一人ではないと言う事
【一人ではないと言う事】
ほうほうのていで商業ギルドから戻ると、まずメインズと必需品を買いに行く。
「大抵の物は持ってきている」
「となると、最低寝具だけあれば何とかなりますか」
「うむ、そうだな・・」
顎に手をやりながら、他に何かと考えるとが、やがて首を振る。
「今のところ、他にはないな」
「分かりました」
寝具の代金も、ユニオンのお金から出すと、メインズはこれ見よがしに溜息を吐いている。
必要なものの買出しが終わると、ユニオンに戻り、メインズの歓迎会と、今回の商いの成功を祝って打ち上げとなる。
これもユニオン持ちなのだが、これについてはメインズも素直に喜んでくれた。
「しかし一人一部屋とは、何を考えているんだ、オプファ?」
食事が進み、お酒も入ってきたのだが、メインズの表情は変わらない。
そう言えば、鉱山の町で二日酔いになったのは自分だけだったのを思い出す。
「すみません。まだ戸建てまでは手が回らなくて・・」
「・・何を言っているんだ?」
眉をひそめて、トロナの方を向けば、トロナも肩をすくめて見せる。
「おいおい。いくら何でもメンバーにタダで貸し出すのはおかしいと言っているんだ。ギルドだって、他のクランやユニオンもそうだろう」
「えっ!? でもギルドには寮が・・」
「あのねぇ・・、ちゃんと寮費払ってたよ? 格安だけど、一応天引きで」
トロナの言葉に、メインズからほら見ろと言われる。
「ましてや生活必需品もユニオン持ちだと? あの時は変な噂が流れないよう黙っていたが、それもおかしいんだぞ」
「事前に用意するのも良いのですが、古くなるとカビや臭いが付いたり、埃が出るかと思って準備してないんですよ」
「違う、普通は自前で準備すると言っているんだ」
思わずという感じで、メインズが手で顔を多い天を仰いでいる。
「多少、商売で成功したからと言って、こんな使い方をしていれば、すぐに底を付く。どこかできっちりと締めるべきだ」
そんな事は無いと思っていながらも、トロナの手前、注意をしてくる。
トロナも、メインズの言葉にウンウンと頷いている。
「そうは言いましても・・」
僕としても、少なくともこのユニオンで薬草採取をする人には、住居に関してだけは何とかしたいと考えている。
そんな僕を見て二人は溜息を吐く。
「ならば、商いに失敗した時の事を考えておいてくれ」
「それは勿論!」
失敗・・。メインズさんには、僕の秘密を打ち明けているから、その秘密がばれて逃げる事になった時の事を言っているのだろう。
「多分お前が考えている事は、資産を単純に増やす事だろう」
「えっ・・、その通りです・・が・・」
自分の考えをあっさりと看破され戸惑う。
「いいか? お前が増やすだけなら、お前が失敗した後は減る一方だぞ?」
「それは、そうですね・・」
「お前以外の人間が増やす方法を考えろ。勿論薬売りもその一つだが、安く売りたいのなら、それ以外の方法という事になる」
「分かりました・・」
確かに今後は、僕以外のメンバーで、資産をプラスに出来るようにする手だでを準備する方法は必要になるだろう。
男二人が難しい話を始めて、置いてきぼりにされたトロナがパンパンと手を打つ。
「はいはーい、難しい話しはそこまで! 今日はお祝いの日なんだからね! 楽しまなくっちゃあ!」
「そうだな」
「そうですね」
今すぐでなくても良い。僕が居なくなっても、皆が増やせる方法を考える。
これ以上楽しい空気に水を差さないように、一旦心の中に蓋をする。
翌日、やはり二日酔いなのか、ガンガンする頭を抱えて、三人で朝食を食べに、屋台街を訪れる。
屋台街は、昼夜で開いている屋台は違うが、朝早くから夜遅くまでやっている。
朝はパンや煮物やスープなど、前日から仕込んでおけるものが多く、冒険者向けに、弁当のようなものを取り扱う屋台もある。
昼からは、その場で調理するような料理の屋台に取って代わる。
「昨日の続きだが・・」
メインズが、一口齧ったパンを見ながら話を変える。
「資産を増やす・・ですか?」
「うむ。先ずは昨日も言ったが、格安でも良いから寮費を取るんだ」
「それは・・」
「お前の気持ちはありがたいが、万が一の事を考えろ」
「・・はい」
万が一・・僕が居なくなった後の話の事だろう。
確かに今のうちに決めておけば、僕が居なくなった後揉める事はない。
「もう一つは、今三人は外食をしているが、ユニオンには立派な台所や、ダイニングがある。これは勿体無いぞ?」
「ええ、あんまり活用されていません・・」
僕もトロナも自炊する時間が惜しいと、外食で済ませてしまっていた。
「外食より、自炊の方が安上がりだ。同じようにお金を出すなら、メンバーも安い方が良いのではないか?」
「つまり食事を提供して、食費を取るようにすると?」
「そんな感じだな」
良い考えだと思うが、大きな問題と言うか、壁がそびえ立っている。
「ただ・・、誰が食事を用意すれば良いか・・」
バッとトロナが顔を背ける。その話しは勘弁と言うのがありありである。
「まあ、もう少しメンバーが増えてから考えても良いと思うがな」
トロナの反応に、メインズが苦笑いしている。
少なくても料理が出来る人が必要だ。
ここで大切なのが出来る人で、好きな人じゃない。
ベストなのは料理好きで、ちゃんと作る事が出来る人なのだが。
「僕も考えたんですが、もう少し商いの回数を増やそうかと思っています」
「おい、昨日言った事を忘れたのか?」
「覚えています。僕じゃなくても出来る商いが無いか模索しようかと」
「・・うむ、そうか。それならば良い」
僕の言葉を受けて、メインズさんが感慨深く頷いている。
考えているのは、色々な町を回って、本当の商いのルートを探すという事だ。
本当の商会を立ち上げると言っても過言ではない。
「商会同士の争いごとに巻き込まれて、すぐに吸収されたり、合併される恐れはあるんですが・・」
「そうなるとすぐにユニオンへの支援なんぞ、簡単に打ち切られる可能性もあるな・・」
再び始まった難しい話に、トロナが割り込んでくる。
「ねぇねぇねぇ、二人とも! 明日のお金じゃなくて、今日のお仕事! 日々を無駄に過ごして明日は無い!」
至極当たり前な指摘に、僕とメインズは驚きつつも納得する。
「「ご尤もです」」
三人でこれからの仕事の分担を話し合う。
今まで置いてきぼりされた鬱憤なのか、トロナが仕切り始める。
「現在ユニオンでは、薬師ギルドから高級傷薬の委託を受けています」
「「はい」」
「基本の薬草である回復薬を、商業ギルドを経由して、冒険者ギルドに依頼していますが、あまり数が集まらないのが現状です」
「ちょっと待て。何で商業ギルドを経由するんだ?」
メインズの言葉に、旅の途中で話した事を繰り返す。
「僕が冒険者ギルドと揉めて、死んでいる事はお話ししていましたよね?」
「ああ、覚えているが?」
僕と殆ど変わらない境遇を経験した、メインズは顔を思いっきりしかめる。
冒険者ギルドへ直接依頼する気にならなかった事を告げる。
「商業ギルド経由に関しては、そういう事情なら何も言う事はない。しかし薬草が集まらないとはどう言う事だ? 嫌がらせか何かか?」
揉めている以上、その手の事はやって当たり前と思ったのだろう。
「嫌がらせとかは無いと思うんですが、これも実は・・」
モンスターが出ないぐらいの所で採取できるので、依頼料が薬草と同じである事。
しかし確実に採取するには、危険を冒す可能性があり、多少依頼料に色を付けたぐらいでは集まらない事を説明する。
「ぬぅ・・、この町ならではの問題という事か」
簡単に命を掛けろとは言え無いので、メインズも渋い顔である。
「それで行く先々で、薬草を採取しているんだなオプファは」
「はい。良く探せば安全圏でも、少しは見つかりますので・・」
僕一人の場合は、セイテンから借りている能力の安全圏ですが。
「俺たち薬草採取係は、何とか回復薬を見つけてくれば良いんだな?」
「その他に薬師ギルドから、余った薬草は回して欲しいと頼まれています」
「何処もかしこも薬草不足か・・。回復草を集めながら、他の薬草も採取すると」
「そうなります」
トロナが申し訳なさそうに、身体を小さくしている。
「ただ薬を安く広くというユニオンの目標から、薬師ギルドに協力するのは吝かではありません」
「それもそうだ。危険の無い範囲内で協力すべきだな」
二人してトロナのフォローに回る。
「薬草採取係が二人になりましたので、一人が周囲警戒で若干奥まで行き易くなったのかなとは思いますが、どうですか?」
「ハグレモンスターは何処にでも現れる。町の傍だから絶対に安全という事はない。警戒しながらというのは効率が悪いが、安全には変えられんし良いんじゃないか」
「別々よりも、一緒の方が良いに決まってるし」
トロナもより安全という言葉に、力強く賛成してくる。
「すまないが、まずはこの町の周辺環境に慣れるまでは、町の近くでも一緒に行動してもらえるか?」
「はい」
「私は力一杯、集まった薬草を薬にするからね」
それぞれの役割に沿って、日々の仕事をこなしていく。
一日を終えて全員が揃い、食事の前にトロナから報告がある。
「はいはーい、皆さーん。今日もご苦労様でした」
「トロナも、メインズさんも」
「うむ」
「今日もきちんと、お薬が売れました」
「それは良かった」
そう言うとジャラリと硬貨の音のする皮袋を取り出す。
その中からトロナの前には大銅貨一枚を置く。
残りから僕たちの自己申告による、収めた薬草のお金を貰う。
「ねぇトロナ、そろそろ給料増やさない? 高級傷薬になったんだし。ほら薬草採取係も二人体制になったから・・」
「そうだな、単純に二倍とは言わんが、採取してくる薬草の量も増えている以上、作る高級傷薬の量も増えるわけだし」
束縛される時間は一日と同じでも、仕事量は増えている。
「うーん、そうね・・。二人がそう言ってくれるなら」
そう言い皆と話し合うと、皮袋から大銅貨をもう一枚取り出す。
続いて僕も薬師ギルドに薬草を納めた分の代金の皮袋を取り出す。
ギルドの代金は、僕とメインズさんで半分にする。
「間違いはない?」
「大丈夫だよ」
「うむ、確かに」
この制度にメインズはとても驚いていた。まだまだ小さいユニオンだから出来る事ではなるのだが。
メインズは歓迎会の次の日の朝食は、自分の分は自分の懐から出した。
「メインズさん、お金は大丈夫ですか?」
「家などを処分した際の金や、幾ばくかの蓄えがあったのでな」
メインズさんはその時はまだ働いていない。僕とトロナはぐっと堪えて、メインズに自腹を切らせた。
一日を終え、さて夕食はとなった際に、トロナからその日の売り上げから、全員に給料が支払われた。
「おいおい、このユニオンは歩合制なのか?」
「はい。その人の働きに応じた給料が支払われます」
その日の売り上げきちんとあれば、薬草の代金は支払われる。
「その日の分は、その日の内になのか?」
「薬草採取をする人たちは、そんなに蓄えがある訳じゃありませんから」
メインズは他のギルドやユニオンのように、一ヶ月纏めてだと思っていたらしい。
皆にお給料を配り終わって、かなり軽くなった皮袋が残る。
「殆ど儲けなどないだろう。かなり薬代を抑えているのだから」
「そうですね。ユニオンの備品の補充などが厳しいですね」
薬を詰める箱や、壊れてしまう機材など、細々した物が積み重なると馬鹿にならない金額になる。
「冒険者ギルドに合わせて、全ての薬草一枚銅貨一枚にすれば違うと思うが」
「給料を下げろと言う人は少ないと思いますよ?」
基本は薬草一枚銅貨一枚、回復草に限り、商業ギルドを通じて依頼している料金と同じ一枚銅貨五枚に設定してある。
確かにこれを一枚銅貨一枚にすればかなり利益が出るが、それじゃ意味がない。
皆のためのユニオンなのに、給料を安くしては人は集まらない。
「ユニオンのために、薬草採取をする人が居る訳じゃありませんから」
「その高い志は認める所ではなるがな」
「ただこれから先は分かりません。何かあれば話し合って決めましょう」
「うむ、そうしてくれ」
この先、このユニオンに何があるか分からない。
僕ひとりでは何にもできない事があるだろう。
トロナ・・、エムファス・・、メインズ・・、沢山の人に助けられる。
僕が出来る事、やるべき事をドンドンやっていかなくちゃ。
今のところ成果は目覚しく、ギルドに回復薬の採取を依頼しているため、現時点で高級傷薬の最低価格は銅貨五十枚であるが、それを下回るのは確実だった。
私トロナは不安な気持ちを抱えつつ、ギルドマスターの執務室の扉をノックする。
先日、薬師ギルドの同僚が来て、ギルドマスターが呼んでいると言われて来たのだ。
「トロナです。お呼び出しにより参りました」
「入ってくれ」
「失礼します」
前回はオプファに心配を掛けたくないと、平気な顔をしていたが、流石にそうもいかなくなる可能性があった。
「すまないな、たびたび呼び出して」
「いいえ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「トロナに委託している高級傷薬を取り下げる」
やはりと言う思い・・顔にも出てしまったのだろう。
「予想はついていたのか?」
「ギルドマスターからの呼び出しは、余程の事ではと思っていましたので・・」
「そうか・・。前回の傷薬の時は、価格差による町からの業務改善だった」
「今回は違うと?」
業務改善とは思わないが、価格に関するだろう事は容易に想像できる。
「このまま放って置けばそうなるし、更に悪くなるだろう」
「悪く? どう言う事ですか?」
「高級傷薬を幾らまで下げるつもりだ?」
「一応、銅貨四十枚は目標ですが?」
「そうか・・」
ギルドマスターは、軽く溜息を吐くと、危険な現状を説明する。
「高級傷薬の最低販売価格は銅貨三十枚だ。これにギルドの運営費や、全ての種類の薬を作るために在籍する薬師の賃金が加味される」
「そうですね」
「結果として、実売価格は銅貨六十枚だ」
私は顔を顰める。
「これだけなら問題はない。いや無いわけじゃないがまだ何とかなる」
「他に何かあると言うのですか?」
「トロナ、お前なら銅貨四十枚の高級傷薬と、銅貨三十枚の傷薬どっちを買う?」
「っ!?」
「しかも今も薬不足で、販売価格を見直す可能性がある」
高級傷薬より、傷薬が高くなってしまうと、ギルドマスターは言っているのだ。
「薬市場の崩壊・・。これは容易に見過ごせる問題ではない。薬師全体に関わってくる事だからな」
「わ、分かります」
薬市場全体が抱える問題に、顔から血の気がなくなるのが自分でも分かったほどだ。
「では、どうしろと・・?」
「最高級傷薬の委託を頼みたい」
「ま、待って下さい! それはあんまりです。ユニオンを潰すつもりですか!」
「そんなつもりは毛頭ない。が、そう取られても仕方のない措置だとは思う」
ギルドマスターの言葉に、私は呆然と立ち尽くすしかなかった。




