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悪徳のフランチェスカ  作者: 長月 灯
令嬢は感傷に浸る
20/54

20、無色の未来

 寂しさが癒えぬまま眠りに就いたエリザベスは、女中の訪問で目が覚めた。


「サラさんが……」

 その言葉に、身支度も忘れて走り出した。


 部屋に飛び込めば、寝台の上で身を起こすサラの姿があった。

「お嬢様? エリザベスお嬢様……」

 寝台から這いずりだそうとしている彼女の身を押しとどめ、エリザベスは抱きしめた。

「良かった……良かった、無事で……」

 いつしか二人は泣いていた。



 グリンマー侯爵はすぐに訪ねて来た。

「書斎の前で聞いてしまったのです。旦那様がエリザベス様を亡き者にして、ローズ様をスマラクト家に嫁がせたいと……奥様は止めたそうなのですが、『アネットと同じようになりたいか?』と言って……」

 エリザベスが付き添う中、サラは自分に起きた事を説明する。

「どうしていいか分からず、エリス様に相談したら、この花を持って近くの教会に駆け込むようにと……でも、私、途中で掴まって……『お前が罪を被れ』と言われました……私のせいで、奥様やエリス様が……」

 顔を覆うサラを、エリザベスは慰めた。



 リチャード・グラナート伯爵は全てを否定し、明確な証拠も見つからなかったため、審問を開くことは出来なかった。

 しかし、これまでの責任を問われ、国王から蟄居を命じられる。

 彼は辺境の地へ移り、代わりに親族の者が爵位を継ぐ運びとなった。

 エリザベスは、貴族令嬢の為の修道院へ行く事を提案された。



「すまない、エリザベス嬢。貴女をこの家から引き離す結果になってしまった」

「いえ、本当にありがとうございました」

 伯爵家を飛び出してから覚悟していた事だったので、グリンマー侯爵に深く頭を下げた。



 サラの回復を待って、エリザベスは出発する事を決めた。

 あのような目に合ったというのに、自分に付き従ってくれるサラだけが、心の拠り所であった。



 静かに神に祈りを捧げる生活。

 隣には信頼できるサラもいる。

 エリザベスの望んでいた未来――だが、未練が無いと言っては嘘になる。



「本当に、行ってしまわれるのですね……」

 伯爵家を出る日、ザフィーア公爵が見送りに来てくれた。

「ええ。閣下には、本当に感謝しきれません」

 彼の優しさが、自分を変えるきっかけになった――エリザベスは、そう信じている。

「では……」

 迎えの馬車に乗ろうとした時、手を掴まれた。

「エリザベス」

 いつかの時のような、力強い手。


「私は、君が好きだ。初めて出会った茶会から、君の優しさに惹かれていた。君の手が、私の救いなんだ」

「閣下……」

 真摯に見つめる瞳に心が痛んだ。

 エリザベスだって、初めて出会った時の優しさに救われ、心惹かれていた。

 しかし――

(貴方が好きになったのは、私じゃないわ)

 彼が初めて触れたのは、自分と入れ替わったフランチェスカ。

 その事実を、公爵は知らない。

「必ず、君を迎えに行く。それまで……」

 その場に跪くと、公爵はエリザベスの指に口付けた。

 柔らかい感触に、心が軋む。


『待っている』とも『それは自分ではない』とも――

 何も言わずに、俯いて、エリザベスは彼の元を去った。



 馬車はゆっくりと進み出す。

「私、優しくなんか……ただ、貴方を騙していただけなのに……」

 ずっと立ち尽くす公爵の姿が見えなくなっても、エリザベスは涙を止められなかった。

 隣に座るサラは、静かに背中を擦ってくれた。


(私……ずっと、貴方の幸せを願っているわ……)

 この胸の痛みは、彼を騙した罪の証――

 それを戒めに生きていこうと、エリザベスは決意した。

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