ユニオンへようこそ
【ユニオンへようこそ】
薬師ギルドのギルドマスターは、部下からの報告書を机の上に放り投げる。
「そうか・・。分かった、下がって良い」
一礼して執務室を出て行く後姿に、溜息を吐く。
「あいつらに高級傷薬を委託して、約一ヶ月か。冒険者ギルドに、五倍の報酬で回復薬の依頼が出ているのは知っていたが、あまり集まっていないと聞いていたがな・・」
報告書に書かれた、販売価格は小銅貨五十枚とある。
「信じられん。これでユニオンとしてやっていけているのか? ギルドの最低価格が小銅貨三十枚だぞ? 実売が六十枚と言うのに?」
薬師ギルドは、冒険者ギルドと特別な契約を結んでおり、色々な薬草を優先的にもらう事ができる。
当然、それ相応の依頼料が発生し、結果として実売が小銅貨六十枚と言う価格だ。
最低価格というのは、オプファのユニオンのように、薬の種類を厳選し、人を減らし、ギルドの運営費を削った場合なら、と言う計算での価格が銅貨三十枚である。
「まだ下がるとしたら、これは由々しき事態に発展するぞ」
町長から、再び業務改善を命じられるでは済まされない事態になる。
現時点でもワンランク下の傷薬が、銅貨三十枚で販売されている。
「もし薬草不足で、これ以上薬の価格が上がり、向こうの薬の価格が下がる事になれば・・」
高級傷薬と傷薬の価格が同じ・・。薬市場の崩壊を意味する。
「早急に手を打つ必要があるな・・」
今後の対策を緊急に考え、トロナを呼び出さなくてはならない。
メインズは、僕と二人で薬草採取をしながら、色々な事を聞いてくる。
「商業ギルドに確認したが、これから向かうはずのバーシスの町まで、結構距離があるみたいだな。どうやって帰るんだ? ・・いや、そもそもどうやって来たんだ? やはり馬車か? 徒歩・・と言う事は無いよな?」
「行き帰りの手段は、後ほど見せます。きっと驚きますよ」
僕の自信たっぷりの笑顔に、あっさりと納得する。
「そうか。いや恥ずかしい話だが、家があまり高く売れなくてな。町を離れると言う噂もあって買い叩かれた感じだ。それに薬草採取で蓄えも少なくて・・すまん」
「そういう人たちのためのユニオンですから」
メインズにこれ以上の心苦しさを感じて欲しくなく、心配要りませんと念押しする。
「メインズさんの準備が出来次第、出発したいと思います」
「分かった。もう一日二日で全ての片がつくと思う」
「無理はしなくて良いですからね。誰かに犠牲を強いると言うのは、ユニオンの考えに反しますから。まあ幾ら言っても聞かない人はいるんですがね」
オプファの苦笑いに、メインズは、君自身がそうなのではないか、と思う。
人を助けると言う事は、ある意味自分を身代わりにすると言う事だ。
ありとあらゆるものを犠牲にするという覚悟が必要だ。それを厭わない精神が必要だ。
ただ犠牲を犠牲と感じないと言う覚悟や精神である。
二日後、二人揃って鉱山の町を後にする。
一時間ほどは、バーシスの町やユニオンの事などを話しながら進む。
メインズは、馬車との合流地点に向かっていると考えているようだ。
丁度話の切れ目で、メインズに話しかける。
「メインズさん」
「うむ?」
「ユニオンに参加してくれて、本当にありがとうございました」
「何だ、改まって?」
「本当に約束します。これから起こる事で、あなたを傷つける事はありません」
「傷つける? 一体何の話をしているんだ?」
どれだけ信頼関係があろうと、ドラゴンゲートは驚くのは間違いない。
「これから魔方陣と竜が現れ呑み込まれますが、単なるエフェクトです」
「はぁ!? 魔方陣に竜? エフェクト? 一体何を・・」
その瞬間、自分たちの前に魔法陣が現れる。
「えっ!?」
メインズが驚いている間に、魔法陣が展開し、竜が現れ、僕たちを呑み込む。
「おおぉわぁ!?」
目を瞑り、両手で顔を庇う姿のまま固まっているメインズに声を掛ける。
「メインズさん、大丈夫ですか?」
「むっ!?」
声に弾かれたかのように、全身を調べている。
「・・幻覚・・か? 馬鹿な!? 洞窟だと!?」
自分の身体に何もない事が分かると、周囲を見て驚く。
先ほどまで空の下の街道を歩いていたのに、今は洞窟の中に立っているからだろう。
「・・竜の腹の中・・か?」
「ぷっ」
初めて僕が、ダンジョンゲートに喰われた時の事を思い出して、思わず噴出してしまう。
「違います。ここはダンジョンの中、一階層の入り口です」
「・・ダンジョン? 一階層の入り口? 何を言っているのだオプファ?」
呆然として問い掛けるメインズに、先ずはダンジョンから出る事を勧める。
「ちゃんと説明しますから、ダンジョンから出ませんか?」
「そう・・だな。そうしよう」
ちゃんと説明される事を期待する目で、僕を見ながら後を付いて来る。
「馬鹿な!? や、山が・・鉱山がない!?」
外に出たら出たで、自分の想像していた現状と明らかに違う事に混乱する。
「このダンジョンは、バーシスの町に最も近いダンジョンです」
「なっ!? バーシスの町だと・・」
メインズは今までに与えられた情報を整理するかのように、視線をめまぐるしく動かす。
「魔方陣・・、竜・・のエフェクト? 一瞬で違う場所・・。まさか転送系の魔法か?」
「正解です・魔法ではなく、能力ですけどね」
驚いた顔を、僕の方に向けて言ってくる。
「この能力があれば、商人として大成功を収めるだろう」
「僕は・・、薬を少しでも安く、広く売りたいんです。その手段のために能力を使いますが、この能力を使う事が目的ではありません」
「おいおい。宝の持ち腐れだぞ?」
苦笑いで、僕の方を力強く、それでいて暖かく叩いてくれる。
「この能力の事は、商業ギルドのギルドマスターしか知りません」
「むっ!? そんな大切な事を、俺に教えても良かったのか?」
僕はずっと前から囚われていた思いを、メインズさんに吐露する。
「何時かこの能力がバレて、逃げ隠れしなくちゃいけない時期が来るかもしれません」
「・・・」
商人だけだろうか、この能力を欲しがるのは?
権力者や犯罪者、至る所で、この能力は欲しがるだろう。
「何時までこの能力を使い続けられるか分かりません」
何よりもセイテンが全てを終え、僕が幸福の絶頂になった時、僕は消えてしまう。
「その時は、ユニオンをお願いします」
「っ! オプファ! お前、そのために俺に見せた・・、教えたんだな」
「はい、その通りです」
薬草採取のメインズと、薬師のトロナが居れば、最低限ユニオンはやっていける。
「馬鹿・・野郎・・が」
僕の手で止まったメインズの手が、そのまましっかりと肩を抱くように変わる。
「期待してくれるのはありがたいが、お前もお前で居られるよう努力しろ」
「・・はい」
二人はそのまま、何かを話すでもなくバーシスの町へと向かう。
先ずはユニオンを見てもらうために、自宅兼工房へと案内する。
「随分と・・でかい家だな・・。まあ、あれだけの取引していれば可能か・・」
途中で能力は秘密と伝え、皆には旅団との取引としていると説明していたので、メインズもそれに合わせてくれている。
「僕としては、ユニオンを軌道に乗せてしまえば、薬草採取に専念したいんですよ」
「・・本当に宝の持ち腐れだな」
メインズは、呆れたように、しかし笑顔で呟く。
「では、中に入りましょう」
「そうだな」
二人して中に入ると、トロナが出迎えてくれる。
「オプファ、お帰りなさい・・、お客さん?」
「ただいま。違うよ、鉱山の町で働いていたメインズさん。新しくユニオンに参加してくれるんだ」
「へぇー、良かったわね。始めまして。薬師のトロナと言います」
「メインズだ、よろしく頼む」
「でも鉱山の町って、だいぶ遠いですよね? どうやって此方まで?」
その言葉に、僕の体がピタリと止まり、冷や汗がダァーッと流れる。
それを見たメインズは、目で僕に話しかけてくるのが分かる。
「(お前、それぐらい考えて置けよ!)」
「(す、すみません・・)」
アーとかウーとかしか言えない僕に、メインズが助け舟を出してくれる。
「鉱山の町で働いていたんだが、身体を痛めてな。薬草採取をしている内に、旅団の荷物運びになって、オプファに出会って、ヘッドハンティングされたんだよ。なっ!」
そう言ってバン!と力いっぱい肩を叩くと、オプファは首振り人形のように頷いている。
「ご苦労されたんですね」
トロナの方も上手く誤魔化せたようで、何よりである。
首振り人形と貸した、挙動不審なオプファは、商業ギルドに取引商品を買い取ってもらうと言って逃げた。
薬師のトロナに、自己紹介とユニオン内の説明を頼んで。
「(あいつ大丈夫か? ここ一番でポカをやりそうだが? それともこの少女の前だけか? それなら良いが・・)」
メインズは、内心そんな事を思いながら、ユニオンの説明を受ける。
「ユニオンを入ってすぐが、薬作りの工房です。色々な物がが混じらないように壁を隔てていますが、向こう側が生活空間で、トイレ、お風呂、ダイニング、台所があり、ユニオンのメンバーが共同で使います」
「風呂があるのは凄いな」
ギルドだろうが、ユニオンだろうが、仕事を終えて、自宅に戻ってから風呂が普通だ。
風呂自体も、湯を沸かして身体を拭くのが精一杯で、湯船に浸かるなど一週間に一度あるかどうか。
「一番奥が、主人の部屋と貴重品置き場を兼ねています」
「当然だな」
大切な薬草や、納入前の薬は別にすべきだし、主人の部屋に置いておくべきだろう。
「何故かその役割を、私が担っています」
「・・はぁ!? この家は君のかい? てっきりオプファ君のかと・・」
「はい、間違いなくオプファのです・・」
「何故・・かな?」
「自分は薬草採取で居ないから、だそうです・・」
「そう、なんだ・・」
何か間違っているのだが、どこが違うか上手く言えない。
そのまま二階へ上がる。
「二階の半分が、下と同じように薬作りの工房です」
「ふむ、一階と二階に分けているのか。何か理由でも?」
「いいえ。ここを買い取った際に、あまり手を加えすにリフォームしたようなので」
「それなら仕方ないな」
リフォームは何かと金がかかる。
多少使い勝手に無理があっても、経費節減を考えたのだろう。
「で、残り半分が、メンバーの住居区で、六部屋あります」
「・・・はぁ? 何でユニオンメンバーの住居区があるんだ?」
「薬草採取の人々で、一番お金が掛かるのが住まいという事で・・」
「もしかして、この二階広々とした部屋だったんじゃ・・」
「以前はとある商会の倉庫だったようですよ」
メインズは、フラーっと倒れそうになる。
「大丈夫ですか!? メインズさん!」
「うん、大丈夫だ。しかしメンバーのために部屋を用意するなんて・・。あっ、それで共同の風呂と、トイレと、台所か!」
「・・その通りです」
頭を抱えそうになるが、トロナは更に追い討ちをかけてくる。
「六部屋の内どれ使っても良いですよ。オプファも一部屋使ってますが、簡単に交換してくれるはずです」
「・・どれを使っても良い? 待て、待ってくれ。俺もここに住むのか?」
「オプファが戻ってきたら、必需品を買いに行く予定ですよ」
思わず近くの部屋の扉を開けて中を確認する。
部屋の大きさは、一般的な宿屋のものと大して変わらないが、ベッドと、ベッドの頭側の所に机とイスがあり、反対側の壁にはクローゼットと引き出しがある。
「これを幾らで、メンバーに貸すつもりだ?」
流石にこれだけの設備が揃っていれば、それ相応の家賃が取られる。
「メインズさん? 薬草採取の人は一番お金が掛かるのが住居なんですよ?」
「分かっている。だから幾らぐらいだと聞いている」
「ですから、タダですよ?」
「そう、そのくらいは掛かる・・、ダダ?」
薬草採取しか能の無い自分が、この部屋を借りるだけの仕事が出来るかと悩んだのに、タダという言葉に、もう一度部屋を見る。
「ありえんだろう・・」
「私もそう思いますけど、それで良いんだって、この家を買ってリフォームしたんです」
馬鹿ですよねぇ、というトロナの表情が、仕方ないんですと笑っている。
ギルドには寮もあるが、給料から多かれ少なかれ天引きされている。
ましてやユニオンなど、小さな組織にとっては、大切な収入になるはずだ。
それをタダで、これだけの設備の部屋を貸し出すという。
「確かに、馬鹿だな・・」
「はい、大馬鹿者だと思います」
二人は顔を見合わせて、苦笑いする。
何とか商業ギルドへ逃げ込むと、一安心から詰めていた息を吐き出す。
「大丈夫? 何があったの?」
「な、何でもありません。大丈夫です。本当に大丈夫ですから」
エムファスにもおかしな事で疑いを持たれないようにと、気持ちを切り替える。
「で、今日は何の用かしら?」
「今回の商いの・・商品の・・引取りを・・」
だんだん自分の声が小さくなるのが分かる。
反して、エムファスの笑みが、徐々に凶悪なものに変わっていくのも。
「胡椒と・・、砂糖は、あるわよね?」
「は、はいぃぃ!」
前回と同量の胡椒と砂糖を、パパッと取り出す。
満足したのか、エムファスの表情が普通の笑顔に戻る。
「あと今回は金属があるんだったけ?」
「そ、そうです。お願いできますか?」
若干・・いや、かなり引き気味に、四箱出して下手にお願いする。
「勿論よ、まあ青銅はあまり良い値は付かないけど、鉄なら良い値になるわよ」
「えっ!?」
エムファスの言葉に、思わず驚きの声を上げてしまう。
彼女はその驚きの声に、何かを感じてしまったようだ。
「オプファ君? 今の えっ!? には、どんな意味があるのかなぁ? お姉さん知りたいなぁ」
「そ、それは・・」
「青銅は安い、にかなぁ? それとも鉄までの金属しか名前を挙げなかったことにかなぁ? どっちぃ? それとも他の何かぁ?」
ゆーっくりと箱に手を伸ばすエムファに対して、バッと全身で箱の蓋を押さえる。
「何でもありません。間違えました。こっちは・・その、そう、ゴミです。ゴミが入っています!」
「オープーファー君? いずれ分かっちゃう事だよ?」
箱に伸びていた手が、僕の頭をがっしりと掴み、そのまま上へと持ち上げていく。
「いだだだだぁぁー、堪忍して下さい!」
不穏な空気を感じ取った、他の職員たちが集まって、ブレイク、ブレイクと言って、二人を一旦離れさせてくれる。
「別に怒っている訳じゃないのよ?」
「ほ、本当ですか?」
「あまり驚かせる事が多いから、ちょっとお姉さんプチッとしちゃっているだけ」
「それを怒っているって言うんですよ!」
周りの職員も、まあまあと取り成してくれるが、すぐに私の気持ちが分かるわよ、と捨て台詞のエムファス。
仕方なく、どうぞと言って箱を開けさせる。
「ほら鉄じゃなかったでしょ?」
「鋼だと思います、多分こっちの箱はチタンかと・・」
隣の箱を開け、自分が言った通りの物が出てくる。
「思います? 多分? 分かってて言ってるっていうのは、もうバレバレなのよ!」
エムファスはブチッとキレたのか、僕の首を絞め、他の職員に助け出される。
僕の姑息な処世術では、火に油を注ぐだけだった・・
「もう少しあると嬉しいんだけど、こっちの箱も鋼やチタンかしら?」
エムファスの追求に、思わず目を逸らして、無意識に箱に手をかけ仕舞おうとする。
しかしその手を、ガシッと掴まれ、下から睨め上げるように問われる。
「開けても・・、いいかしらぁあ?」
「は、はぃぃいぃぃー!」
思わず直立不動の姿勢をとってしまった。
「やっぱり・・、タグステン鋼じゃない」
箱の中に現れたインゴットを見て、流石に他の職員も目を丸くしていた。
「どうせこっちもでしょう」
ゴンッ!
そう言って、思いっきり蓋を持ち上げると、そのまま閉める・・ではなく、僕の頭の上に振り下ろしてきた。
「うぎゃぁああぁぁ」
床の上でのた打ち回る僕をそっちのけで、現れた金属に全員が目を奪われる。
「ウーツ鋼なんて見るの、何時振りかしらね・・」
木目調の美しい紋様の浮かぶインゴットを見たのだろう。
「しかしとんでもない物を仕入れてきたわね、君は・・って、あれ?」
その時初めて、床の上で転がる僕を見つけてくれた。
聞けば、ランクBまでの殆どの金属は、きちんと流通しており、さほど珍しい訳ではないが、如何せん金属の取れないバーシスの町に入ってくる量が限られているとの事。
普通は直接、店対店で取引され、商業ギルドに入ってくる事は、ここ最近無かったらしい。
町中の鍛冶屋から、ちょくちょくオーダーが入っていたが、大手商会から回してもらうしかなかったとの事だ。
「鋼とチタンは、もう少しあったら助かったんだけど・・」
その言葉に思わず、再び視線をズラしてしまった。その微細な動きを見逃さない。
「あるのね? あるんでしょう! とっとと出しなさい!」
「は、はぃぃぃいいぃぃー!」
流石にタグステン鋼や、ウーツ鋼は不味いと思い、鋼とチタンをもう二箱ずつ取り出す。
「やればできるじゃない」
変な褒め言葉を受けるが、流石にタグステン鋼やウーツ鋼があるとは思わなかったのか、量もこれが限界だろうと思ったのか、それ以上の追求は無く解放してもらえた。
見も心もボロボロになって、ユニオンへと舞い戻っていく。




