#2小学校に登校するらしい
とりあえず十年前に戻ったことは理解した。
いや、混乱はしているけけどね。
とにかく今は普通の小学生をやらなければいけないだろう。
そのためには…。
「ご飯食べて学校行くか…」
したわけでもないのにトイレを流して、リビングに戻る。
テーブルには最近の生活からは想像できない食事が並んでいた。
少し泣きそうになる。
金がないと言って具なしチャーハンや、袋麺ばかり食べていた生活からおさらばできると思うと泣いても仕方ないと思う。
そして何より。
「………」
テーブルを見ていた顔を上げて周りを見る。
横には眠そうな兄がいる。
僕が中二の時に北海道にある寮がある高校に行った兄が。
その後高校中退して、祖母の家に居候して、パチンコばかりしていた兄が。
(まだまともだ…)
兄が普通に子供をやっていることに感動する。
そして目の前にいる二人。
父と母代わりの人だ。
父は、僕が高校から一人暮らしを始めたこともあってほとんど会っていなかった。
まあ仲がいいわけでもないから気にもしていなかったが。
母とはもうしばらく会っていない。そもそも、いついなくなったのかもしらない。
おそらく中二の時にいなくなっていたとは思う。
僕が拒絶し続けた結果、気づいたら中学の時は父と二人暮らしになっていた。
そんな離れ離れになっていた四人が今は食卓を囲んでいる。
年を取るごとに自分自身の考え方も変わっていき、あの頃はマジでクソガキだったな、と思うようになっていたので、今だったら普通に家族をやれる自信はある。
そんなことを考えながら、ご飯を食べる。
おいしくて感動する。
一人暮らしをしていて、親が家賃は払ってくれていたが、それ以外は全部自分持ちで生活していた大学生だったので、なけなしの金を全部趣味につぎ込み、金欠になっていた。
バイトは当然していたが足りるはずもない。
食卓にもやし以外の野菜と肉が出ているだけで感動するのも当たり前だろう。
そんなくだらないことを考えながら食事を黙々と食べていると。
「………」
父と母が僕のことをぼーっと見ている。
何かおかしなことをしただろうか。
「なに?」
さすがに食事に集中できなくなってきたので理由を聞いてみた。
「いや、やけに食べるの早いなと思って」
父がそういってくる。
そんなに早く食べてるつもりはないと思っていたが、自分の皿を見ると、もうほとんど無くなっていて残っているのは味噌汁ぐらいだった。
久しぶりのまともな食事だったから勢いよく食べすぎたのだろう。
そして僕はずっと小食だったから、家族が訝しげにするのもわかる。
これはミスったな。
「なんかすごいお腹空いちゃっててね。つい勢いよく食べちゃった」
適当にごまかしの言葉を言えば何とかなるだろうという考えで、適当なことを言う。
まさか自分の子供の中身が十年後と入れ替わってるなんて思わないだろうからな。
だから疑う以前の問題なのだ。
まあそんなこんなで何とか朝食を終わらせて学校に行く時間になった。
そこでまた問題発生だ。
「だれかと一緒に登校とかしてたっけ…。まじで何も覚えてねぇ」
玄関で小声でつぶやく。
兄は中一なので登校は一緒ではない。だが友達とは一緒だった気がする。
ただし、それが小5だったのかを覚えていない。
「まあいっか」
学校に行けば分かるだろう。
友達から、なんで来なかったかとか聞かれるかもしれないが、それは適当にごまかせばいいだろう。
「よし、行くか。いってきまーす」
リビングに向かって少し大きめな声で言う。
そしてマンション住まいなので、エレベーターに乗り込み学校へ向かう。
「さっむ!」
今は真冬だ。家の中は温かかったが北海道の二月はとても寒い。
まあ防寒着がしっかりしてるので耐えられないほどではないが。
とにかく学校の道を進む。
流石に道はわかる。
今でも年に二回ここら辺に来るからなんだけどね。
祖母の家がここの付近にあるので、年に二回里帰りに来るのだ。
一人暮らしをしていた僕からすると、その期間はマジで最高の期間だった。
そんなわけで迷わずに学校には行けるが、問題がまたある。
教室を覚えていない。あと、席もわからない。どうするか。
仲のいい友達が誰かはわかるが、急に席を聞かれても意味不明がるだろう。
「あれしかないか」
僕は強硬手段に出ることにした。
「遅刻をしよう」
そうすれば多分席も空いてる席ということでわかるし、ついでに言うと一緒に登校していたかもしれない友達の方も問題なしだ。
遅刻しているのだからわざわざ家に迎えに行くわけがない。
「さて、どこで時間をつぶすか」
小学生がこの時間にふらつき続けるのはあまりよろしくない。
というわけで、少し寒いが公園の個室トイレに籠ることにした。
誰にも見られないし、もし出るところを見られても腹痛で押し通せるだろう。
さすがに色々とやらかしの人生を歩んできているからか、こういう無駄な知恵は働く。
学校近くの公園なので、学校のチャイムが聞こえる。
今のが予鈴だとすると、あと十分ぐらいで向かえばいいだろう。
そうすればおそらく朝読書の時間だ。
確実に全員着席してるので空いてる席が分かりやすい。
「さて、そろそろ行くか」
今回はしっかり用を足しているので、ちゃんと流してから個室出る。
そしてついに学校についた。
「やばい、めちゃくちゃ緊張する」
僕はもう小学校の人とは関わりが消えていた。
もちろん中学もほぼ消えていて、高校に至ってはすぐに中退したので誰の名前も覚えていない。
そんなわけで小学の奴らと会うのなんていつ振りかもわからない。
なんて呼んでいたのか、どういう話をしていたのか。何もわからない。そりゃあ緊張もする。
「ふー、よし何とかしよう。死ななけりゃ何とかなる」
僕は成人して酒カスになった後に自分の座右の銘にした『死ななけりゃ何とかなる』と自分に言い聞かせて学校に足を踏み入れた。
当然遅刻しているのだから学校は静かだ。
それがまた緊張を増幅させる。
「えーっと教室は…」
5年なので教室は三階にある。
それは覚えていた。
そして担任の先生が女の先生ということも覚えている。
ゆっくりと教室を見れば僕の教室は分かるだろう。
問題は教室に入った後なんだが。
なんとか、教室は見つけることができた。
2クラスだけの学校で本当助かった。
そんなわけで、教室に入りますか、と思い教室の扉をゆっくりと開けた。
クラスの視線がすぐに僕の方に向く。
一瞬ビビッてフリーズしたが、すぐに復活する。
「遅刻かー颯太」
後ろの方の席に座っている、男が声をかけてくる。
「あーうん。おはよ、洋介」
小学時代おそらく一番仲良かったであろう友達の言葉にひとまず適当に返して、僕は席探しに集中する。
頭をフル稼働させたが、正解は見つからなかった。
なぜなら、空席が三個もあったからだ。
「早く席座って、読書しなさい」
担任の青木先生がそう言ってくるが、もう頭は真っ白になりかけている。
「はぁ…」
僕はだれにも聞こえない程度の音でため息をつき、プライドを捨てる覚悟をする。
所詮こいつらは小学生だ。
ごまかしはいくらでも出来るだろう。
「先生」
「はい?」
「僕の席ってどこでしたっけ」
「は?」
教室全体がざわめく。
あぁ、恥ずかし…くないな別に。
なんだかんだでメンタルは強くなっていたらしい。
「河野くん何言ってるの?」
先生が聞き返してくる。
「いや、自分の席が分からなくなっちゃって、教えてもらえません?」
「昨日の今日でどうやったら忘れるのよ。そっちの窓側のとこよ」
疑問しかないだろうになんだかんだで教えてくれる青木先生。
「ありがとうございます」
「はぁ」
先生が気の抜けた返事をするが気にしない。
今は何も気にしてはだめだ。だから頼むそんな目で僕を見ないでくれ。お前ら。
1話と2話は2日連続投稿ですが、次回以降は1週間に1回か2週間に1回の投稿になります。