魔王を宿す
【魔王を宿す】
最初はコングに捕まり、死を目前にしての幻聴かと思った。
「えっ・・」
『お前も人間に裏切られて、殺されるんだろう?』
今度はオプファの耳に・・、いや直接頭に話しかけるように、確かに聞こえた。
「だ、誰・・」
自分の体に残された力は、首を動かして、声の主を探すことすら出来ない。
『お前と・・、同じモノさ』
「・・同じ?」
『同じ人間に、生贄にされたモノたちさ』
「どう言う・・事?」
『俺様は、お前と同じように、騙され、裏切られ、捨てられ、無念の死を遂げた、哀れな魂の集合体さ』
「無念の死・・。ちっくしょう・・」
新人つぶしのパーティに、たった今された事を鮮明に思い出す。
『憎いか? 悔しいか? ならば俺様と一つになれ。代わりに俺様が復讐をしてやろう。お前の恨みを晴らしてやろう』
とても魅惑的な誘いが掛けられる。
「くっそぉ・・、この手で、この手で、あいつらに仕返しをしてやりてぇ・・」
『・・・・』
一つになる・・、多分、この声の主が、自分の代わりに復讐してくれるのだろう。
しかし自分の目で見れない、自分の手であいつらに何も出来ない。
きっと一つとなった声の主の中で、ずっと恨み、憎しみ、呪い続けるだけ。
『ふむ・・、そうだな。おまえはまだ生きているな』
「えっ・・」
『俺様を誕生させる、褒美をやるべきかもしれんな』
「褒美・・って?」
『俺様も、この世界の事をもう少ししておくべきかもしれんしな』
「何を・・言って・・」
『ほんのしばしの間とは言え、生きたいか?』
「えっ・・、どういう事?」
『あいつらに、生きて復讐する力が欲しいか?』
「復讐・・? 力・・?」
心に、身体に、目に少しだけ力が戻る。
「欲しい!」
『あらゆるモノと引き換えにしても?』
「生きたい! 力が欲しい! 復讐できるなら何もいらない!」
『全てを犠牲にしてもか?』
「ああ・・。どうせここで死ぬなら・・、あいつらに、せめて一矢報いたい!」
『良かろう! しばし俺様の力を貸してやる』
その声と同時に、自分の中に何かが入ってくるのが分かる。
同時に、とてつもない力が、自分の中から溢れてくるのが分かる。
『おっと、今は力を下に向けた方が良いな』
「えっ!?」
そんな一言が聞かれたかと思うと、目を焼くような光が周囲に満ち溢れる。
「くっ!? な、何だ!?」
思わず目を瞑り、瞼の上からでも分かる眩しさが襲ってくる、
その光が徐々に収まり、ゆっくりと目を開ける。
「えっ!? えっ!? えっ!?」
目の前には灼熱の業火に炙られ、真っ赤を通り越して、黄金に輝く世界が広がっていた。
「な、何が・・? 一体・・。あれコング・・は? いや、壁は? 床は? 天井は?」
自分の周囲を見渡しても、同じように黄金の世界しか見当たらない。
身体の何処にも地面を感じないので、自分は空中に浮かんでいるようだ。
『これが俺様の力の一つだ』
「力の一つ・・? これを・・黄金に輝かせているのは君がやったのか?」
『その通り!』
誇らしげに言う声の主。
「ここは・・どこだろう?」
ふと目の前に、蜂の巣板のような層が見える。
「これは何だろう?」
『うん? ああ、ダンジョンの成れの果てだな』
「ダンジョン? 成れの果て? えっ、ええぇ!?」
本来ダンジョンの一階層ごとの高さは、自分の背丈の何倍もあるのに、目の前の一層一層は、せいぜい掌ぐらいにしか見えない。
『おまえの今の身体を良く見てみろよ』
「今の・・身体・・?」
視線や首、身体を動かしてみると、今の自分の姿がある生き物の姿と結びつく。
「ま、まさか・・、ドラゴン・・」
『大正解! 俺様のこの身体について、こう言い表されている。
またもう一つのしるしが天に現れた。
見よ、大きな、赤い龍がいた。
それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。
その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それを地に投げ落とした。
これが今の姿だ』
声の主は、歌うように今の僕の姿を、語って聞かせる。
もう一度自分の身体を見れば、確かに赤い龍で、左右に三本ずつの首があり、頭には冠と角が一つずつあった。
見えないけど、僕?の頭に残りの四本の角と冠があるのかもしれない。
「この状況は・・、僕がやったの?」
『違うね、俺様がやったのさ。お前はまだ力の使い方を知らないし』
再び周囲の状況を見回せば、黄金の輝きは衰えていない。
「ダンジョンを焼き尽くすなんて・・、何て火力・・」
『ちょっと全身から、炎を出しただけだ。原始の炎をな』
「原始の炎・・。っ!? じゃあ、じゃあ、ダンジョンに居た人たちは!?」
『うん? そりゃ骨も残らず、焼き尽くされちまったに決まっているだろう?』
「えっ!?」
ダンジョンにいた人たちを? 一人残らず? 骨も残さす?
黄金に輝く世界は・・、地獄絵図さながらの世界だった。
「君は、馬鹿なのか!?」
『ああん? 何だとぉ!?』
「どうして、どうして無関係の人たちまで巻き込んだんだ!?」
『大事の前の小事だ。諦めろ』
「諦めろ? 大事の前の小事? いくら僕が助かるためとは言え、復讐を果たすためとは言え、誰かを犠牲にしたら、僕らを殺したあいつらと同じじゃないか!」
『むっ・・』
「君は、あいつらと同じ存在なのか!」
『違うに決まっているだろうが!』
「あいつらと同じ事をするのが、君の言う復讐なのか!」
『違う! 断じて違う!』
「しかしやっている事も、結果も同じじゃないか!」
『ぐっ・・』
「馬鹿やろう・・、大馬鹿やろうが・・」
『ちっ・・』
しばらくの沈黙の後、オプファが切り出す。
「なぁ・・、こんなに凄い力があるんだ。何とかならないのか?」
『何とかって、どうしろと言うんだ?』
「死んだ人を生き返らせるとか・・、時間を戻すとか・・」
『おいおい・・、何夢物語言ってくれてんだ? そんな事無理に決まってんだろうが』
「せめて、せめて・・、親しい人に別れを告げるぐらいの時間を・・」
『時間・・か、別れを告げる・・』
何かを考えるような声が聞こえる。
『それぐらいなら、何とかできるかも・・』
「本当か!?」
『お前が望む形と、ちょっと違うかもしれんがな』
「それでも良い! 何か方法が有るんだろう!?」
『まぁな。ちょっと身体を返せ』
「おわぁ!?」
ベリベリベリっと、自分が何かから剥がされる感覚があるが、特に痛みはない。
しかし感覚の全てが奪われたようで、何も見えず、何も聞こえず、何も臭わず、何の感触もない。
『おっと、これじゃあ何も見えんか』
その声が頭に響いた途端、目の前に再びダンジョンの成れの果てが見える。
『一応、視覚だけ同調させた。見えるようになっただろう?』
「うん。それで、これからどうするんだ?」
『まあ見てろ』
すると目の前のダンジョンが、どんどん大きくなっていく。
「ダンジョンが・・、大きく?」
『逆だ。俺様が小さくなっているんだ』
「えっ!? 小さく・・? どういう事?」
『こういう事だな』
僕の目の前に、普通の人間の手が出され、首が動いたのか、続けて下の方、素足が見える。
「人間に・・なった?」
『その通り。正確にはお前の元の姿に戻った』
「えっ!?」
『当たり前だろう? 元はと言えば、単なる魂の集合体であり、肉体など無いんだ。俺様の魂の器となったのは、お前の肉体なんだからな』
言われてみると、見慣れた自分の手足なような気がする。
ただ服装が違う。
一枚の布を、身体に巻きつけ、肩をピン、腰を紐で縛っている。何よりも漆黒・・
『そうそう、違う所もあってな』
「違う所って?」
『黒髪黒眼になっている』
「髪の毛と、目の色が変わったのか」
『しかし流石は《ダンジョン、無傷》とはな。俺様の原始の炎を受けて』
「今更何をいってるんだ・・えっ!? なっ、ど、どう言う事? 何が起きたんだ?」
先ほどまで膨大な熱を発していた黄金の壁が、元の冷たいダンジョンの床や天井、壁に戻っていた。
『ダンジョンが無傷って言う事は、《中に居た人も、モンスターも、お宝も無事》だよな』
「な、何を言っているんだ!? えっ!? どうして・・」
すると目の前に、さっきまで僕を捕まえていたコングが現れる。
『まあ、俺様にかかれば《ダンジョンは踏破済み、道々のモンスターは瞬殺、お宝も全部入手して、俺様の異空間倉庫に収納済み》だな』
「だから何を!? ・・えっ!? ここは?」
『もちろんダンジョンの最終階層の最奥、ボスの部屋だ!』
正直僕は、このダンジョンが何階層で、ボスのランクがどの程度になるか全く知らない。
そして目の前の、五つの首を持つ蛇のモンスターの名前すら分からない。
「ダンジョン・・ボス・・」
『なんと! ボスはその階層のワンランクアップのはずなのに、《ランクCのダンジョンで、ランクAのヒュドラロードのお出まし》か!』
「えっ!? 姿が・・変わった? そんな馬鹿な・・」
ヒュドラ・・複数の首を持つ蛇系モンスターの上位種・・
首の数だけ強さが増していき、複数の属性を持っていると言われている。
でもダンジョンボスは、人を丸呑みする程の大きな口を持つ、五つの首だったのに、セイテンの言葉で更に二周りは大きく、そして九つの首を持つヒュドラの王に変わった。
『はん! 俺様の前に《ダンジョンボスは、既に倒され、お宝と化している》な』
「えっ!? 何を言って・・、えっ!?」
ヒュドラロードは消え、ドロップアイテムだけが残される。
『《アイテムは収納した》し、さあオプファよ、町へと帰って復讐を遂げようか』
その言葉に合わせて、ドロップアイテムが消える。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
『うん? どうした?』
「一体何が起きたんだ!? 一体何をしたんだ!? き、君は一体・・、何者なんだ?」
『ん? あれ言ってなかったか? 恨み辛みの魂の集合体。もう忘れたのか?』
「そんな事じゃない! ダンジョンは戻せない、人は生き返らせられないと言ったよね!?」
『ああ、言ったが?』
「元に戻ったと思ったら、君の言葉通りに物事が動いたよね!?」
『ああ、そうだが?』
「この力は何なんだよ!?」
『ああ、そんな事か』
つまらなそうに呟くと、何か少し考える。
『あいつらが町に戻るまでは、もう少し時間がかかるか・・。ではしばし自己紹介でもしようか』
「自己紹介・・。そうか、そうだね」
オプファの中に居る存在は、何者なのだろうか?
『改めましてオプファ君。俺様の名前はセイテン、魔王セイテンと言う』
「魔王・・!? 魔王って、あの御伽噺の魔王って事なのか!?」
『そう、その通り! 君だけじゃなく、世界の誰もが知っている、あの魔王が俺様だ』
セイテンが言うように、主人公も、世界の誰もが知っている物語。
この世に悪が蔓延ると生まれ、世界を破壊すると言う存在。
人々に悔い改めを促すためであると、だから悪い事しちゃ駄目よと親に、小さい頃から聞かされてくる存在。
『その魔王が俺様、セイテンだ。人の悪と言われているみたいだが、正確には、怒り、憎しみ、妬みと言った負の感情や、負の感情を持った魂の集合体だ』
確かにセイテンは、繰り返し自分が無念の死を遂げた魂の集合体と言っていた。
『本来は、おまえの負の感情で染まった魂を持って、魔王セイテンとして誕生するはずだった。まあ、それをホンの少しだけ先延ばしてやったに過ぎん』
その言葉に疑問が浮かび、口にしなくて良い言葉を発してしまった。
「じゃあ、復讐を遂げて満足してしまったらどうなるんだ?」
『簡単な事じゃないか。お前が幸せの絶頂期になるよう協力してから、絶望と言う望みさえありがたいと思えるほどの人生のどん底まで叩き落してやればいい』
「なっ!?」
『お前の死と共に、お前の魂を喰らって、魔王として降臨するに決まっているだろう!』
アーハッハッハッと高笑いをするセイテンに、魂ごと握りつぶされるような感覚となる。
「そ、そんな・・」
僕はセイテンに助けられなければ、死んでいたのは間違いない。
このままセイテンに生かされていても、いずれは彼の糧として殺される。
僕の死が、少し早いか、遅いか・・ホンの少しの差でしか無かった事を思い知らされる。
「き、君の事は少しだけど分かったよ・・。でも今の自己紹介と、魔王としての力の説明が繋がっていないようなんだけど・・?」
『せっかちだな、君は。少しずつ説明してやるから落ち着け』
「す、すまない・・」
いつ殺されるか分からないから、その話しから逃げたいと思ってしまったのか。
別に気を悪くした様子もなく、セイテンは話を続ける。
『俺様と言う存在について、こう言い表されている。
黎明の子、明けの明星よ、
あなたは天から落ちてしまった。
もろもろの国を倒したものよ、
あなたは切られて地に倒れてしまった。
これが俺様、セイテン(SATAN)だ』
「どういう意味なんだ?」
『神に次ぐ力を持っていた天使が、冥府に落とされた・・、つまり堕天。俺様は堕天使と言う事だ』
「堕天使・・、神に次ぐ力! この力で全て元に戻したんだね!」
『違う』
「えっ!?」
僕の行き着いた考えを、簡単に突き放すように否定する。
『黎明の子、明けの明星と呼ばれる程の天使のままであれば、その程度の力はあっただろう。しかし俺様は堕天した事で、その力を失った』
「それじゃあ・・」
『堕天した俺様は、人類の始祖をそそのかし、騙し、偽り、欺き、そして堕落させ、人類に死をもたらした。
この強大な龍、すなわち、悪魔とか、サタン(SATAN)とか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落とされ、その使いたちも、もろもろに投げ落とされた。
その時から俺様は、騙し、欺き、偽りの王となった。これが俺様の能力!』
「騙し、欺き、偽りの王・・、それが魔王セイテン・・」
彼と言う存在、彼の能力は分かったけど、やはり今の状況と結びつかない。
全てが元に戻っているのだから・・
「ねえセイテン・・。でもやっぱり君は、なんやかんや言っても元に戻してくれたんじゃあ・・」
「はん!」
でもセイテンは、僕の言葉を鼻で笑って話を続ける。
『堕天使とは言え、神に次ぐ能力を持っていた。神は世界を言葉によって創造した。
始めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
俺様は堕天によって、言葉から創造の力は失っても、騙し、欺き、偽る言葉には、全世界を惑わす力がある!』
「えっ、えっ!? どう言う事!?」
『おいおい、まだ分からないのかい? それとも分かっていて理解する事を止めているのか、オプファあぁぁぁ?』
「えっ!?」
僕がセイテンの言っている事を理解している? いやいや、本当に何も全く分からないんだけど・・
『あーっはっはっはっはぁ。仕方ねぇな教えてやるよ、オプファ! ダンジョンも! 人も! モンスターも! 全てがあの時灼熱の業火で焼かれて、滅んだままなんだよ! 何にも変わっちゃいねぇんだ!』
「・・えっ!? えっ?」
『俺様が、世界を、騙し、欺き、偽って、何もなかったかのように思い込ませているだけ。世界が何もなかったかのように振舞ってくれているのさ!』
「そ、そんな・・馬鹿な・・」
何も変わっていない? 目に見えるものが全部嘘? セイテンはそう言っているのか?
『おっと、言葉に気をつけろよ? 世界が真実に気づけば、全て元通りだぞ?』
「っ!?」
そんな事はない、ありえない、と思っているのに、思わず口を噤んでしまう。
『おまえは言ったよな? 別れを告げる僅かな時間だけでも良いと! 俺様はその時間を、俺様の嘘と偽りと欺きによって与えたんだ』
セイテンの言葉に愕然とする。何も変わっていない・・、見せかけだけの世界・・
『そろそろ頃合も良いだろう。さあ、オプファ! 君の恨みを晴らしに行こう!』
「・・・セイテン、君は・・」
呆然とする僕の意識に対して、セイテンは僕の言葉を無視して、語りかけてくる。
『さあ、オプファ。君の復讐劇の脚本を考えながら、町へと凱旋しようじゃないか!』
そう言いながらセイテンは、足取り軽やかにダンジョンからの脱出の魔方陣へと進む。