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第12話 精霊の園

 綺麗な花が咲く庭園を見ながら美味しそうな食事がテーブルに並んだ。

 

 とろけたチーズが溢れるホットサンド、半熟卵のぷるぷるオムライス、つやつやとオレンジ色に輝くナポリタン、ミートソースとチーズの焼き目が香ばしいラザニア、新鮮な魚介が香るホワイトドリア……俺はここに通って全てのフードを制覇すると心に決めた。


「ここに着くの私達と変わらなかったけど、用事は終わったの?」


 くるくると器用にフォークでパスタを絡めながらルルが言った。


「ああ、それはまた今度にした。今日は失敗だ」

「ふ~ん?」

「んな事より最後のあれ、面白かったな! 俺も早く部活に入って参加したいぜ♪」


 思い出しただけでも楽しいのか、えらいワクワクしてゼルがはしゃいでいる。


「貴方の場合、ただ煽って楽しみたいだけでしょ」

「……趣味が悪い」

「へっ⁉ いやいや、誤解ですよ。俺がそんな……」


 ゼルの視線が明後日の方へと向いていく。――図星だな。


「体育会会長サイラス=オールブライト、文化部会長クライヴ・リドラーチェ・モンタギュー……何であんなに衝突してるのかしら」

「……庶民と貴族……だから?」

「確かにサイラス会長は庶民でクライヴ会長は貴族だけど、違うと思うぜ? そんな理由で罵り合ってたら風紀委員会が許さないだろ」


 そう言ってゼルは大きく切ったラザニアを美味しそうに頬張った。

 それもそうだなと納得していると、その答えをセシルが教えてくれる。


「あの二人はちょっと特殊らしいんだよね。真逆の分野でお互いに天才だから……」


 ドリアを食べる手を止めて、なぜかセシルが遠い目になった。


「そうか、セシルは生徒会入んだもんな~。予算会議や活動報告なんかであの人達を相手しなくちゃなんねーのか」

「うん……幼馴染でお互い昔から優秀なもんだから衝突が絶えないらしいんだ」

「例えば何が優秀なんだ?」

「その分野の()()だよ」


 その言葉を受けて、ゼルが目をキラキラさせて語りだした。


「サイラス会長ってな、実はどの部活にも属していないんだぜ」

「は? 体育会の会長なのに?」

「そう! でも全ての部に在籍してる。身体能力がズバ抜け過ぎてんだよ。体育会系の部活全てのピンチヒッター、練習相手、技術指導……サイラス会長には何でも頼めるんだぜ。出来ない事がないからな!」


 それは優秀とかのレベルじゃなくほんとに天才なのだろう。やった事もないのにやらせたら何となく出来ちゃう奴、いるよな。少し練習したらすぐ形になる奴……


 ――俺の周りならカノンがそうだな。きっと兄さんもそうなんだろうけど


「クライヴ会長もすごいのよ? 会長は芸術の感性も素晴らしいし、何よりもその豊富な知識が詰め込まれた研究と開発には世界中が注目しているわ。すでに沢山の実績も残されているしね」

「例えば?」

「イビルホール……あれを消滅させるの、簡略化した。魔道具……精霊をそのまま宿らせるモノ、作った」

「もしかしてこの腕輪か?」

「ええ、クライヴ会長の作ったものを元にここまで作り上げたそうよ。ちなみに会長が最初に作った試作品は()()ですって」


 もうあれだ、天才って言葉はこういう人のためにあるのだろう。


 精霊の力を魔道具で具現化するモノは色々あるが、精霊そのものをモノに宿らせるという発想は何百年も研究されていた精霊学の課題の一つだったはずだ。

 それを実現したのが五才の子供……しかも精霊に拘束や洗脳など非人道的な事はせずに、だ。


「対極の天才同士、自分にない要素が相手にある反発心?」

「う~ん……正確にはお互いを認め合ってるのに素直になれない反抗心、かな」

「相手の分野に全く興味無いのに、お前は俺のやってる事に興味もて! って、会長達はそういう考えだからなぁ。巻き込まれる奴らは大変だろうぜ」


 ――なら喧嘩ばかりしていても仲が悪いって訳でもないんだな


「にしてもよ、セシルはすごいぜ! こんな早い時期に生徒会なんて今までないんじゃないか?」

「そうね。本来なら早くても夏休み明けからだそうだもの」

「実は生徒会長とは昔からの知り合いでね。皆はもう入る部活決めたのかい?」

「俺は騎馬部! 魔法騎士目指してるからな」

「私達はクライヴ会長の下で研究するために魔導学術研究部に入るわ」

「……楽しみ」


 そして皆の視線が俺へと集まる。


「俺は……まだ未定だ」

「そっか。まあ時間はまだあるからね。見学したりしてゆっくり決めたらいいよ」

「ああ、そうするつもりだ」


 話がひと段落したところで隣に座るナナから熱い視線を向けられた。

 正確には俺のオムライスを凝視している。


 ――もしかして、食べたいのか?


「……味見してみるか?」

「――っ‼ ……いいの?」


 パッと顔を上げ、キラキラした目を向けられる。


 ――でもナナはホットサンドでスプーンがないんだよな……


 少し考えて、自分のスプーンにオムライスを乗せてナナへと差し出す。

 ナナは躊躇うことなくそれをパクっと口に含んでもぐもぐ口を動かし、「美味しい」と幸せそうに笑った。


 ――スプーンを受け取ってもらおうと思ってたんだが……まあいいか


 そう思った俺へ、ゼルの悲痛な声が飛ぶ。


「ちょーーっ⁉ お前、何やってんのっ! ナナちゃん、俺の最後の一口もあげるっ」


 ずいっとラザニアの乗ったスプーンを差し出すが、ナナはオムライスをもぐもぐしたまま幸せに浸っている。


「ぐぬぬぬ……じゃあはい! ルルちゃ……」

「結構よ」

「ガーーン」


 玉砕したゼルがガクッと肩を落とし、その場が笑いで包まれた。





 ******





「それじゃ、俺はここで。また寄る所あるから」


 訝しんだゼルがこちらにジト目を向けてくる。


「ここ、フェリスちゃんゾーンだけど……まさか会いに行くわけじゃねーだろうな」


 ギクッとしたが、何とか平静を保つ。


 ――女性に関するゼルの勘の良さは何なんだろうな……バレたら色々面倒だし、誤魔化すのが正解か


 てかフェリスちゃんゾーンてなんだと思いながら、それとなくゼルを言いくるめて皆を帰す事に成功する。

 去り際にルルが俺の顔を見上げ、「たらしの才能、あるかもね」と不敵に笑った。

 意味は良く分からなかったが、とりあえず植物園へと向かう事にする。


「……さてと、いるといいけどな」


 ・

 ・

 ・

 ・


 中に入ると花の世話をするフェリスを見つけた。


 ――いたな。良かった


 俺に気付いたフェリスがパァァと表情を明るくし、こちらへ小走りでやってくる。


「こんにちわ! 来てくれたんだぁ☆」

「ああ、さっきまでカフェに居たんだ。帰り道だったからな」


 その言葉に、フェリスがプーっと頬を膨らませた。


「……ついでなの?」

「ん? 会いに来ようと思ってたからカフェにも行ったんだよ」

「ほぇ⁉」


 ボンっと顔を赤くし、両手で頬を抑えて後ろを向いてしまった。


「不意打ちだ~……」

「何か言ったか?」

「あ、うんん! 何でもないよっ」


 そう言って慌てて手を振りながらフェリスが俺に向き直る。


「一人でこの辺一帯を見てるのか?」

「うん、みんなのお世話をできるのは私だけだから」

「みんな?」

「そう、みんな」


 すると周りの花々から淡い光が点々と現れた。


「これは……」

「精霊だよ。形も意思もない、か弱い子達。今はお散歩中なの」

「散歩?」

「そっ、ついてきて☆」


 言われるままフェリスの後をついていくと、植物園の奥にある何の変哲もない壁の前に案内された。すると俺の腕輪が光り、そこからナビィが現れる。


「ナビィ、あの子達がクロス君を怖がらないようにしてあげて」

「オッケー☆」

「???」


 フェリスはクスッと笑って壁に手を当てると、そこに魔法陣が浮かび上がり、光の中から一つの扉が現れた。ゆっくりとその扉が開かれる。


「……すごいな」


 思わず感嘆の声が漏れた。

 それ程に美しい光景がそこには広がっていた。


「綺麗でしょう~! 秘密だよ?」


 そう言われた場所は太陽の光が眩しい、色とりどりの花が咲く緑の楽園だった。


 鳥籠のような形をした部屋は全面にガラスが張られ、真ん中には立派な大木が一本、その場所の主であるかのように立っている。

 澄んだ水が周りを囲み、美しい蓮の花が水面に浮かぶ。

 地面に生える青々とした草は綺麗に剪定され、色とりどりの花が咲き乱れていた。


「みんなー、大丈夫だから出ておいでー!」


 フェリスの声に誘われて、色とりどりの淡い光が辺り一面に浮かび上がった。


「ここは私が保護してる精霊達のお家なの。素敵な場所でしょ?」

「ああ……本当に、綺麗だ」

「でしょ~? 夜はもっと幻想的で綺麗なんだよ! 今度見に来て☆」

「いいのか?」

「もちろん! でも私がいない時はダメ。この子達はヒドイ事されて傷付いた子達なの。慣れない人がいると本能的に怖がって隠れちゃうから」


 ふわふわと飛ぶ光の玉を見渡すと、よく見ればその光は弱々しく、そして少し濁った色をしている。


「あれは……」

「分かる? そう、あの子達は自分の魔素(エーテル)を浸蝕されたの。イビルホールの発生によってね。今は長い時間をかけて浄化してるところだよ」


 そう言ってフェリスは悲しそうな顔で精霊達を見つめた。


「完全に混じってしまったら元に戻すのは難しいから……助けられなかった子もいっぱいいるんだ」

「……そうか」


 湿っぽくなった空気を払拭するように、フェリスがパンッと手を叩いておどけてみせた。


「さて問題です! なぜ私はクロス君にこの秘密の場所を教えたのでしょ~か?」

「……は?」

「ここ、学院でも数人の人しか知らないの」

「へぇ……」

「あ! でもこの間、何となくここに気付いてる子がいたな~。あの子は教えても大丈夫かも☆」

「……そうか」

「で、何でだと思う?」

「何でって……」


 実は俺、精霊学は苦手分野の一つだったりする。しかも、かなり。


 学問としては問題ないのだが、如何せん精霊に好かれないのだ。そのせいで魔法を使うにもなかなか苦労しているのが現状だった。


 そもそもとして、人が魔法を使うには自分の魔素以外に自然にある魔素を使う必要がある。四大元素には精霊が宿り、星に命の息吹を与えている。自分の力と自然の力が合わさり、色々な魔法が使えるのだ。


 魔法の才がある者はだいたい何かしらの守護を精霊から受けている。強大な力を持つ精霊から自我があるくらいの微弱な精霊まで種類は様々だが、与えられるものなのだ。兄ほどの人物ともなると精霊の他に天から与えられた加護を持っていたりもする。


 何度も言うが、俺は何の守護も持っていない。多分、この学院で俺だけだ。


 別に珍しい事でもないのだが、それは村人や農民と言った魔力の弱い一般人の中での話で、魔法に携わる職業を目指している者の中ではなかなか無い事だろう。


 まあ俺の場合、守護が無くても全く魔法が使えないという訳ではないし、有るか無いかが他人から目で見て分かる訳でもないので物凄く困るという訳でもないのだが……それでも基礎的な魔法すら自分の意思で使えないのはなかなかに悲しいものがある。


 ――実際、精霊の力が無ければ使えない魔法も多いしな……


 と言うか、ほとんどだ。なので力のある者から見れば俺が何の守護も持たないというのはバレバレであろう。


「俺が精霊に嫌われてて可哀相だから、とか?」

「何それー」


 フェリスはまたもや頬をプーっと膨らませて不服そうだ。


 ――あれ? 気付いてると思ったんだがな……


「昔からそうなんだよ。精霊の存在は感じるが力は貸してもらえない」

「そうなの?」

「……そう言えば……何で俺、精霊が見えて――」

「クロス君はさ、守護がない事、気にしてる?」

「え?……ああ、まぁ少しはな。でもそれはいいんだ」


 ――やっぱ気付いてたか


 そう言うと、フェリスがキョトンとした顔で首を傾げた。


「え、いいの?」

「ああ。俺も嫌いな奴の手助けなんかごめんだしな。いつか仲良くなれたらとはずっと思ってるけど」


 その言葉に、フェリスが嬉しそうに微笑んだ。


「やっぱり正解。……だから教えたんだよ」

「え?」

「君は不思議。すごい優しいのに……すごく怖い。だから精霊も近付きたいのに近付けない」

「…………」

「誤解しないで。嫌いな人に、精霊は存在自体明かさないよ」


 そう言ってフェリスが俺の手を取り、部屋の外へと連れ出した。


「クロス君、今日はありがとう。また話そうね」

「あ、ああ……またな」


 俺はフェリスの笑顔に促されるように植物園を後にした。





 ******





 その日の夜――俺は入学式の時に見つけた庭園のベンチに座り、夜空を見ながらフェリスの言葉を考えていた。


『君は不思議。すごい優しいのに……すごく怖い。だから精霊も近付きたいのに近付けない』


 ――あれはどういう意味なんだろうな……


『誤解しないで。嫌いな人に、精霊は存在自体明かさないよ』


 ――存在を感じる事が出来る俺は嫌われていない……って、事でいいのだろうか


「何か分かるならもっとはっきり教えてくれたらいいのに……」

「何が?」

「――――⁉」


 急に声を掛けられ、驚いた拍子に思わずベンチからずり落ちる。


「ご、ごめん! そんなビックリすると思わなくて……」


 振り向くと、そこには申し訳なさそうにするセシルが立っていた。


「何だ、お前か。驚かすなよ……」

「ごめんごめん」


 座り直した俺の横にセシルも座り、持っていたポットのお茶を差し出される。


「夜風にあたりながらお茶しようと思ったんだ。君もどうだい?」

「ああ、もらう」


 カップを受け取ると温かいお茶の湯気が甘い花の香りを運んでくる。


「いい匂いだな」

「僕の国のお茶なんだ。寝る前に飲むとよく眠れる」


 口に含むと花の甘さか、砂糖とは違うほのかな甘みが口の中に広がった。


「生徒会長に聞いたよ。いい戦いっぷりだったって」

「ああ、先週のか。知ってる魔物だったからだ。ゼルもいたしな」

「うん。怪我とかなくて安心したよ」

「俺はそんなに弱くない」

「はは、そうだね」


 そう言って微笑むと、目を伏せて声も小さくセシルが言った。


「君の強さに、僕は甘え過ぎてる自覚はあるんだ」

「……?」

「もし迷惑と思う事があれば、遠慮なく言ってほしい。あまり上手くないんだ、人との距離の取り方が」


 ――……驚いたな。こんな誰からも好かれるような奴でも俺と同じような事を思うのか


 そう思い、今まで思っていた事をセシルに話してみる事にした。


「自分のしたいようにすればいいじゃないか。お前のそれは、我が儘じゃない」

「……ありがとう。でも、僕は自分の事で迷惑を掛けたくないんだ……」

「迷惑……ね。今更だな」

「はは、そうだよね……」

「じゃあその気遣いが迷惑だって言ったら、お前はどうする?」

「え?」


 セシルが目を丸くして俺を見る。


「お前のその気遣いが俺には迷惑だ。あんま自惚れるなよ」

「う、自惚れ??」

「そうだ。お前が俺の何を強いと思ってるかは知らないけどな、俺はもうとっくに目立ちまくってるし、ひがみやっかみも受け入れてる。レミーラが突っ掛かってくるのもセシル、お前が理由な訳じゃない。庶民の()()対しての感情からだ。分かるだろ?」

「う、うん」

「ならお前が俺に気を遣って遠慮するのはおかしくないか? これは俺の問題だ」

「…………」


 ここで俺は核心に触れる。


「お前も、無意識に貴族と庶民の境界線を引いてんじゃないか?」

「――⁉」


 セシルが驚愕したように顔を強張らせた。


「俺は迷惑だとお前に一度も言っていない。もちろん、他の奴らもだ」

「…………」

「貴族も庶民も関係なく、みんなと仲良くしたいんだろ? なら相手が迷惑だって言うまで我が儘言ってみろよ。俺も開き直ったんだ、お前も開き直って勇気出せ」

「……クロス……」


 ――……しまった。少し強く言い過ぎたかもしれない


 泣き出しそうなセシルの様子にいたたまれなくなり、俺は勢いよく立ち上がった。


「じゃ、じゃあな。このカップ、明日洗って返しに行くから」


 そう言って、その場から急いで立ち去ったのだった。


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