魔法薬師
【魔法薬師】
今回の商いを終え、ユニオンに一度立ち寄った後、商業ギルドへと訪れる。
「・・魔石は?」
「・・・・・・(ま、まずい)」
ファーデンでの出来事で頭が一杯だったため、魔石については何もしていなかった。
その間をギルティと判断し、エムファスの動きがピタリと止まる。
無表情で立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「ザラっと・・、一箱?」
「い、いいえ! 一個一個です。未梱包ですが・・」
「まだ・・マシね」
作業スペースに連れられ、準備するからそのまま待つように言われる。
「良いですか? ゆっくり、そーっと、一つずつ出して下さい。もしドン、何て事したら、あなたの顔面に拳がドン、って行きますからね」
「は、はいぃぃぃーい!」
とんでもない脅し文句を貰い、一つずつ丁寧に取り出し、そっと渡していく。
「そうです、そうです、やれば出来るじゃないですか」
出すべき魔石を出し終え、胡椒や砂糖、金属のインゴットを出し、最後に多めの果実で、魔石の件は見逃してもらう。
そして最後に、新しい商品の入った木箱をエムファスの前に取り出す。
「今回の新商品です」
「・・新商品? またですか?」
眉を顰めたエムファスが、何やら胡乱気に睨んでくる。
「大丈夫です。今回は日常品、生活必需品ですから」
「ふむ、それならば大丈夫かしら・・」
木箱の蓋を少し開けてチラッと見た瞬間、そのまま蓋が僕の喉に叩き込まれる。
「・・えっ!? ぐぉぼぉっ!?」
そのまま後ろに吹っ飛び、喉を押さえて床を転げ回る。
「ほぉ・・日常品? 生活必需品? ・・そうね。布と言うのはそういう物よね」
一旦蓋を閉め、転がる僕の髪の毛を、ムンズと掴んで受付の所へ引き戻す。
「オ・プ・ファあ? 何が入っているか知っていた? 知っていたわよね、絶対・・。 私が驚く姿を見たくてやったわよね? そんなに面白いの? 私が慌てふためく姿が? 私ってばそんなに君に恨まれているのかなぁ?」
髪の毛を掴んだまま、前後左右に振り回しながらねめ上げてくる。
「いだだだだぁぁぁー・・!?」
自分で布にしてもらったんだから、当然知っていた。
鑑定でどんなものかも知っていた。
ちょっとした茶目っ気のつもりだったのだが、自分の首を絞める・・どころじゃなくて、首を蓋で殴打される事になってしまった。
「この箱に入っているのはシルクよね? それも最高級のアイリスシルクとコーラルシルクよね? その外にもシルバーシープやゴールデンシープ、プラチナシープの布が入っていたわ。チラッとだけどクリスタルカシミアも見えちゃったなぁー、お姉さんの錯覚かな? どれもこれも超ー高級素材なのよ?」
フルフルフル・・
敢えて首と手を横に振る。まだ声が出ないから。
そして最後の勇気と力を振り絞って誤魔化そうとする。
「知らなかったと?」
「・・知らない・・じゃなくて・・男なので・・価値が・・今一・・」
痛む喉から搾り出すように言い訳をすると、じとーッと見られる。
「つまりその辺に売っている、普通の布と思ったと?」
「そ・・そう・・です。きれ・・いだ・・なぁーっと・・は思い・・ましたが・・」
「ふーん。じゃあ物の価値について・・」
パチンと指を鳴らす。
すると話しが聞こえていた職員、全て女性が、僕の傍に集まってくる。
「さっきの魔石の件も含めて、もう一度、骨の髄まで教えなくちゃね」
再び地獄のようなお説教が、殺意の篭った笑顔のエムファスと女性陣によって行われる事となった。
広めの会議室の中に、まばらに男女二十名ほどが座ってる。
年齢も、性別も、服装もそれぞれ違うが、醸し出している雰囲気は似ている。
そう、それは組織のトップがなせる物だろう。
バーシスの町の定例会議、町長と各ギルドのトップが集まった評議会である。
町長の傍に立つ女性、秘書なのだろう、からの報告を聞いている。
「今月の報告は以上です」
「うむ。何か質問等はあるか?」
町長はその場にいる誰からも、手も声も上がらない事を確認する。
「では懸案事項について。最初に薬の価格問題から」
その言葉に薬師ギルドのギルドマスターが、身体を一瞬ピクッと動かす。
「町の薬の安定供給と、価格安定が図られていないと報告が上がっている。薬師ギルドのギルドマスター、どう言う事か聞かせてもらいたい」
「・・薬の供給も価格も、きちんと成されている」
その場にいる誰もが知っている事なのか、そこかしこで鼻で笑うような声が聞こえる。
「おかしいな・・。町で売られている薬の方がギルドより安く、一ヶ月程で取り扱いの薬が変わると報告を受けているが?」
「最近設立されたユニオンが、採算を度外視した販売をしているためだ」
「つまり、立ち行かなくなって他の薬に変わっていると?」
「そうだ」
「ならば何故上級の薬になるのかな? 失敗なら営業停止や、全く違う薬になると思うのだが?」
理路整然とした町長の質問に、ギリリッと歯を食いしばる。
「他の薬師たちの生活を、守るためだ・・」
「つまりギルドとしての、企業努力が足りないと・・」
「待て! そう簡単に利益が上がらないのはどのギルドだって同じだろう!? 俺の所だけ槍玉に挙げるんじゃねぇ!」
町長の言葉に被せるように、薬師ギルドのギルドマスターが吼える。
「冒険者ギルドだって、もっと安く数を薬師ギルドに回せ!」
「おいおい、こっちに振るのは止めてくれ」
冒険者ギルドのギルドマスターに噛み付くが、やれやれと肩を竦めてかわす。
「お前の言う事は百も承知だ。ギルドがユニオンの真似など容易にできない事など」
「ああ!?」
自分の事を散々コケにされて、この町長の言葉に殺意すら湧いてくる。
「別に薬代を安く出来ないのが企業努力と言っている訳ではない。薬師の管理もその一つと言っているのだ」
「・・・」
町長の言い分は分かる。
例えば、安く大量に必要となる薬を、複数の種類を委託すれば、一人の薬師では手が回らなくなるだろう。
オプファによってもたらされる大量の薬草を、手元に残す事を優先したのが失敗だった。
別の方法があったのは確かだが、それは今更という話だ。
「じゃあどうしろと!?」
「それを考えるのがギルドマスターの役割ではないのかね」
「ぐっ!?」
言うだけならタダだし、何かをする必要もない。そんな町長を睨み付ける。
「分かった・・。近日中に何とかしよう」
「結構。では次の議題に移る・・」
今のギルドマスターの耳に、次の話など入る事はない。
ギルドを、ではなくマスターとしての立場を守るのに、四の五の言っている場合ではない。
「(悪いがトロナ・・、お前に薬師は続けさせられん)」
薬師を守る立場のギルドマスターは、最悪のカードを切る事を決断する。
商業ギルドから紹介された、薬草学者のリーハーがバーシスの町に着くとすぐに授業が始まる。
六十台後半の、髭をたっぷり蓄えた白髪交じりの男性だった。
授業は手狭だが、ユニオンの食堂で、主に夜間に行われる。
これは薬の製造、販売を止める訳にはいかないからだ。
リーハーは昼間の空いた時間を使って、ユニオンの庭や、バーシスの町中、町周辺の草原保存地域をくまなく調べ、薬草園で育てられそうな薬草を確認してくれた。
「働きながら学ぶというのは、大変な事じゃのぉ」
僕たち四人が取れる時間が少ないのを理解してくれた。
リーハー先生も遊び半分の薬草園と思っていた所に、教材を四人分揃え、熱心に授業に参加している姿に動かされたようで、授業にも熱が入る。
「これは良い経験になるのぉ。人は生涯勉強じゃて」
しかも試しに薬を作る事と、売り物として薬を作る事の違いを大いに感動していた。
授業の予定の日数を、大幅に過ぎた夕食の席でリーハー先生は、僕たち四人に修了を伝える。
「オプファ君、トロナ君、メインズ君、ステイン君。私が用意した授業はすべて修了じゃ。後は教材を良く読み、復習し、分からない事があれば、私に手紙で質問すると良い」
「「「「ご指導ありがとうございました」」」」
晴れての修了に、皆が皆嬉しそうである。
特別に外食をと思ったのだが、リーハー先生も皆も、今まで通りが良いと食堂である。
賑やかな場がある程度進むと、リーハー先生から薬草園の話が切り出される。
「君たちの授業の合間を縫って、この庭の土壌、町の中の土壌、草原保存地域の土壌、君たちの薬草採取する場所の土壌などを調べたんじゃが、特別に土を入れ替えなくても育つと思うぞ」
「そうですか!」
リーハー先生の言葉に皆の顔が綻ぶ。
「とは言え、あくまでも町周辺に生える薬草までじゃ。もちの近くや奥に生息する薬草の類は難しいかもしれがの」
「それは・・、魔素と大きく関係しているんですよね?」
「良く覚えてくれたな、トロナ君。その通りじゃよ」
リーハー先生は自分の授業が身に付いている事を喜んでいる。
授業の中には、僕たちが当然知らない事が多く含まれていた。
「魔素は空気中に含まれ、呼吸によって身体に吸収され魔力に変換され、魔力は魔法の源となって発動される」
魔素の吸収、魔力への変換、魔法の発動の三つが、魔法使いとしての能力の差となって現れると言われている。
「どういう仕組みか分かっておらんが、魔素の濃い所では、モンスターが自然発生したり、動植物をモンスター化が起こる。魔素が溜まると魔石に変化し、魔石が身体に色々な影響を与えると言われおる」
魔法になったり、モンスターを生み出す以外にも魔素が影響を与えるものがある。
「そして薬草の中に、魔素を魔力に変換する種が存在する。貯められる量によって治癒草、回復草、再生草という事になる」
「魔素が多い所でなければ育たない可能性があるということですね」
「もしくは魔素によって変化した、ある種の薬草の亜種とも考えられておる」
魔素の量という事で、ふと思いついた事を聞いてみる。
「先生、もし土地に魔素を多く含んでいれば、例えば森の奥の土と入れ替えれば、育つ可能性はありますか?」
「可能・・じゃ。実際に多くの薬草園ではその手法を取り入れておる。しかし一時的なもので、定期的な土の入れ替えが発生してしまうがのぉ」
「もし魔石を埋めたらどうなりますか?」
「ふむ・・魔石か。流石に答えかねるのぉ。まだ誰も試した事がないからな」
魔石は土に魔素を与えるかの研究は、非常にお金がかかり、仮に出来たとしても費用対効果から、土を入れ替えた方が安いと試算されて、誰も手を出さないらしい。
「うーん、やってみようかなぁ」
「結果には、非常に関心がありじゃのぉ」
僕が実験を仄めかすと、リーハー先生は学者として興味をそそられた様だ。
「もし土の入れ替えをするつもりがないのであれば、町の周辺と同じような環境を作り出すのが良いと思うぞ」
「どうしてですか?」
「自然の形には意味があるものじゃて。ある程度の区分けをするとしても、町の外と似たような薬草園は良いものとなるはずじゃ」
「分かりました」
先生の含蓄ある言葉に従わない理由などない。
リーハーを送り出して暫く経つと、この言葉に従って失敗したと思う事になる。
「何か想像していたのと違うな?」
「何だろう、うん、全く違うね」
メインズの言葉に、トロナが頷いている。
しばらくして薬草たちが根付くと、種の違いが良い方に相互作用して、メキメキと育ってくれた。
「薬草園と言うより、ただの野原みたいっす・・」
ステインの呟きのように、パッと見は荒れ廃れた庭にしか見えないのだ。
皆が皆、温室にきちんと種類ごとに区分けされ、それぞれの薬草が育つ姿を想像していた。
「何処をどうすれば、魔石を埋める区画が出来るかなぁ・・」
四人揃って呆然と、自分たちの薬草園を眺めるているしかなかった。
トロナが薬師ギルドからの呼び出しは、何度かあったが、四人が揃った時にというのは初めてだった。
「トロナ・・」
「トロナちゃん・・」
「トロナさん・・
「皆、大丈夫。言いたい事はきっちり言ってくるから」
僕たち四人は大体の予想は付いた。間違いなく最高級傷薬の委託の件だろう。
先日、四人で意見を出し合って、魔石を蒔く区画を作り、土の魔石を埋めたところ、回復草が根付いた。
更に魔石のすぐ傍なら、再生草すら根付いてくれ、皆喜んだばかりの所だった。
トロナは自分に言い聞かせるように、皆に言う。
「薬師ギルドには、皆の協力もあって、たくさん支援してきたつもりです」
傷薬の委託をされたとは言え、薬草を毎日のように薬師ギルドに供給してきた。
「薬師ギルドとして、薬の安定供給と、価格の安定、薬師の生活を守るという言い分は理解できます。でもユニオンに参加する皆の生活を守らなくちゃいけないのは同じです」
そう言って一人、薬師ギルドへと向かった。
話が通っていたのだろう、そのままギルドマスターの執務室へと通される。
「失礼します」
「入れ」
扉をノックして、部屋の中へと入っていく。
「トロナです。お呼びにより参りました」
「たびたび済まんな」
「最高級傷薬の委託取り消しの件ですか?」
直球で聞いてみる。これしか呼び出しの理由がないからだ。
「・・そうだ」
「理由は・・、聞かなくても分かります。ギルドより価格が安いからですね?」
「その通りだ」
しばらく沈黙の中、お互いの視線がぶつかり合い、やがてトロナから口を開く。
「今度はどうしろと仰るのですか?」
「トロナ。お前の所のユニオンの資金を充てにしたい」
「なっ!? この期に及んで資金援助までさせるつもりですか!?」
ギルドに薬草を提供させ、ギルドの立場が悪くなれば薬を変えられ、その上金まで毟り取ろうとするつもりなのか。
「いや、違う」
「でしたら・・何ですか?」
「トロナ、お前ポーションに興味はあるか?」
「ポーション? っ!? まさか・・私に・・?」
「そのまさかだ」
トロナはこの部屋に来る度に、ギルドマスターの発言に唖然とさせられていた。
ユニオンに帰って来たトロナから開口一番に、皆が疑問符を浮かべる。
「「「魔法・・薬師??」」」
全く聞きなれない言葉に、次々と質問が飛び出る。
「魔法薬師とは、どんな職業なのだ?」
「薬師と錬金術師の中間ぐらいの職業よ」
メインズの問いに答えながら、トロナが言うには、薬師ギルドで魔法薬師になるよう提案されたという。
「中間って、良く分からないんすけど?」
「上級薬師、または野良錬金術師や劣化錬金術師とも言われているわ」
「ますます分からないすよ・・」
ステインが口を尖らせる。
「ポーションを作れる薬師、ポーションしか作れない錬金術師が魔法薬師よ」
「「「ポーション!?」」」
僕たち三人の驚きの声が上がる。
薬師の作る薬と錬金術師の作るポーションは、ほぼ同じ効果を表す。
薬が飲む、塗る、貼る行為に、固形、粉状、液体などの様々な形状を持つが、ポーションは液体のみで、飲むか振りかけるぐらいだ。
最も大きな違いが二つ。ゆっくりと治す薬に対して、ポーションは即効性である事。もう一つが製造に魔力を使うという事である。
「一つ聞きたいんだけど?」
「何?」
「さっき野良錬金術師とか劣化錬金術師って言ってたけど?」
「ああ、それね。術師って称号は、学校で学んだって意味で使われる事があるのよ」
「へぇー」
術師にはそんな意味があるとは知らなかった。
「だけど色々な理由で卒業できなかった人や、卒業した人から個別で学んだ人たちの事をそう呼ぶのよ」
「何か差別用語みたいだね」
「勿論その通りよ。差別・・区別するための言葉だからね。魔術師ギルドは卒業証の提示を求めるし、魔術師たちはわざわざ見せびらかせるもの」
「・・そうなんだ」
肩をすくめるトロナに、僕は溜息を吐く。
「で、その魔法薬師になれというんだね。薬師ギルドのマスターは?」
「そう! 聞いて頂戴! 魔法薬師になるために、このユニオンの・・、いえオプファの資産を充てにしてね!」
「ん? 何で僕の資産が出てくるの?」
「魔法薬師も学校で学ぶ必要があるのよ。誰も彼も魔法薬師ですとは名乗れないの」
「「「ええっ!?」」」
とんでもないハードルの高さだ。普通に暮らす人にはかなり難しいだろう。
「つまり学校に通うための費用を、オプファ君の資産から賄えと?」
「そう入試試験代から、入学費、授業料に教材代、滞在費に旅費すべてね。人を馬鹿にするにも程があるわ」
荒ぶれるトロナを、三人で宥めながら話しの続きを聞く。
「百歩譲って、魔法薬師になるメリットは?」
「ポーションを作れる。この町に錬金術師ギルドがないから、価格は商業ギルド次第」
「それだと最高級傷薬より安く出来るんじゃ・・」
「確かに。また問題が出てくるぞ?」
「はぁ・・、あのね。お金かけて勉強するのよ? その元を取らなきゃいけないんだから、普通ならその分も、価格に上乗せになるわ」
「あっ!? そうか・・」
ほぼほぼタダでなれる薬師と違い、学費など掛かる魔法薬師は、今後何年、何十年とかけて取り戻さなくてはならない。
それは当然ポーションの価格に反映するし、ポーションが高価な理由でもある。
「確認なんだけど、薬師ギルドから今委託は受けているの?」
「いいえ・・」
諦めたように首を振るトロナ。
薬師に仕事を渡さないと言うのは、薬師ギルドとしてはかなり酷い仕打ちである。
「ちょっとエムファスさんと相談してくるよ」
あまりの状況に、第三者の意見を求めに商業ギルドへと向かう。




