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悪徳のフランチェスカ  作者: 長月 灯
令嬢は感傷に浸る
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3、献身の女王

 エリザベスはその場にへたり込んだ。

 咽込み、胸を抑える。

 自分の胸が、早鐘のように音を立てていた。


 心臓の鼓動が落ち着くのを待って、目の前に立つ人形の顔を見る。

 こちらを見下ろす瞳は碧く、本物かと見違うような輝く金の髪を蓄えていた。

 古めかしいが贅を凝らした衣服を纏う少女の人形は、誰かを連想させ――大広間の絵画を思い出す。

「……フランチェスカ?」

 初代女王の若かりし頃を模した人形なのか、とエリザベスは考えた。

(でも、動いて喋った気もしたような……)

 エリザベスの言葉に反応するように、人形がぴくりと反応する。

「お前ごときが馴れ馴れしく呼んでいい名ではないわ」

(やっぱり、喋ったわ………とても精巧な作りね……)


「でも、なんで人形が……」

 呆然としたまま呟くと、目の前の相手は腰に手を当ててふんぞり返った。

「人形、人形ってうるさい子ねぇ。私の部屋に勝手に上がり込んでおいて」

「色んな言葉を喋るのね……すごいわ……こんな人形がうちの屋敷にあったなんて」

「うちの屋敷、ですって?」

 人形の声が怒気を孕む。穏やかな笑みを崩さない顔が不釣り合いで、不気味さが増した。

「お前がいつから現れた家系か知らないけれど。この土地は、正真正銘、私が所有していたの」

(私の城内って言っているけど……)

 ペルレ王朝が始まる際にグラナート家が賜った土地だと、エリザベスは聞いている。

「ここは、グラナート伯爵家の屋敷がある場所で……」

「グラナート!」

 エリザベスが言い終わる前に、人形の金切り声が遮る。

「あの小心者のグラナート! 頭でっかちのスマラクトの影に隠れていただけの男! 偉くなった物ねぇ!」

(スマラクトって、ヘンリー様の……)

 婚約者の家名まで罵る人形を見て、エリザベスはようやく確信した。

 この人形は、確かに、初代女王の魂を宿しているのだろう。


 エリザベスは、人形の手を取る。

 温かさも冷たさも無い、無機質な感触。

「女王陛下、一緒に教会へ行きましょう」

「……はぁ?」

 初めて、人形が間抜けな声を出した。

「貴女は処断された時からこの世で彷徨っているのね。きっと、教会なら貴方の憐れな魂も救って下さるわ」

 しかし、エリザベスの慈愛の手は容赦なく振り払われる。

「教会? 冗談じゃないわ。あんな誰も救済できない屑どもの場所なんて」

「そんな……」

 母は神の御許で安らかに眠る――葬儀の日、司祭から告げられた言葉だけが、エリザベスの心の拠り所だったのに。

「“神は自然の摂理を歪めることをお許しにならない”、あいつらはそう言って、この国の文化も、医療も、全て停滞させたのよ? 自分達が甘い汁を啜る為だけに」

(医療……人間が老いる事、亡くなる事を、否定してはならないと、司祭様も仰っていたけど……)

「私は、ただ、アンガス様を救いたかっただけなのに……」

 アンガス・エーデルシュタイン――フランチェスカの王配。

 病気で早逝したと歴史書には記されている。


「でも、女王は美貌と若さを保つ為に、神の禁忌に触れたと……」

 エリザベスが知る歴史を告げると、人形は僅かに顔を動かす。

 鼻で笑う仕草だったのだろう。

「あんなのは、教会のでっち上げよ。私はアンガス様の御病気を治したかっただけ。まあ、ちょっと、やりすぎたかなって思う事もしたけど……大切な人を失いたくないっていう気持ちは、誰にでもあるでしょう?」

「ええ、ええ……分かります」

 エリザベスの目元が潤む。

(私だって、お母様が生きてくださるなら……)


 エリザベスの様子を見て何か察したのだろう、人形はエリザベスの頬に触れる。

「あらあら、貴女も誰か大事な人を亡くされたのかしら? 私で良かったら、話してちょうだい」

 人形の手は、不思議と温かさを感じる。

(サラ以外に、私に優しくしてくれる方がいるなんて……)

 エリザベスは涙を堪えきれなかった。



 堰を切ったように言葉が溢れる。

 幼い頃に母が急逝したが、時間を空けずに父の再婚と自分の婚約が決まった事。

 相手は幼い頃から知る公爵家の男性だが、初めて出会った時から自分を嫌っている事。

 屋敷内の全ての人間は自分を冷遇し義妹ばかりが大切にされている事。

 公爵夫人に教育を受ける以外は外出を禁じられている事。

 親身に接してくれた侍女が突如解雇された事。

 母の形見までも義妹に奪われた事。


 自らの不遇を嘆く言葉が尽きると、女王は変わらぬ笑みを浮かべていた。

「……御可哀想に。辛かったでしょう」

 表情こそ人形のそれだが、自分を労わるような声に、エリザベスは安堵する。

「ええ、ええ……本当に。もう、私、消えてしまいたい……」

 叶う事なら、今すぐにでも母の傍へと赴きたい。

 しかし、司祭の教えを忠実に守るエリザベスに、自死という選択肢はない。

 命尽きる時まで静かに過ごしたい――それだけが、彼女の望みであった。

「ええ、分かるわ、その気持ち。自分を愛してくれた人達は消え、周りは非情な者ばかり……辛いのよね?」

 女王は何度も頷くエリザベスの頭を撫でる。

 彼女がずっと焦がれていた、愛情を注いでくれる慈悲の手であった。


 やがて、それはエリザベスにそっと顔を近づけた。

「そんなにお辛いのなら、私が代わってあげましょうか?」

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