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商業ギルドの魔王候補  作者: まる
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新しい生活の準備

【新しい生活の準備】


エムファスに指名受付嬢をお願いしてからの、彼女の行動は早く、正に怒涛の勢いである。


「指名をいただいたからには、持てる全てを使って、お客様にご満足いただきますので」


そういうが早いか、借家の紹介をしてくれ、契約まで一気に漕ぎ着け、家の鍵を受け取り、二人で部屋の中の掃除を軽く済ませる。


「(・・おかしい、絶対におかしいだろう!? 冒険者ギルドでもめてから、半日しか経ってないじゃないか!?)」


朝の少し遅い時間に、この町に帰ってきて、冒険者ギルドを出て、商業ギルドに入ったのが昼過ぎ、そして夕方とは言えまだ明るい時間に引越し完了である。


受付嬢兼商人のエムファスは、とんでもない能力を有しているようだ。




借家は一戸一戸、戸建てではなく、宿屋のように、部屋の集合した建物、アパートメントと言うらしい所へ案内される。


「この物件は、お勧めだよ」

「何故でしょうか?」

「前に住んでいた人が、家財の多くを残していってくれたから」

「へぇー、何故だかご存知ですか?」

「事業に成功して、大きな家を購入され、ワンランク上の家財に買い換えたのと、事業に失敗して夜逃げしたのと、どちらの理由が良いかな、オプファ君?」

「・・・えーっと、聞かなかった事にして、ありがたく使わせてもらう方を選びます」

「賢明だね」


これから商売を目指す人に、事故物件に近い借家を紹介しないだろうと信頼する・・しかない。

契約まで済ませ、既に鍵まで受け取って、止めますも正直言いにくい。


「ぷぷっ・・、戸惑ってるね?」

「えっ!? ええ、まあ・・」


顔に出てしまったのだろう、エムファスが指摘する。


「安心して、指名してくれた人に、悪い物件を押し付けるつもりは無いわ。そもそも商業ギルドに入ると聞いた時から、この流れは出来ていたんだから」

「えっ・・、どう言う事ですか?」

「冒険者から商人、何の伝手も無い。少なくとも住む場所は何とかしなくちゃってね」

「そうだったんですか」


僕との会話の中で彼女は、今までの経験から最善の選択肢を選んであったのだろう。


「もし家を買うと固辞していれば?」

「クライアントの希望に沿うわ? きちんとメリットデメリットは伝えてだけど」


出来る限り説明、説得して、最後は僕の意思を尊重するつもりだったのだ。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


お互いにとって、良い結果へと繋がった訳だ。


エムファスは、後は人によって使うものが違いますからと、ギルドへ帰ってしまった。






そんなこんだで、もうすぐ仕事が終わるだろう時間を見計らって、薬師ギルドへと向かう。


「もしかすると、僕のせいで仕事をサボらせたから、帰れないかなぁ」


そんな呟きの中、トロナが現れ、オプファを見ると驚いたように声をかけてくる。


「あれれ? 如何したの?」

「いや、如何したの?じゃなくて・・。かんばって、の一言言ったきり、何も話してないでしょう?」

「ん? 何か問題あるの?」

「いや、一応全部終わった事と、これからの事の相談・・かな?」


オプファは基本宿屋を利用し、トロナと会うのは、朝、薬師ギルドだけである。


薬草集めに専念したいオプファとしては、話し合うのは夜が望ましい。


「ふーん、まあいいわ。晩御飯を食べながら聞くわ・・って、あなた夕食は宿屋じゃないの?」

「いやだから、その辺も踏まえて話しがある訳で・・」

「そっ。じゃあ私お勧めの屋台に行って食べるで良い?」


食べる食べないを伝える前に、食べる事が決まってしまい、苦笑いしながらついていく。




本当は気づかない自分が悪いのだが、トロナの喰いっぷりに驚く。


「いやー、丸一日食べてないからさあ」


口に物を入れたままなので、こんなにはっきりとではないが聞き取れる。


オプファが、新人つぶしのパーティに捕まってから、心配で心配で、食事をしていなかったと。

ギルドの前で分かれた後、仕事をしている内に、空腹を思い出し、忙しさと空腹で本当に目が回っていたと話してくれる。


「ゴメン、心配かけたね」

「本当よ!」

「商業ギルドで、アイテムを引き取ってもらえたから奢るよ」

「本当!? 本当ね! 絶対ね!」


トロナのお腹が一段落するまで、二人は食べる事に専念したのである。




屋台と言っても、一軒や二軒だけではなく、屋台街として、何十軒と屋台が立ち並び、共同で食事をするスペースもある。


屋台も切磋琢磨し、量が多い、安い、味で勝負など、それぞれのカラーを出している。


あちらこちらで好きな物を買って、好きに食べられるシステムで、無法地帯ではなく、商業ギルドが管理するフードコートなのである。




食事が一段落すると、オプファが分かれてからの一連の流れを話して聞かせる。


「ふむふむ。それで今はアパートメントに居るけど、一人暮らしが始めて何をしたら良いか分からない、という事で良いのよね?」

「そうなるかな?」


食後のお茶、それも別の屋台で買った物で、ゆっくりした一時を楽しむ。


「まずは、同じアパートメントに住んでいる人に、手土産持って挨拶ね」

「えっ!? 挨拶? 手土産?」


家財の話かと思っていた僕は、トロナの予想外の言葉に戸惑う。


「冒険者時代は、その日暮しで隣人なんて気にしなかったでしょうけど」

「うん」

「アパートメントは、ずーっと先まで一緒に住むのよ? 関係悪くなってアパートメントを変えたって人もいる位なんだから」

「・・なる程」


冒険者の時は、宿だったし、隣が誰かなんか気にしなかった。常に一緒の人だった事が少なかったし。


料理にしろ、風呂にしろ共同生活の場は増える以上、良好な関係を築くのは大切だ。

そしてその場合、新参者からの挨拶は肝心なのだろう。


「手土産なんて、そんな高いものじゃなくて良いわ。私の場合は、薬師だから自己紹介も含めて、お手製の薬を渡したけどね」

「僕は薬草採取なんだけど・・」

「別に職業に関わる物って訳じゃないし、食器を擦る実なんか重宝がられるわよ」

「実か・・、薬草採取に近い事だから、良いアイデアだね」


食べるには適さない実の種類で、皮を剥くと目の細かい網目状になっている物がある。

これで身体や食器を擦すると、汚れが良く落ちるのだ。


隣近所への挨拶の話の後、家財についての話へと移る。


「何を揃えたら良いかなんて、エムファスさんも言ったように、人それぞれなのよ」

「どうして?」

「良い? 不躾だけど、あなたにお金があるかどうか分からないし、あまり聞くつもりも無いわ。あなたが予算を言えば別だけど」

「なる程」


そもそもお金が無ければ、それらだって揃えられず、床に毛布一枚で包まる事になる。


「また私はあなたの部屋に行った事がない。何があるか分からない訳。じゃあ、ベッドにテーブルに洋服ダンスをって言って意味ある?」

「無いね、前の人の残したやつで十分だから」


ついさっき部屋に入って、軽く掃除を済ませたに過ぎないのに、何があったかなんて覚えているはずが無い。


「だから大体の見当になるけど、それで良い?」

「参考程度で構わないからお願い」

「それだったら、布団ね。あった?」

「無かったと思う」

「布団を取って置かれても、すぐに使えないし、臭いや埃もあるしで、結構処分されることが多いわ」

「でもこの時間だと・・」

「うん。店は閉まっているから、明日ね。今日は安宿に止まるか、我慢ね」


割と冷たいお言葉である。


「それから調理器具だけど、悪いことは言わないから諦めなさい」

「どうして?」

「あのねぇ・・。料理した事なくて、共同炊事場って、無理よ無茶よ無謀よ?」

「そうなんだ」


アパートメントは、安い家賃であり、宿屋と似たようなシステムが取り込まれている。


しかし安い故に、一切の家財がない。たとえば料理をするコンロ。

コンロにも薪や炭の低価格帯から、高級な魔石を使ったコンロなどピンからキリまで。


魔石はモンスターの体にできる物で、属性を組み合わせて使う事で、コンロやお風呂と言った日常のものから、戦闘の補助まで多様性を持つ。


木造のアパートメントの、一室一室に火を使う竈は危険である。


どうなるかと言えば、アパートメントの外の庭に共同の炊事場がある。

宿屋で言うならば、調理場となるだろう。


確かに一人暮らしをした事の無い冒険者が、いきなり調理器具を買っても使いこなせない。


最新鋭の魔石を使ったコンロでもあれば、話しは別と言う事だが、火の調節が非常に難しく、意味無く薪や炭をバンバン使って、馬鹿高い食事になるという。

また煤で汚れた調理用具を洗うのも、手間と時間がかかるのだとか。


それだったら、割り切って屋台で済ませた方が良いという事になる。




風呂に関しては、宿屋は多少の追加料金を払うと、お湯を部屋まで持ってきてくれて身体を拭く程度だった。


当然安アパートに魔石を使った風呂など無く、共同の浴場がある。浴場と言っても湯に身体を沈める事はしない。


浴場の中に、水を入れる瓶のようなものが二つ置いてあり、一つは建物の外から下に火をくべる竈のような物が付いている。

片方をお湯、片方を水で調整しながら、お湯を使うのである。


薪は自分で用意するのだが、結構値が張るので、入る人を募ったり、住人で入る時間を決めて、薪代を皆で負担すると言う。


皆が続けて入るので、湯を汚さないように浸からないのだ。


宿屋のように拭くよりは、きれいさっぱりにはなるので、好評なのか、住人の知り合いが、薪持参で入りに来る人もいるらしい。



全くの余談ではあるが、若干立て付けの悪い風呂屋があるらしい。


当たり前に男女別れているのだが、女風呂の入浴料が非常に安く設定されている反面、男風呂は入浴料がかなり高い。

日毎に修理をして入るのだが、非常に緻密に計算されたかのような立て付けの悪さらしく、毎日出来る隙間の場所が変わる。


ちなみ男風呂に入ることを熱望する女性客もいると言う。

まあ色々な思惑も絡みあって、どちらにも人気だが、公然の秘密と言う噂だ。



ちなみにアパートメントの共同浴場は、入る人同士が見張り番になっている。




コロナは続けて必要な物をピックアップしてくれる。


「皿もコップも木製で十分。割れると勿体無いし。パーティするほど大人数を呼ぶくらいなら、外で食べた方が良いわよ?」

「そっか、分かった」


現実的なのか、シビアなのか非常に判断に迷う所だ。


「だ、だけど、ひ、一人ぐらい呼ぶ事はある・・じゃない?」

「そうだね」


何となく、トロナの顔が赤く、言いよどんでいる気がする。


「そう言う時のために、持ち運べるコンロと、お湯を沸かすなべはあった方が良いわ」

「何で?」

「お茶を出すのに、炊事場に行って、お湯を沸かして、それを持って帰ってくる? お客さんを待たせる事にもなるし・・ね」

「なる程、お茶だけでなく、ちょっと暖めるのにも良いかも」

「そうでしょう、そうでしょう」


持ち運びコンロは、素焼きの鉢で、下の側面に空気を入れる窓があり、その窓を塞がないように中に穴の開いた鉄板が置かれ、その板の上に炭を載せる仕組みである。


空気を取り入れる窓には、蓋があり、開け閉めで火力の調整も出来る優れものだ。


もし炊事場で料理したとしても、残り物を温めるちょっとした火ならコンロは最適である。


「家に帰ってきた時、自分でお茶ぐらいは入れられたら良いよね」


手にしたお茶のコップを傾けると、トロナもうんうんと頷いている。


お茶は嗜好品ではあるが、色茶と呼ばれるほど種類があり、品質を選ばなければ、そんなに高いものでもない。


宿屋では水もお茶も無料では出てこない。それならばちょっと高くてもと、皆は酒の方を頼むようになる。


外で仕事にしろ食事にしろ、家に帰ってホッとする一杯があるのは嬉しいものだ。


「あとは全くの新しい生活だから、実際に暮らしてみてないと分からないなぁ」

「エムファスさんも、そんな事言ってたね」


明日は薬草採取をお休みして、今話し合った事をこなす日に当てる事にする。


「そうだ! 薬草採取を休みにするのは良いとして、薬草を如何したら良いんだろう?」

「へっ? 薬草を如何するって?」


僕が突然思いついたことを口にすると、トロナは何の事と首を傾げる。


「今まで薬草を、冒険者ギルドの依頼としてこなしていた訳で・・」

「うん、そうだね」

「もう冒険者ギルドを使えないとなると、何処に卸したら良いんだろうってね」


薬草は冒険者ギルドが、取り纏めて薬師ギルドなどに卸しているはずだ。


「何言ってんのよ・・。商業ギルドに登録したって事は商人でしょ? 商人は犯罪に抵触しない限り、何処でどんな仕入れ方をして、誰に幾らで卸したり、売ったりしても構わないんだよ?」

「へっ!? そうなの?」

「当たり前ですしょ? 商人なんだから・・」

「商業ギルドに卸す必要は?」

「あのねぇ・・。商業ギルドは、流通や経済のバランサーの役目なの? 聞かなかった?」

「そんな事言ってたかも・・」

「まあ薬草を持って行けば買い取ってはもらえるけど、毎日来るなら薬草ギルドへどうぞって、卸し先を教えられるだけだけだよ?」

「なる程・・」


冒険者ギルドと組織の仕組みが違うのだから、アイテムなどの物流も違って当然である。


「じゃあ今まで通り、朝に薬師ギルドに行って、必要な薬草を聞いてから、集めに行って、夕方、トロナにに卸せば良いのかな?」

「それは不味いわ」

「何で?」

「えーっとね、全部が全部じゃないんだけど、生産職系のギルドって、基本的に原材料はギルド持ちなのよ」

「えっ!? どう言う事、それ?」


あまりに意外な事に、驚いてしまう。


「ギルドから、アイテムを渡されて、指示された製品を作成して提出すると、お給料となって支払われるのよ」

「へぇー」

「まあ冒険者ギルドに当てはめると・・、ほら、あれ・・配達の依頼に近いと思うのよ」

「ああ、なる程」


配達の依頼は届けるアイテムを渡されて、相手に届けて、証明を貰って帰ると、依頼達成として報酬が貰える。


「もっとも独立した人とか、あとは内職みたいにお小遣いを稼ぎたい人は別だけどね」

「ふーん、そうなんだ。だったら、薬師ギルドに直接卸せば良いのかな?」

「うん、それで良いと思うよ? その後は如何するの? 例えば、えーっと、朝御飯とか、晩御飯は・・?」


御飯の所は、何故かこちらを伺うように尋ねてくる。

アパートメントは食事は自分で用意する必要があるので、夕飯だけでなく朝食もどうにかしなくてはならない。


「そうだね、しばらく自炊は無理だから、屋台とかかな?」

「じゃ、じゃあ、朝夕は一緒なんて・・如何かな?」

「いいの? 助かるよ。屋台街なんて今日が初めだったし」

「うん、任せておいて!」


やに上機嫌で返事をするトロナを、不思議そうに見ながら、明日からの生活に思いを馳せる。





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