綺麗に洗ったカップをセシルに手渡す。


「わざわざありがとう」

「いや、こっちこそご馳走様。美味かったよ」

「それは良かった。いつでも淹れるからまた飲みたくなったら言ってくれ」


 そう言ってセシルがニコッと笑った。どうやら怒ってはいないらしい。


「どこか行くところだったか?」

「あ、うん。遅くなっちゃったけど昼食に。クロスは?」

「俺も今から出かけるところだ。約束があって街にな」

「街……フルールに行くの? いーなぁ。実はまだちゃんと見て回った事ないんだよね。入学前に領主のエクアドル様にご挨拶へ伺った時、馬車で案内はして頂いたんだけど」


 残念そうに言ってるが、それはただ街を見て回るよりよっぽど羨ましがられる事なのではないだろうか。馬車で領主が街中案内なんてそうそうないはずだ。


 ――でもそうか、セシルもちゃんと見て回った事はないのか……


 俺は少し考えて、あいつらなら大丈夫だろうとセシルを誘ってみる事にした。


「ドーナツ屋に連れて行ってくれるらしいんだが、お前も来るか?」

「え、僕も?」


 セシルはえらく驚いた顔をしている。いきなりだし、それもそうだろう。逆の立場なら俺も驚く。


「……ちなみに、ルル達じゃないんだよね?」

「良く分かったな。でもクラスの奴らだ」

「なら僕は行けないよ。君の約束に勝手について行くわけには……」

「あいつらなら平気だろ。ルル達とも普通に話してるし」

「でも……」


 セシルは困ったように、それでいて迷っている感じで、口元に手をあてて悩み出した。


「無理には誘わないが……()()()どうしたい?」


 そう問うと、少し間をおいて遠慮がちにセシルが口を開く。


「行きたい……かも?」

「決まりだな。街の入り口で待ち合わせてるんだ。あんま時間ないからこのまま行くぞ」

「ちょ、ちょっと待って!」


 歩き出そうとした俺の服を後ろから掴まれ、首が締まって「グエッ」とカエルのような声が出た。


「ご、ごめん! その、行きたいのは山々なんだけど、このまま行っていいのかちょっと不安で……」

「またお前そんな事……」

「違くて! 自分で言っちゃうけど、僕、結構顏が広いだろ? 街は他の生徒もいるだろうし、警備で巡回してる騎士団の中にも僕の事知ってる人とかいて……見つかると挨拶とかしに来てくれちゃうんだ」

「うん、で?」

「せっかくお邪魔するなら僕もゆっくりしたいし、相手の人達も忙しないのは嫌だと思うんだよね」

「それは……まあそうだな」


 言われて、苦笑いで場を取り繕うリファと、挙動不審にオドオドするミサの様子が目に浮かんだ。


「だから、ちょっと方法考えさせて!」


 そう言ってセシルは腕を組んで考え出したが、んなもん方法は一つしかないだろう。


「セシル、お前眼鏡とかは?」

「え? いや、僕視力めちゃめちゃいいから……」

「帽子は?」

「日よけのぐらいしか……」

「そうか。なら、ちょっと待ってろ」


 俺は部屋へと戻り、目的の物を手に取ってセシルへ渡すと、道中歩きながら身に付けるよう指示を出した。

 困惑気味なセシルを時間が無い事を理由に急かし、俺達は街へと急いだのであった。





 ******





「悪い、待たせたよな」

「うんん、私達も今さっき着いたところだから」


 タイトな長袖シャツにハーフパンツ、足首が綺麗に映るシンプルなパンプスを履いたリファと、可愛らしい花柄のワンピースに茶色の編み込みカーデガンを合わせたミサがすでに街の入り口で待っていた。


「一人誘って来たんだけど、いいよな?」

「私達は全然構わないけど……クロス君、そちらの方は?」

「ん? 顔見れば分かるだろ」


 二人が俺の後ろに立つ男をじーっと見つめる。


 白い薄手のセーターに焦げ茶色のスキニーパンツといったシンプルな出で立ち、黒のニット帽へ長い後ろ髪をしまい、度の入っていない黒縁眼鏡を掛けたセシルの姿はパッと見近くで見てもそれが誰だかは分からなかったようだ。


 しかし、顔を隠している訳ではないのでその正体は二人にすぐバレてしまう。


「「セ、セシル様っ!」」

「はは……こんにちわ」


 目を見開いて驚くリファとミサに、変装している事を気恥ずかしそうにしているセシル。

 その様子を見て、俺は満足気に頷いた。


「これなら街に入っても大丈夫だな。ほら、固まってないで案内してくれ。俺とセシルは場所知らないから」

「ぇえ⁉ ちょ、クロス君!」


 ズイズイと歩いていく俺を追い、慌ててリファが走ってくる。後ろでは混乱したままのミサと苦笑いのセシルが一緒に歩いてきていた。


「すいません、急にお邪魔してしまって」

「い、いえ! そんな……あ、あの、セシル様」

「はい?」

「そ、その格好……似合ってます」

「――! ……ありがとう」


 ・

 ・

 ・

 ・


 リファに案内されて着いた店は休日という事もあり、年頃の女子達やカップルで賑わっていた。ショーウィンドウにはカラフルで可愛らしい形の様々なドーナツがところ狭しに並んでいる。


「うわぁ、僕こんな沢山のドーナツを見るの初めてだよ」

「俺も、こんな沢山の()()を見るのは初めてだ」


 小さい頃、カノンが一週間分のおやつだと言ってテーブル一杯、キツネ色一色の山盛りドーナツを出してきた時の事を思い出した。


 ――あの時は“親の仇ドーナツ”と名付けたぐらいトラウマになりそうな食べ物だったが……こんな色んな種類があったんだな


「食べたいものが決まったら店員さんに伝えて取ってもらうの。一緒に飲み物も選んでね」

「あ、じゃあ皆さん好きなの選んで下さい。ここは僕が……」

「それなら前に奢ってもらってるから俺が出すよ。何がい……」

「ダメ‼」

「ですっ!」


 女子二人の息ピッタリなツッコミに、俺とセシルは思わず顔を見合わせた。


「同級生なんだ……ですから、そういうのはダメです!」

「自分の分は自分で、ですっ!」

「「わ、わかりました」」


 二人の勢いに押され、俺達はそれぞれ好きなドーナツと飲み物を買って席に着いた。

 大見栄を切ったものの、硬貨を使った初めての買い物に内心ドキドキしていたのは秘密である。


「にしても買ったなぁ。ほんとにそんな個数食べれんのか?」

「女子はスイーツの別腹を持ってるからね、余裕余裕♪」

「で、でも一番買ったのは……」

「ああ、さすがにそれは買い過ぎだろう」


 セシルの前には種類の違うドーナツが十個、そしてコーヒー紅茶が一杯づつ置かれていた。


「こういった所が初めてだったからつい……飲み物もどっちが合うか分からなかったので」


 そう言って気恥ずかしそうに苦笑いしているが、妙に嬉しそうというか気合いが入ってるというか……。


 ――まさか全部食べる気じゃないだろうな……


「セ、セシル様はあまり大衆の場には行かれないのですか?」

「ええ、あまり経験がありません」

「そ、そうですよね……」


 よほど緊張するのか、セシルと話す時のリファはかなりぎこちない。

 セシルもどうしたらいいのか分からないみたいだ。

 ミサはリスみたいに黙々とドーナツを齧っている。


「なぁリファ、さっき『同級生なんだから奢ろうとすんな』って言ってただろ。なんでそんな他人行儀なんだよ」

「ちょっ、私そんな言い方してないよね⁈ それに他人行儀って……」

「セシル、この二人の名前覚えてるか?」

「え? ああ、もちろん。リファ=フロンティーヌさんとミサ=サリーシャさん、ですよね?」


 それを聞いた二人は感動した様子ではにかんだ。


「すごいなお前。俺、顔も名前も分からなかったのに」

「それはさすがに失礼でしょ……最初に自己紹介もあったじゃないか」

「そうなんです、セシル様! クロス君ったら全く私達の事知らなかったんですよ? 悲しいですよっ」

「セシルは全く知らないって言ったら喜んでたぞ」


 その発言に、二人は口をあんぐり開けて固まった。


「何かその言い方だと僕が変人みたいなんだけど……」

「俺と仲良くしたいと思ってる時点で変人だ」

「プッ、それ自分で言っちゃうんだ」


 俺達の会話にリファとミサが呆然としながら言葉を発した。


「……お二人……仲が良いんですね」

「クロス君て……やっぱりすごい……」

「そうか? お前らも様付けなんかしないで普通に呼んでやれよ」

「そ、そんな失礼な事できるわけないじゃない!」

「恐れ多いですーっ」


 二人はすごい勢いで両手をブンブンと左右に振り、慌てふためく。


「何でだよ。校長も言ってただろ? 自由で平等、差別区別も存在しない。固定概念や偏見は一度捨てろってな。セシルもいいだろ?」

「当然だよ。僕も、リファさんとミサさんってお呼びしてもいいですか?」

「もちろんです! さん付けもいりません! ね、ミサ?」

「は、はい! 是非、呼び捨てで!」


 そう言われ、セシルが嬉しそうに微笑み、その顔に二人は薄っすらと頬を染めた。


「それじゃあ……リファ、ミサ、これからよろしくお願いします」

「は、はい! セ、セ、セシ、セシ……」

「リファちゃん……」


 壊れた人形のようになったリファをミサが応援するように見つめる。

 一度ゴクッと喉を鳴らして、意を決したようにリファが叫んだ。


「セシル…………様‼」

「何っっでだよ!」


「そこは頑張るとこだろう!」と思わずつっこんでしまった。


「だ、だって、いきなりはやっぱ無理よ!」

「お前なぁ……」

「で、でも!」


 そう言ってリファはセシルの目をしっかり見据えて言葉を続けた。


「普通に挨拶したり、話し掛けたり……こうやって何かに誘ったりしても、いいでしょうか?」

「――――!」

「まだ呼び捨てとか、君付けとか……まして敬語を完全に取り払うのは厳しいのですが……憧れのセシル様とクラスメイトとして接する事が出来たら、嬉しいです!」


 驚くセシルを他所に、それにミサも続く。


「わ、私も! セシル様と色々お話し出来たら……嬉しいですっ」


 ――まあこれでも前進したか


「だってよ、セシル。良かったな」

「……うん。すごく嬉しい。よろしくお願いします」


 満面の笑みを見せたセシルに、今度は二人ともはっきりと頬を赤く染めていた。




 その後、ミサは多少の緊張が残っていたがリファは元々人見知りしない性格だったようで、ドーナツ屋を出る頃にはセシルともだいぶ砕けて話せるようになっていた。


「自分へのお土産にってそれ……いったい何個買ったんですか?」

「……二十個ほど……」

「そんなに⁉」

「だ、だって日持ちするってリファが言ったんじゃないか!」

「二、三日って言いましたよね⁉ 買い過ぎですよっ」


 仲良くなれたみたいで何よりである。


「クロス君、今日はありがとう。いっぱいお話し出来て、楽しかったです」

「俺も、知らない事聞けたりして勉強になったよ」


 植物や動物が好きと言っていただけあって、ミサの知識量はすごいものだった。リファとは幼少期からの幼馴染という事も話してくれて、二人の出身が俺の故郷(という事になっている)エメラルダである事も分かった。しかし、エメラルダと言う国はとても広いらしく、俺の出身(という事になっている)シュッツァ村は二人とも行った事も無ければ場所も知らないとの事だった。


「あっ、この雑貨屋さん可愛い~! ちょっと覗いてもいいかな?」

「私も、あそこのお花屋さん、見て来てもいいでしょうか?」


 俺達に了承を取って、二人が店へと向かって行った。その場に俺とセシルの二人が残る。


「クロス、今日は誘ってくれてありがとう。すごい楽しかったよ」

「ああ、見てれば分かった」


 ――あんな嬉しそうに大量のドーナツ、食いきるとは思わなかったよ……


「自分の気持ち、口に出すって大切なんだなって改めて思ったんだ。ありがとう、気を遣ってくれて」

「遣ってたのはお前だろう。まあ……俺が遣え無さ過ぎたんだよな」

「そんな事ないよ。僕が、他人の顔色を伺いすぎるからダメなんだ。分かっていても長年そうしてきていると癖みたいになっちゃって……でも君に喝を入れられて目が覚めた気がする」


 やっぱり気にしていたのかと俺は再び反省した。


「あれは……悪かった。言葉を選ばなさ過ぎたな」

「自惚れるなってのは効いたよ~」

「だから悪かったって……」


 そう言って謝ってみたものの、なぜかセシルはおかしそうにクスクス笑っている。


「いや、ほんと、言われて嬉しく思ってる僕はやっぱ変人かな」

「嬉しいのか? それは……」


 ――変人というか変態……


「ちょっと、罵られて喜んでる訳じゃないからね」


「失礼な事思ってないかい?」とセシルが白い目を向けてきたところで、買い物を終えたリファがタイミングよく戻ってきた。


「ごめんね、お待たせしました」

「いや、じゃあミサの所へ行くか」

「まだ戻って来てないのね……あの子、夢中になると時間忘れちゃうの」


 そして少し先にある花屋へ歩き出した時、リファが覗いていた雑貨屋のショーウィンドウに飾られた物が目に入った。俺は二人に先に行くよう声を掛け、それを見に雑貨屋へと歩いて行く。



 その後、花屋で三人と合流し、街をブラブラ見学しながら帰路へとついたのであった。





******





 リファ達と別れ、寮へ着く頃にはすっかり日も暮れてしまっていた。


「こんなゆっくりと過ごせた休日は初めてだったかもしれない。お店も色々見て回れて楽しかったよ」

「また美味しい店探しとくって言ってたぞ。気になるスイーツの店がいっぱいあるんだと」

「ほんと? 今から楽しみだな~♪」


 言葉通り、ワクワクした様子でセシルが身体を揺らしている。俺も甘い物は好きな方だが、今日の食いっぷりを見るにセシルの甘党には付いて行けそうにない。


「次はあいつらも誘ってみるか。特にナナは食うの好きみたいだからきっと喜ぶ」

「そうだね、そうしよう。それじゃあ……と、これ返すの忘れてた。帽子は洗って返すね。お陰様で伸び伸びできました」

「それは良かった」


 セシルの手から眼鏡と帽子を取り上げ、代わりに雑貨屋の包みを手渡す。


「え?」

「お茶のお礼とお詫びも兼ねて。あると便利だったろ?」

「……藍色のキャスケットと……水色の眼鏡……」

「あと洗濯は自分で出来る。それじゃあな」

「ちょ、え、これ……」


 セシルの言葉を待たずに部屋の中へと入る。

 突き返されてもあれは俺には似合わない。カノンから一応で渡されたこれだけで俺には十分だ。


 正直、誰にも絡まれない今日みたいな一日は実に快適だった。きっとセシルもそうだろう。


 有効に使ってくれたらいいなと思いつつ、俺は部屋着に着替えて残りの時間をゆっくりと過ごしたのであった。



この話の閑話(リファ目線)を書いたのですが上げ場所を迷ってまして……気楽に書いた物なのでとりあえず活動報告の方にでも載せようかなと思います。

興味がありましたら探してみて下さい。

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