新人つぶし
【新人つぶし】
冒険者とは、命を賭けてこそナンボ・・、と言う考え方はどこの町にあるギルドでも存在する。
そのため薬草採取など、女子供年寄りがやる仕事、男ならガツンと一発を引き当てるものと思っているのだ。
そんな人々からみれば、オプファは軟弱者であり、著しく冒険者の価値を下げる、クズ拾いやゴミ拾いとまで揶揄されている。
だからと言って、表立って何かすれば罰せられるし、力の弱い、足手まといを無理矢理パーティに参加させて、万が一何か有れば責任やペナルティを負わされる。
ただ裏でコソコソと何をしているかは別であるが・・
ちょっと話しは変わるが、そんな冒険者の幾つかある側面の一つが、お間抜けであろう。
特に男の下心を狙っての、受付嬢システムである。
見た目は麗しく、可愛らしく、ボッキュボンの女性が受付台の前に立ち、依頼のやり取りをする。
チラリとポロリを期待させる事で、足しげく通わせ、冒険者達のやる気を上げる。
そんな冒険者たちの中にあって、ワザワザ男性職員、しかも忙しいはずのサブギルドマスターが、受付に座っているところへ向かう冒険者たちが居た。
冒険者たちは四人組のパーティで、そのリーダーがサブマスに小声で問いかける。
「そろそろ先に進みてぇんだけど、手ごろなのはいねぇか?」
「おいおい、またか? あまりやり過ぎるなと言ってあるだろう」
忘れたのか?と問いただすような視線で、パーティの面々を見上げる。
「分かってるよ、そんな事は。だけど二十階層のエリアボスが厳しくてなぁ。いつも逃げ出すしかねぇんだ」
「ふん、仕方ない奴らだ。これを最後に、しばらくは大人しくしておけよ?」
「ちょうど良いヤツがいるのか?」
「クズ拾いだ。しかもダンジョンに入った事はない」
「ぷっ、そりゃちょうど良いじゃねぇか」
ギルド幹部と冒険者たちの蜜月の一つ・・、新人つぶし。
「そいつは薬草採取の報告にだけ、ギルドに顔を出す」
「ふん、屑やゴミしかやらねぇって事だぁな」
「勝手に連れて行け。一応パーティの手続きはしておく」
「じゃあ、明日にでも早速」
肉の盾、囮役、アマチュアハンター、甘ちゃん殺し、新人狩り・・
色々呼び名はあれど、臨時パーティとして誘って、使い捨ての駒にする。
ギルドの幹部が絡めば、早々にばれる事はない悪行である。
彼らのような人間の犠牲となった冒険者の魂は数知れず。
寄り集まった魂は、怨嗟の声を上げ、更に仲間を呼び集める。
負の感情が、ただただ集まり、凝縮し、人々への暗い影を作る。
世界を管理する者・・神と呼ばれる存在は、冷笑でただただ傍観するのみ。
例え魔王の誕生が間近に迫っていようとも・・
二人が町へ帰る道すがら、黙っているのは変だしと、お互いの身の上話をする。
薬師の少女は、頭のローブを外し、黄色に近い茶色の瞳と、短い同じ髪色を顕にしている。
「そっか・・、オプファが薬草を集めてくれてたんだ」
「いや、トロナの話を聞く限りじゃ、まだまだ薬草は不足してたんだなぁって痛感するよ」
「そんな事ない! 貴方のお陰で助かってるんだよ!」
薬師の少女、トロナは力強く否定する。
オプファ一人で薬草採取など限界がある。
しかしたった一人でも、薬草を採取してくれるだけで、どれだけ助かるか。
「でも薬草ギルドで必要な薬草と、持ち込む薬草って違うんでしょう?」
「うーん、でも全部買い取っていると思うんだけど・・」
冒険者ギルドの依頼は、どんな種類の薬草も、薬草として一括りである。
話を聞けば、その日その日持ち込まれる薬草の量や種類も違い、ギルドで作れる薬の種類や量もマチマチとなってしまうと言う。
オプファも、もっと沢山の色々な種類の薬草をと思いはする。
しかしどうしても宿代やその日の生活を考えれば、質より量を選んでしまう。
「(もっと薬草採取が出来ていれば、彼女を危険な目に合わせる事はなかったはずなんだ!)」
自分の力不足が、また一人の犠牲者を生む所だったと考える。
どんなお題目を唱えても、薬草採取より自分の生活を考えてしまった自分を恥じる。
それは当然の事であり、恥じる事ではないのだが、やはり自分が許せなかった。
町に着いて分かれる際に、薬師の少女に問う。
「ねぇ、トロナ?」
「なあに?」
「今はどんな薬草が欲しい? 必要となってる?」
ならばもっと自分でできることがあるはずだ、と。
「うーん、その時々によって違うからなぁー」
「じゃあ明日の朝、教えてくれる? その薬草を中心に採取してみるから」
「本当!? ・・でも薬師ギルドに朝顔出してから、冒険者ギルドに行く事になっちゃうよ?」
「いや薬草採取は、種類に関係なく一括りで、常時依頼になっているから、朝は冒険者ギルドに顔を出さなくても良い。だから薬師ギルドに出向いても構わないんだよ」
「うん、分かった。それならお願いするね」
簡単に次の日の約束を取り交わす。
翌日、薬師ギルドに来たオプファに必要な薬草を告げる。
「貴方には貴方の生活があるでしょう。無理無茶だけはしないで・・」
昨日モンスターに襲われたことを、一晩の間に思い出したのだろう。
「そんなの当たり前だよ!」
その日からオプファとトロナは、必要となる薬草を話し合いながら、薬草採取をするようになる。
オプファ自身も前にも増して、精力的に薬草採取をこなしていく。
そんなある日の事・・
いつもの様に、薬師ギルドの前で別れたところで、新人つぶしのパーティに道を塞がれる。
「えっ!?」
「お前がオプファか?」
「そう・・ですが、何か?」
「ダンジョンに行くぞ」
「えっ、どう言う事です!?」
四人のうち二人に肩を抑えられる。
「ダンジョンに連れて行ってやるって言ってんだよ。黙って着いて来い」
「お断りします!」
「あんたたち! 何やってるの!」
そこへトロナが、パーティの前に飛び出してくる。
「女子供は黙ってろ!」
「きゃっ!?」
「トロナ!?」
パーティのリーダーに足蹴にされ、地面へと転がる。
騒ぎを聞きつけて出て来た、トロナの同僚たちに助け起こされる。
「げほげほぉ・・」
「トロナ! 大丈夫か!? 離せ、離せ!」
オプファは声を荒げて、二人を振り解こうとするが、今度は両脇を取られ、無理矢理連れて行かれてしまう。
「大丈夫!? トロナ・・」
「私は大丈夫・・、ありがと」
同僚たちの気遣いに感謝しながら、立ち上がり駆け出していく。
「ど、何処へ行くのよトロナ!?」
「冒険者ギルド!」
そう一言だけ告げると、冒険者ギルドの方へと消えていく。
無理矢理ダンジョンへと連れ込み、左腕にはめられたリングを何やら使って、目的の階層へと向かう。
「それは一体・・? 今のは何が起こったんだ・・?」
「そっか、お前ダンジョンは初めてだったな」
「そうです。なのに無理矢理・・」
オプファの言葉を無視して、リーダーが手首に着けているリングを、しっかりと見せる。
「こいつぁ、テレポートリングって言ってな、ダンジョンの一階にいるフロアボスを倒すと必ずドロップする代物だ」
「テレポートリング・・?」
「各階層の入り口には、ダンジョンの出入り口へと転送できる魔方陣がある。二階層以降で、その入り口に辿り着いたら記録され、ダンジョンでテレポートリングを使えば、次はその階層から始められる」
「・・へぇー」
無理矢理連れて来られ、腹立たしい事はこの上ないが、知らない事を教われば興味が湧く。
「ダンジョンのモンスターは、フィールドのモンスターと大きな違いがある」
「大きな・・違い?」
「モンスターを倒すと、アイテムだけ残して煙のように消える」
「えっ!? それじゃ倒しても何も残らないじゃないか!?」
ダンジョンに潜るのが大損と言わんばかりに、新人つぶしたちに食って掛かる。
「その代わり、消えた後にアイテムを残す。これをドロップアイテムと言う」
「なっ!? 解体の必要がないのか・・。どれだけ傷つけても価値が下がらない・・」
「ああ、だから皆ダンジョンへと潜っていく」
フィールドのモンスターの素材を買い取ってもらおうとすれば、出来るだけ価値が下がらないように倒す事に気を使う。
命がけの戦いに、そんな事を言っている余裕はないが。
「お前はダンジョン初心者だから、俺たちの前に出るな」
「えっ!?」
「隠れているモンスターだけじゃねぇ、トラップだってあっちこっちにあるんだ」
「あと戦いが始まったら、すぐにどっかに隠れてろ、いいな!」
彼らはいきなり囮や肉の盾にする事はない。
何故ならボスの時のための、大事な大事な餌なのだから。
「・・はい」
いきなり連れて来て言う事ではないと思うが、オプファも命は惜しいので渋々従う。
彼らはこの階層は慣れているのか、モンスターへの対応は的確で、難なく戦闘を繰り返し、フロアをスムーズに進んでいく。
「(流石・・。冒険者らしい冒険者なんだ。僕を巻き込んだやり方は許せないけど)」
冒険者たちの気風の中には、薬草採取の依頼を受けたがらず、薬草採取ばかりの冒険者を馬鹿にする事が多い。
自分をダンジョンに無理矢理連れてきたのも、冒険者は何たるかを教えるためだったのでは、と前向きに思い始めた頃、目的の場所へと辿り着く。
「・・こ、ここは?」
今まで居た場所とは、明らかに違う雰囲気に呑まれる。
「ここはボスの居る所だ」
「ボス・・?」
「ああ、各層毎と、十階層ごと、ダンジョンの最深部にボスが居る」
「そうなんですか・・」
するとパーティの面々は、今までにないほど真剣な表情でオプファに言ってくる。
「いいか、良く聞いて、必ず頭に叩き込んでおけ」
「・・・」
あまりにも上から目線なため、無言で返す。
「ボスはこちらか攻撃するまで動かねぇ。俺たちがボスの後ろから攻撃する。準備が出来たら合図を送るから出口へ向かえ。そして次の階層の入り口で待ってろ」
「分かりました」
僕を無事に帰してくれるみたいだと信じ、彼らの指示に従う。
パーティは、ボスの居る扉を開いて中に入る。
「(・・あれが、ボス・・)」
ダンジョンは、冒険者ランクでEからしか入れない。
理由は、Eランク相当のモンスターが現れ、深くなればなる程、強いモンスターが現れる。
ランクEは、十階層あり、一階から十階までである。
ランクDは、十一階から三十階まであり、二十階層分ある。
ランクCは、三十階層あり、三十一階から六十階までとなる。
そして十階ごとのエリアボスは、ワンランク上といわれる。
彼らが向かったのは二十階層、エリアボスのランクはC相当である。
目の前のエリアボスは、自分たちの二倍はあろうかと言う猿系モンスターの一種、コングである。
新人つぶしのパーティが言ったいたが、ボスはまんじりともせずに、こちらの後ろ、入ってきた扉を見てはいるようで、動く気配はない。
パーティは、オプファと分かれて、ゆっくりと壁際を進む。
ある程度まで進むと、オプファに進めの合図を送ってくる。
オプファも彼らに習って、出来る限り張り付くように壁際に沿って、モンスターを見ながら、ゆっくりと進んでいく。
「ゴワァアァ!」
オプファがもう少しで出口と言う所で、コングが振り向き、手を振り払ってくる。
「(な、何で!?)」
そんな思いを吹き飛ばすような一撃で、オプファは入り口に戻される。
「ゲボゲボ・・、ゴボォ・・」
あまりの激痛に意識が飛びそうになり、口から血が吐き出される。
霞む視野の端に、自分を襲ったコングが、ドラミングをしている。
そしてそのスキにと、出口へと向かうパーティが見える。
「ま、待ってくれ・・」
何とか残った力で叫ぶが、こちらを振り返る事なく出口へと消えていく。
「何で・・だよ!?」
一人残された自分の命は、風前の灯であるのに、彼らの行動を考えてしまう。
「あいつら! まさか! 最初から囮にするつもりで僕を!? ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! 絶対にあいつら許さなねぇ!」
逃げなくちゃと思いながら、痛む体で這いずって動こうとする。
地を這うナメクジのような進みに、オプファはあっさりと捕まってしまう。
「ちっくしょう・・ここまでなのかよぉ・・。死にたくないよぉ・・」
『お前が最後の生贄か?』
力尽き、ボスに食われんとするオプファの耳に、何処からともなく声が響く。
トロナは冒険者ギルドに飛び込むと、最初に目に付いて受付嬢に食って掛かる。
「オプファが連れて行かれた!」
「はぁ!? い、一体どうされたのですか!? 落ち着いて・・」
「オプファが・・、オプファが・・」
受付嬢は、トロナのあまりの剣幕に驚きながらも、できるだけ丁寧に落ち着いて対応する。
「オプファが、冒険者たちにダンジョンに連れて行かれた・・」
「えっ!? どう言う事ですか?」
トロナは薬師ギルドの前であった出来事を、掻い摘んで説明する。
「何て事を・・、ちょっと待って下さい。・・えっ、どう言う事?」
すぐに情報を調べ始めると、すぐにおかしな事が出てくる。
「トロナさん、オプファさんが連れて行かれたのは今ですよね?」
「そうです!」
「登録者は・・サブマス!? サブマス! サブギルドマスター!」
大声で冒険者ギルドのサブマスを呼びつける。
「何だ、この忙しい時に・・、騒がしいぞ!?」
「サブマス! オプファさんのパーティ許可をしたのですか!?」
「・・それが何か?」
「何時の事ですか!? どういう状況で!? 理由は!?」
「そ、それは・・」
受付嬢の矢継ぎ早の質問に、何も考えていなかったサブマスは口ごもってしまう。
「ギルマス! ギルマス!」
「ちょっと待て・・」
「聞こえているぞ」
このままでは埒が明かないと受付嬢は、ギルドマスターを呼ぶと、すぐに顔を出す。
「サブマス・・、話しがある。ちょっと来い」
「はい・・ (あの馬鹿どもが! こっちに飛び火しちまったじゃねぇか!)」
サブマスは、新人つぶしパーティの、あまりに杜撰なやり方に内心腹を立てながらギルマスに着いて行く。
「受付嬢、万が一に備えておけ」
「はい、分かりました!」
ギルドマスターは、更に追加で受付嬢に指示を出す。
「オプファ・・」
騒乱の冒険者ギルドの中にあって、トロナは彼の無事を祈るしか出来なかった。




