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悪徳のフランチェスカ  作者: 長月 灯
令嬢は感傷に浸る
10/54

10、純白の悪夢

※性行為を連想させる描写があります

 その日、グラナート伯爵の屋敷は、喧騒に包まれていた。

 長女のエリザベスがスマラクト公爵家に嫁ぐ日とあって、早朝から使用人たちが慌ただしく動き回る――筈であった。

 しかし、彼らは自分の役割を遂行できず、待機を命じられている。

 どうしたものかと皆が囁き合っていた。


 その原因は、エリザベスが着る筈であったドレスにある。

 伯爵家の一室に保管されていたドレスは、宝飾品も含めて消え失せていた。

 その為、花嫁の支度が始められていない。


「どういうことだ?」

「部屋の施錠は厳重にしていた筈ですが……」

 エリザベスの目の前には、頭を抱える父と家政婦長の姿。

 顔を突き合わせて相談するも、『なぜ消えたか分からない』と繰り返しているだけに見える。

 この部屋には義母もいたが、隅で静かに佇んでいるだけ。


「どこかで調達できるか……」

「商人達に確認します」

 エリザベスに問うことも無く、父と家政婦長は足早に去って行く。

(間に合わせのドレスで……愛されない私に相応しい扱いね)

 エリザベスは内心自嘲した。

 婚礼の衣装など、もうどうでもいい。

 自分の支度は当分先だろうと判断し、別館に戻ることにした。


 義母に声を掛けても返事が無い。

 何か、別の事に思い悩んでいる様子であった。



 別館に戻る際に、使用人達の囁きが漏れ聞こえた。

 どうやら、ヘンリー・スマラクトも公爵邸から姿を消したらしい。



(どういう事かしら?)

 エリザベスは、婚約者の渋面を思い出す。

 彼も今日が重要な日だと分かっている筈だ。

 エリザベスを厭っているからといって、式を放棄するなど考えられるだろうか。

(わけが分からないわ……)

 結婚してからの事だけでなく、式が無事に終わるのかという不安まで重なるとは――

「フランチェスカ……」

 一人きりの部屋が心細い。

 安らぎを求める声が、空しく響いた。



 扉を叩く音に目を開けると、寝台に横たわっていた事に気付く。

 いつの間にか微睡んでいたようだ。

 開けても良いと声を掛けると、執事が姿を見せた。

 ドレスの調達が出来たのかと憂鬱になるが、それならば家政婦長が来そうなものだと思い直す。


 父の補佐や屋敷の管理を担う彼は、怜悧な視線を向けてくる人物だとエリザベスは記憶している。

 しかし、今日の彼は、額に汗を浮かべ狼狽している様子であった。


「その……王太子殿下がいらしております」

「王太子殿下が?」

 エリザベスの脳裏には、夜会で義妹と微笑み合っていた青年の姿が過ぎる。

 王太子はヘンリー・スマラクトの友人であるが、グラナート伯爵家を訪ねる理由が分からなかった。

(ヘンリー様がいなくなった事と関係があるのかしら? それとも、ローズに用事が……?)

 王太子とヘンリーに挟まれていた義妹の姿を思い出す。

「……屋敷の方々を呼んでほしい、とのことです」

 その言葉に、エリザベスは重い腰を上げた。



 執事に従って屋敷の正面玄関に来てみれば、堂々とした佇まいの王太子がいた。

 彼の後ろには、武装した騎士達が控えている。

(随分と物々しいわね……)

 さらには、粗末な身なりの子ども達まで。

 物珍しそうに周囲を見渡している子ども達の姿に、使用人が眉を顰めているのが見える。

 ますます、王太子の意図が分からなくなった。


 エリザベスの顔を見ると、王太子は頷く。

「全員揃ったようだね」

 集まった顔ぶれを確認すれば、父と義母に、使用人の中でも地位の高い者達。

「殿下、今日は大事な……」

「これを見てくれ」

 非難めいた父の言葉を遮り、王太子が紙片を掲げる。

 父がそれを受け取って読むと、隣の義母と顔を見合わせた。

「これは、一体……」

 エリザベスも近付き覗き込む。

 破り取られたような紙片には、褐色の字で『ケヴィン助けてくれ。グラナート家の倉庫』と書かれていた。

(これって……)

 その色は、エリザベスに古びた血を連想させた。


「この子達が、王宮の門番の所へ届けてくれたんだ」

 王太子は後ろを一瞥する。

 紙片の内容が真実であると疑っていないような素振りであった。

「私をこう呼ぶのは、ヘンリーぐらいだからね」

 王太子は拳を握りしめる。

 王家の人間であることを証明する、紋章を刻んだ指輪が目に付いた。

「ヘンリーに危険が迫っているなら、私が助けなくては」

「それだけで、このような……」

 父が咎め立てているかのような声を上げるのは当然だと、エリザベスは思う。

 真偽の分からない話の為に、王宮の騎士を動員する――醜聞が漏れることを父は気にしているのだろう。

 しかし、王太子は周囲の空気を気にしていないようだ。

「グラナート伯爵。申し訳ないが、屋敷を調べさせてほしい」

 金茶の髪を輝かせて厳かに振る舞う姿は、まさに神話の英雄の出で立ち。

 彼にそう言われてしまえば、断る権利は誰にもなかった。



「当家で倉庫と呼ばれている場所は幾つかありますが、現在はお嬢様の婚姻の為に荷物が運び込まれている状態です。殿下が危惧されているような事は不可能かと……」

 王太子の対応を任されたのは家政婦長。

 こめかみを抑えながら、屋敷の中を案内している。


 彼らは余す所なく調べているようだが、ヘンリーの姿が見つかることはなかった。

 ついでに、エリザベスのドレスも。



(こんな騒ぎになるとは思わなかったわ)

 右往左往する使用人や、残るように言いつけられた子ども達の声で、正面玄関は騒がしい。

 エリザベスがフランチェスカの絵画を見上げていると、足音が聞こえる。

 家政婦長達が戻ってきたようだ。


「何処にもいませんね。殿下、やはり子ども達のいたずらでは……」

「おかしいな……他に、倉庫のような場所は?」

「裏庭にありますが……もう古く、何年も使っていない筈です」

「では、そこに行こう」

 彼らの会話に、エリザベスは慌てて振り返る。


「あの……私も行きます」

 彼らの後ろ姿を追いかけると、王太子が此方を見て頷いた。

「ヘンリーの事が心配なんだね」

 エリザベスは沈黙で返す。

(裏庭の古井戸を調べられたら……)

 中にいるフランチェスカが見つかってしまっては、どのような仕打ちを受けるか……それだけが心配だった。



 芝生を踏み荒らし、王太子は目的の倉庫の前で立ち止まった。

「鍵は……」

 その言葉に、頭を振る家政婦長。

「誰かが紛失したらしく……重要な物は入っていないので、そのままにしていたそうで……」

「なら、仕方ないな」

 王太子は騎士の一人に指示を出す。強引にこじ開けるようだ。


(どうか、すぐに終わりますように……)

 エリザベスは騎士達の後ろで身を強張らせていた。

 つい、視線が古井戸の方へ向いてしまう。

 幸いな事に、誰も其方を気にしていないようだ。


 物々しい音を立てて、倉庫の扉が開かれた。

 葡萄酒が入っていたらしき空瓶が転がる。

「そんなっ」

 家政婦長の悲鳴じみた声に驚きながらも、エリザベスは倉庫の中を覗き込む。


「え……」

 最初、目にした光景を信じられなかった。

 倉庫の床に横たわるのは、二人の人間。

 一人は、ヘンリー・スマラクト。

 そして、もう一人は――


「まさか」

 掠れた声は、王太子の呟きか。

 彼の見下ろす先には、純白のドレス。

 エリザベスが着る筈であった婚礼用の衣装に身を包んだローズが其処にいた。

 胸元は大きく開かれ、腿も露わに曝け出しており――

(そんな……まさか、二人は……)

 この中で行われていたらしき所業に、エリザベスは戦慄する。


「花嫁さんだ」

「どうして服を脱いでいるの?」

「司祭様に教えなきゃ」

「みんなに教えてあげてって言ってた」

 方々に散って行く子ども達の声を背に、皆が呆然と立ち尽くしていた。

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