20、無色の未来
寂しさが癒えぬまま眠りに就いたエリザベスは、女中の訪問で目が覚めた。
「サラさんが……」
その言葉に、身支度も忘れて走り出した。
部屋に飛び込めば、寝台の上で身を起こすサラの姿があった。
「お嬢様? エリザベスお嬢様……」
寝台から這いずりだそうとしている彼女の身を押しとどめ、エリザベスは抱きしめた。
「良かった……良かった、無事で……」
いつしか二人は泣いていた。
グリンマー侯爵はすぐに訪ねて来た。
「書斎の前で聞いてしまったのです。旦那様がエリザベス様を亡き者にして、ローズ様をスマラクト家に嫁がせたいと……奥様は止めたそうなのですが、『アネットと同じようになりたいか?』と言って……」
エリザベスが付き添う中、サラは自分に起きた事を説明する。
「どうしていいか分からず、エリス様に相談したら、この花を持って近くの教会に駆け込むようにと……でも、私、途中で掴まって……『お前が罪を被れ』と言われました……私のせいで、奥様やエリス様が……」
顔を覆うサラを、エリザベスは慰めた。
リチャード・グラナート伯爵は全てを否定し、明確な証拠も見つからなかったため、審問を開くことは出来なかった。
しかし、これまでの責任を問われ、国王から蟄居を命じられる。
彼は辺境の地へ移り、代わりに親族の者が爵位を継ぐ運びとなった。
エリザベスは、貴族令嬢の為の修道院へ行く事を提案された。
「すまない、エリザベス嬢。貴女をこの家から引き離す結果になってしまった」
「いえ、本当にありがとうございました」
伯爵家を飛び出してから覚悟していた事だったので、グリンマー侯爵に深く頭を下げた。
サラの回復を待って、エリザベスは出発する事を決めた。
あのような目に合ったというのに、自分に付き従ってくれるサラだけが、心の拠り所であった。
静かに神に祈りを捧げる生活。
隣には信頼できるサラもいる。
エリザベスの望んでいた未来――だが、未練が無いと言っては嘘になる。
「本当に、行ってしまわれるのですね……」
伯爵家を出る日、ザフィーア公爵が見送りに来てくれた。
「ええ。閣下には、本当に感謝しきれません」
彼の優しさが、自分を変えるきっかけになった――エリザベスは、そう信じている。
「では……」
迎えの馬車に乗ろうとした時、手を掴まれた。
「エリザベス」
いつかの時のような、力強い手。
「私は、君が好きだ。初めて出会った茶会から、君の優しさに惹かれていた。君の手が、私の救いなんだ」
「閣下……」
真摯に見つめる瞳に心が痛んだ。
エリザベスだって、初めて出会った時の優しさに救われ、心惹かれていた。
しかし――
(貴方が好きになったのは、私じゃないわ)
彼が初めて触れたのは、自分と入れ替わったフランチェスカ。
その事実を、公爵は知らない。
「必ず、君を迎えに行く。それまで……」
その場に跪くと、公爵はエリザベスの指に口付けた。
柔らかい感触に、心が軋む。
『待っている』とも『それは自分ではない』とも――
何も言わずに、俯いて、エリザベスは彼の元を去った。
馬車はゆっくりと進み出す。
「私、優しくなんか……ただ、貴方を騙していただけなのに……」
ずっと立ち尽くす公爵の姿が見えなくなっても、エリザベスは涙を止められなかった。
隣に座るサラは、静かに背中を擦ってくれた。
(私……ずっと、貴方の幸せを願っているわ……)
この胸の痛みは、彼を騙した罪の証――
それを戒めに生きていこうと、エリザベスは決意した。




