エピローグ
【エピローグ】
僕の言葉を聞いたセイテンの動きが、ピタリと止まる。
『何だと? ダンジョンを創り替える? どういう事だ?』
「読んで字の如く、ダンジョンのシステムを変えるのさ」
『おいおいおい・・。流石に魔王二人分の力とは言え、それは無理があるぞ』
「ならば干渉するだけでも良い」
僕だってずっと考えを暖めてきたわけじゃなく、セイテンを止めようとして、たった今思いついた事を口にしたので穴だらけなんだ。
『干渉・・、どの程度だ?』
「アンデット系のモンスターって居るよね?」
『スケルトン、ゾンビ、ゴースト、レイス・・更に亜種や上位が存在するが?』
「冒険者のアンデットを徘徊させられない?」
『それで冒険者同士で戦わせるのか?』
ふん! その程度か、と言う感情が伝わってくる。
「いいや。呪詛の垂れ流し・・、怒りや憎しみ悲しみ、恨み辛みを叫ぶだけだよ。冒険者たちに向かって、訴え続ける存在を生み出すんだよ。君達の本当の姿でね」
いつの間にか、セイテンの視線が僕を射抜いていた。
闇の星々が動きを止める。第二の魔王からも何かを感じる。
「倒されても倒されても蘇る、数多の魂の叫びの場を作り出し、冒険者たちに訴え続けるのさ」
『・・それで?』
「それだけさ。全てのダンジョンが存在する限り、セイテンが存在し続ける限りね。ダンジョンの中で、数多の、無念の魂が思いをぶつけ続けるんだ!」
セイテンがこちらを向く。
暗黒に浮かぶ数多の魂と、第二の魔王がセイテンの中へと入っていく。
『俺様が・・、第二の魔王が・・、いや・・俺が、私が、ワシがオレが、僕が、ワタシが、ボクが・・望んでいる。全ての魂が望んでいる。冒険者たちに、怒りを、憎しみを、悲しみを、恨みをぶつける場所を、機会を、と叫んでいる、欲している! しかしそれは人々を滅ぼす事ではなかった!』
セイテンが右手を突き出すと、押されたかのように僕との距離が開き始める。
『俺様たちは、欲していた! 自分の思いを告げる場所を! 聞かせる場所を! 殺して終わりではない永く続く、怒りを、憎しみを、悲しみを、恨み辛みを聞かせる場所を! 俺様たちは・・、誰かに聞いて欲しかったのか・・。知って欲しかったのか・・。思い出して欲しかったのか・・』
「セ、セイテン!?」
『確かに俺様たちを嵌めた奴らに復讐はしたい! それは全ての人々を、愛する人々まで傷つけ、苦しめ、悲しませるしかないと思っていたんだ、世界の果てまで人間を滅ぼすしか方法がないと思っていたから・・。それが俺様、魔王と言う在り方だから・・』
どんどんセイテンとの距離が開き、いくらもがいても、セイテンの方には戻れない。
『だから俺様たちには、お前に恐怖と期待の相反する気持ちがあった・・』
「ど、どう言う事!? セイテン!」
「全ての破壊と殺戮こそ、魔王の存在意義・・。数多の魂には躊躇いもあった・・。だからお前の存在は、俺様たちを揺るがしていた」
「僕の事を、そう思っていたなんて・・」
『俺様たちの総意だ。オプファ! お前の望みを叶えよう! お前の望みが・・俺様たちの望みを気づかせてくれた。魔王の力を見届けよ、オプファ。さらばだ!』
「セイテン!? 待って!」
声を張り上げ、手を伸ばすが、一気に距離が広がり、セイテンが見えなくなる。
手を伸ばしたまま、足を踏み出すとしっかりと地面に足が付き、踏鞴を踏む。
周囲の人々が怪訝そうな表情を浮かべながらも、通り過ぎていく。
「・・えっ!?」
周囲を見渡せば、真の闇の世界から、バーシスの町へと戻ってきていた。
「・・セイテン?」
内なるもう一人に声をかけるが、何の反応も無い。
「セイテン」
もう一度、いや何度も何度も声をかけるが、やはり何も返ってこない。
「そっか・・。お別れか・・」
セイテンとの出会いも、別れも唐突なものだった。
オプファがセイテンと分かれてすぐに、ダンジョンに変化が現れ始めた。
些細な変化かもしれないが、全てのダンジョンでとなれば話は違ってくる。
その情報が集まり始め、各地の冒険者ギルドを統括するグランドマスターの耳に入る。
「ダンジョンが・・、変わっているだと?」
グランドマスターと聞いて、年寄りと言うイメージが湧きそうだが、まだまだ壮年の働き盛りの年齢ながら、明らかに別格の雰囲気を持っていた。
冒険者の長である以上、他の冒険者を納得させられるだけの実力者・・
竜殺し、ジャイアントキリング、魔王討伐などの偉業を達成したものたち。
それが冒険者ギルドの中央幹部となり、国と連携して依頼と言う形で人々を守っている。
「はい。全てのダンジョンで、同様の変化が見られています」
「新しいダンジョンや、地域毎の変化ではないと言う訳か・・」
グランドマスターは、少しの間考え答えを出す。
「すぐに調査隊を編成しろ。他の町の全冒険者ギルドにも詳細に調査するよう通達だ」
「分かりました」
ここまで大きな変化を見過ごす訳には行かなかったのだろう。
「ダンジョンに・・、いや世界に、一体何が起きているのだ?」
詳細な情報が集まった結果に、グランドマスター以下、中央幹部は厳しい決断を迫られる。
バーシスの町の冒険者ギルドの、ギルドマスターは報告書に顔を顰める。
「グランドマスターからの、緊急通達のため調べたが、バーシスの町の傍のダンジョンも異常事態か・・」
「はい、ダンジョンに潜った冒険者達、全員が証言しています」
「しかも、日に日に異常な状態が、深い階層に及び始めていると?」
「そのようです。現在は五階層付近で、一進一退しているようですが」
はぁーっと、ギルドマスターが溜息をつく。
「それで、間違いはないのか?」
「はい。この町に居たポーターや、低ランクの冒険者の姿が見られています」
「つまり、この町を出て行ったのではなく、殺されたと言うのか?」
「そこまでは分かりません」
全世界レベルでの、ダンジョンの変化・・、冒険者達の姿をしたアンデッドである。
「攻撃はしてこないで、恨み辛みを訴え続ける・・」
「はい。一切攻撃はなく、付き纏うだけ。ランクEの冒険者でも倒せます」
それぞれの町で活動していた者達の、アンデッドが騒ぐだけ。
見知った顔もあり、簡単には手を出せず、鬱陶しい事この上ない。
攻撃されれば倒す気にもなるが、付き纏うだけと言うのが厄介だ。
「オプファとか言う元冒険者と、同じ目に合った奴等と言うことか・・」
自分の様に、今まで見てみぬフリをしたものも居るだろう。
自らが率先して関わった者も居るだろう。
最早、自分が黙っていれば済む問題ではなくなってしまった。
正義感に溢れるギルドマスターたちは、この問題に真剣に取り組みたいと、事細かに調査し分厚い報告書を、中央に提出するだろう。
「下手をすれば、オプファにも調査の手が伸びて、痛くない腹を探られるか」
ダンジョンの変化の一因として、冒険者ギルドのやり方に、ある事ない事言われては面白くない。
「とは言え、どうやって口を噤ませる?」
オプファは、冒険者ギルドに良い気持ちを持っていないだろう。
面倒な事になったと、秘書を退出させながら愚痴を零す。
オプファは何時もの鐘の音と共に起き、身支度を整える。
部屋の扉を開けると、丁度メインズとステインも部屋から出てくるところだった。
「おはようございます」
「うむ、おはよう。二人とも」
「おはようっす」
朝の挨拶を交わすと、三人揃って食堂へと足を運ぶ。
食堂ではコーホンが朝食の準備で、忙しそうに台所と往復している。
「おはようございます、皆さん。もう少しで朝ごはんが出来ると思います」
「・・思いますって、結構困るわよ?」
トロナも丁度部屋から出てきて、ツッコミを入れる。
「それもそうですね」
コーホンは苦笑いをするが、ユニオンに来た時、遠慮なのか自信の無さなのか、やる事なす事に、思います が付いていた。
どうもその時の言葉遣いが、口癖となって残ってしまったようだった。
「あれ、リーハー先生はまだ部屋に居るの?」
「いいえ、先ほど外に行かれましたが」
「そっか。ちょっと見てくるよ」
ユニオンで一、二を争う早起きのコーホンの言葉に従って、薬草園に向かう。
庭ではリーハー先生が、薬草園の手入れをしていた。
「先生、おはようございます。もうすぐご飯ですが?」
「うん? おお、オプファ君か。ちょうど良い」
「えっ!? 何かありましたか?」
この薬草園を管理している先生が、何かを見つけたのだろうか?
「この枝ぶり、如何思う?」
「・・はぁ。枝ぶり・・ですか?」
「そうだ」
「ポーションの素材とか、薬草園の問題とかじゃなくて?」
「そんなもの快調快調、何の問題も無いわい!」
・・そんなものって、一番大切なものなんですが。
リーハー先生は、最近庭造りの発展なのか、ボンサイとか言うものにドップリ嵌ってしまったらしい。
先生の薀蓄をかわしながら、何とか食堂へと引っ張っていく。
全員が今日の分担の再確認をしながら、食事の中、最近の話題、ダンジョンについて盛り上がる。
「この町の傍のダンジョンだけじゃないみたいだぞ」
「町中の噂にもなってると思います、じゃなくて噂になってました」
「商業ギルドに納品した際にも、そんな話で持ちきりだったわよ」
「冒険者ギルドで、調査の依頼や情報の買取をしてるみたいっす」
皆の話を聞きながら、僕一人心の中で呟く。
「セイテンの力が、ダンジョンにおよび始めたに違いない」
皆に別れを告げ、半年振りの商いへと出かける。
ダンジョンゲートで、バーシスの傍のダンジョンへと転移する。
セイテンとの別れと共に、借りていた能力は失われたと思っていた。
しかし全ての能力は残されたままだった。
一階層の入り口から、そのままダンジョンの中へと入っていく。
僕はモンスターではなく、偽の冒険者を探す。
普通であれば、偽の冒険者同士が出会わないように行動するのに。
「何故、オレを見捨てた! 見殺しにした!」
「ま、待ってくれ!? 僕を置いてかないで! 何でもするから!」
「最初からオレを使い捨てにするつもりだったんだな!」
「あいつらが憎い憎い憎い! 必ず復讐してやる!」
「絶対に許さん! 皆殺しだ!」
しばらくすると、様子のおかしい冒険者たちを見つけ、その一人近づいていく。
襲ってくるわけではないが、冒険者を見つけると近づいて、ひたすら訴えを叫び続け、後を付いてくるのだ。
武器でも魔法でも倒せるのだが、人殺しなど叫びながら消え、少し経つと蘇るらしい。
らしいと言うのは、姿が不規則で変化するので、同じかどうか判別が付かないのだ。
何と多くの人々が、このダンジョンで非業の死を遂げたのだろうか。
ただ鬱陶しい事この上なく、身に覚えのある者たちにとっては、精神的な嫌がらせ以外の何ものでもない。
見かければ遠回りして避ける冒険者達に対して、僕だけが自ら近づき声をかける。
「やあ、セイテン。久しぶり・・。僕だよ、オプファだ」
冒険者には変化が無く、姿が変わり、訴えが変わるが、叫ぶ事だけは同じように続く。
「セイテン。僕だ、オプファだ。聞こえる?」
僕はもう一度声をかけるが、冒険者に変化は見られない。
もう一度声をかけようとすると、黒髪黒眼、黒い貫頭衣の僕へと姿を変える。
「五月蝿いぞ、オプファ。何のようだ?」
「やあ、セイテン。久しぶりだね」
もしかしたら・・、そんな思いではあったが、再びセイテンに会うことが出来た。
「・・だから何のようだと聞いている! 俺様は今、非常に忙しい!」
イライラした感じはするのだが、それでも心なしか嬉しそうにも見える。
「分かったよ。じゃあ手短に、先ずは・・」
「何だ、先ずって言うのは・・。俺様は忙しいと言ったぞ?」
僕の先ずはと言う言葉が、お気に召さなかったらしい。
はいはいと言いながら、色々な事を聞いていく。
別れ際の、魂や第二の魔王の事。
別れてからの事。
今ダンジョンで起きている事。
これからのダンジョンの事。
そして僕に貸してくれている能力の事と、僕とセイテンのこれから事を聞いていく。
「勘弁してくれ! 干渉しているダンジョンが、元に戻ろうと抵抗しているんだ! 下手をすると一からやり直しなんだぞ!」
セイテンの世界を偽る能力をもってしても、一度に全てのダンジョンを騙すのは厳しいようだ。
しかも丸ごと一個のダンジョンだけ騙すなら、問題がないようなのだが、少しずつとなると、ダンジョンがおかしいと判断して、元に戻ろうとすると言う。
そんな中でもセイテンは、まだあるのか!? いい加減にしろ! また今度な! など文句を言いながらも、僕の質問に全て答えてくれる。
僕とセイテンの関係は、まだまだ続けられそうである。
END




