四人目のメンバー
【四人目のメンバー】
その町その町の特性があり、やり方がある。
例えそれが弱者を虐げるものとは言え、一個人でとやかく言えない。
しかもそれが、たった一人の男の噂話でしかなければ。
「噂話は気になるけれど・・。先ずは自分の足元を固めなくっちゃ」
『ヒールの魔石・・。そしてこのダンジョンボスとのご対面だ。気を抜けば簡単に終わる事になるぞ』
「そうだね」
気にはなるけど、それで僕が倒れる事になったら元も子もない。
目の前には、トイフルのダンジョンボスへと続く扉がある。
「・・あれって、ケルベロス・・だよね?」
『正真正銘のケルベロスだな』
ケルベロスは、犬や狼系の上位モンスターだ。
大人の背丈ほどの体高に、三つの頭を持ち、炎を吐くと言う。
ただダンジョンボスは、少々おかしかった。
「大人の背丈の二倍ぐらいありそうだね・・、頭も三つじゃないよ?」
『五十個だな。あれはケルベロスロードだな』
モンスターには色々な亜種や上位種が存在する。
正に地獄の番犬と呼ぶのに相応しい、ダンジョンボスが立ち塞がっていた。
そっと扉の中に入る。部屋にいるだけならボスは襲ってこない。
出口に近づいたり、ボスとの距離を詰めたり、何らかの魔法を発動しない限り。
「じゃあセイテン、いくよ。限界突破!」
その戦闘に限りランクAにまで引き上げるが、一日に一度と言う制限をもつ能力。
『おいおい、いきなりだな』
嬉しそうにセイテンが叫ぶ。
その動きにケルベロスの頭が一斉に牙を剥き威嚇する。
「影は闇に消される。故に我、影を掌握す。我が闇よ! かの敵の影を、喰らい、飲み干し、奪いつくせ!」
五十の頭から一斉に炎が浴びせられるが、限界突破によってもたらされた力で簡単に避け、詠唱を続ける。
「影よ! 己が身を覆い、全てを封じよ! 【ダークコフィン】」
ケルベロスの足元の影が一気に部屋に満ち、全てを闇の中へと沈める。
「グロォォゥウゥ・・」
「もう何も見えない、何も聞こえない、何も臭わない、何も感じないだろう?」
ケルベロスとしては、僕を探し回って部屋中を駆け回っているつもりだろうが、僕の目の前のケルベロスは、その場で駆け足をして、グルグル回っているだけだ。
五十の口が一斉に開かれる。炎を吐き出しているのだろうが、何も出てこない。
「闇は四属性とその上位四属性の更に上の属性。あらゆる属性攻撃は無効だよ」
『そもそも暗黒魔法の上位呪文、ダークコフィンがランクB如きでどうにかなるか』
「シャドウブレードが一番使い勝手が良いんだけど・・」
『同じ失敗を繰り返すつもりか? 影は闇に飲まれてしまう。発動すらままならん』
「覚えているよ」
影の剣は何よりも薄く、物質の固さも、属性も無関係で切り裂き、あらゆる物でも破壊できない最強の剣。
だけど上位の夜や闇の魔法の中では、全く使えない。
「闇よ来たれ、集え、従え。漆黒の御柱を持ちて、五方より圧し、穿ち、撃ち、叩き、貫き、我に敵する事象を、滅し滅ぼせ 【ダークピラー】」
一番最初に使った、暗黒魔法の上級呪文を使用する。
『教えていなかったが、闇の中で闇を使うと、威力が底上げされるメリットもあるぞ』
全ての暗黒魔法を解除する。既にケルベロスは消えてなくなっていた。
「火の属性だよね・・。無属性だったら可能性があったんだけど」
『ボスクラスで無属性って、とんでもない存在になるぞ』
上位種は大抵何らかの属性を持っている。無属性と言う事は身体的な力の具現だ。
「そうだよね・・」
思わず溜息が出る、ヒールの魔石のドロップは難しいだろう。
ケルベロスのいた場所に向かう。
『ほぉ! 運が良いな』
「やったー! ヒールの魔石だ!」
ダンジョンボスだったと言う事や、セイテンから借りたドロップランク率アップの能力のお陰とか、本当に運とかも絡んでの事だろう。
色々な人たちの力で成し遂げた、今回の商いの目標に違いない。
一階層に戻り、そのままダンジョンの外へ出ると、既に日は傾いていた。
「さてこれからどうしようかなぁ」
『魔石は大した金にならない。なら他のダンジョンへ言った方が良くないか?』
「いやそうは言っても、あまり量を持ち込むわけには行かないからね」
商業ギルドにアイテムや素材を大量に持ち込んで、値崩れしては困るし、今後その量を期待される事にもなってしまう。
「まあ何時も通りという事で・・」
丁度その時、後ろ、ダンジョンの入り口から他のパーティが出てくる。
「おっと、邪魔になるね」
一人でブツブツ良いながら、ダンジョンの入り口を塞いでいたら、即変人扱いだろう。
道を開け、そのパーティが通り過ぎると違和感がある。
「あれれ? ポーターが居ない?」
ポーターが居ればより多くの魔石を持ち帰れるし、戦闘もし易くなるが、必ずしも連れて行かなくてはならないものではない。
「まあそう言う事もあるよね・・」
「しかしあの量の魔石は勿体無かったよな」
「ああ。しかし仕方あるまい」
「っ!?」
その会話から全てを悟る。ポーターが居らず、あの量の魔石を勿体無いといった。
「待て!」
「ああん? 何だ?」
「今のは・・、ポーターを見捨てたのか!?」
「・・ちっ、余計な事を聞いてんじゃねぇよ」
パーティの面々が、忌々しそうな顔をする。
「ポーターを見捨てたんだな!?」
「証拠はあるのか? ギルド言って聞いてこい。俺たちはポーターなんて雇ってねぇぞ? ああん? それを分かって聞いてんのか?」
勝ち誇ったかのように言う。
「何階層だ?」
「あっ!?」
「見捨てたのは何階層だと聞いてるんだ!」
「ふん。二十九階層だ。間に合わねぇよ」
今から言っても間に合わないと高を括って教えてくれる。
そのままダンジョンへと入っていく。
『見捨てた時の状況が分からんから何とも言えんが、今から間に合うのか?』
「そんな事はどうだって良い!」
間に合うとか間に合わないとかじゃない。ただ今行かなくちゃ行けないんだ。
テレポートリングで五十階層の入り口に飛び、二十九階層へと駆け上がる。
「ここから先は、ただ闇雲に探しても時間だけが勿体無い。どうしたら・・」
そう呟きながらも、ひたすら二十九階層を進んでいく。
ダンジョンには色々な特性があるように、土を掘っただけの洞穴から、城のような石造りの通路ダンジョンのの中も様々で、広さや高さもまちまちである。
トイフルはダンジョンの外、フィールドに似せた広い空間である。
『生きていれば、何処かのパーティに保護されていると思うしかあるまい』
「つまりただ一人で生きている人を探すと言う事だね」
「パーティに救われているか、モンスターに喰われたかは、そ奴の運だな」
探索能力を人間とモンスターに設定して、二十九階層を走り回る。
危険回避の能力は、あくまでも自分に向かってくるもののみ有効、自ら突っ込んでは反応してくれないと言うデメリットがあると言う。
「こっちのはパーティ・・だね、こっちのもパーティ・・か」
探索能力は、頭の中に平面図や立体図で位置関係を教えてくれるのではなく、あくまでも視線の方向に何があるかだけ、距離感さえ分からない。
複数の人を見つけたら、パーティなのか一人なのか、傍まで行かなくては分からない。
トイフルのダンジョンは昼だけしかなく、多分ダンジョンの外は夜だろう。
流石に疲れてきて歩みを止め、膝に手をつき、膝を折ってしまう。
「何処かのパーティに拾われてくれれば・・」
『幸運に期待するな。手遅れで魔物の腹の中と思え』
セイテンは厳しく言ってくる。確かに探索をやめるなら最悪のパターンを覚悟しなくてはならない。
「そうだ・・ね・・」
もう一度自分に活を入れて、顔を上げると、一人で逃げるように動き回る人間を見つける。
「見つけ・・た!」
思わずその人がいるであろう方向に、残りの力を振り絞って向かう。
多分出口を探しながら、周囲の音に敏感に反応して逃げ回る人の前に飛び出す。
「うわぁぁぁ・・!?」
「大丈夫ですか?」
余ほど恐ろしかったのか、すっころんだまま、こっちを見て怯えている。
性別や年齢が分からなかったので、思わず敬語で話しかけたが、まだ少年だった。
「大丈夫かい?」
口調を変え、もう一度声をかけ、手を差し出す。
「えっ!? えっ!?」
思わず少年が手を出したので、腕を掴み立ち上がらせる。
「あ、あなたは誰す?」
「ダンジョンの外で、多分君の事だろう、見捨てたポーターの話しをするパーティとすれ違ってね」
「ま、まさかポーター一人のためにすか?」
「その口振りからすると、噂は本当だったんだね」
彼のポーター一人のためにと言う言葉が、噂が本当である事を確信する。
二十九階層の入り口に戻りながら、彼から話を聞く。
「一応話を聞くけど、どうして離れ離れになったの?」
「この階層に、モンスターの湧きが良い場所があるって言われたっす・・」
「へぇー」
「それがトラップだったらしく、いつの間にか囲まれていて・・」
優良ポイントが、実はトラップだったと言う話しはいくらでもある。
「それで?」
「目潰しをやるから、指示された方へ走れと言われて・・」
「パーティは逆方向に逃げ出したんだね」
「はい・・す」
すなわち囮にされたと言う事だろう。
目潰しが効果的だったのか、運が良かったのか、パーティと彼もトラップから抜け出せたと言う訳だ。
「生きてダンジョンを出られたら、どうするつもり?」
「・・ポーターをやるしかないす」
「どうして?」
「それしか生き延びる術がないからす・・」
彼は冒険者登録したばかりで、お金もなく、たった一人で他の町へ行く力もないと言う。
「この町の生産職系の仕事は、何処も人手が余っていて・・。ボク自身も孤児院の出で何の伝手もないから、冒険者をやるしかないんす」
「そう・・か」
冒険者同士の子供は、孤児院に預けられ、親たちはダンジョンに潜る。
子供が成長すれば、家族でダンジョンに潜る。
親を失えば、成長した後、一人でダンジョンに潜る。
そういう町が、魔石の町なのだろう。
「冒険者より、生産職系の仕事に就きたい?」
「出来れば・・。ボクは争いごとが苦手なもんで・・」
「薬師に興味ある? 多少自分で薬草採取もしなくちゃいけないけど」
「えっ!? 薬を作る仕事っすか? 分からないす・・、でも興味はあるす」
ちょっと強引だけど、彼をユニオンに連れて行く事にする。
「そう。後これから起こることは秘密に出来る? 約束できる?」
「えっ!? 良く分かりませんけど、助けてもらった事であれば黙ってるす!」
「じゃあ、目を瞑って」
「えっ!? わ、分かったす!」
彼が目を瞑った上から、さらに僕の手を被せて目を塞ぎ、ダンジョンゲートを発動する。
「もう良いよ」
「は、はい」
手を退かして、目を開けるように言う。
「あれ? ここは? ダンジョンの階層の入り口ですか?」
「そう、一階層のね」
「すごい! 一瞬で!?」
興奮する彼を伴って、ダンジョンを出る。
「・・えっ!? ここは何処ですか? トイフルの・・ダンジョンじゃないすね?」
「ここはね、僕が拠点とするバーシスの町の傍にあるダンジョンだよ」
「・・えっ!? バーシスの町って何処すか? 一体何が起きたっすか!?」
「僕には転移系の能力がある。内緒って約束だからね?」
「なっ!?」
呆然とする彼に、更に追い討ちを掛ける。
「僕はこの町で、薬を売るユニオンに参加している。もし君が気に入れば参加して欲しい。強制はしない。帰りたければ、魔石の町に送り届けると約束するよ」
「ユ、ユニオン?」
「色々話してあげるから、こんな深夜でもやっている宿屋を探そう。酒場の宿なら空いているはずだしね。まあ、なければ野宿かな」
「は、はい。お願いするす」
一泊して、先ずは体と心を休める。
翌日バーシスの町へ向かう道で、オプファ自身の身に起こった事と、今と、これからの事を話して聞かせる。
「と、以上が僕とユニオンに関する簡単な説明かな」
「凄い経験をされたんすね!」
「とは言え、黙って強引に連れてきた事は謝るよ。あのまま町へ戻れば、良くない事が起こった気がするから・・」
「ボクもそう思うす。オプファさんには感謝しているす」
彼を強引に連れてきた事を詫びると、逆に感謝される。
町に着くと、とりあえずユニオンへと案内する。
「ここが僕たちのユニオンだよ」
「へぇー」
多分比べるものを知らないから、メインズのような苦言はなく、素直に驚いてくれる。
ユニオンの建物に入ると、すぐにトロナが声をかけてくれる。
「いらっしゃいませー・・、あっ!? オプファ。お帰りなさい!」
「ただいま、トロナ」
喜びの表情で出迎えてくれながら、すぐ後ろにいる少年に気づく
「えーっと、お客様?」
「ううん。ユニオンのメンバー候補、薬師見習い兼薬草採取係の・・」
その時初めて彼の名前を知らない事を知った。
自己紹介で、自分の事しか話していなかった。
「えーっと・・」
「スタインと言うす。よろしくお願いするす」
以外に僕よりもしっかりしているかもしれないと思ってしまった。
詳しい話しは後でと言って、メインズの時と同じように、ステインへのユニオンの案内と説明をお願いする。
知らない事が多いのか、メインズのように質問も苦言もなく、素直に驚き、素直に受け入れてくれたと言っていた。
僕はメインズの時から推察して、必要となりそうな物を買出しをする。
ステインを迎えた最初の晩御飯は、込み入った話しになるので、屋台街で買出して、ユニオンの共同食堂で食べながら説明する事に。
買出しはステインと二人で行き、事前に能力の事は秘密と言って、僕ではない、他の冒険者に助けられ、旅団と一緒にここまで来たと、口裏合わせをしておく。
皆で食べて、飲んで、自己紹介をしながら、話を進めていく。
「よくやった、オプファ!」
トロナが木製のカップに注がれたお酒を一気に飲み干し、テーブルに叩き付けのたまう。
「ちゃんと説明をして納得してからとも思うが、状況が状況だしな。最悪オプファの言う通り、魔石だけ取り上げられて、何もなかった事にされただろうな」
メインズもチビチビと、木製のカップを傾けながら眉をひそめている。
「薬師を目指すも良し。他のギルドにいくも良し。ゆっくりじっくり決めると良いわ」
「うむ。先ずは焦らずこの新しい町に慣れると良い」
「はいっす!」
今日ここに、ユニオンへの新しいメンバーを向かい入れる事ができた。




