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四条大宮・嵐電車中の死者 ~鴨川浮音、酔いどれる~  作者: ウチダ勝晃


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二つの事件とハシゴ酒

 しかし、佐原は村浦親子には話せない、もう一つの事情を抱えていた。それは、両方の事件を請け負って以来、浮音が毎夜のように市内のあちこちへ飲みに出かけている、ということであった。その日も例のごとく、夜の二時を回ったころになって、二人の住まいとなっている町家の玄関の戸が開き、すっかり出来上がった浮音が、最後に寄ったらしい寿司屋の折詰を手にして床へなだれ込む音が二階までとどろいた。

「ただいまあ。――やあ、飲んだ、飲んだ」

 寝巻姿の佐原を前に、床へ腹ばいになったまま、浮音はにこにこと、折詰を振り子のようにゆらす。それを受け取り、肩を貸してダイニングキッチンへ運んでゆくと、佐原は魔法瓶のお湯でお茶を入れ、寿司折を挟んで向かい合わせに腰を下ろした。

「今日もまた、東野さんと飲んできたの?」

 小皿に垂らしたしょうゆを鉄火巻につけながら佐原が聞くと、鴨川浮音はご名答ォ、とろれつの回らない舌を動かす。東野というのは、同じ大学の社会学部に籍を置いている、ロイド眼鏡をかけ、いつもウールの三つ揃えをりゅうと着こなしている、酒の強いちょっと太った青年である。以前からよく絡んでいる相手ではあったのだが、今度の二件を抱えてからというもの、どうしたわけか浮音は彼のところへ日参し、こうして遅く帰ってくるようになっていた。

「今日は大宮から西院、そっから一度戻って三条会ンとこの寿司屋で一杯。で、折はそこのお土産……」

 しかし、とうの浮音はただただ、佐原を前に無邪気に、今日巡った店のことや、そこで出た山海の珍味、焼き鳥のどれが美味しかった、ということを語るばかりである。

「あんまり飲むと、体に毒だよ」

「わかっとるがな。ま、これも調査のうちや、安心してェな。……飲んじゃいけないお酒なら、ヤメにしましょう今日限りィ……」

 「お座敷小唄」の一節を歌い、しめ鯖を口へ放り込んでからお茶で流し込むと、浮音はピースへ火をつけてしばらくふかしてから、二階の自分の部屋へと引っ込んでいった。 ――大丈夫なのかなあ、カモさん。

 今まで、浮音が一度として事件を放り投げたことがないのを佐原はよく知っていたが、今度ばかりはその信用も、砂の上の楼閣のように揺らぎかけていた。


 休日なのをいいことに、目覚ましもかけないまま眠っていた浮音が目を覚ましたのは、昼過ぎのことだった。上京区、同志社大の学生街から一歩奥へ引っ込んだ住宅地の一角で、古い町家に佐原有作と同居している浮音は、同居人の呼び声に、渋々布団をはねのけた。

「――やあ、おはようさん」

「おはよう……って、もうお昼だよ。焼うどん作ってあるけど、食べられそう? お茶漬けのほうがいいかな?」

 自室のある二階から降り、ダイニングキッチンで昼食の準備をしている、浅葱色のジャージの上にエプロンをかけた佐原に出くわすと、浮音ははだけた棒縞の浴衣の帯を締めなおし、いや、焼うどんで、と言いながら椅子へ腰かけた。

「――昨日、東野くんと落ち合う前に、D大へ行って来てなぁ」

 平皿へ焼うどんとカツオ節を乗せていた佐原は、朝刊へ目を通していた浮音の言葉に、で、どうだった? と聞き返す。

「死んだ木澤は、D大の自動車クラブの会計員でな。夏と春の休みの時にやる、長距離ドライブの資金を管理する役を担ってた、かなりまじめな奴やったんやと」

「亡くなった日の晩、同じクラブの人たちとは一緒じゃなかったの?」

「一緒やったそうやけど、木澤は酒が弱くてな。寄った木澤を電車に乗せて、さっさと一軒目で解散にしたそうや。それはクラブの行きつけの居酒屋の店員が証言しとるから間違いないで。なんせ、二日と開けずに飲みに来る、お得意様やからなあ……」

「へえ、なるほど……」

「なんやその目は。今は別として、普段から飲み屋を梯子するような趣味はもっとらへんで――いたたたっ」

 二日酔いが尾を引くのか、浮音はくせっ毛の渦巻く頭を軽く押さえて、近くにあった魔法瓶のお茶をコップへ注いで飲み干した。

「――東野さんの酒量に合わせようとするからだよ。あの人、秋田生まれの呑兵衛なんだから」

「しゃあないしゃあない、これも調査のためやがな。――しかし、連日飲み歩いてた、ってのがどうにも気にかかるんや。聞いた限りじゃ、自動車クラブの連中はこれといってバイトをしてる素振りもない。かといって、実家が羽振りのいい方というわけでもない……いったい、どこから金が出とるんやろうねえ」

「もしかしてカモさん、それが今度の事件に関係あるっていうのかい」

 箸を動かす手を止め、佐原有作は食い入るように浮音の顔を覗き込む。

「かもしれへんし、そうやないかもしらへんな。ま、探ってみまひょ……」

 鰻のようにつかみどころのない返答だけすると、浮音は置きっぱなしになった新聞を畳んで、焼うどんへと箸をつけだした。

 朝昼兼用の食事も済み、身なりを整えた二人が市バスを乗り継ぎ、四条大宮へと向かったのは、それから小一時間ほど後のことだった。平日の嵐電・大宮駅は、事件から幾ばくか経ったこともあって多少は客足が戻りつつあったが、どことなくさえない目で辺りをうかがう客が多いのが、浮音の関心を引いた様子だった。そんな乗客をよそに、「関係者用特別乗車証」と刷り込まれた証紙入りのパスケースを帯から抜くと、浮音と佐原は駅員にそれを見せてから、今まさに発車しようとしている、嵐山方面行きのワンマン電車へと飛び込んだ。しかし、例によってその日も収穫はなく、浮音と佐原は大宮行きの電車の中で、がっくりと肩を落としていた。

「――収穫がないまま飲む酒は、あんまり美味しくないんやけどなあ」

「また行くのかい! 昨日の今日で、さすがに体に悪いよ……」

「いやいや、さすがに毎回飲んでるわけやあらへん……と言いたいんやけど、あのロイド眼鏡の奥でにっこり笑われると、どうしても飲みたくなってしまうんや。あかんなあ」

 気まずさから立ち上がると、浮音はつり革も持たずに、降車口のほうへと歩き出した。と、駅構内に差し掛かっていた電車が待避線との分岐点を過ぎたとたん、ブレーキとモーターのけたたましい振動が足元を襲い、とっさに浮音はそばのポールへしがみついた。

「大丈夫かい、カモさん」

 ドアが開き、ほかの客が気にも留めずに降りてゆく中、佐原はしゃがみこんだままの浮音のもとへ駆け寄った。ところが、浮音は先ほどまでの疲れ切った表情をどこかへ仕舞い、両方の目を輝かせて笑っている。

「――なるほどォ、こういうことやったんやなア。佐原くん、犯人分かったで」

「なんだって」

 驚く佐原に、浮音は羽織の袖をはらいながら、

「わかったにはわかったが、いまいち決定打が足りないんや。――もし今夜、うまいことその決定打がつかめたら、村浦重役に連絡せんとあかんで……」

 と、自信に満ちた顔で、胸を張りながら改札を抜けると、浮音は佐原と別れ、東野が待っているという白梅町へタクシーを飛ばした。

 そしてその夜、いつもよりはるかに早く帰宅した浮音は、迎えに出た佐原にあるものを見せた。それは、どこにでもあるひどくしわの寄った千円札だったが、野口英世の胸元のあたりに、赤いマジックインキで書いた五芒星が書き加えてある、不思議なものだった――。


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