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商業ギルドの魔王候補  作者: まる
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食事に関するあれやこれ

【食事に関するあれやこれ】


僕の住んでいる世界には、料理本というものは存在しないと思っていた。


料理人たちは自分が作り上げた味を、そう易々と他の人に効果はしない。

真似されれば、自分の店の売り上げに直結してしまうからだ。


家庭では、親から子へ、子から孫へと、味が受け継がれ、家庭の味となる。


食材を売っている店は、食材を売るために、簡単な料理方法を教えてくれる。


羊皮紙などの紙と呼ばれる媒体が貴重であり、書物を写すのは全て手書きの写本と手間がかかり、非常に高価になる。


その他にも理由は挙げられるが、これらの理由から料理本なんかないと思い込んでいた。


「料理本? あるけど、何に使うの?」

「・・えっ!? あるんですか?」


コーホンをユニオンに迎えた日、そのまま歓迎会に突入してしまい、商業ギルドに来ていなかったので、一日遅れで来たのである。


一通り、何時ものように各地を回って得られた素材の買取をお願いした際に、料理本について聞いてみたのである。


そもそも料理本が必要になったのは、今朝の事であった。






コーホンは、あれよあれよと自分がユニオンに迎えられ、歓迎会にまで発展してしまった騒ぎに戸惑っていた。


ただ自分の氏素性を、皆に話すべきかどうか悩んでいる様子だった。


「コーホン君」

「・・あっ、はい!」


一番年上のリーハー先生から、声をかけられ、驚きながら返事をする。


「メインズ君も、ステイン君も、オプファ君と縁のある旅団からの紹介として、このユニオンに参加おるのだよ」

「なっ!?」

「彼らがどのような経緯で旅団に拾われたかも、聞いて知っておる」


コーホンは、二人の後姿を自分と重ね合わせるように見つめる。


「ワシもトロナ君も、いや全員が旅団の紹介という話しから、何かしらの重荷を背負っている事は想像がついているじゃろう」

「そう・・ですか・・」

「言いたくない事は誰も無理に聞かんし、話したい事があれば喜んで耳を傾けてくれる」

「は・・い」


俯くコーホンに気づいたトロナが寄って来て、肩を抱きしめる。


男組はそれに気づかないフリをして、二人の前を歩き屋台街へと向かう。






そして翌朝、コーホンから衝撃の事実を告げられる。


「皆さんにお伝えしなくてはいけない事があります」


全員が食堂に集められ、一人ひとりが自分を受け入れてくれるという表情を浮かべるのを見て、意を決して口を開く。


「私・・」

「うん」

「料理が出来ません」

「そう、それは大変だったね・・ん? ・・えっ!?」


同じ女性として、皆の代表としての聞き役と思ったトロナが変な顔をする。


「「「「ええっ!? どう言う事!?」」」」


予想の斜め上を行くカミングアウトに、全員の叫びが一致する。


当然矛先はコーホンではなく、僕の方に向けられる。


「ちょっとオプファ!? どう言う事!?」

「オプファ君? 料理人だったんじゃないのか?」

「オプファさん! 話が違うじゃないすか!? 美味しい三食のご飯はどこっすか!?」

「オプファ君? 海の町で・・、じゃなく旅団からどういう話を聞いていたのかね?」

「ちょ、ちょっと待って皆!? 僕も何が何だか・・」


槍玉に挙げられる僕を見て、流石に慌てたコーホンが皆に割って入る。


「ご、ごめんなさい。言葉が足りませんでした」

「どう言う事かしら?」

「昨日の歓迎会で、やっとこのユニオンでご飯が食べられると、皆さん喜んでいらっしゃいましたよね?」

「ええ、もちろんよ」


料理をする余裕なんか無いのだから、眠らせたままの台所が役に立つと話をしていた。


「私も料理人の娘です。料理の基本は分かるつもりです。またここの台所も非常に整った設備環境だと思います」

「うんうん、そうよね」

「でも・・」

「でも?」


コーホンは一旦口篭るが、再び口を開いて説明する。


「私の生まれ育った町は海の町で、店は魚介を使った料理で・・」

「・・ああ、そう言う事。それはちょっと時間がかかるわね」


その言葉を聞いてトロナが悩ましげな目をする。


「うむ、この町で魚介類は手に入らんな」

「郷土料理といっても、いきなり違う町では勝手も違うじゃろうのぉ」


メインズとリーハー先生も頷いている。


料理は出来るのだが、この町で手に入る食材での料理が難しいと言う訳だ。

もちろん応用は利くだろうが、見も知らぬ食材を調理しろと言うのは無理な話である。


「昨日皆さんと食べた料理の全てが、初めて食べたものでした」

「むぅ・・」


好き嫌いは殆どなかった、珍しく新鮮で、ついつい食べ過ぎたぐらいだと告白する。


「ま、まあ、しばらくは皆と外食しながら、この町で手に入る食材を知ってもらって、レシピを増やしてもらうと言う方向でどうかしら?」

「「「異議なし」」」

「私も早めに、この町の食材に慣れるように頑張りたいと思います」


その瞬間このユニオンのメンバーは、コーホンの実験台になることが確定した。






何で料理本が必要なのか、純粋に聞いてきたのでコーホンの話しに至る。


「実験台は酷いんじゃない? 一応料理人の娘さんな訳だし?」

「言葉のあやですよ」


今朝までの一連の話を聞かせた時、思わず口が滑ってしまった。


「それで料理本か・・。どうする手配する?」

「手に入るなら、コーホンだけじゃなく、誰もが料理できた方が良いでしょうし」

「君の伝手の一つの旅団は駄目なの?」

「旅団は・・その・・、その場その場といいましょうか・・」


思わず嘘の話の組織の名前が出た事に、シドロモドロになる。


「そうよね。旅団が何時売れるか分からない代物を持っているはずが無いわよね。取り寄せるなら、商業ギルドの方が便利だし早いものね」

「そ、そうです、そうです!」


激しく首を縦に振って、エムファスの言葉を肯定する。


「しかし本当に料理本があるとは・・」

「料理本と言うよりも、郷土研究学の一環って事かなぁ・・」

「郷土研究学?」


何だろう、全くお金になら無そうな研究な感じがする。


「君の所のリーハー先生の薬草学みたいに、色々な研究をする人たちが居るのよ。そういう人たちが一つの成果として料理本を出しているの」

「まあ、そうですよね。でもお金になら無そう」

「研究っていうのは、何千何万とある中から、物になるのは一握りだし、そういう事の積み重ねなく、いきなり成果は上がらないものよ」

「言わんとすることは分かりますけど・・」


薬草学のように、何かしらの成果が分かり易いなら良いが、郷土研究とか民族研究が何の価値があるのだろうと思ってしまう。


「ほら冒険者たちが、新しい土地に行く際の指針の一つにもなるし、食通と呼ばれる人たちが出かけたり、商人たちも新しい販路を見つけるのに役立つわ」

「なる程、確かに」


新しい人の流れが出来たり、経済の流れが出来るなら大きな役割だろう。


「ただあれば良いぐらいで、郷土研究学ってお金になら無そうなのは確かよね。でも国から補助が出てるぐらいだし、本は国にも贈呈しているぐらいよ」

「へぇー」


オプファたちは、お金にならない上に、国からの補助・・、この言葉をさらっと聞き流してしまったが、当然、本当の目的が存在する。


地域毎の民族性や郷土料理、文化、価値観は、国を治める上で大きな情報源である。

そして大手を振ってその地の領主や、反乱分子の情報も集められる寸法だ。


表向きは郷土研究学として、郷土料理本などお金にならない本を作っているが、国の諜報機関が裏の顔である。


「じゃあ注文しておくけど大丈夫?」

「はい、お願いします」


料理本の注文を取り付けると、今度は商業ギルドからのお誘いがある。


「そうそう。今回買い取る予定の素材の中に、ギルドマスターの技術研究会用の物が含まれているじゃない?」

「そ、そうですね」


エムファスは、別名職員の慰安会に嬉しそうである。その笑顔に思わず引いてしまう。


「そこにオプファ君も是非にって、呼ばれているのよ」

「えっ!? 僕もですか?」

「そう。そこで掛かった費用なんかのお話しをしたいんだって」


表向きは商業ギルド主催の食材の技術研究であり、職員の慰安会であり、賄賂を贈ったと言う噂を打ち消すものである。


実際は商業ギルドと魔術師ギルドのギルドマスターへ、魔法薬師の道を作ってくれた借りを返すため建前だ。


彼らへの分は、まだセイテンから借りている収納能力の中に収められている。


「ああ、なる程。分かりました。出来るだけ参加しますとお伝え下さい」

「分かったわ」


開催日は売れ残りを使用と言う建前上、明後日ぐらいの予定である。






技術研究会・・と言う名の慰安会の当日、商業ギルドは異様な熱気に包まれていた。


「オプファ君・・、私に何か恨みでもあるのかしら?」

「恨みなんて・・、寧ろ感謝しているぐらいですよ?」

「それなのに、こんな日に仕事を持ち込む訳?」


どうせ商業ギルドに来るならと、ポーションについて相談をしようと思って、少し早めに来たのだが、職員たちは浮き足立っていた。


「どうせなら先日来てくれた時に、纏めてやってくれれば良かったじゃない!」

「それは・・、そうですね」


エムファスの恨みがましい指摘も尤もだったが、そのときは皆と何も話し合っていなかったから仕方がない。


「それで相談って、どんな事かしら?」


仕事は仕事と切り替え、それでも短時間で終わらせようと言う雰囲気がにじみ出ている。


「ポーションの件です」

「ふむ・・、それで?」


その一言で、エムファスの雰囲気がガラッと変わる。


「この一ヶ月、試供品と言う名目で、日々納品できる量と質を探りながら、商業ギルドに持ち込みましたが如何でしたか?」

「正直に言えば、困っているの一言に尽きるわね」

「困っている? どう言う意味ですか?」


ポーションを作って納品するのに、困ると言うのは品質の問題だろうか?


「ポーションも、傷薬にランクがあるように、初級、中級、上級、最上級と言ったランクが存在するのは知っているわよね?」

「ええ、ポーションを納品する際に、使っている素材によって違っていると説明を受けています」


ポーションも傷薬と同じで、使われている素材によって、効能や効果が変わるため、色々な種類やランクが決められている。


「ここからは説明していなかったけど、ポーションを作る場合、誰が作り、どのような質の素材を使っても、そのランクのポーションとするのよ」

「へぇー」

「当然の事ながら、回復量に差という物が生じるわ。これは仕方の無い事と受け入れられてきたの」

「ふむふむ」


ポーションは入手しにくいので、適切な素材を使っていれば品質に拘らないのだろう。


「しかしあなたたちのユニオンの納品された際、初級ポーションを更に三段階に分けて納品したわよね?」

「そうですね。質が大きく違いましたから」

「あなた方が大きく違うと言った差は、世間から見て誤差の範囲とされているの」

「何か問題でもあるのですか?」

「世間一般的には初級ポーションとして受け入れられているのに、あなたがたは更に三段階に分けたいとなれば、市場に混乱が生まれるわ」


怪我の大きさや具合を数値化できないから、例えだけどと前振りをする。


「一から百までの怪我を治すのが初級ポーションで銀貨一枚、七十から百まで治す初級ポーションも同じ銀貨一枚、あなたならどちらを買う?」

「っ!?」

「小さい傷だったら範囲の広い銀貨一枚つまり大銅貨八枚と、大銅貨を六枚に設定したあなた達の一から三十まで治せるポーション、どちらのを買うと思う?」

「そ、それは・・」

「あなたたちが安く売りたいと言う気持ちも分かるけど、全てのポーションをあなたのユニオンで賄う事はできない以上、他の町からの輸入品にも頼らなくちゃいけない」

「当然だと思います・・」

「他のポーションと合わせるのか、細かく分けるべきなのか、商業ギルド内で話し合い中なのよ、輸入してくれる商会ともね」


エムファスは軽く溜息を吐く。


既にこの町でポーションが作らる事は、それらの商会にも伝えられている。


細かな設定も商会側に伝えられているが、今までのポーションの売買方法を変更するには、世界規模で変更して欲しいと言っているそうだ。

要するに、やれるもんならやってみろ、と言っている訳だ。


「難しいんでしょうね」


商会としては、自分一人で声を上げても、爪弾きにされるのは目に見えている。


「あなたたちのポーションを高くするなら解決するわよ。これが商業ギルドとしての解答の一つでもあるけどね」

「なっ!?」

「当然でしょ? 効果の不確定なポーションを最低価格にして、効果が決まっているポーションと差別化を図る」


それでは僕たちのユニオンが存在する意味が無い。より悪くしてしまう。


「もう一度、皆と相談します」

「悪いと思うけど、あなたの所だけで済む問題じゃないから」


商業ギルドとして、商人の先輩として、はっきりと言い切ってくる。




胸の中にモヤモヤを抱えたまま、商業ギルド主催の技術研究会に参加する。


「楽しんでおるかね?」

「・・はい」

「その顔は、ポーションの件できっぱり言い切られおったか?」

「はい・・」


ギルドマスターが、声をかけに、溜息交じりの返事をする。


「ポーションを高くか? 安くか? それとも両方か?」

「えっ・・安くって?」


両方? エムファスは高くするしか言っていなかった。


「お主のユニオンが、かなり安く、安定してポーションを収めてくれるのであれば、ポーションを安くする事が可能だ」

「それはどう言う事ですか!?」


ギルドマスターの言葉に、思わず食いついてしまう。


「輸入するポーションは安く出来ん。しかしお主の所が安ければ、平均を取った価格で売る事はできる。また収めてくれる量によっては、ランク訳も細かく出来るだろう」

「なる程・・」


自分たちの頑張り次第で、ポーションの値段を下げられる・・、願ったり叶ったりだ。


「一応、ユニオンに持ち帰って、話し合います」

「ふむ、そうじゃな。それがよかろう」


慰安会を途中で抜けると、すぐにユニオンに戻る。





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