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第8話 短気は損気

 入学式を終えてから五日目の今日、やっとオリエンテーションも終わり、仲良くなったクラスメイト達の話声も賑やかになった。最初の頃の硬さやよそよそしさはもう無くなっている。


「おはようクロス君、ゼルディア君!」

「おはよう」

「おはよ~リファちゃん♪」


 彼女の名前はリファ=フロンティーヌ。昨日昼ご飯を一緒に食べたクラスメイトの一人で、気の利く明るい女子生徒だ。明るい茶色の長い髪と同じ色の瞳は快活な彼女によく似合っている。

 リーリウム君呼びは慣れないから止めてくれと頼んだら、嬉しそうに「クロス君」と呼び名を変えてくれた。最初は緊張していたようだが食べ終わる頃にはゼル達とも打ち解け、名前で呼び合うようになっていた。


「貴方達、早いわね。おはよう」

「……おはよう」

「ルルさん、ナナさん! おはようございますっ」

「あらリファ、後ろ、寝癖が付いてるわよ」

「ぇえ!? す、すいません! ありがとうございますっ」


 顔を真っ赤にしながらペコペコお辞儀をしている。ルル達にはまだ少し緊張するみたいだ。

 そこにセシルが登校してきた。


「やぁ、おはよう」

「セ、セシル様っ!?」

「おはよう。いつも俺らより早いのに今日は遅かったな」

「うん、職員室に寄ってきて――」

「わ、私自分の席に戻ります!!」


 そう言ってリファは慌ててバタバタと走り去っていってしまった。それを見たセシルが寂しそうに笑って視線を落とす。


「セシル?」

「あ、あぁ、ごめん。何でもないよ」

「気にするなよ、昨日は俺達にもあんなだったぜ」

「……うん、おどおどしてた」

「ありがとう。じゃあ僕にももう少ししたら慣れてくれるかな」


 ははっとカラ笑いをするセシルは、やはり少し寂しそうに見えた。


 ・

 ・

 ・

 ・


「皆さんおはようございます。今日で無事、最初の一週間が終わりです。五日間は午前と午後の通し授業、一日は午前授業のみ、そしてもう一日は丸々休み。こんな感じで毎週同じようなタイムテーブルで授業は進みます。なので今日は午前で授業が終わりますから皆さんあと一息、頑張りましょう」


 そう言いながらエミリアがプリントを配って回る。書かれているのは来週からの時間割と授業内容、そして前期に予定されている行事日程などだ。

 大きいイベントとしては、一学年全十クラスで行われる魔法対抗試合だろうか。学期最後に五日間の合宿形式で行う、クラス対抗総当たり戦だ。


「ここに書いてある通り、来週から本格的な授業が始まります。その前に、変な雑念が湧かないよう復習といきましょう。リーリウム君、この学院の基本理念は覚えていますか?」

「差別区別なく自由で平等、です」

「その通りです。しかしそれは何のルールもないと言う訳じゃありません。

 自由というのはある一定のルールの下にあるものです。自由であるために最低限のルールが存在します。そうでなければただの無法ですからね。

 平等と言うのは言葉の通りです。厳しい入学試験を突破した皆さんのスタートラインは一緒です。そこに家柄や経歴を当学院では一切評価に含みません。教養と実力、そして人となりが評価の対象となります。逸脱した考えや行動を取らないよう、その事をしっかり覚えておいて下さい。

 それでは次に、皆さんが目指す()()使()()とは何か……もちろん分かりますね? アクアマリン君」

「はい。与えられた力を正しく行使し、守護者の役割を果たす者です」

「結構です」


 エミリアはそこで一度言葉を切り、真剣な面持ちに変えて話を続けた。


「このヴィタリアは約千年前に現れたとされる女神様により守られています。女神様が施した結界が外界からの干渉を遮断し、その結果、幻獣や魔獣の出現は減り天使と悪魔による争いからも解放されたのです。

 人はこの平和を守るためより一層魔法の研究に励み、種族間の壁を越えて手を取り合うようになりました。

 数百年後、一人の魔導師が世界の異変に気付きます。

 ヴィタリアの各地にイビルホールと呼ばれる原因不明の現象が起きるようになったのです。それは黒と灰色のモヤで覆われたブラックホールみたいなもので、あらゆる生物に影響を与え生態系をも変えかねない非常に危険なものとされました。発生場所も発生時期も法則性がなく、調べたくても放っておけばいつの間にか消えている……そんな厄介な現象なのです。このイビルホールは年々発生件数が増えていき、それと比例して幻獣や魔獣の出現も増加し、さらには人同士の争いも増えていきました。

 そして今から五百年前、女神様が施した結界の力が徐々に弱まっている事が判明します。当時の研究者はイビルホールの発生、そして増加原因がこの事に起因すると結論付けました。

 魔法の研究も進み、イビルホールの消滅方法も見つけた人間はいずれ来るであろう未来に備えて魔法学院を創設します。国内の治安と秩序を守り、女神様の守りが無くなる日を想定した戦力と知識の強化施設です。

 そこに属する皆さんは先人達の知識や技術を受け継ぐ新たな守護者の卵としてここにいます。様々な思いと覚悟を持ってこの学院へ足を踏み入れた事でしょう。この歴史を引き継ぎ、より高みを目指して励んで下さい。そして次代にこの歴史を引き継いでいくのです――」


  皆真剣に耳を傾けていた。

 自分達の気持ちを再確認しているのだろう。

 俺も身が引き締まる思いだ。


「でも皆さんはまず、一刻も早く学院に慣れる事から始めて下さいね。それではプリントの説明に戻ります――」


 こうして午前の授業は進み、入学してから最初の一週間が終了した。





 ******





「はぁ、やっとゆっくり出来るぜ。ルルちゃんナナちゃん、この後お昼ご飯でも一緒にどうだい?」


 ニカッと笑ってゼルがウキウキしながら二人の返事を待っている。


「嫌よ……と言いたいところだけど、貴方と()()じゃなければ付き合ってもいいわ」

「……お腹空いた」

「ひでー! けどまぁ背に腹は代えられないか……じゃあお前らも来るか?」

「来るかどうか聞くなら――」

「来てください」


 ゼルがペコリと頭を下げる。


「……セシルはどうするんだ?」

「え、僕? 僕は……迷惑じゃなければ、行こうかな」

「…………」


 ――どうも最近のセシルはこう……遠慮がちと言うか何と言うか……


「じゃ、決まりだな! どこに行く?」

「昼食にはちょっと遅くなるけど着替えて街に出てみない? 明日行こうと思ってたんだけど行けるなら今日がいいわ」

「……明日は寝てたい」

「いいねぇ♪ 二人もそれでいいか?」

「大丈夫だ」

「うん、僕も」

「そんじゃ、三十分後に校門の前な」


 そう約束をして俺達は一度寮へ帰る事となった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「セシル様!」


 ルル達と別れてすぐ、レミーラ達が走ってこちらにやってきた。


「お昼をお誘いしようと思ったらもう教室を出てらして……」

「ああ、すいません。今日はゼル達と食べに行く約束をしてて……今から出掛ける所なんです」

「それではわたくし達もご一緒してよろしいですか?」

「一緒に……ですか? そうですね……僕が勝手に返事は出来ないので……」


 そうセシルが苦笑いしている横でゼルがニヤッと意地悪く笑った。そしていきなりガシッと肩を組まれる。


「レミーラちゃん、こいつも一緒だけど仲良くしてくれる? 雰囲気悪くなると機嫌損ねちゃいそうな子がいるんだよね」


 俺はギョッとしてゼルを見やり、レミーラは軽く目を見開いて固まった。


 ――そんなの無理に決まってんだろ……昨日大激怒されたばっかなんだぞ……


 しかし、レミーラはその顔を一瞬で笑顔に変えると、口元に笑みを浮かべて言葉を返した。


「ええ、もちろんですわ。わたくしもリーリウム君には興味がありますから。でも残念ですが彼、すでに約束があるはずですわよ? さっき()()の女生徒が『約束してたのに居なくなっちゃった』って言いながら彼を探してましたから」


 その発言に、俺のこめかみがピクリと動く。


「それに彼、大人数が好きじゃないみたいなのでわたくし達が参加したら嫌がられちゃうと思うんですのよ……ああでも、庶民の方達の方に行くのなら問題ないですわね」


 ニコッと笑ってレミーラが扇子を取り出した。


「ね、クロス=リーリウム君?」


 その扇子で口元を隠すと、俺にしか見えないように下卑た笑みをそこに浮かべる。

 プチンッと小さく、俺の中で何かが切れる音がした。


「お前、いい加減にしろよ」


 言い返されると思ってなかったのか、レミーラ達が目を見開いて固まった。

 セシルは心配そうな顔を向け、ゼルは笑い出しそうな口元を必死に食いしばっている。


「あ、貴方……今、わたくしに……⁈」

「お前以外に誰がいるんだよ。俺はな、嘘を吐く奴と自分以外の奴に自分の事を決められんのは許せないんだ。俺を嫌うのは勝手だけどな、俺の予定や気持ちをお前が決めんじゃねーよ」

「――――っ⁉」

「き、君! レミーラ様を嘘吐き呼ばわりなんて、失礼じゃないか!!」

「謝罪を求めるっ」


 一触即発、まさにその時――セシルが俺達の背中を押して部屋に行くよう促した。


「クロス、それにゼルも。早く着替えないと時間になっちゃうよ? 僕は彼女達と一緒に食べてくるから今日は街に出るの遠慮するね」


 そう言ってまだ動揺しているレミーラ達を連れてセシルはどこかへ行ってしまった。


「ったく、なんでセシルが気を遣うんだ……で、お前もその顔やめろ」

「え~? ……ブフッ」


 限界とばかりに噴き出したゼルが声を出して笑い出す。


「はーっかしいなぁお前。いつかやり合うと思ってたけど早かったな~」

「……育ての親みたいな奴が短気だったから似たんだよ」


 ――俺も今さっき知ったけどな……


「セシルは行っちゃったかぁ……まぁとりあえず着替えて行こうぜ。双子ちゃん待たせたら大変だ」

「ああ……そうだな」


 セシル達が去って行った先へ一度目をやり、一つ溜息をついてから部屋へと急いだのだった。




 ******




 着替えてすぐ校門へ向かうと、すでにそこには俺以外の全員が揃っていた。

 ゼルはお節介にも先程の出来事を一から十までしっかりと説明済みで、そのせいで街に向かう道中ではルルからお説教を食らう羽目になってしまう。


「まったく。ちょっとはセシルの立場を考えなさいよね」

「……また落ち込む」

「俺がせーーっかく忠告してやったのにな~」

「……悪かったよ」

「分かってるの? 本当に?」

「さっきだけど、ちゃんと分かってる」


 ――時々感じていた違和感の正体がそれ、だな


 そう、セシルは諦めているのだ。自分がわがままを言う事で相手に嫌な思いをさせまいと、自分の気持ちを諦めてる。


 レミーラ達の誘いを断れないのは俺達への迷惑を考えての事。彼女の行動や言動に怒れないのも自分への想いを理解しているからだ。クラスメイトに自ら仲良くしに行かないのは自分の持たれているイメージと立場を理解しているためだろう。

 だからセシルは物事を円満に済まそうとして我慢してしまうのだ。


 ――ああしたいこうしたいって気持ちが全部わがままになる訳じゃないと思うんだけどな……


「私達が口を出すとセシルは余計板挟みになってしまうから」

「……レミーラは、ナナ達に口出さない」

「そうだな~。俺達だけだったらセシルにあんな執着しないだろうぜ」

「だから俺もあの三人組とは揉めないようにしてただろ」

「なのにそんな威勢よくセシルの前で怒っちゃって……」


 これ見よがしにルルから盛大に溜息をつかれる。


「知り合ってまだ六日目だぞ? あそこまで自分を押し殺す奴だなんて分からなかったんだよ」

「まぁセシルの性格だな、あれは」

「……傲慢、高飛車……何もない」

「そうね。あの容姿に恵まれた力、高名な家の出に富も名声も持ってるわ。なのにあれだけ素直で純粋だとは私も思わなかった」


 確かにそうだ。出会ってまだ間もないが、セシルの性格の良さは疑う余地がないだろう。俺が最初に持った快活なドジっ子のイメージも作ったものだとは思わない。だとしたら……


 ――我慢して、諦める事に慣れ過ぎてるのかもしれないな


「セシルの事もアクアマリン家も全く知らなかった貴方が悪いのよ? 喜ばしちゃった責任、ちゃんと取りなさいね」

「はあ?」


 ――喜ばしちゃった……責任?




 直後――道の前方から何人かの悲鳴と共に激しい瓦解音が聞こえた。


 急いでその場へ向かうと、そこには血を流す人々とケガをした二頭の馬、地面には横転した荷馬車の残骸とそこに積んでいたであろう荷物が散らばっていた。


「何があった?」


 ゼルと共に負傷した人々の元へ急いで駆け寄り、その中でも軽症の人を見つけて話し掛ける。


「分からない……一瞬の事で……でも、大きい熊みたいなやつが横切ったと思ったら……もの凄い突風が吹いたんだ」

「熊、突風……」

「竜巻みたいな風も起こって……気付いたらこんな事に……」

「どっちに行った?」

「あっち……林の方だ……」


 そこまで聞いたところでルルとナナが合流する。


「ナナ、手伝って。私が応急処置をする」

「……うん、分かった」


 連携して即座に負傷者の治療が始まった。


「ここは二人に任せよう。ゼル、行くぞ」

「オッケー、急ごう。あの林の先は行商専用の道がある」


 この場を双子に託し、俺とゼルは謎の生物を追いかけるため林に向かって走り出した。


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