薬師ギルドの少女
【薬師ギルドの少女】
朝一番で城門が開くと同時に、オプファは町の外へと出て行く。
この世界は沢山のダンジョンが点在し、ダンジョンの傍に町がある。
人間がダンジョンの傍に町を作ったと思われがちだが、古い古い資料を紐解いていくと、どうやら町の傍にダンジョンが生まれてきたらしい。
ダンジョンにはモンスターが生息し、モンスターから様々なアイテムがドロップする。
それらのアイテムが特産の一つとなって、町が潤っていく。
勿論それだけでは、人々の日々の暮らしは成り立たない。
乾燥地、草原、砂地、荒地、山岳、湿地、沼地、川、湖、海と言った、地域毎にあった産物を、町では作り、時には交換し、お互いが支えあって生きている。
オプファが親子三人で暮らしていた村も、農業が主力の村だった。
畑があり、草原があり、少し先に森がある、町周辺としては標準の地域柄であり、町の傍のダンジョンも、多種多様な素材をドロップする標準的なダンジョン。
それが今、オプファが拠点とする、バーシスの町である。
昨日の内に、今日の薬草採取のスケジュールを決めてあり、迷う事なくその場所へと向かう。
しばらく薬草採取に取り掛かるが、すぐに場所を転々と移っていく。
「・・参ったなぁ、少し成長が遅いみたいだ」
短時間でも疲れた腰を伸ばしながら、周囲の草原を見渡して呟く。
町の周りには薬草を得るための草原保存地帯があり、そこから畑が広がっている。
畑の終わりを境界線として、木の柵があり、更にその先は、再び草原や森へと繋がる。
城門からは、ほかの町へと続く街道が延びている。
オプファが居るのは、そんな柵の外側である。
町の傍は安全であり、町の人たちのために手を付けない、冒険者は基本的には、柵の外側で取る事が暗黙の了解となっていた。
薬草は根っこさえ残せば、次の日には新しい葉が生えているのだが、それは一定ではなく、多い日もあれば少ない日もある。
今日予定していた場所は、そんな少ない日に当たったようである。
「うーん、もしかしたらランクGかFの冒険者が昨日採取に来たのかなぁ? もし根こそぎ持って行っちゃったら、しばらくは駄目だし・・」
オプファ自身の中では、こんな事が起こらないように、大まかに東西南北でローテーションをかけているが、他の冒険者が従ってくれる訳ではない。
ましてや草原は誰のものでもないので、文句を言うのも筋違いである。
「さて、どうしようか・・」
明日の予定の場所に向かうか、少し先に見える森の中に入るか。
森の中ではモンスターと出会う危険性が増し、殆ど入る事はなかった。
とは言え、奥深くまで入らなければ比較的安全ではある。
一通り、自分の装備を見直し、新たな採取場所へと目を向ける。
「今日は森の外周で採取をしよう」
森の方へ歩き出し、ホンの少し分け入っていく。
森の外周は、薬草採取の草原と、討伐依頼の森の奥の中間に当たるためか、手付かずの薬草が多い。
「おおぉ!? 結構あるなぁ、やっぱり!」
草原よりも豊富に、多種多様な薬草が生えていた。
しかし薬草採取だけに専念するわけには行かない。森の浅い所であってもモンスターが現れる事もあるという。
周囲を警戒しながらの採取に、沢山あると分かっていても作業は遅々として進まない。
「きゃぁあぁぁぁぁー!?」
「えっ!?」
少し離れた所から、女性の悲鳴らしきものが聞こえた。
「薬草を見つけられなかった新人冒険者かも? 見つけられないとか言って、どんどん奥に入ってモンスターに出会ったのか!?」
悲鳴の聞こえた方へ駆け出していく。
正直オプファが行った所で役に立つとは思えない。薬草採取だけで戦闘経験がないから。
それでも森の浅い所に流れてくるモンスターであれば・・、とも期待する。
「(居た!)」
目深にローブを被った多分女性が、腰が抜けたのか後ろに擦り這いしながら逃げている。
その正面には緑色の子供ほどの背丈のゴブリンと呼ばれるモンスターが、ゆっくりと追い詰めている。
「(これなら・・)」
ゴブリンは獲物の女性に夢中で、まだオプファに気づいていない上に、背を向けている。
「(チャンスは一回・・)」
剣を抜き、振り上げ、出来るだけ音を立てないように静かに近づく。
「(今だ!)」
「グギョギ!?」
剣を思いっきり、ゴブリンの頭に叩きつける。
戦った事のない人間が、いきなり華麗に斬り付けられる筈がない。
ただ渾身の力を込めて、急所と思われる頭を殴るように斬る。
不意打ちで、頭部への衝撃はゴブリンの意識を刈り取るのに十分だったようで、バタッと倒れる。もしかしたら死んだのかもしれない。
しかし死んだかどうか分からないオプファは、心臓のあると思しき場所に剣を突き刺した上に、更に首まで切り落とす。
やり過ぎである・・
しかし初めての戦闘で、自分も女性も死ぬかもしれないと思えば、それを言うのは酷であろう。
「かっはぁ! はぁはぁはぁ・・」
そこまでやって、やっと詰めていた息を吐き、荒い呼吸をする。
「急いで立って!」
オプファは、座り込んでいる少女に手を差し伸べる。
「えっ!? えっ!?」
「いいから早く!」
「で、でも・・、モンスターの処理は?」
「早く!」
そういうと無理矢理手を取り立ち上がらせて、森の外へと向かって歩き出す。
走りたいのは山々だが、いたる所に根があり足を取られ、苔で足が滑り、草に隠された石に躓くので、僕一人ならまだしも、森に不慣れな女性の手を引いては危険だ。
「ね、ねえ!? モンスターを倒したら・・」
「・・・」
少女は手を引かれながら、まだ何か言ってくるが、森を抜け、柵の所までは周囲に注意を払い、黙って歩を進める。
「ここまで来れば、多分大丈夫・・」
柵にも垂れながら座り込むと、少女が再び問いかけてくる。
「ねぇ! 助けてくれた事は感謝するけど、何で倒したモンスターをそのままなのよ! ギルドにバレたらペナルティを受けるわよ!」
「そんなの受けないよ・・」
「・・へぇっ!? 何で・・、モンスターを倒したら、焼くか埋めるか・・」
少女はモンスターを倒した時の処理について説明してくる。
「その話し誰から聞いたの?」
「知り合いの冒険者から・・」
「だよね。君、冒険者ギルドに登録してないんじゃない?」
「えっ!? な、何で分かるの?」
「話を聞いていない、覚えていない可能性もあったけど、冒険者ギルドではモンスターの死骸の処置に対するペナルティについては、何の説明もされてないよ」
「そ、そうなの!?」
彼女が知り合いの冒険者から聞いた話との食い違いに驚いた様子だ。
「君が聞いた、知っている話って、モンスターなどの死骸を放って置くと、他のモンスターが寄って来たり、餌となって増えるからでしょ?」
「うん、そうよ」
「それは冒険者ギルドの規定じゃなくて、冒険者同士の暗黙の了解みたいなものなんだよね・・」
「どう言う事?」
どうやら少女は逃げなくてはならなかったと言う現実を、理解出来ていないようだ。
「モンスターの死骸によって、本来そのあたりに存在しないモンスターなどが現れる危険は、冒険者たちが一番困るんだよ」
「当たり前でしょう」
「だから冒険者たちは、死骸を処理するように言っている」
モンスターが出ない、もしくは弱いモンスターしか居ないはずの所に、強いモンスターが現れてはたまった物ではない。
そのような危険を少しでも減らすために、モンスターの死骸を処理を言ってくる。
「でもね、不意打ちで、やっと一体倒せるような僕たちが、他のモンスターと戦って勝てると思う?」
「ん? どういう意味?」
「モンスターを焼くと臭いがより強く出るよ? 土に埋めても、嗅覚の良いモンスターは多少の深さなら臭いを嗅ぎ付けるよ?」
「それがどうしたのよ?」
まだ分からないようなので、軽く溜息をついて説明を続ける。
「あのね・・、焼いている間や、穴を掘っている間に他のモンスターがが来ちゃったらどうするの? そもそもあの近くに居たモンスターは一体だけだったの?」
「えっ・・・、あっ!?」
視線を漂わせながら考えた末に行き着いた答えに、自分自身で気づいたのだろう。
「分かったみたいだけど、例えば強いモンスターを討伐する人たちが、雑魚のモンスターの処理に余計な時間と労力を掛ける? 特に緊急依頼だったら?」
「そ、それは・・」
勿論、全員が全員そうかと言われれば違うだろうが、多くの人たちは放置するだろう。
無駄とまでは言わないが、依頼を果たすまでに、無理に体力を消耗し、装備をいためる必要はないし、ましてや人命の掛かった緊急依頼では仕方があるまい。
ましてやモンスターが気がついていないのであれば尚更だ。
「僕たちみたいに戦う事に慣れていない人たちは、命あってこそ、逃げるに徹しなくっちゃいけないんだ」
「そう・・よね」
「モンスターの死骸を処理できるのは、パーティを組んでいる人々であり、且つ余裕がある人たちに限られるんだよ」
「そうだったんだね・・」
モンスターの死骸は処理するに越した事はない。だから冒険者の暗黙の了解がある。
しかし冒険者ギルドは、命や依頼の達成を優先に考えて、死骸の放置はやむなしと考える。
「とは言え、ギルドでも一応死骸の処理については、きちんと説明はしてくれる」
「どういう風に?」
「それが焼くとか、地中深く埋めるで、暗黙のルールの元になっているんだけど、あとは開けた場所に放置かな?」
「へっ!? 何で開けた場所に? 逆じゃないの?」
少女の問いは最もだけど、ギルドの説明も最もだった。
「ちょっと乱暴だけど、見えないところに隠すように放置すると、モンスターを見つけにくくなる。見えるように置いておけば、処理できる人が処理してくれるし、すぐにモンスターを見つけやすくなるから」
「な、なる程・・」
「まあ巣穴とかに持ち帰られたら意味がないんだけど、まだマシらしいよ」
「べ、勉強になったわ。ありがとう」
自分たちの危機的状況を理解して、ここで初めて感謝の言葉が出てくる。
正直責めるような言い方になった部分もあるので、少女が沈黙してしまったので、ふと思ったことを聞いてみる。
「さっきも聞いたけど、君は冒険者じゃないんだろう?」
「ええ、そうよ」
「何で森の中、しかも奥の方まで入ろうとしたんだ?」
「勿論、薬草を取るために決まっているじゃない」
何当たり前の事聞くの?みたいに言ってくる。
「えーっと、どう言う事かな?」
「はぁ!? 薬草は森に生えているんでしょ?」
なる程、知り合いの冒険者から、モンスターの死骸の処理と言う暗黙の了解は聞いたけど、薬草採取の暗黙の了解は聞かなかったと・・
「あー・・、お嬢さん」
「な、何よ急に!?」
「町の周りの草原はご存知ですか?」
「ん? 当たり前でしょ」
「そこで薬草を採って良い事は?」
「・・えっ!? あそこって草原保存地域じゃなくて?」
「そう、薬草を育てて、安全に町の人たちが取るためのね」
「・・えっ!?」
僕の一言を聞いて、大きく目を見開いている。
「ちなみに冒険者の暗黙のルールで、そこは町に住む人のため、冒険者は柵、この畑の防衛ラインね、の外側で取る事になってるんだ」
「そ、そう・・知らなかったわ」
知らなかった? 町の小さな子供たちでさえ、何処に生えているか、何処で採れば良いか知っているのに?
この女性はどれだけおのぼりさんなんだろう、と思ってしまう。
「じゃあどうして冒険者でもないのに薬草採取をしているの?」
「ああ、わたしの職業は薬師なの。薬師ギルドに所属しているわ」
「へぇー薬師さんだったんだ」
「そうよ。だけどギルドに回ってくる薬草が少なくてね」
そこまで聞くと、胸がチクリと痛む・・
「少ない・・んだ。それで?」
「聞いた話なんだけど、冒険者たちって薬草採取に見向きもしないんですって。それで薬草自体の単価が上がっている上に、入手も難しいのよ」
「それで危険を冒してまで薬草採取を?」
「ここまで危険とは思わなかったけど・・ね」
少ない・・。まだまだ自分一人で採取しているだけでは不足だと痛感する。
今日採取した薬草の量を確認する。
森の外周で採取したので、少し高価なものも含まれるが、いつもの量よりかなり少ない。
しかしモンスターが出た森の付近での採取は危険である。
この近辺の薬草は少ないのは分かっている。
今から他の場所へ移動すると、城門の閉まる時間まで大した量は取れない。
この少女を、このまま放置すると言うのも如何なものだろうか。
「今日の処は、一旦町に戻った方が良いかな」
「そうね、薬草採取はしたいけど・・、ちょっと今日は勘弁して欲しいかな」
流石にモンスターに襲われたのだ、何かする気にはならないだろう。
僕自身もヘトヘトなので。時間はまだ早いが、二人は揃って町へと帰る事にする。