16、決断の時
屋敷の空気が重い。
死者の多さに、使用人達も恐怖を感じているようだ。
また、年配の女中が家政婦長の代役を任されたが、彼女では不足が多く、屋敷の手入れが行き届いていない。
そんな最中、ライアン・ザフィーア公爵から手紙が届いた。
「余計な真似を……」
エリザベスに宛てた手紙であったが、先に目を通した父が忌々しそうに呟く。
『このような時期に申し訳ないが、先日のハンカチを届けに伺いたい』
父はエリザベスに手紙の内容を伝え、次いで自室から出ないよう命じた。
「お前を誰にも会わせる気はない」
「でも、私も……閣下にお返しする物があって」
外の人間に会う折角の機会ともあり、エリザベスは必死に言い縋るが。
「それは私がお渡しいたしますので」
有無を言わさぬ執事の態度に、エリザベスは持っていたハンカチを差し出すしかなかった。
馴染みのない女中が控える自室で、エリザベスは椅子に座る。
(そろそろ、閣下が来る時間かしら……)
窓の外を覗けば、庭師達の姿が見えた。
エリザベスが外に出る事は叶わないだろう。
(このまま、あの人と会えずに、この家を離れてしまうのかしら……)
そっと瞳を閉じる。
思い出すのは、優しく誠実な振る舞い。
(あの人に伝える事が出来たら……)
彼になら、自分の抱える秘密を打ち明けても大丈夫だろうという安心感もある。
(でも、それから、どうなるの?)
その秘密は、自分の未来すらも黒く塗り潰す可能性を孕んでいた。
最善を尽くすべきか、何もせず静かに生きるべきか――
心を決めかねているエリザベスが目を開けると、視界の隅にちらつくものがあった。
寝台に座らせた、白いうさぎのぬいぐるみ――フランチェスカが、女中に見つからぬ程度に小さく手を振っていた。
(何か言いたい事があるのかしら?)
そう判断したエリザベスは、女中に声を掛ける。
「少し横になりたいわ。部屋を出てちょうだい」
女中は躊躇していたが、窓の外を確認してから頷く。
「……では、私は外にいますので」
女中の姿が部屋から消えて、エリザベスは胸を撫で下ろす。
すぐ入ってこられないように、そっと鍵を閉めた。
それを合図に、フランチェスカは寝台から飛び降りた。
「エリザベス」
自分を見上げるぬいぐるみの前に座り、目線を合わせる。
「フランチェスカ……」
己の迷いを誤魔化すように、エリザベスは友人を抱きしめた。
「私、どうしたらいいのかしら……」
「悩む気持ちは分かるわ」
フランチェスカは短い腕を必死に伸ばす。
「でも、迷った時は、己が正しいと思った道を選びなさい。自分の心を蔑ろにしては駄目」
(私が、正しいと思う……)
「……そうね。そうだったわ」
いつも正しい心を持つように――亡き母の教えを、思い出す。
(お母様、私……)
エリザベスはフランチェスカを床に降ろすと、つぶらな瞳を見据える。
「……私、公爵閣下にお伝えするわ」




