21、悪徳のフランチェスカ
「あるところに、可哀想な女の子がいました」
優しく紡ぐそれは、昔の夢物語――
「大好きだったお母さんを病で亡くし、冷たいお父さんと新しいお母さんには虐められて」
隣に座る少女は、瞬き一つせずに此方を見上げている。
碧い瞳が、灯しの光を受けて輝く。
「愛される妹の傍で、女の子は惨めな思いをしながら暮らしていたのです」
「……それって、お母様の事?」
尋ねる少女に、フランチェスカは微笑んだ。
「けれど、一人の王子様が現れて、女の子を救い出したのです」
「それがお父様ね」
少女の見上げる先には、広間に掲げられた絵画。
この国の大公夫妻が寄り添う姿であった。
冷遇されていた旧王族と、父の罪を償う為に教会で奉仕していた元伯爵令嬢――二人の婚姻は、多くの者達の驚きを呼んだ。
反発や妬み。そして、それ以上の歓喜。
見目や育ちで他者を差別しない――そのような姿勢は、一部の貴族と、多数の庶民達に歓迎された。
今では、夫婦愛や家族愛の象徴として、二人の肖像画は多くの場所に飾られている。
かつて、『悪徳の象徴』と言われたフランチェスカの絵画を掃討するように。
「フランソワ」
か細く呼び掛ける声の方を向けば、絵画のように寄り添う男女の姿。
幾分が年を取り、そして、女性の腹は僅かに膨らみを見せている。
「お父様、お母様」
フランチェスカの隣にいた少女は、其方へと駆け出した。
丁寧に結ってやった金の髪も、たちまち崩れてしまう。
「またサラを困らせていたの?」
「違うわ。お話をしてもらっただけよ」
仲睦まじい様子を見せる親子を、周囲の使用人達は温かい眼差しで見つめている。
――そして、フランチェスカも。
(長かったわ……ここまで来るのに、何年かかったのかしら)
ライアン・ザフィーアとエリザベス・グラナートの婚姻、そして出産。
全てを、サラとして見守ってきた。
周囲からは良き縁談を……と紹介もされるが、フランチェスカは全て断っている。
エリザベスがサラを手放したがらないという事情もあるが、全ては、目の前ではしゃぐ小さな存在の為。
(あらあら、お行儀が悪いわね)
激しい恋慕の末に産まれた我が子を、この両親は、真綿にくるむように大事に育てている。
甘やかす姿は、かつてのローズを彷彿とさせるが……二人を正す気は無い。
必要なのは、健康か否か――フランチェスカはそれを見極めている最中であった。
正当な王家の血を引き、金髪碧眼の麗しい見た目――ライアン・ザフィーアがエリザベスに執心し始めた頃から、フランチェスカは二人が産むであろう子に目を付けていた。
それこそが、自分の新しい体に相応しいと。
エリザベスの健康状態が懸念事項であったが、彼女は無事に第一子を産み落とした。
二人目、三人目と経る度に危険度は高くなるだろうが……フランチェスカにとってはどうでもいい事。
フランソワが無事に成長したら、さっさと入れ替わる心算だ。
そんなフランチェスカの気持ちも知らず、エリザベスは此方に視線を送る。
不幸な過去を乗り越えて、周囲に愛される――自分の幸せを噛みしめているのだろう。
(良かったわね、エリザベス)
彼女が踏み締めてきた道には、多くの者達の血や嘆きがこびり付いているというのに、それを気にする事なく生涯を終えるのだろう。
まあ、フランチェスカが犠牲にしてきた数に比べれば、可愛いものであるが。
中々いい暇潰しになるし、上等な体も手に入る。
功績を上げた臣下に、もう少し付き合ってもいいかとフランチェスカは微笑んだ。




