第6話 学園生活のスタート
この世界は私達と同じ時間が流れてる設定です。(一日は二十四時間、一週間は七日間)
「皆さんおはようございます。さぁ今日からさっそく授業です」
出席を取り終わったエミリアが意気揚々と説明を始めた。
「まずはオリエンテーションでこの学院を知ってもらう事からスタートします。一日目の今日は学院の施設案内です。それでは腕輪を起動してディスプレイ画面から全体マップを表示してください。ナビシステムは一斉に使うとうるさいので手動でお願いしますね」
皆慣れた手つきで言われた通りに操作を始めた。俺はナビィを禁止されたことで腕輪を見つめたまま固まるはめになってしまう。
そんな俺に気付いたセシルが話し掛けてきた。
「もしかして、分からない? 教えようか」
「ああ、頼んでいいか?」
「貴方……こんな変わった魔法道具なのに全然興味持たなかったの? 信じられない」
会話を聞いていたらしいルルが呆れたように話へ入ってきた。それにナナとゼルも続く。
「……うん、ずっとイジってられる」
「昨日は色々あったんだよ。腕輪の事なんてすっかり忘れてたんだ」
「あれ~、もしかして俺が悩ませちゃった? 意外と繊細なや……」
「いや全然」
バッサリ話を切り、セシルに腕輪を起動する手順の説明をお願いした。
「まずはガラス面に指を当てて起動、そしたら横のボタンを押して……したら手動に切り替わるから勝手にディスプレイが出てくるんだ。そこに全体マップのアイコンがあるだろう? それをタッチすればOKだよ」
「おぉ! やっぱ凄いな、これ。ナビィが出てきた時も思ったけど、空中で緑の光が実体化するんだもんなぁ」
「そうだね。でも実体化と言うよりは光の粒子の具現化ってかんじかな」
「て事はこの魔道具には……」
と、話が盛り上がりかけたところで「はいはい」とエミリアが手を打ちながら自分に注目を戻した。
「説明を進めるわよ。この全体マップは敷地にある施設の位置と、その場所を拡大すればその詳細、そして利用説明が表示されます。試しにこの校舎をタッチしてⅠ-H、この教室まで拡大してみて下さい」
言われた通り全体マップから校舎へ、そこからⅠ-Hの教室をタッチするとこのクラスに属する人物名一覧が表示された。
「こんな感じで造りの詳細と利用説明として名簿が表示されます。それでは次に図書館を探してみて下さい。うちの図書館は大きいですからね、一度全体マップに戻ってみる事をおススメしますよ」
また言われた通りに操作してみると、学院の校舎から少し離れたところに図書館の文字を見つけた。それはマップからも分かるほど広い敷地を使って建てられた塔のような建物だった。
「詳細にも書いてありますが、この図書館には非常に多くの書物が貯蔵されており中には閲覧に制限が掛けられている物も沢山保管されています。調べ物はもちろん、自主学習する際も使用できますので皆さんにとっては一番必要になる場所かもしれませんね。
それでは今から実際に見学へ行きましょう。今日は施設巡りがメインになりますから覚悟してくださいね」
その言葉通り、午前中はひたすら広大な敷地内を歩く羽目になった。
図書館を見学した後、その場で次の施設を腕輪で調べ、移動する。またその場で次の施設を調べそこへ移動……計四つの場所を巡った頃には体力の無い者がぐったりとし始めていた。
「図書館、体育館、講堂、グラウンドと回りました。次は食堂を表示し、移動しましょう。そこでお昼休憩を挟みます。午後は校舎内の施設を回りますからしっかりエネルギーを補給しておいて下さいね」
喜びや落胆、反応は様々だがとりあえず一旦休憩という事でみな足早に食堂へと向かって行く。
そんな中、俺達は最後尾でマイペースに歩いていた。
「ふぅ、なかなかしんどいなぁこれ。ルルちゃん大丈夫?」
「ちゃんって……呼ばないでって……言ってるでしょ……」
ぜぇぜぇ息を切らしながらルルが一生懸命歩を進める。
「……ルルは体力ない。頭脳派だから」
「ナナ……うるさい」
「大丈夫か? 担いでいいなら持ってやるが」
「そこは……おぶるか……でしょ……デリカシー……ないわね」
「虚弱な美少女かぁ~。まったく、ズルいオプションだぜ」
「殴るわよ」
「俺にだけツッコミ速くない⁉」
そんなやり取りを見てセシルがケラケラと笑った。
「クロス、女性を荷物扱いしちゃダメだよ? ほら、僕達は先に行って席を取っておこう。ナナとゼルはルルと一緒に来てあげてね」
「あいよ~!」
「……分かった」
そして俺とセシルは一足先に食堂へと向かった。
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学院の食堂は全面がガラス張りで中はとても明るく、寮の食堂よりも遥かに広い。そこでは既に何クラスか食事を始めており、中には食べ終わっている生徒もいるようだった。
「こんだけ広ければ席を取っておく必要なかったな」
「そうだね。上級生の始業は来週からだって事忘れてたよ」
セシルが苦笑いで申し訳なさそうに頭を掻く。
「にしても少なくないか? 一学年だけでも十クラスあるのにここにいるの、半分くらいだろ」
「他にも食事できる所があるからね。他クラスはそこに行ってるんじゃないかな? 僕達も別の日に行くと思うよ」
「じゃあ明日からもこのオリエンテーションが続くのか……ルル、大丈夫か?」
「ははっ、それは後で本人に聞いてみよう。さ、とりあえず席を取っておこうか」
空いてるテーブルに行こうとしたまさにその時、セシルが声を掛けられる。
「セシル様! お席でしたら既にお取りしてありますわ。列にはあの二人が並んでいますので召し上がりたいものをおっしゃって下さいませ。お持ち致します」
レミーラである。満面の笑みで、今回も俺の事は完全に無視だ。
――セシルの前ではいつもこんななんだな
まじまじと観察していると、困ったようにセシルがこちらに視線を向けた。
「えーっと……今クロスと一緒に他の三人を待ってまして、申し訳ないのですが……」
そう謝罪を口にしようとしたセシルを通り越して、レミーラが殺気立った視線を向けてきた。
――セシルが見てないと俺にはこんなか……
こないだのゼルの忠告を思い出し、面倒事を避けるためにも気を遣ってみる事にする。
「俺があいつらを待ってるから行ってこいよ。理由はちゃんと説明しとくから」
「え……」
セシルが何とも言えぬ顔で俺を見詰める。レミーラは何が気に食わないのか、青筋を立てて俺を睨みつけていた。気持ちを汲んでやったのに理不尽である。
「それじゃあな」
「クロ――」
「さぁセシル様、参りましょう!」
そんな二人に背を向けて、俺はその場から立ち去った。
だから気付かなかったのだ。
不安そうな顔を向けるセシルの姿に――
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午後は保健室からスタートした。
「おう、いらっしゃい。俺は保健医のレイフロ=スキナー。心理カウンセラーも兼ねてここにいるから何かありゃ適当に来てくれや」
「小汚いおっさんに見えますがちゃんとした先生ですからね。あまりお世話にならない事をお勧めしますが」
「おいおい、エミリア嬢ちゃん。あんまりじゃないか?」
「レイフロ先生。いつも言ってますが、嬢ちゃん呼びは止めて下さい」
そんな可哀相な紹介をされた保健医レイフロは痩せ型長身、ヨレヨレの白衣を羽織り、ボサボサな藍色の髪を後ろで適当に結っている、見た目は確かに小汚いおっさんだ。綺麗な青色の瞳をしているのに、もっさい前髪と口元や顎に生えた無精ひげでそれも霞んでしまっている。何とももったいない人物だ。
――そんな事よりも……
このレイフロ、保健医なのに見た目は完全に黒魔法使い。それが俺には気になった。
「さて次にこちらが……って、起きなさい! 貴方はすぐ寝るんだからっ」
エミリアに首根っこを掴まれ強制的に椅子から立たされたその女性は、それでも寝惚けまなこでうつらうつらとしている。
「おい、プリメラ。お前の新しいモルモット達だ。今のうちにしっかり診ておけよ」
「……モルちゃん……」
「ちょっとレイフロ先生、プリメラも。生徒達をそんな風に見るのは止めて下さい」
――おいおい、嫌な紹介の仕方だな……
エミリアの『あまりお世話にならない事をお勧めします』と言う言葉の意味を少し理解した俺と、プリメラと呼ばれた女性の目がバチッと合った。
「あらぁ? 面白い子がいるぅ~」
ゾクゥと背中に何かが走った。
「彼女はプリメラ=サリーシャ。この学院で治療医をしています。医学的な治療が必要になった時はこの隣にある治療室へ行く事になりますが、この保健室と同じでなるべくお世話にならない事をお勧めします」
「酷いわぁ~エミリア。私の楽しみぃ、無くなっちゃうじゃなぁい」
ニタァと笑って俺達を舐め回すように見るその目は、まるでモルモットの品定めをしているようで……ゾゾゾッと産毛が逆立った。その感覚はクラス全員が共有したようである。
「プリメラ、顔を元に戻しとけ」
「あらん、私ったら」
レイフロに指摘されてシュッと表情が普通に戻った。
――その顔ならホワンとした優しそうな人に見えるんだけどな……
黄緑色のフワフワとしたロングヘアに新緑のようなグリーンの瞳、気だるげなタレ目とぷっくりしたピンク色の唇がアンニュイな雰囲気を醸し出している。
深いVネックのセーターからは豊満な胸の谷間が覗き、ミニスカートからスラッと伸びた長い脚はピンヒールがよく似合っていた。そこに白衣を着ているので辛うじて医者だと分かるものの、脱いだら職業不明な妖艶なお姉さんといった感じだろう。
顔の柔和さと様相の妖艶さがアンバランスで、それが妙に色っぽいのだが……あの表情を思い出すと色気より不気味さが勝ってしまう。こちらも色々ともったいない人物である。
「みなさぁん、よろしくねぇ。血が出たりぃ、身体が破損したらぁすぐ来るんだよぉ」
ふわっと笑ったその顔と、ゆっくりしゃべるこの独特な話し方が可愛らしいはずなのに、皆「はい……」と引き攣った顔で返事をしていた。
「ここにこれ以上いたら生徒達に悪影響なので次に行きます。二人共ありがとうございました」
「おいおい、あんまりじゃねーか?」
「そうよぉ~、私達もぉ先生なのにぃ」
そんな二人に俺達は「ありがとうございましたっ‼」と頭を下げ、逃げるように次の場所へと向かったのだった。
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視聴覚室や図画工作室、魔法化学室とその準備室といった感じで特別教室を大方回り、気付けば終業時間が近付いていた。
「それでは本日最後の場所はここ、校長室です。皆さん姿勢を整えてピシッとして下さいね」
――校長……エルフ族か……
「Ⅰ-H、担任エミリア=ラングベールと生徒三十名。失礼致します」
エミリアに続いて校長室に入ると、立派な椅子に腰を掛ける校長シャルル=バルドイの他に、その横で姿勢良く立つ一人の少年がいた。金髪に金色の瞳が輝く、不思議な雰囲気の少年だ。
その少年は整列する俺達へは目もくれず、姿勢は元より表情すらも微動だにしない。見た目の派手さとは対照的に、まるで空気のような存在感だ。
「諸君、よく来てくれた。この学院を見て回ってどうだったかな? まずは感想を聞かせてもらいたい」
少年の紹介はされる事なく、校長が質問を切り出した。
「それでは最初に、アクアマリン君」
「はい。環境、設備、人材、どれも申し分なく思います。ここで学ぶのが楽しみです」
「自慢の学院だ、そう言ってもらえて嬉しいよ。女子はどう思ったかな? ルル=ヴァレンタイン君」
「はい。興味深い物で溢れていて、非常に知識力が刺激されます。敷地内の清潔さも素晴らしいです」
「ふむ、やはり女性は目の付け所が違うな。では君、ミルディン君」
「ぼ、僕っ⁉ あ、はいっ! 様々な出会いにワクワクしていますっ」
「ほぅ、ワクワクか。いいね、実に新入生らしい感想だ。次、リーリウム君」
「はい。過ごしやすく学びやすい環境だと思います。校長先生を筆頭に、教員の個性も豊かですね」
「「「――――っ⁉」」」
その言葉にクラスメイトが息を呑み、エミリアの眉がピクリと動いた。
「個性……か。面白い表現をするね。私の個性はどう感じたのかな? 教えてくれたまえ」
「校長先生の場合は単純に種族です。自分は“ヒト族”しか知りませんでしたので」
「ほぅ、人の種族を個性と認識しているのか。ふむ……それが常なら世界はもっと平和になるな。ちなみに私の個性ははっきり分かっているのかね?」
「答え合わせがしたいわけではないのですが……」
エルフ族は個体数が少なく、それ故にとても希少な種族でもある。精霊の血を色濃く継ぐ彼らは“人”の中でも魔力は膨大にして強大と言われ、長寿な事でも知られており、非常に博識な種族でもあった。
エルフ族の大半はハーフエルフで占められており、精霊と人との間に生まれた者がそう呼ばれている。そして限りなく精霊に近く、その力も桁違い、個体数も極端に少ないのがハイエルフと呼ばれている。
しかし見た目ではほとんど区別がつかないため、エルフ族が自らその違いを公にする事はない。そのためハイエルフと言う名称を知らない人間もいるくらいだ。
――校長もここで言われたくはないと思うんだよな……気付いてない奴が大半だろうし……
そんな事を考えていると、校長が盛大に笑い出した。
「ハハハハハッ‼ 気を遣わせてしまったみたいだね。いや、結構」
一通り笑い終わると校長は席を立って俺達の前で姿勢を正した。
「このラクシュウェル魔法学院は“自由で平等”な学院だ。“差別区別”も存在しない。自分の持つ固定概念や偏見は一度捨て、新しい事を沢山吸収しなさい。この学院はそれが無数にある。皆、可能な限り学院を使い倒してくれたまえ‼」
「「「――はい‼」」」
ビシッと姿勢を正し、一糸乱れぬ礼をする。その姿を校長は優しい目をして見つめていた。
神経質そうに見えて中々に豪快、微笑んだ顔は優しい紳士だ。
――色々なイメージを覚えさせる人だ
「それでは失礼致します。皆さん、教室に戻りましょう」
そして俺達は一礼をして校長室を後にした。
出る間際、背後に視線を感じ顔を向けると、俺と同じ金の瞳を持つ少年と目が合った。
無表情のまま視線を向けるその少年は、目が合うと、不快そうに眉を寄せた。
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教室までの道のり、俺達は雑談をしながらルルの歩調に合わせて歩いていた。
「いや~またやったな、お前! 危うく笑いそうになっちまったぜ。自重する気まったく無いんだもんなぁ」
「俺は聞かれた事を答えただけだ」
「……校長先生、楽しそうだった」
「私も面白かったわ。種族が個性……素敵な考え方ね」
フフッと嬉しそうにルルが笑った。
それを見てナナもニコッと微笑む。
初めて見る双子のちゃんとした笑顔は、この二人が美少女である事を再確認させられた。
「か……可愛いーーっ‼ 二人同時に、もう一回っ!」
大興奮したゼルがキラキラした目で二人に詰め寄った。
ルルは瞬時に暗殺者のような目付きでゼルを睨み、ナナは能面のような顔で無になっている。
「ふふっ、まだ二日目なのにほんと仲が良いね」
「やめとけセシル。ルル達に聞こえたら俺達もあの目に射抜かれるぞ」
「はは、違いない」
こうして授業一日目が終わった。