部誌を配りに
「にしても部誌か…ちゃんと終わったんだ。よかったよ」
「うん、ちょっと印刷する時に何故か琳湖の研究班のデータだけ消えちゃって、そこのページだけないんだけれど…」
「もう…かすみはほんっとうに機械系ダメだよねぇ…そこに関しては私ちょっと悲しいからね?」
「うっ…ごめんて…」
あからさまに三村がむくれたのに対し、卯月が謝る。いつもとは反対の彼女達のやりとりに思わずクスリと笑うと、笑わないでよ、と卯月に怒られた。
しばらく教室で話していると、これから掃除をするとのことだったので、場所を変えカフェテリアで三人で話していた。
生物部に直接行こうとも考えたのだが、高3は他の学年より終わるのが早い為、後輩より先に普段生物部が活動している特別教室である生物室にどうしても先についてしまう。
流石に引退している自分達がが先に生物室に居座ってるのは気が引けるし、後輩にも気を使わせるだろうと考え、そのまま直で行こうとしていた三村を引きずって、カフェテリアで部員が集まり始める時間まで話すことにした、というわけだ。
「コホン、まぁ、無事例年通り発行できただけでもよかったよ
去年の秋の部活発表までには間に合わなかったけどさ」
「そうだね。でもせっかくなら間に合わせたかったけどね…」
そう、部誌の編集担当者だった卯月はははは、とちょっと浮かない顔をして笑う。
そもそも部誌は、生物部では毎年、部活発表祭という文化祭と一緒に行われるイベントに向けて発行するものだ。
大体、金曜日に身内向けの文化祭があり、その次の日、土曜に部活発表があり、日曜にまた文化祭…そんな感じの日程だ。入学当初はこんな訳の分からないスケジュール、と思っていたが数年経った今はもうこれが当たり前だと思っている。
そこで、研究したことをタブレット端末や、模造紙などを使いつつ口頭で発表したり、実験内容を簡単に体験してもらう。
部誌は発表祭の際に、内容をもっとよく知りたいお客様へ渡したり、発表祭の前に自分たちがお互いの実験について把握するという重要な役割を持つ冊子だ。
自分達の代では数代前から使わせていただいている印刷所でアクシデントがあったらしく、そこで印刷できなかった上、各々が研究に没頭しすぎていたりしたせいで、次の候補となる印刷所を見つけることが出来ずにいた。
そのため急遽学校で印刷し、簡易的な冊子を発表祭に1部、閲覧用で置く、とそれだけになってしまったのだ。
それを今回流石に部員には配ろうとのことで、卯月が再編集し、部員の数だけではあるが、改めて冊子にしてくれた。
そこまでしてくれた卯月には本当に感謝しかない。
やっと冊子の形に出来た部誌を今日、とりあえず後輩と顧問には配ろうと、そして一人で行くのもなんだからーと思い三村を誘ったそうだ。
三村が俺のことを誘うのはもちろん想定済みだったらしく、3人で一緒に部活に配りに行けるのが嬉しい、と言っていた。
「まぁまぁ、過去を悔やんでもしょうがないよね!形に出来ただけでも嬉しいし、ほぼすべての作業をやってくれた卯月にはほんっとうに感謝しかないから!ありがとさまっ!」
そう三村が言うと、卯月は少し驚いたような表情をした後、嬉しそうに目を細め、ありがとう、と言った。
「にしても全然部誌については俺、手伝えなくてごめんな。卯月、機械系苦手だったのに任せちゃって」
そういうと卯月はううん!と言い言葉を続けた
「全然いいの!やりたいって言ったの私だし!機械に慣れる丁度いい機会だった…ってこれはギャグじゃないからね…?
それにさ、副部長も手伝ってくれたから案外ちゃんと出来たんだ」
「へぇ、副部長が…」
少しつんけんした性格の副部長が部誌の編集を手伝ったことに少々驚きつつ、何となく時計で時間を確認した。
「あと五分ほどしたら動こう。多分それで、時間がちょうど良いくらいだよ」
「おっけーおっけー!はぁー後輩ちゃんたちに会いに行けるの楽しみだなぁー…っと、そうだ、かすみ」
「ん?何、琳湖」
「私たちの分の部誌は後日、ってことでいいの?」
それを聞き、ああ、と思い出したような表情をし、それに対しうなづく。
「後日、しっかり渡すよ
今日は後輩と顧問分しか持ってこれてないから」
「ん、ありがとね」
「まぁ、自分の手元に来ることを楽しみにしててよ」
と、卯月は三村に言った後俺の方を向き、言葉を続けた。
「表紙は後輩に配るから見ることになると思うけど、凄いんだよ、辻堂くん
流石漫研の三村琳湖、ってなるから」
そう、表紙のことに卯月がふれると、三村があからさまに動揺し始めた。
「えっ、ちょ、かすみ?」
…なかなか観れない、あからさまに動揺した三村が面白く、俺もなんとなく卯月に乗ってみることにした。
「へぇ、そうなんだ。それは楽しみにしておくよ…」
「えっちょっと待って部長くん辻堂様?あまり楽しみにしないで…?」
「おっ時間だ、移動するか」
わざとらしく時間を見、立ち上がると続いて卯月も立ち上がった
「そうだねぇー」
それに続き三村も立ち上がり、
「ちょっと二人共ー!?!?無視はやめて!?」
と叫んだ。
「琳湖、さっさと来ないと置いていくよ?」
「まってまって!今行くから置いていかないで!」
「さ、じゃあ行こうか」
「ああ、行こう」
「うわぁー!待ってってば!」
そう言い急いで三村が立ち上がる。
何となく、在部中のことを思い出した。いつもこんな感じで巫山戯ていたような気がする。普段は三村も卯月もクラスが違うから廊下なんかであった時くらいしか絡まないが、久々に話すと本当に楽しい。
進む足取りが、これから行く場所が楽しみだからなのか、今三人で絡むのが楽しいからなのか、何となくいつもより軽い様な、そんな気がした。