テラストリア
格闘ゲーム、ああ、通は格ゲーって言うんだっけ? これってどこが面白いんだかあたしにはさっぱり。あたしの目の前でもうかれこれ2時間、親友が一心不乱に筐体に向かって興じているのが、『テラストリア』とか言う今評判の格ゲー。
もっとも、彼女の場合、楽しいとか好きだからとかいうまっとうな理由でゲームしてるわけじゃないんだけどね、これまた。こんな煩いゲーセンなんかに、何時間も好きとか楽しいとかじゃない理由でよくいられるもんだわ。ま、それだけに『想い』が強いってことかな?
あ。あたしは須川桂。天下無敵の女子高生! なんて言えたら、いいんだけどね。あたしゃ結構地味好きで、とてもとても子ギャルなんて感じにはなれません。せいぜい髪を薄く茶色で染めて、スカートの丈を少しだけ短くする程度。まあ別にいいけどね。
でも、あたしなんて例の親友に比べりゃ、そりゃもう飛びぬけて垢抜けてるって言ってもいいかもしれない。
親友の名前は石神葉湖。葉湖なんて変わった漢字で名前がついてると、性格まで変わったのになるなんて知らなかった。葉湖は都内じゃ多分珍しい、いわゆる『典型的』なタイプだと思う。
黒ぶち土瓶眼鏡――今時こんなんかけてるヤツいる? ――に長い黒髪三つ編。鼻周りのソバカスもなんかのアニメみたい。レトロな感じのガリ勉の外見してるんだなあ、これが。
って、ガリ勉みたいな外見だけならともかく、ヤツは中身まで染まりきっていたのだった、フフフ。って――
「痛い! な、何!?」
ぼぉっとヤツをからかうことを考えてたのがいけなかったのか。気づいたらヤツが目の前でジッと見据えてた。痛みが走ったのは、ヤツが軽く平手でぼぉっとしてるあたしを叩いたからだ。
「対戦相手帰っちゃったから。私たちもささっと『書いて』帰ろう」
そう呟いて床に置かれた鞄を持ち上げると、あたしを置いてゲーセンの出口付近のカウンターへすたすたと歩いて行ってしまう。まったく、とことんマイペースなヤツだ。
「こら! せっかく付き合ってやってる親友置いて行くなんぞ、打ち首獄門にしてくれる!」
あたしはうそぶきながら彼女の後を追った。
葉湖は東大工学部を目指している天才だ。
確かに昔から頭良かったけど、もともとそこまで凄かったわけじゃない。そ知らぬ顔でカウンターに常備されているメッセージノートを眺めているコヤツは、見かけによらずに一途で。とことんその想いに尽くすってことを思い切り見せ付けられたっスよ、ええ。
彼女は昔隣に住んでいたお兄さんにホの字だったらしくて、どうやらそのお兄さんが東大工学部に行ったエリートだったから、その道を目指したらしい。なんというか、一途というか単純というか。
まあ別にストーカーになるとか、そういうのがない常識はキチンとあるヤツだから。傍から見てると奥手も極まれり、って感じである意味微笑ましいんだけどね。
ああ、葉湖のヤツは筋金入りの奥手なんだ。まあ葉湖の性格だから、別に自信がないから、とかじゃなくてさ、きっと『そういう体験』がないから、わからないだけなんだと思うけどね。
だから、単純にその『お兄さん』の通った道を目指したんだろうねぇ。そらもう一番凄い時期の葉湖を知ってる人間としては、ヤツの学力レベルの上昇にたまげたたまげた。フツー100点幾つも取れると思う? 高校レベルの、それもそこそこの進学校の試験で。葉湖はそれを実際に達成しちゃうんだから、まったく大したヤツよ、本当。
でも、さすがに不安に思ってたんだろうね、勉強だけしてお兄さんと同じエリートコースをただ歩んで行くことに。このままのカタチで想いを成就するための道、本当にいいのかって。
そこで出会ったのが『テラストリア』ってわけ。で、
「今日は何が書いてあるのかな? ほらほらお姉さんにも見せなさいってば」
一通り読み終わったらしい葉湖からメッセージノートとして使われている大学ノートを引ったくり、視線を走らせる。
そもそも、葉湖がこれまでまったく興味も関心もなかったコンピューターゲームに傾倒することになったのは、このメッセージノートの存在があったから。
勉強三昧でいい加減勉強ヲタに成り果てていた葉湖を、あたしが自分の気晴らしを兼ねてこのゲーセンに引っ張り込んだのが始まり。あたしは格ゲーはやらないけど、他の筐体ゲームはたまにやるなら結構好きなんだ。
あたしは楽しめたけど、案の定、所在なさ気な葉湖。そんな彼女の顔色が変わったのが、メッセージノートを見つけ中身を見ている最中だった。
その時葉湖の心を揺さぶったページを今一度開いてみる。そこはノートの最初の方のページでね、ある書き込みがしてあったんだ。
『私はテラストリアを開発した佐々木洋介と申します。お客様の生の声を拝聴致したく、こちらのノートへと僭越ながら執筆させていただききました。これからもノートを拝見しますので、皆様自由闊達なご意見をお聞かせ下さい』
それは、葉湖のホの字の人の書き込みだった。こんなことってある?
ゲームのプログラマーになったって葉湖も人づてに聞いたみたいだけど、まさか大ヒットゲームの開発者になってたなんてことは知らなかったみたい。当たり前か、ゲーム音痴だし葉湖。
なんていうか、これで別の『接点』できちゃったからねぇ。葉湖のヤツ、それまでのゲーム音痴が嘘のようになっちゃったわけ。
元々勉強意外にお金使うことなんてしてなかったから、貯まってる貯金切り崩してゲーム機とコンシュマー版のテラストリア買ってさ、そらもう鬼のようにやってたよ。もちろん、攻略やらなにやらでも本買ったりネットで調べたりしてたっけな。
そこまで気合入ってやってるのはもちろん、メッセージノートで『お兄ちゃん』こと佐々木さんとコミニュケーションとるため。
恋はなんとかって言うけど、まさに地で行ってる感じ。なんつぅか、呆れるのを通り越して羨ましいぐらいだぁね。あたしも誰かの追っかけでもしようかなあ。
まあともかく、想いは一途の葉湖さんをやる気にさせたら凄いね。あたし本当、驚いた。ゲーム音痴だったのは単に知識音痴なだけで、センスはあったみたい、この子。
3日で対コンピューター戦では敵無しになって、その後すぐにゲーセンデビュー。毎日放課後1時間だけ通い詰めて、日々通信対戦。人間相手でも、そのゲーセンでは10日も経つと敵なしになってた。恐るべし。
毎日付き合ってる私もかなりアレなんだけど、でもこれまで鉄面皮だった葉湖がさ、これこれのキャラは使いやすいだの、どの技はこの場合の当たり判定が甘いだのをノートに書いてる時、とっても嬉しそうな顔してるんだわ。それがいじらしくてね。
佐々木さんからの返事が初めて来た時のヤツの顔って言ったら……。ここだけの話、葉湖って実は物凄いのよ、眼鏡取ると。
あの野暮ったいヘタレ眼鏡はまさか、ヘンな虫が寄り付かないようにするための自衛策? なんて勘ぐったりもしたくなるわ。その物凄いのがいい顔してるんだもん。ヘタレ眼鏡しててもわかっちゃうよ、とびきりカワイイって。いいよねぇ、素材がとんでもないと。てかもっと素材活かしなさいよ、もったいない。
とにかく、テラストリアの鬼の強さは本物。このゲーセンをホームにしながら、ちょくちょく他のゲーセン行って腕をガンガン上げてね。仕舞いにゃ休みの日に、腕の立つテラストリアラー――テラストリアやり込んでる人のことみたい――が集まる近隣のゲーセンを全て制覇しちゃって。気づいたら都内でも指折りのテレストリアラーにランクされてたってわけ。
吉祥寺瑛なんて土地に絡めた2つ名、漫画みたいにいつの間にかに渾名されてたりもして。ちなみに瑛ってのは、葉湖が使ってる眼鏡の女子高生キャラの名前。そのキャラクターも土瓶眼鏡かけてる地味高生の癖に、八卦掌とかいう中国武術の達人で、眼鏡取ったら超美少女というオマケ付き。そこまでカブってるともう堪えようもなく笑ってしまったわ、本当。
最初はもしかして佐々木さん、葉湖のことをちゃんと覚えていて、意識して狙ってやってる? とかも本気で思ったけど、でもなんかそのキャラは佐々木さんとは関係なく作られたって知って、さすがにそこまで話上手くないかって葉湖の代わりにガッカリもしたっけ、あはは。
そんなこんなで今や屈指の瑛使いになったんだけど……って、これ。
あたしはノートに書かれていた、最も新しい佐々木さんの書き込みを見て、隣の葉湖へと視線を移した。
「うん。全国大会にお兄さん、来るって。優勝したら優勝トロフィー渡す役やるから、ここのゲーセンのみなさん頑張って下さい、会場で握手しましょうだって」
嬉しいんだね葉湖。あんたの声、落ち着いてるようにも見えるけど、長年あんた見てきてるあたしの目はごまかせないよ。
「よかったじゃん! これで、今までのこと、報われるね!」
あたしもなんだか嬉しくて、葉湖の肩をポンポン軽く叩きながら言うと、彼女は幾分頬を上記させながら頷いた。
「あんたの集大成、見せる時だね。なんも言えなくても、とりあえず久方ぶりの再開ってことで握手するところから始めれば、きっと未来は開けるよ、うんうん」
まさかこんな風に状況が動き始めるなんて思ってもいなかった。あたしですらこんな驚いてるんだから、当の葉湖にしてみれば寝耳に水って感じだったろうね。でも、これはチャンスだし、今までやってきたことが報われるいい機会でもあるし。
やってやろうよ、葉湖。あたしも応援するからね!
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
――なんだか遠い過去のような気がする、葉湖が『吉祥寺瑛』なんて呼ばれていた頃が。
落ち着いた喫茶店・店内の雰囲気と裏腹に、対面席に座ってる葉湖は高いテンションで喋ってる。ついこないだまでとは別人のよう。
彼女はバッサリと髪を切り、今ではショートボブまで短くなってる。さらに、その髪があたしより濃い目のチャパツになっていたりもする。
一番驚きなのは、トレードマークだった土瓶眼鏡がコンタクトに変わってること。あの土瓶眼鏡がなくなったってことは、葉湖の物凄いのが表に出るってことで。くうう、相変わらず超カワイイ。親友じゃなかったらなんだかムカムカしてるところだよまったく。
薄っすら化粧までしちゃって、以前と比べたらもう怖いぐらい垢抜けたのなんの。
変わったのは見てくれだけじゃない。性格も大きく変わったんだ。今、明るくハキハキ喋ってるのがいい証拠。これまでだったら良くも悪くも物静かで、基本的に我が道1人で行く子だったのに。
今ではあたし以外のクラスメートとも気さくに話してる。男子からも急に注目集めてるしね。頭もいいし、実は美人だってことわかって。
「――桂、ねえ桂聞いてる?」
あたしが葉湖の変わり様を冷静に分析していると、訝しんだ彼女が怪訝な顔をして問いかけてきた。
「聞いてるよ。あんたがかわいいから見惚れてたの」
「やだ何それ。桂ってそういう趣味があったの? まったく冗談ばっかり」
まぶしいぐらいの笑顔で喉を鳴らしてる葉湖。こら確かに男子は撃沈だわ。
葉湖の話を適当に受け流しながら、あたしは『あの時』のことを脳裏に思い浮かべる。
あの時、全国大会の時。葉湖は苦戦してた。いくら葉湖にセンスがあっても、経験でものを言わせてくるプレイヤーはそれこそ沢山いたんだから。
それでも葉湖は負けなかった。こうなるともう意地って感じで、葉湖はそりゃもう信じられないくらいの集中力でトーナメントを勝ち抜いていった。
あたしがそんなに心配する必要なんてなかったのかもしれない。結局、葉湖は一度も自分を見失わないまま優勝してしまったんだから。
でも、これが漫画やドラマだったらそのまま表彰式になって、メッセージ通り列席していた佐々木さんに握手しながら想いを伝えちゃったりするんだろうけど、まあそれはそれ。奥手純粋培養の葉湖がそんなことできるはずもなく、結局握手して終了。メッセージノートでのやりとりのことですら、何も言わなかったみたい。
けど、本題はそれから。
式が終わってゲーム雑誌のインタビューを受けてる葉湖、佐々木さんの姿を見かけたみたいで。
なんだか目撃しちゃったんだって。佐々木さん、駆け寄ってきた子供抱き上げてるのを。それも、クリソツな子供。でもって、親しげな笑みを浮かべて歩いてくる大人の女の人の姿も。
佐々木さん、結婚してたんだね、もう。
インタビューなんかもうまともに対応できなくなってたみたいだけど、さすが葉湖。取り乱したりはしないで、あたしと一緒に人気のない夜の帰路歩いてる時にぶちまけてくれて、そんで……びっくりするぐらい大泣きしてたっけ……。
さすがにしばらくは落ち込んでいたけど、この子、意外と芯はしっかりしてるから立ち直るのも早かった。しかも、ただでは立ち直らなかったんだ。それが今の目の前の彼女に帰結してるってところ。
でも実際、本当は立ち直れるかさすがに心配だった。だって、これまで信じて大変な苦労をしてきたのに、それが一気に崩壊しちゃったんだから。
……って、そんなこと考えたあたしは、本当の葉湖っての、知らなかったんだね。彼女は見事に乗り越えてた。これまでやってきたことは崩れてしまったけど、決して無駄なことではなかったってちゃんとわかってた。
だから、確かに勉強する目的、ゲームする目的――それらを失いはしたけど、でも勉強もゲームも続けてる。それは、何かを追い求めるためじゃなくて、今度は自分の生活を豊かに楽しむため――そのために。
「――ねぇ、桂」
「ん? 何?」
葉湖はとっても満ち足りている表情で言葉を続けた。
「私さ、今まで視野がとっても狭かったんだと思う。お兄さんへの想いだけに縛られて、色々犠牲にしてきたけど……でも、そうじゃないんだよね。今回はダメだったけど……本当はまず好きな人に近づくために何かするって言うんじゃなくて、本当に素敵な女性になること――色々なことを体験して成長することが大切だったって、わかった。まずは自分が素敵にならないと、ね」
ああ、大人になったんだな、葉湖。あんた眩しいよ。
あたしは素直にそう思った。
失恋って女の子を確実に成長させるよ。いいなあ、葉湖……なんて思っちゃいけないか。まがりなりにも失恋してるんだから。
「葉湖、いい顔するようになったね」
そう言うと、葉湖は何言ってるのよと照れて口を尖らした。けど、心からそう思うよ。
今まで色々苦労した分、あんたはこれからの時間、取り戻す権利があるんだ。そんで、素敵な女になりなよ。きっといつか、佐々木さん以上の相手が見つかるって。
「行こうか。そろそろ映画の時間だよ」
伝票を取って立ち上がる。葉湖も頷いて立ち上がり、あたしに続く。
会計を済ませて外に出ると、春の青空と暖かい陽光が天板に広がっていた。
「んん、いい天気。こんな日は素敵な人と『でぇと』したいもんだねぇ!」
笑いながら言うと、葉湖も噴出しながら頷いている。
本当にいい顔してるよ、葉湖。春のお空も、きっとあんたの新しい門出を祝ってると思うよ。
了




