20、燃え尽きる女王
グラナート伯爵を排除し、サラの名誉を回復させた今――この貧相な体は不要となった。
「……私はそろそろ退散するわね」
フランチェスカがそう告げると、エリザベスは名残惜しそうに引き留める。
(大丈夫よ。ずっと一緒にいるから)
自分の姿がちょっと変わるだけ。
適当なお別れを演出して、フランチェスカは部屋を出た。
きっと、エリザベスの脳裏には、彼方此方を旅する白うさぎが過ぎるだろう――それを想像すると、なんとも楽しい。
外へ出て行ったと思わせるぐらいに敷地内を歩き、途中で引き返して屋敷の中へ。
うたた寝をしている女中の足元を通ってサラの体に触れた。
関節の動きは幾分かぎこちないが、まあ悪くない。
グリンマー侯爵の命令を受けて、使用人達が手厚く世話してくれていたのだろう。
(さあ、明日から大忙しよ。この体の機能を取り戻して、早く美味しい物が食べたいわ。ついでに、グリンマー達の相手もしなきゃいけないし……)
明日からの予定に備え、フランチェスカは眠りに就いた。
翌朝、日の光で目を開けたフランチェスカを待っていたのは、女中の奇声であった。
あらゆる人間が部屋を訪れ、エリザベスも駆け込んできた。
「良かった……良かった、無事で……」
此方を気遣う言葉もそこそこに、いかに自分が苦境に陥っていたかを語るエリザベスを、フランチェスカは適当に相手していた。
グリンマー侯爵が来た時、やっと解放されたと思ったのに――
「本当に、リチャード・グラナートが、奥方に前夫人の死を示唆したのだね?」
最後には、同じ話の繰り返し。
医者に追い出されるまで、二人は離れなかった。
侍女の証言のみであったが、グリンマー侯爵は、リチャード・グラナートの蟄居を王家に認めさせていた。
王太子の醜聞と死去から立ち直れていない国王夫妻は、傀儡と化しているのだろう。
彼はエリザベスの処遇に悩んでいる様子であったが、フランチェスカが「以前からお嬢様は修道院へ行きたいと……」と零した言葉をきいて、決断したようだ。
エリザベスは修道院へ送ると決定され、侍女も同行する事が認められた。
フランチェスカとしては、今すぐにでもザフィーア公爵と結ばれて欲しい所存であるが、まだ時期が悪い。
(エリザベスが他の男に手を出されない場所にいる内に、貴方は力を付けておいてね)
瑕疵のあるエリザベスを娶っても、何も言われない位には――
「……もう、この屋敷に来る事は無いわね」
伯爵家を出る前夜、フランチェスカはうさぎの人形を井戸に捨て、火種を落とす。
王太子達の時よりも、静かに、あっけなく燃え尽きた。




