魔石の町
【魔石の町】
高級傷薬のベースとなる回復草から、最高級傷薬のベースとなる再生草に変わっただけ。
しかし回復草と再生草の値段には大きな隔たりがある。
それぞれの生息域と、危険度が大きく違うからだ。
「結構見つかりますね」
「どちらもな」
僕の言葉に、メインズがかなり渋い顔で答える。
「あっ!?」
「またか?」
セイテンから借りている探索能力に引っかかるものがあった。
再生草が生えているのは、森の奥深く、モンスターが跋扈する領域だ。
「そのまま採取を続けて下さい。引き続き僕の方で警戒します」
「分かった。任せたぞ」
ここまで見つけたのはランクFやEのモンスターばかり。
ただし楽観は出来ない。
この辺りでも、ハグレと呼ばれるランクDは元より、ランクCのモンスターさえ現れると言う。
探索能力の範囲は広く、相手の動きに合わせ移動しつつ、メインズを薬草のある場所へと誘導する。
戦闘は極力避ける。勝てる勝てないではなく、メインズを巻き込まないために。
「そろそろ今日の所は引き上げましょうか」
「うむ、そうだな」
森の中と言うのは薄暗く。日が傾き始めると、一気に真っ暗になる。
加えて森の奥と言う事は、更に町から離れていると言う事で、城門の閉まる時間を逆算すれば、早め早めの行動が基本である。
森を出ると二人は、大きく深呼吸をする。無意識で息を詰めていたのだろう。
「ここ数日、再生草の採取をやってきたが、冒険者の言う事も分かる」
「討伐の方が楽ですか?」
「楽・・か、戦闘が良いとまでは言わないがな」
メインズが言葉を濁す。
セイテンの探索能力や鑑定能力が無ければ、あの薄暗い森で薬草を探すのは厳しい。
戦闘する事が楽とは言わないが、薬草やモンスターの両方に気を配る事と、モンスターだけに気を配れば良いのとでは、精神的にかなり負担が違っていた。
商業ギルドでエムファスに、再生草の依頼をお願いしたのだが。
「はぁ!? 再生草を銅貨十枚? 無理無理無理。何で再生草なんか?」
「ユニオンに委託された薬が、高級傷薬から、最高級傷薬に変わりまして・・」
「あぁ!? 最高級傷薬の委託? 個人でどうにか出来るもんじゃいわよ! 完全にユニオンを目の敵にしてるじゃない!」
簡単にあらましを聞かせると、あまりの仕打ちに、かなりご立腹である。
「でも一応、大銅貨五枚で出来ると試算してまして・・」
「大銅貨五枚!? 馬鹿言うんじゃないの! それは十個以上作れた場合でしょ? 最高級傷薬なんて一日一個から二個作れば良いところよ?」
「えっ!?」
「再生草が十枚で小銅貨百五十枚が最低ならいけるとして、これに聖水が一本小銅貨五十枚として、三人の収入や諸々を加えれば、最低価格は一個大銅貨十枚にしないと元は取れないわよ?」
大銅貨十枚・・、試算の倍にしなくてはならないと言う。
確かにここ数日の労力を考えれば、エムファスの言葉にも納得できる。
薬草採取の方法の見直しが必要かもしれない。
更に再生草の依頼も銅貨二十枚なら確実と言われ、ストップをしている。
薬草採取係が二人では、これ以上の採取は難しいだろう。
トロナは、僕たちが採取してきた再生草を見て呟く。
「心配して、思い悩んだ私の時間を返してくれない?」
「そんな事言われても・・」
僕とトロナのやり取りに、メインズはただ苦笑いで黙っている。
「メインズさん? 無理をしてないんですか?」
「トロナちゃん。誓って言うが、無理はしていない」
「本当なの二人とも? じゃあ何で再生草が百枚を超えて、ここに存在するのよ!?」
「そんな事言われても、確かに二人で安全を考慮して採取したぞ?」
「うーむぅー・・」
流石に年上のメインズの言葉は聞き入れるが、唸って納得はしていないようだ。
「正直に言えば、モンスターを見つけたというのは事実だ。ただし気付かれる前にその場を離れ逃げている」
「やっぱり出たんですね・・。まあ逃げ出してくれたのは当然なんですが」
腕を組み、口をへの字に曲げて、仁王立ちしている。
「トロナが心配しているように、僕やメインズさん二人で採取するのも限界がある」
「あのねぇ・・、限界と言いながら再生草百枚も取ってくんじゃないわよ!」
バンバンバンと机を叩き、その度に薬草やら何やらが浮き上がる。
「今はその話しは置いておいて、今後は何らかの対応をする必要があると思う」
「そうだな」
僕の言葉に、メインズが頷いてくる。
「例えばどんな事よ?」
「手っ取り早いのは、ユニオンのメンバーを増やすとか」
「むっ!? そういえばメンバーが増えていないわね」
「確かに薬草採取係が増えれば違ってくるな。安全性も採取量も変わってくる」
メインズさんは僕が能力を隠している事を薄々は気づいている。
セイテンの能力があるから、安全に確実に薬草採取できている。
何人ユニオンメンバーがいても、僕が不在の間は再生草の採取は危険極まりない。
僕が居なくなった後の事も考えなくちゃいけないんだ。
「はぁー。先ずは折角取ってきてくれた再生草を、最高級傷薬にしなくっちゃね。二人の労力を無駄にする訳には行かないもの」
「聖水の買い置きは?」
「どのくらい薬草が取れるか分からないから、その日その日に買っているわ」
「じゃあ、買って来るよ」
「俺も付き合おうか?」
「ちょっと待った」
メインズが一緒に行こうとするのを、トロナが止める。
「どっちか残って手伝ってよ!」
「そうか。ならばオレが買出しと、薬師ギルドへの納品に行こう。オプファ君は残って手伝いを」
この話を後に、エムファスにすると、気遣いの出来る男と、メインズが高評価を得たのだが何故だろう?
「分かりました」
収納能力で仕舞われている薬草を取り出す。
メインズは最初見せた時は驚いていたが、特に詮索する事も無く、今では気にしないようにしてくれている。
何日か最高級傷薬の製造、販売を続けると、やはり聖水の原価が響いて値を下げられない。
そうなると早急にヒールの魔石を手に入れる必要がある。
僕が商いに出る際には、トロナとメインズに何度も言って聞かせた。
「僕が居ない間は、一人で森には行かないでくださいねメインズさん」
「分かっている」
「トロナも再生草を取ってきてないか、ちゃんと確認して」
「分かっているわ」
「信用がないな」
苦笑いのメインズに、二人で心配なだけですと声を揃える。
その間は割高でも、商業ギルドに確実に入手できる金額で依頼を掛ける。
「再生草が一枚銅貨二十枚ね。これなら確実だけど・・」
「仕方ありません。命には代えられませんから」
「はぁー、そうよね」
ついでに魔石についての価値を確認する。
ヒールの魔石は貴重で希少なので、入手は難しく、非常に高価というのはわかっているが、他のはどうなのだろうか?
「そうだエムファスさん」
「なあに? 他に気になる事があるの?」
「いえ別の案件なんですが、魔石って売り物になるんですか?」
「魔石だったら、大抵の物は買い取るよ」
「そうですか。ありがとうございます」
魔石は大した利益を生まないようだ。
僕がいない間の最高級傷薬は赤字になるが、調味料や金属の取引で確実に黒字にするようにしよう。
今回はオーブストと果実の町は外して、フライシュと調味料の町、ベルクヴェルクと鉱山の町へと向かう。
そこまでのやるべき事を終わらせると、魔石の傍にあるトイフルのダンジョンへと向かう。
『一気にダンジョンボスまで行くのか?』
「いいや、初見のダンジョンだから。今日の所は無理はしない」
『そうか』
「このダンジョンは何階層なの?」
『他と同じ五十階層のランクCだ』
「町の傍にできるダンジョンって、大体そんな感じだけど、そう言う物なの?」
『俺様も、そこまで詳しい訳じゃない』
セイテンがぶっきら棒に答えてくる。まあそうなんだろうなぁと思う。
ランクEである一階層から十階層では、無属性の魔石がドロップする。
十一階層以降からは属性を持った魔石で、深くなるに連れて、質や大きさが良くなる。
ランクCの四十一階層から慎重に歩みを進める。
「モンスターも他のダンジョンと変わらないね。ドロップアイテムが違うだけで」
『とんでもないダンジョンは多数存在するが、七つの頭に繋がっていないだけだ』
「へぇー、例えばどんなのがあるの?」
『聖職者の町の傍のダンジョンはアンデッドだけだ。ドロップアイテムはランダムとなっている。また特産のない町だが、トラップだけのダンジョンが生まれ、盗賊職の町となったり、物理攻撃無効のモンスターのダンジョンから、魔法学院の町が生まれたり』
「な、なる程・・。本当に色々なダンジョンがあるんだね」
そんなダンジョンは御免蒙りたい。特産品がなさそうでもあるし。
「今日の所は一旦戻ろう。明日は本格的に攻めるよ」
『そうか。好きにするが良い』
僕はトイフルのダンジョンの一階層へ戻り、ダンジョン宿で一泊する事にする。
ダンジョンの外に出ると、調味料の町のフライシュや、鉱山の町のベルクヴェルクに似ているのだが、何か違和感がある。
「何だろうな・・、何か違うような?」
『そうか? まあ、全く同じ場所などないからな』
「そうだね・・。あっ!? 分かった。
『うん? 何処か違うのか?』
「皆あの建物に、必ず入っている」
宿屋とは違った感じの建物である。
「何だろう・・」
そっと覗いて見る。
「えっ!? 冒険者ギルド・・?」
中を見ると、冒険者らしき人々が屯し、何かの紙が張られた掲示板、正面奥にカウンターと受付嬢、夕方だからだろうアイテムの買取する人々がいる。正に冒険者ギルドである。
その日の宿を決め、食堂で夕食を食べながら考える。
「何で、ダンジョンの前に冒険者ギルドがあるんだろう?」
「兄ちゃん、このトイフルは初めてか?」
「えっ!? ええ、そうです」
「そっか・・。じゃあ老婆心だ、俺の話を聞いておきな」
相席となった男性が、僕の独り言に反応して、小声で話しかけてくる。
「このダンジョンの傍の魔石の町は特産品がない。全て魔石に掛かっている」
「そうみたいですね」
「町ぐるみで魔石はかなり安く買い取り、上前をピンはねしてる」
「えっ!?」
当然だろう?と男は言ってくる。
「周囲は荒地で薬草の採取は出来ない。新人の冒険者はポーターから始めるしかない」
「そうなんですか」
「勿論、使い捨てのな」
「・・・えっ、それってどう言う・・」
男は前後左右をそれとなく確認し、更に小声で話してくる。
「よくよく考えろよ? 魔石は町の命綱だ。つまり利権はこれだけだ。魔石は色々な事に使えて、いくらでも買い手はある。魔石のためならば多少の犠牲には目を瞑る」
「そんな馬鹿な・・」
「この町の新人は戦闘が好き嫌いとか関係なく、ダンジョンに潜るしかない。百%自分の意思でパーティを組んで、ダンジョンに潜るんだ。町やギルドも魔石を収めてくれれば、細かい事は聞かない」
「でも冒険者のルールで、上位のランカーが下位のランカーを・・」
「パーティを組んだ組まなかった何て、日々当たり前のようにあるし、最悪は魔石で黙ってくれる」
あくまでも噂だがなと言う男の話は、あまりにも衝撃的だった。
翌日、男の噂と言う言葉を確かめるべく、少し僕なりに調べてみる。
「町までの道を見てみると、見渡す限りの荒野なんだね・・」
『これでは薬草はおろか、雑草でさえ見つけるのは難しかろう』
セイテンの言う通り、これでは作物を植えるのには適さない。
男の言葉のせいか、町に着けば全てが何か異様に見えてしまう。
「全ての魔石が、ギルドに管理されているなんて・・」
『ダンジョンに入る条件として、魔石を冒険者ギルドに収めるなくてはいけない。冒険者ギルドは商業ギルドにのみ卸す。商人たちは商業ギルドからしか魔石を買えない』
町へ移動しようとすると、衛兵が来て、所持品チェックをした。
魔石を持ち出そうとしていないかと言う。
同じく町に入ろうとすれば、衛兵が来て、所持品チェックをする。
魔石を持ち込んでいないかだと言う。
冒険者ギルドが買い取った魔石を、商業ギルドが商人にセリを掛ける。
公正を図るためだと言って、商業ギルドから魔石を買わない商人は、町への出入りが禁止される。
魔石は何処でも引く手数多なので、そんな事をしても商人の方から来る。
「あの人の話を聞かなければ気付かなかったけど、何処でもピンはねできるね」
『善良な冒険者やポーターが、一番泣きを見るパターンだ』
安く買い叩かれ、セリの利潤は自分に戻ってこない。
「そして一番力の弱いポーターが、一番酷い目にあう事になる」
『あくまでも噂だ』
「そんな酷い目にあっているのに、何で冒険者たちは他の町へ移らないんだろう?」
『他の町より優遇されているからだな』
「えっ!?」
『買い叩こうが、ピンはねしようが、他の町の冒険者より実入りが良ければ、離れるはずがないだろう』
「そうか・・」
薬草採取は出来ないが、薬草採取よりも収入があり、ダンジョンでの対応の仕方も学べるポーターなら、ポーターしか出来ないランクを超えれば、すぐに冒険者として活動できる。
冒険者だって他の討伐より収入が良ければ、そうそう離れる事はないだろう。
その辺りを町やギルドがバランスを、上手くコントロールしていると言う事か。
『何よりも死人は動かんし、何も語りはしない』
「っ!?」
そうだった。大概の事は金ではなく、魔石で片を付けられると言う噂の町だった。




