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商業ギルドの魔王候補  作者: まる
20/33

ユニオンへようこそ

【ユニオンへようこそ】


薬師ギルドのギルドマスターは、部下からの報告書を机の上に放り投げる。


「そうか・・。分かった、下がって良い」


一礼して執務室を出て行く後姿に、溜息を吐く。


「あいつらに高級傷薬を委託して、約一ヶ月か。冒険者ギルドに、五倍の報酬で回復薬の依頼が出ているのは知っていたが、あまり集まっていないと聞いていたがな・・」


報告書に書かれた、販売価格は小銅貨五十枚とある。


「信じられん。これでユニオンとしてやっていけているのか? ギルドの最低価格が小銅貨三十枚だぞ? 実売が六十枚と言うのに?」


薬師ギルドは、冒険者ギルドと特別な契約を結んでおり、色々な薬草を優先的にもらう事ができる。


当然、それ相応の依頼料が発生し、結果として実売が小銅貨六十枚と言う価格だ。


最低価格というのは、オプファのユニオンのように、薬の種類を厳選し、人を減らし、ギルドの運営費を削った場合なら、と言う計算での価格が銅貨三十枚である。


「まだ下がるとしたら、これは由々しき事態に発展するぞ」


町長から、再び業務改善を命じられるでは済まされない事態になる。


現時点でもワンランク下の傷薬が、銅貨三十枚で販売されている。


「もし薬草不足で、これ以上薬の価格が上がり、向こうの薬の価格が下がる事になれば・・」


高級傷薬と傷薬の価格が同じ・・。薬市場の崩壊を意味する。


「早急に手を打つ必要があるな・・」


今後の対策を緊急に考え、トロナを呼び出さなくてはならない。






メインズは、僕と二人で薬草採取をしながら、色々な事を聞いてくる。


「商業ギルドに確認したが、これから向かうはずのバーシスの町まで、結構距離があるみたいだな。どうやって帰るんだ? ・・いや、そもそもどうやって来たんだ? やはり馬車か? 徒歩・・と言う事は無いよな?」

「行き帰りの手段は、後ほど見せます。きっと驚きますよ」


僕の自信たっぷりの笑顔に、あっさりと納得する。


「そうか。いや恥ずかしい話だが、家があまり高く売れなくてな。町を離れると言う噂もあって買い叩かれた感じだ。それに薬草採取で蓄えも少なくて・・すまん」

「そういう人たちのためのユニオンですから」


メインズにこれ以上の心苦しさを感じて欲しくなく、心配要りませんと念押しする。


「メインズさんの準備が出来次第、出発したいと思います」

「分かった。もう一日二日で全ての片がつくと思う」

「無理はしなくて良いですからね。誰かに犠牲を強いると言うのは、ユニオンの考えに反しますから。まあ幾ら言っても聞かない人はいるんですがね」


オプファの苦笑いに、メインズは、君自身がそうなのではないか、と思う。


人を助けると言う事は、ある意味自分を身代わりにすると言う事だ。

ありとあらゆるものを犠牲にするという覚悟が必要だ。それを厭わない精神が必要だ。

ただ犠牲を犠牲と感じないと言う覚悟や精神である。


二日後、二人揃って鉱山の町を後にする。






一時間ほどは、バーシスの町やユニオンの事などを話しながら進む。

メインズは、馬車との合流地点に向かっていると考えているようだ。


丁度話の切れ目で、メインズに話しかける。


「メインズさん」

「うむ?」

「ユニオンに参加してくれて、本当にありがとうございました」

「何だ、改まって?」

「本当に約束します。これから起こる事で、あなたを傷つける事はありません」

「傷つける? 一体何の話をしているんだ?」


どれだけ信頼関係があろうと、ドラゴンゲートは驚くのは間違いない。


「これから魔方陣と竜が現れ呑み込まれますが、単なるエフェクトです」

「はぁ!? 魔方陣に竜? エフェクト? 一体何を・・」


その瞬間、自分たちの前に魔法陣が現れる。


「えっ!?」


メインズが驚いている間に、魔法陣が展開し、竜が現れ、僕たちを呑み込む。


「おおぉわぁ!?」


目を瞑り、両手で顔を庇う姿のまま固まっているメインズに声を掛ける。


「メインズさん、大丈夫ですか?」

「むっ!?」


声に弾かれたかのように、全身を調べている。


「・・幻覚・・か? 馬鹿な!? 洞窟だと!?」


自分の身体に何もない事が分かると、周囲を見て驚く。

先ほどまで空の下の街道を歩いていたのに、今は洞窟の中に立っているからだろう。


「・・竜の腹の中・・か?」

「ぷっ」


初めて僕が、ダンジョンゲートに喰われた時の事を思い出して、思わず噴出してしまう。


「違います。ここはダンジョンの中、一階層の入り口です」

「・・ダンジョン? 一階層の入り口? 何を言っているのだオプファ?」


呆然として問い掛けるメインズに、先ずはダンジョンから出る事を勧める。


「ちゃんと説明しますから、ダンジョンから出ませんか?」

「そう・・だな。そうしよう」


ちゃんと説明される事を期待する目で、僕を見ながら後を付いて来る。


「馬鹿な!? や、山が・・鉱山がない!?」


外に出たら出たで、自分の想像していた現状と明らかに違う事に混乱する。


「このダンジョンは、バーシスの町に最も近いダンジョンです」

「なっ!? バーシスの町だと・・」


メインズは今までに与えられた情報を整理するかのように、視線をめまぐるしく動かす。


「魔方陣・・、竜・・のエフェクト? 一瞬で違う場所・・。まさか転送系の魔法か?」

「正解です・魔法ではなく、能力ですけどね」


驚いた顔を、僕の方に向けて言ってくる。


「この能力があれば、商人として大成功を収めるだろう」

「僕は・・、薬を少しでも安く、広く売りたいんです。その手段のために能力を使いますが、この能力を使う事が目的ではありません」

「おいおい。宝の持ち腐れだぞ?」


苦笑いで、僕の方を力強く、それでいて暖かく叩いてくれる。


「この能力の事は、商業ギルドのギルドマスターしか知りません」

「むっ!? そんな大切な事を、俺に教えても良かったのか?」


僕はずっと前から囚われていた思いを、メインズさんに吐露する。


「何時かこの能力がバレて、逃げ隠れしなくちゃいけない時期が来るかもしれません」

「・・・」


商人だけだろうか、この能力を欲しがるのは?

権力者や犯罪者、至る所で、この能力は欲しがるだろう。


「何時までこの能力を使い続けられるか分かりません」


何よりもセイテンが全てを終え、僕が幸福の絶頂になった時、僕は消えてしまう。


「その時は、ユニオンをお願いします」

「っ! オプファ! お前、そのために俺に見せた・・、教えたんだな」

「はい、その通りです」


薬草採取のメインズと、薬師のトロナが居れば、最低限ユニオンはやっていける。


「馬鹿・・野郎・・が」


僕の手で止まったメインズの手が、そのまましっかりと肩を抱くように変わる。


「期待してくれるのはありがたいが、お前もお前で居られるよう努力しろ」

「・・はい」


二人はそのまま、何かを話すでもなくバーシスの町へと向かう。






先ずはユニオンを見てもらうために、自宅兼工房へと案内する。


「随分と・・でかい家だな・・。まあ、あれだけの取引していれば可能か・・」


途中で能力は秘密と伝え、皆には旅団との取引としていると説明していたので、メインズもそれに合わせてくれている。


「僕としては、ユニオンを軌道に乗せてしまえば、薬草採取に専念したいんですよ」

「・・本当に宝の持ち腐れだな」


メインズは、呆れたように、しかし笑顔で呟く。


「では、中に入りましょう」

「そうだな」


二人して中に入ると、トロナが出迎えてくれる。


「オプファ、お帰りなさい・・、お客さん?」

「ただいま。違うよ、鉱山の町で働いていたメインズさん。新しくユニオンに参加してくれるんだ」

「へぇー、良かったわね。始めまして。薬師のトロナと言います」

「メインズだ、よろしく頼む」

「でも鉱山の町って、だいぶ遠いですよね? どうやって此方まで?」


その言葉に、僕の体がピタリと止まり、冷や汗がダァーッと流れる。


それを見たメインズは、目で僕に話しかけてくるのが分かる。


「(お前、それぐらい考えて置けよ!)」

「(す、すみません・・)」


アーとかウーとかしか言えない僕に、メインズが助け舟を出してくれる。


「鉱山の町で働いていたんだが、身体を痛めてな。薬草採取をしている内に、旅団の荷物運びになって、オプファに出会って、ヘッドハンティングされたんだよ。なっ!」


そう言ってバン!と力いっぱい肩を叩くと、オプファは首振り人形のように頷いている。


「ご苦労されたんですね」


トロナの方も上手く誤魔化せたようで、何よりである。






首振り人形と貸した、挙動不審なオプファは、商業ギルドに取引商品を買い取ってもらうと言って逃げた。


薬師のトロナに、自己紹介とユニオン内の説明を頼んで。


「(あいつ大丈夫か? ここ一番でポカをやりそうだが? それともこの少女の前だけか? それなら良いが・・)」


メインズは、内心そんな事を思いながら、ユニオンの説明を受ける。


「ユニオンを入ってすぐが、薬作りの工房です。色々な物がが混じらないように壁を隔てていますが、向こう側が生活空間で、トイレ、お風呂、ダイニング、台所があり、ユニオンのメンバーが共同で使います」

「風呂があるのは凄いな」


ギルドだろうが、ユニオンだろうが、仕事を終えて、自宅に戻ってから風呂が普通だ。

風呂自体も、湯を沸かして身体を拭くのが精一杯で、湯船に浸かるなど一週間に一度あるかどうか。


「一番奥が、主人の部屋と貴重品置き場を兼ねています」

「当然だな」


大切な薬草や、納入前の薬は別にすべきだし、主人の部屋に置いておくべきだろう。


「何故かその役割を、私が担っています」

「・・はぁ!? この家は君のかい? てっきりオプファ君のかと・・」

「はい、間違いなくオプファのです・・」

「何故・・かな?」

「自分は薬草採取で居ないから、だそうです・・」

「そう、なんだ・・」


何か間違っているのだが、どこが違うか上手く言えない。




そのまま二階へ上がる。


「二階の半分が、下と同じように薬作りの工房です」

「ふむ、一階と二階に分けているのか。何か理由でも?」

「いいえ。ここを買い取った際に、あまり手を加えすにリフォームしたようなので」

「それなら仕方ないな」


リフォームは何かと金がかかる。

多少使い勝手に無理があっても、経費節減を考えたのだろう。


「で、残り半分が、メンバーの住居区で、六部屋あります」

「・・・はぁ? 何でユニオンメンバーの住居区があるんだ?」

「薬草採取の人々で、一番お金が掛かるのが住まいという事で・・」

「もしかして、この二階広々とした部屋だったんじゃ・・」

「以前はとある商会の倉庫だったようですよ」


メインズは、フラーっと倒れそうになる。


「大丈夫ですか!? メインズさん!」

「うん、大丈夫だ。しかしメンバーのために部屋を用意するなんて・・。あっ、それで共同の風呂と、トイレと、台所か!」

「・・その通りです」


頭を抱えそうになるが、トロナは更に追い討ちをかけてくる。


「六部屋の内どれ使っても良いですよ。オプファも一部屋使ってますが、簡単に交換してくれるはずです」

「・・どれを使っても良い? 待て、待ってくれ。俺もここに住むのか?」

「オプファが戻ってきたら、必需品を買いに行く予定ですよ」


思わず近くの部屋の扉を開けて中を確認する。


部屋の大きさは、一般的な宿屋のものと大して変わらないが、ベッドと、ベッドの頭側の所に机とイスがあり、反対側の壁にはクローゼットと引き出しがある。


「これを幾らで、メンバーに貸すつもりだ?」


流石にこれだけの設備が揃っていれば、それ相応の家賃が取られる。


「メインズさん? 薬草採取の人は一番お金が掛かるのが住居なんですよ?」

「分かっている。だから幾らぐらいだと聞いている」

「ですから、タダですよ?」

「そう、そのくらいは掛かる・・、ダダ?」


薬草採取しか能の無い自分が、この部屋を借りるだけの仕事が出来るかと悩んだのに、タダという言葉に、もう一度部屋を見る。


「ありえんだろう・・」

「私もそう思いますけど、それで良いんだって、この家を買ってリフォームしたんです」


馬鹿ですよねぇ、というトロナの表情が、仕方ないんですと笑っている。


ギルドには寮もあるが、給料から多かれ少なかれ天引きされている。

ましてやユニオンなど、小さな組織にとっては、大切な収入になるはずだ。


それをタダで、これだけの設備の部屋を貸し出すという。


「確かに、馬鹿だな・・」

「はい、大馬鹿者だと思います」


二人は顔を見合わせて、苦笑いする。






何とか商業ギルドへ逃げ込むと、一安心から詰めていた息を吐き出す。


「大丈夫? 何があったの?」

「な、何でもありません。大丈夫です。本当に大丈夫ですから」


エムファスにもおかしな事で疑いを持たれないようにと、気持ちを切り替える。


「で、今日は何の用かしら?」

「今回の商いの・・商品の・・引取りを・・」


だんだん自分の声が小さくなるのが分かる。

反して、エムファスの笑みが、徐々に凶悪なものに変わっていくのも。


「胡椒と・・、砂糖は、あるわよね?」

「は、はいぃぃ!」


前回と同量の胡椒と砂糖を、パパッと取り出す。


満足したのか、エムファスの表情が普通の笑顔に戻る。


「あと今回は金属があるんだったけ?」

「そ、そうです。お願いできますか?」


若干・・いや、かなり引き気味に、四箱出して下手にお願いする。


「勿論よ、まあ青銅はあまり良い値は付かないけど、鉄なら良い値になるわよ」

「えっ!?」


エムファスの言葉に、思わず驚きの声を上げてしまう。

彼女はその驚きの声に、何かを感じてしまったようだ。


「オプファ君? 今の えっ!? には、どんな意味があるのかなぁ? お姉さん知りたいなぁ」

「そ、それは・・」

「青銅は安い、にかなぁ? それとも鉄までの金属しか名前を挙げなかったことにかなぁ? どっちぃ? それとも他の何かぁ?」


ゆーっくりと箱に手を伸ばすエムファに対して、バッと全身で箱の蓋を押さえる。


「何でもありません。間違えました。こっちは・・その、そう、ゴミです。ゴミが入っています!」

「オープーファー君? いずれ分かっちゃう事だよ?」


箱に伸びていた手が、僕の頭をがっしりと掴み、そのまま上へと持ち上げていく。


「いだだだだぁぁー、堪忍して下さい!」


不穏な空気を感じ取った、他の職員たちが集まって、ブレイク、ブレイクと言って、二人を一旦離れさせてくれる。


「別に怒っている訳じゃないのよ?」

「ほ、本当ですか?」

「あまり驚かせる事が多いから、ちょっとお姉さんプチッとしちゃっているだけ」

「それを怒っているって言うんですよ!」


周りの職員も、まあまあと取り成してくれるが、すぐに私の気持ちが分かるわよ、と捨て台詞のエムファス。


仕方なく、どうぞと言って箱を開けさせる。


「ほら鉄じゃなかったでしょ?」

「鋼だと思います、多分こっちの箱はチタンかと・・」


隣の箱を開け、自分が言った通りの物が出てくる。


「思います? 多分? 分かってて言ってるっていうのは、もうバレバレなのよ!」


エムファスはブチッとキレたのか、僕の首を絞め、他の職員に助け出される。


僕の姑息な処世術では、火に油を注ぐだけだった・・


「もう少しあると嬉しいんだけど、こっちの箱も鋼やチタンかしら?」


エムファスの追求に、思わず目を逸らして、無意識に箱に手をかけ仕舞おうとする。

しかしその手を、ガシッと掴まれ、下から睨め上げるように問われる。


「開けても・・、いいかしらぁあ?」

「は、はぃぃいぃぃー!」


思わず直立不動の姿勢をとってしまった。


「やっぱり・・、タグステン鋼じゃない」


箱の中に現れたインゴットを見て、流石に他の職員も目を丸くしていた。


「どうせこっちもでしょう」



ゴンッ!



そう言って、思いっきり蓋を持ち上げると、そのまま閉める・・ではなく、僕の頭の上に振り下ろしてきた。


「うぎゃぁああぁぁ」


床の上でのた打ち回る僕をそっちのけで、現れた金属に全員が目を奪われる。


「ウーツ鋼なんて見るの、何時振りかしらね・・」


木目調の美しい紋様の浮かぶインゴットを見たのだろう。


「しかしとんでもない物を仕入れてきたわね、君は・・って、あれ?」


その時初めて、床の上で転がる僕を見つけてくれた。


聞けば、ランクBまでの殆どの金属は、きちんと流通しており、さほど珍しい訳ではないが、如何せん金属の取れないバーシスの町に入ってくる量が限られているとの事。


普通は直接、店対店で取引され、商業ギルドに入ってくる事は、ここ最近無かったらしい。

町中の鍛冶屋から、ちょくちょくオーダーが入っていたが、大手商会から回してもらうしかなかったとの事だ。


「鋼とチタンは、もう少しあったら助かったんだけど・・」


その言葉に思わず、再び視線をズラしてしまった。その微細な動きを見逃さない。


「あるのね? あるんでしょう! とっとと出しなさい!」

「は、はぃぃぃいいぃぃー!」


流石にタグステン鋼や、ウーツ鋼は不味いと思い、鋼とチタンをもう二箱ずつ取り出す。


「やればできるじゃない」


変な褒め言葉を受けるが、流石にタグステン鋼やウーツ鋼があるとは思わなかったのか、量もこれが限界だろうと思ったのか、それ以上の追求は無く解放してもらえた。




見も心もボロボロになって、ユニオンへと舞い戻っていく。





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