15、罪科の告発
※残酷な描写があります
グラナート伯爵家の夫人と次女の葬儀は、簡素に執り行われた。
埋葬を終えて日も経たぬうちに、エリザベスは私物を整理するよう命じられた。
父は遠縁の者が住む辺境の地にエリザベスを預けるよう手配したらしい。
「随分と古い本ね」
「それは、お母様も好きだった御伽噺なの」
エリザベスの傍らには、積み上げた本の上に座り脚を揺らす兎のぬいぐるみ――の体を得たフランチェスカ。
義母達の死後、幾人かの使用人は暇乞いをした。
中には、黙って屋敷から姿を消した者達もいるらしい。
そのため、エリザベスの世話まで手が足りない状態となっている。
荷造りもエリザベス一人に任されていたが、この状況も悪くないと思う。
誰かに見つからぬよう、普段は大人しくしている友人も、伸びやかに過ごす事が出来ているし。
「これは覚書? 随分と溜め込んだわねぇ」
「それは、スマラクト公爵夫人からね……もう処分するわ」
食事や湯浴み等、屋敷の人間とは最低限の接触しかせずに一日を終えて――
「まあ、そんな事を……」
使用人達も自室に戻る夜更け過ぎ、フランチェスカは屋敷内を散策して帰って来た。
彼女が聞いたのは、一つの噂話。
ローズに宛てがわれていた侍女達は、ローズの私物を持ち出して屋敷を出て行ったらしい。
(仲良くしていたように見えたのに……)
ローズと共に自分を嘲笑っていた彼女達を思い出す。
(サラとは大違いだわ……)
常に優しく誠実だったサラの笑顔が懐かしい。
「……ごめんなさいね。サラの情報を集める筈が、くだらない事ばかり……」
「いいえ……ありがとう、フランチェスカ」
友人の誠意は伝わっていたので、エリザベスはぬいぐるみをそっと抱きしめて眠りに就いた。
何かが歩くような物音に、エリザベスは目を覚ました。
窓の外は、まだ暗い。
(こんな時間に……誰か来たの?)
暫し様子を窺うが、誰かが入って来る気配はない。
手燭に火を灯し、扉を見ると、隙間に何かが挟まっているのが見えた。
(何かしら?)
扉へと近付き、手を伸ばす。
破り取ったような形の紙片だった。
(誰が、こんなものを……)
紙片に走り書きされた言葉を読み――その意味を理解すると、急いで握りしめる。
「どうして……」
整った字は、おそらく家政婦長のもの。
「どうして、そんな事を……」
転がり込むようにして寝台へと戻る。
己の胸の鼓動すら恐ろしく、隣で眠る友人を抱きしめていた。
「そうねぇ……」
空が白み始めた頃――
エリザベスの話を聞いたフランチェスカは、寝台に座り腕組みをする。
「信じ難い話だけど、これが本当なら……」
この内容が真実なら、と考えるだけでエリザベスは身震いが止まらない。
「エリザベス」
フランチェスカは、前脚でエリザベスに触れる。
「これからは、“あいつ”との接触はなるべく避けなさい。それと、屋敷内の者達にも話しては駄目」
エリザベスは何度も頷く。
「エリスといったかしら? これを書いた女には、話を聞く必要があるけれど……」
「……ええ、行ってくるわ」
エリザベスは立ち上がる。
本館へ赴き、適当な理由を付けて家政婦長を自室へ呼ぶことにした。
本館では、使用人達が掃除や朝食の準備で慌ただしく働いていた。
その中で一番手が空いていそうな女中を見繕ったエリザベスは、家政婦長を呼ぶように頼んだ。
声を掛けられた彼女は、渋々といった様子で部屋へと向かい――暫しして、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。
近くにいた使用人達と共に悲鳴の元へ向かうと――家政婦長の部屋の中で、座り込む女中がいた。
視線の先には、机の前に腰掛ける家政婦長らしき女性の姿。
きつく纏められた髪や、紺一色の服は、紛れもなく彼女のもの。
しかし、水を張った桶に顔を突っ込んでいた。
使用人の一人が急いで起こすが――手遅れだと、誰の目が見ても明らかであった。
「自死だな?」
駆け付けた医師に、念を押すように問うたのは、伯爵家当主。
「おそらくは……」
弱々しく答える医師を見て、彼は深く頷く。
「……当然の結果だ」
そう呟く父の後ろで、エリザベスは隠し持っていた紙片を握りしめた。




