薬師ギルドとの決別
【薬師ギルドとの決別】
冒険者たちと違い、ただの町娘が、何の装備もなくダンジョンに入ろうとしていた。
衛兵じゃなくたって止めようとするのは、人として当然の行為だろう。
先ずは事情を聞くために、宿屋と併設している食堂の席に座る。
「落ち着いた?」
「す、すみません・・」
泣き崩れる少女を、男数名がどうやって慰めたものかと戸惑っていたが、ここは目立つと何処か店に入ろうと誘ったのだ。
衛兵もこれ幸いと、僕に丸投げ風にお願いして帰ってしまった。
「それで、一体何があったの? 冒険者でもなく、装備も無くダンジョンに入ろう何て」
「実は・・」
まだ頭の中で整理が付いていないのだろう、ダンジョンに来るに至った経緯を、時系列バラバラに説明だったが、大まかな内容が分かってくる。
「ふむ・・、なる程。そういう経緯があったんだね」
「はい・・。私も正直何が何だか・・」
両親が無くなったら、住む家が無くなって、ダンジョンに行けと言われたのだ、家の手伝いしかした事の無い彼女にとっては、青天の霹靂だろう。
「話しは分かった。今日はもう遅いから、明日、海の町へ言って事情を聞こう」
「大丈夫でしょうか・・」
「それは明日になってみないと分からないけど」
「そう、ですよね」
「今日の所は、この宿に部屋を取ってあるから休むと良い。明日の朝迎えにくるから」
「ありがとうございます」
部屋に案内すると、しっかりと鍵をかけてから休むように言う。
セイテンは自分だけが存在できる、暗黒の世界に意識を向ける。
そんなセイテンの目の前を、幾つもの光の玉がフワフワと漂ってくる。
光の玉を覗き込めば、ある人の走馬灯が浮かんでは消えている。。
『ちくしょぉー、俺をだましやがって! 覚えていろ!』
『助けてくれ! 待ってくれ! ぜってい許さねぇぞ!』
『お前たちを呪ってやる! 呪い殺してやる!』
誰かを罵りながら、死んでいく姿、最期の時が映し出されている。
セイテンは、その光の玉の一つに手を伸ばすが、スルリとすり抜けていく。
そのまま目だけで追うと、自分の後ろにある 何か に吸い込まれる。
ドクン!
すると 何か は、大きく鼓動を打つような動きをする。
「ふん。俺様は既に顕現しているから用済みと言う事か?」
呟いた後、視線を元の位置に戻す。
「第二の魔王の誕生は間近に迫っている。この世の・・人間の心の闇は限りなく深いぞ、オプファ?」
ここでの出来事は伝わらない、光の世界にいる人物に語りかける。
鍵がかけられたのを確認すると、宿屋を出て駅馬車に飛び乗る。
この駅馬車とは、町とダンジョンを往復しているもので、移動時間の短縮に使われているが、いつも冒険者は宿代を取るか、駅馬車代を取るかの選択肢に悩まされる。
海の町の商業ギルドへと駆け込む。
「すみません、コーホンと言う娘さんが居る飲食店をご存知ですか?」
「どういった御用でしょうか?」
自分の登録証を見せ、コーホンから聞いた話を掻い摘んで説明する。
「本当に共同経営者なのですか?」
「分かりました。至急確認いたします」
すぐに共同経営者ではない事が判明する。
しかも既に店は売りに出され、買い手もだいぶ前に決まっていたと言う。
当然娘のコーホンが生きている内は、店の売買は出来るはずがない。
「ご両親が亡くなられたら娘さんに引き継がれますよね? 違法な物件売買ですし、ダンジョンに何の説明も無く追い立てたのであれば、殺人未遂さえありえますよね?」
前々からそのような話しがあった、コーホンの両親が生きている時からの話の可能性・・
証拠は全く無いが、彼女の両親が亡くなったことも事故ではなく、事件の疑いも。
疑って調べれば、弟夫婦に借金があったとの話に簡単に行き着いてしまう。
「両親を失って、叔父夫婦に裏切られる。彼女の胸の内を考えると、ひっそりと片を付けたほうが良いかと思いますが?」
「ご両親の事故の件は叔父夫婦の証言まで、店の転売に関しては正当である事を認めていただければ、後はこちらで可能です。どうしますか?」
彼女に全てを伝え、復讐に身を投じさせるべきか・・
分かっている事だけで満足させ、新しい人生に踏み出させるべきか・・
「僕は彼女に恨まれるのでしょうね・・」
「それは分かりかねます」
悩んだ末の自分のエゴの選択肢に、商業ギルドの職員は毅然とした態度で対応する。
「彼女に商業ギルドの登録証を作りたいのですが?」
「コーホンさんは、後々は後を継ぐと、既に商業ギルドに登録済みです」
「今回の件で彼女の手に入るお金は、そちらに入れてもらえますか?」
「承知しました」
町を出るとダンジョンゲートで、ミーレスフレッシュタへと移動する。
翌朝、コーホンの泊まっている部屋をノックする。
「はい・・」
「オプファです。昨日のお話しの続きをしたいのですが」
「分かりました・・」
昨日と同じ食堂で、二人は話しをする。
「貴女の事を気にかけた人が、海の町へ連絡して調べてくれました」
「えっ!?」
これから自分は如何したら良いのか分からず、俯いていた顔がこちらを向く。
「あなたの叔父夫婦のすべて裏切り行為と判明しました」
「っ!? やっぱり!」
「叔父夫婦は捕まりましたが、店の売買は正当なものとして、あなたの手元に戻る事はありません」
「そ、そんな・・」
自分のこれからの人生に、再び陰りが見え、俯いてしまう。
「僕や僕の仲間は、人々に少しでも安く薬を売りたいと言う趣旨のユニオンに参加しています」
「えっ!? えーっと?」」
突然話が変わり、何と言って良いのか分からず、少々馬の抜けた返事を返してくる。
そして不幸話は一切せず、ユニオンの話しだけを始める。
「小さくて、この先どうなるか分かりませんが、皆頑張っています」
「・・素晴らしいと思います」
僕の話を聞いて、コーホンは自分の事のように喜んでくれる。
「でも手が足らず、皆外食で済ませています。料理人が居れば、もっと薬を安く出来るのではないか? 皆の負担を減らせるのではないか? と考えています」
「・・えっ?」
「今回の叔父夫婦の件で、あなたの所には少なくない金額が支払われます」
「えっ!?」
「そのお金でアパートを借りて、ご両親が眠るこの町で第二の人生を探す事ができます」
「あ、あの・・」
いきなり二つの話がまぜこぜに説明され、コーホンは戸惑っているみたいだ。
「僕は貴女にユニオンに参加して欲しいと思っています。でもご両親の、住み慣れたこの町から引き離す権利は僕にはありません」
「オプファ・・さん」
コーホンには、彼女自身で選ぶ事が出来る事を知って欲しかった。
その事が彼女も分かったみたいで、嬉涙を浮かべている。
「どうせ新しい人生を歩むなら、オプファさんたちのユニオンに参加させ欲しいと思います」
「ご両親の墓参りには、滅多に・・、いや殆ど来れなくなりますよ?」
「そうですね・・。最後に墓参りをしてから行きたいと思います」
「分かりました。心の準備を終わらせましょうか」
そのまま駅馬車で海の町へと向かい、コーホンは墓参りを済ませる。
一通り準備が終わると、メインズやステインと同じように、コーホンにも事前に説明と約束をしてもらう。
「コーホンさん、これから見聞きする事は内緒でお願いします」
「オプファさん。あなたの方が年上なんですから敬語は要らないと思いますよ?」
「・・分かりました、じゃなくて、分かった。コーホン約束してもらえる?」
「はい」
コーホンに目を瞑ってもらってから、ダンジョンゲートで、バーシスの町の近くのダンジョンへと転移する。
「もう目を開けても良いよ」
「はい・・って、ここは?」
「ダンジョンの一階層の入り口だね」
「ミーレスフレッシュタのですか?」
「ううん。バーシスの町の傍のダンジョンの」
「・・えぇぇえぇぇっ!?」
「僕には転送系の能力があるんだ。約束どおり内緒ね」
「・・わ、分かりました」
二人揃ってそのままダンジョンを出て、日も高いので歩きながらバーシスの町へと向かう。
その途中で、やはり先の二人の時のように、旅団のナンチャラカンチャラと口裏を合わせておくのを忘れない。
ユニオンのメンバーは、薬師ギルドのギルドマスターが、ユニオンを訪ねて来た事に、嫌な予感しかしなかった。
それもオプファが不在の時に限ってである。
まさかそれを狙ってのわけではあるまいが、疑いたくなってしまうタイミングの良さだ。
作業スペースでは何なので、一応食堂に通して、四人揃って話を聞く。
「ギルドマスター、それで本日のご用向きは何でしょうか?」
「用向き? 俺自ら足を運んだと言うのに分からないのか? まあ良い・・」
ワザとらしく顔を顰めて、ユニオンに来た理由を話し始める。
「トロナ。お前、自分が不義理だとは思わないのか?」
「・・不義理? どう言う事を仰っているのですか?」
「薬草の持込を止めたようじゃないか、あれだけ恩を受けておきながら」
「・・仰っている意味が・・、分からないのですが?」
トロナは口をワナワナと震えるのを、無理矢理押さえ込んで言葉を発する。
「おいおい、マジかよ」
ギルドマスターは、うんざりした表情で額に手を当てる。
怒りに任せて口を開こうとするトロナに、彼女をリーハーが手でやんわり制し、代わりに質問を始める。
「ギルドマスター。ワシは新参者ゆえ、細かい話しは知らんのだが、このユニオンや、トロナ君がどのような義理を欠いたのかね?」
「新参者だと・・? まあトロナにも分かるように説明しなくちゃならんから丁度良い」
その場に居る全員に、良く聞けと言わんばかりに尊大な態度で説明する。
「このユニオンには、薬師ギルドの虎の子である傷薬の委託をしてやったんだ」
「ほぉ!」
「その代わり、薬草を収めると言う条件でな! しかし最近、持ち込まれない」
「ふむふむ、それで不義理と」
「その通りだ。あんたもそう思うだろう?」
「本当に不義理じゃなぁ」
「簡単に分かるだろう? 爺さんも」
リーハーに向かって、こいつはこんな簡単な事すら忘れるんだと肩を竦める。
「では、お伺いするが、今このユニオンは何の薬を委託されておるのかな?」
「ああん? そりゃぁ・・最高級傷薬・・」
ふと、このユニオンにした数々の仕打ちが、脳裏にフラッシュバックする。
「トロナ君、そうなのかね?」
「いいえ、今は全ての薬の委託が取り上げられています」
「それは何故かね? 委託の権限はギルドマスターであろう? 自らが取り上げたのであれば不義理もあるまい」
今度はリーハーが、やれやれと言う感じで首を振る。
「ち、違う・・。こいつらが魔法薬師になるからと・・」
「トロナ君、君から魔法薬師になると言ったのかね? 続けて薬草を渡すと?」
「違います。私たちの薬の価格がギルドより安いので、委託を取り上げられたんです。どんどん難しく大変な薬になって、最後には魔法薬師になれって・・」
「ギルドマスター? 随分食い違いがるようだが?」
「そ、そんな事は・・ない・・」
「しかし委託を取り上げておいて、薬草が手に入ると思うかね?」
「その約束は・・してない」
自分は評議会で晒し者にされ、自分の立場を守るために、都合の良いように、頭の中で出来事を改竄してきた事を、嫌でも思い起こさせられた。
「ギルドマスター、お互いに一度冷静に考える期間を設けた方が良いと思うが?」
「そ、それも・・そうだな・・」
「では、お引取り願おうか?」
リーハーの静かに宣言し出口を指差す。ギルドマスターは何も言う事ができなかった。
ギルドマスターは呆然と、背中からパタンと扉の閉められる音を聞いていた。
「俺は・・、俺はあそこに何をしに行ったんだ? 自分が悪いと、自分が無能だと、自分に理解させるためにか?」
何と言う道化であろうか。
「俺は何を間違えた? 何処で如何・・間違えたんだ?」
何処をどう歩いて、ギルドの執務室に辿り着いたかすら分からない。
「違う・・違う違う違う! 俺は間違っちゃいねぇ! 冒険者ギルドの奴らが、もっと安く、大量に薬草を・・。そうだ! 町の奴らだって、もっと協力しろって話だ! 俺が、オレだけが悪いわけじゃねぇ!」
自己弁護のために、自分勝手な責任転嫁を再び始め、執務室のあらゆる物に当り散らす。
薬師ギルドのギルドマスターが帰るのと入れ違う形で、僕とコーホンはユニオンに戻ってくる・・なんて事は無く、ギルドマスターの突入から一週間後であった。
流石に再突入は無いだろうと四人は口裏を合わせて、僕が気づくまで沈黙を守り続ける事にしたようだ。
何も知らずにコーホンを扉の中へと誘うと、ポーションの出来について、あーだこーだと話している四人がこちらを向く。
「えーっと、お客様・・じゃなくて、ユニオンの新しいメンバーで良いのかな?」
トロナが先陣を切って質問、と言うか確認してくる。
まあ閉店しているのに、わざわざ連れてくるのだから、それ以外にありえないのだが。
「うん。旅団の人から紹介された、コーホンさん」
「コーホンと言います。よろしくお願いします」
「じゃあコーホンさんも、魔法薬師になるの? でも一人ぼっちだと・・」
慣れた町ではなく、しかも新しい町に今着いたばかり。
更に遠く離れた学院に一人で授業に行けと言うのは、かなり酷だと思ったのだろう。
「大丈夫だよ。薬師見習いでも、魔法薬師になる訳でもないから」
「えっ!? そうなの? だとすると・・」
皆がリーハー先生の方を向く。
「えっ!? ワシの代わり? もう出て行けと? まだまだやりたい事は沢山あるんじゃよ? 今ここで『はい、さよなら』は、ちょっと・・」
「違います。先生の変わりでもありません」
「ふむ・・。だとしたら何がある?」
「何すかね?」
メインズとステインも、顔を見合わせている。
「彼女の実家が海の町で、料理店を開いていたので、彼女の役割は料理人です」
「ああ! なる程。確かに今居てくれたら、大助かりだね!」
彼女自身手伝いと言っていたが、家族経営であれば大事な戦力である。
下拵えは当然の事、基本的な調理や配膳などは叩き込まれたと言っていた。
「なら皆、今日は歓迎会も兼ねて食事会だね!」
「「「おお!」」」
今は皆、当然の事ながら無職であるが、最低賃金は支払っている。
ユニオンとして、仕事を提供できないと言う理由からである。
セイテンから借りている能力があるからできる荒業で、他では真似できないだろう。
なので食事は屋台などの外食だが、各自が支払うようになっている。
しかし歓迎会や食事会は、代金はユニオン、つまり僕持ちだ。
ちゃんとした理由のあるおごりならば、喜んでご馳走になると言う訳である。
ただ一人、話しについていけないコーホンを除いて・・
「大丈夫だよ。皆、君の事を歓迎してくれているんだ」
「はぁ・・」
主賓の自分を置いて、話がドンドン進んでいく事に目をパチクリとさせていた。




