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商業ギルドの魔王候補  作者: まる
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薬草集めの冒険者

【薬草集めの冒険者】


草原の中を時折、茶髪の頭が出たり入ったりしている。


顔つき、体つきから見れば、少年から青年への移行の時期の年頃だろうか。


髪の毛と同じ色の茶色い瞳をキョロキョロと見渡して、目的の場所に移動しては体を沈めて、何やらゴソゴソとする。


そんな彼の目に留まった一本の草・・


「この薬草は、茎には効能があまりないから・・」


そう心で呟くと、丁寧に葉の根元から小刀でスパスパっと切り取っていく。


四つん這いになったそのままの姿勢で周囲を見回す。

他の薬草を見つけると、そのままの姿勢で進んでいく。


辺りに薬草が見つけられなければ、立ち上がり薬草がありそうな場所の目星をつける。


「こいつは茎がちょっと地面に入っているけど、葉だけ取るとすぐに効能が消えちゃうから、茎ごと・・、でも出来るだけ茎を残してっと」


採取が終われば、立ち上がり、数歩場所を移動して、再び屈んで薬草を探す。


「あっ!? この薬草、やっと生えてきたんだ・・。こいつは根に高い効能があるんだよなぁ。でもこの辺で見かけていないから、もうちょっと待った方が良いかな?」


薬草を採取しては立ち上がり、少し移動して探しては、屈んで採取を繰り返す。


「こっちは葉だけでオッケー、こっちも葉だけで。おっ!? コイツの群生しだしたんだ。半分ぐらいなら根を貰らっても大丈夫かな?」


次の採取を考え、他の人が採取する分を残し、自然の恵みを奪い過ぎない。

薬草の効果に沿って、出来るだけその効果を失わないよう丁寧に採取していく。


しばらくそんな時間を過ごした後、立ち上がって腰を伸ばす。


「ふうぅ・・、今日はこんなもんかな?」


沈み始めた太陽と、今日採取した薬草を見比べながら、そう独りごちる。




時間を計るすべを持たない僕や、多くの人々は、古くに習って、日の出と共に働き始め、日の入りと共に休むのが常である。


では何故、時間を気にしなくてはいけないのだろうか?

それには、ちゃんとした理由がある。


この世界にはモンスターと呼ばれるモノが存在するからだ。

モンスターの行動は、種によって昼行動するもの、夜行動するものが存在する。

夜行性のモンスターは、日中を中心に動く人間にお構いなく行動し大敵となる。


昼間働き、夜は寝るという基本行動の人間が、眠る事なく、夜の不寝番をすると言うのは身体への負担も大きく、非常にきつい仕事である。

また昼間働く事に適した目は、光の無い夜の闇を見通すことは難しい。


昼夜問わず、少ない人数で外敵から身を守るために、村や町の周囲に何らかの防御壁を築くのは当たり前となっている。


特に大きな町では、高く頑丈な城壁を築き、夜間は城門を閉め、夜活動するモンスターから町を守っている。

城門というのは、非常時のために閉める事は容易に出来るようになっているが、反対に開けるのは大変重労働と言うものが多い。

そのため夕方閉じられた門は、次の日の朝まで開けられる事はない。


そして城門は、先ほどの夜対策として、日が沈む前後に閉められる。

とは言え、何らかの合図もなしにいきなり門を閉められては、困る事もあるだろう。


そこで割りと大きな町では、公共サービスの一環として、日時計、水時計、砂時計、燃焼時計など、複数の時を図る道具を使い、一定の時間に鐘を鳴らして知らせてくれるようになった。


しかし外に出ていれば、鐘の音が届かない事もあるし、町までの距離によっては、鐘の合図では遅い事もある。


そのために町から締め出されないように、僕や外に居る人々は、日の高さから、城門が閉まる時間を逆算して、作業を打ち切って帰路に着くのだ。






町に近づくと、城門の警備を担当する衛兵から、声をかけられる。


「ようオプファ。お帰り! 今日の収穫はどうだった?」


このバーシスの町に来て日は浅いとは言え、毎朝毎夕挨拶を交わせば馴染みにもなる。

彼はもっと遠くの村で、兄弟は居らず、両親と三人で暮らしていた。






人殺しの薬草・・薬草なのに人を殺す、そんな事があるだろうか?


両親は流行り病で三ヶ月ほど前に亡くなっている。

その流行り病は、近隣の村々でも発生していており、両親以外にも多くの人が罹っていた。


流行り病には、特効薬となる薬草が存在していた。


その薬草は割と良く見かけるもので、その流行病以外には効果がなかったため、雑草として放っておかれる事が多かった。


流行り病の流行る年の数年前から、その薬草が忽然と姿を消す。

雑草扱いなので誰も気がつかなかった。


流行り病の特効薬は皆知っており、その素材となる薬草も・・。しかし何処にも存在しない薬草。

薬草があると、その流行り病が抑えられるのか、流行り病の前兆でその薬草が消えるのか? それは誰にも分からない。


もしかしたら先祖の言い伝えに耳を傾けなかった、神の罰なのだろうか?


オプファの村では、八割近くの人が亡くなった。

薬草や特効薬を持っている村もあったが、オプファの村や他の村を救うために薬を出すのを渋った。

勿論、自分の村を守るために・・それは仕方のない事だろう。


残った村の人たちと近隣の村が助け合えば、村の復興は可能だったかもしれない。


しかし近隣の村とは、ギスギスした関係になってしまった。

片方は見捨てられ、片方は見捨てた村と言う関係だけが残ったのだから。


村同士の助け合いは立ち消え、連絡すら取らず、疎遠になりってしまった。

残った村人では、村を維持できず、近い内に消えると思われた。


何処にでも生えているはずの雑草の如き薬草が、人命と村の未来を奪ったのである。




オプファは持ち物を整理して、有り金を持って、冒険者になるために村から一番近い、このバーシスの町で冒険者ギルドで、冒険者の登録をした。


そして日々の生活は苦しくても、できる限り薬草採取の依頼だけを受けていた。

両親のために、必要な薬の素となる薬草が手に入らなかったから・・


「(もっと沢山の薬があれば、もっと多くの人が救えるはずだ)」


冒険者ギルドでも、薬草採取の依頼は報酬も安く、ランクも上がらないため不人気だ。


「(皆には皆の生活がある・・。せめて僕だけでも・・)」


それを知ってから彼は、前にも増して薬草採取に精を出していた。


役に立たない薬草はない。

両親の死からそれを学んでおり、どのような薬草も軽んじる事なく集めるようにする。


勿論、彼一人で採取できる量と言うのは限られている。

それでも彼は手を休める事はしない。止めればそれだけ薬が手に入らなくなるから。






オプファと呼ばれた少年は、衛兵の問いに、薬草採取の成果を告げる。


「うーん、今日はまあまあかな?」


不思議な事に、ありとあらゆる薬草は、取っても取っても次の日には葉が生えている。

茎ごと取ったとしても、やはり二、三日すれば元のように生えている。

ただ根っこごと採ってしまうと、しばらくの間は生えなくなってしまうのだが。


それを知らない新人の冒険者や、せっかちな冒険者が、薬草の生えている場所一体を丸裸にしてしまった事があった。


初めの頃はその光景に、唖然とし、もうどうしようもないと悲嘆に暮れた事があった。

しかし少しずつ周辺の薬草から足されるようで、いつの間にか回復していた姿に、恥ずかしながら涙してしまう。


「(あの時は、本当に焦ったよなぁ・・)」


薬草採取に行ったら、その場所は雑草さえないほどの状況だったのだ。


根付いている部分と、生えている茎の部分、引っ張った場合、どちらが弱いかと言えば、当然茎や手に近い部分で、普通に草を引っ張れば、ブチッっと根は残るはずである。


丸裸の状態を見て考えられるのは、土系の魔法で一気に掘り返した事ぐらいである。


その日は仕方なく場所を変えて、いつものように薬草採取をして、冒険者ギルドに戻ったのだ。


それとなく職員に話をすれば、薬草も雑草も土も入り混じって、山のように持ち込んだ人物が居り、職員はそれとなく気にしていたと言う。


自然に生える薬草は誰のものでもない。丸坊主にされたからと言って責める道理はない。

草原の状況を聞いた職員に、平謝りされてしまった事を思い出し苦笑いを浮かべる。


「うん? どうかしたのか?」

「いえいえ、何でもありません。ちょっと昔の出来事を・・」


思い出し笑いを見咎められ、何でもないと答えながら、冒険者ギルドへと向かう。







冒険者ギルドの扉をくぐると、いつもの受付の女性から声をかけられる。


「お帰りなさい、オプファさん」

「ただいまです」

「如何でしたか?」

「まあ、何時も通りのボチボチと言ったところですね」


そう言うと、テーブルの上に薬草の束を幾つも重ねていく。

良く見れば分かるのだが、それぞれ重ねられたものは種類が違っている。


「ごめんなさい。こんなに丁寧に分けていただいた上に、沢山の種類を・・」

「逆に言えば、これしか取り得がないもので」


オプファは、はにかみながら頬をかく。


彼の照れくさそうな笑顔を見る度に、ギルドの受付嬢は申し訳なく思う。


薬草採取の依頼の多くは、常時依頼と言い、常に誰でも何時でも採取の依頼がある。

ギルドや冒険者にとって必要となる薬草は、怪我に利く薬の素材でもある。


そのため冒険者ギルドで、薬草採取の際に教えるのは、傷薬の素となる薬草が主な物だ。


一応、どの辺をどうやってと、採取の方法も教えるのだが、持ってこられる薬草は、雑草の入り混じった状態である。

物によっては、半分や一部が千切れていたりする場合もある。


そこからギルドの職員は、まともな薬草だけ選別し、依頼の規定量がこなされているか判断する。


予想通りの想定外の仕事が増えるため、ギルド職員にも薬草採取の依頼は不人気であったりする。


そんな中にあって、オプファただ一人が丁寧な仕事をしてくれる。

一枚ずつ数を増やす数え間違いをして、一回分多くの依頼をこなした報酬を渡すぐらいには。




受付嬢は考える・・


不人気な薬草依頼ではあるが、町の中を見渡せば、解熱、鎮痛、腹痛、頭痛、関節痛、筋肉痛、火傷、擦り傷、咳止め、鼻水の薬、目薬、下剤に下痢止め、嘔気止め、酔い止め、上げれば切がない。


炊事選択と水仕事の多い女性は、あかぎれになり易く、その薬草も取ってくれば喜ばれる。

今は必要とされない、オプファから両親と村を奪った流行り病の薬草も今は採れる。


共通や代用の効く物もあるが、基本はそれぞれに使われる素材は違う。


それなのに薬草採取の依頼は、薬草と言う一括りな上に、どの種類を集めてきても依頼料は同じである。


町では薬草が足りない足りないと騒ぎ立てながら、薬草採取に手間と時間をかけても同じ依頼料では、誰が薬草採取をしてくれると言うのだろうか。




「それでは、こちらが本日の依頼料になります」

「はい、確かに。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ。明日もですか?」

「ええ。こちらに寄らず、直接薬草の採取に行きます」


彼は少しでも多くと思ってか、朝はギルドに寄る事なく町の外へと向かう。


「宜しくお願いしますね!」


ギルドを出て行く、オプファの後姿に声がかけられる。




受付嬢は彼の後姿を思う・・


確かに討伐と言った仕事も大切であるし、華々しい成果のように感じるのだろう。


モンスターは何処から湧き、人々や家畜、村々を襲う。

定期的な討伐が必要で、繁殖力が強いモンスターに対しては常時依頼さえ存在する。

弱い自分たちに成り代わって、命がけでモンスターを退治してくれる。


正に目に見える形で、自分たちを未曾有の危機から救ってくれるヒーローだ。


命がけの仕事こそ冒険者と、薬草採取と軽んじる人もいる。

しかし日常生活を動かすのは普通の人々であり、ああ言いう人が町やギルドを陰ながら支えるのだと。


実際に町の人たちの、日々を支えるのは、縁の下の力持ちに他ならない。






オプファは、若干暖かくなった懐に手をやりながら考える。


「(もう少し効率的に、薬草採取が出来ればなぁ・・)」


一日中地面に這いつくばって、土にまみれ、他の冒険者からの陰口を聞き流し、薬草採取する彼の思いは、尚多くの量を、であった。


彼とて宿に泊まり、食事をするので、少しでも収入が増えれば生活が楽になるとは思う。

が、それよりも・・


「(この歳で、たったあれだけの薬草の量で腰が痛いとか、ありえないよなぁ・・)」


苦笑いしながら腰の辺りを、トントンと叩く。


薬草が人の目から見てパッと分かる所に、採取しやすい所に生えているだろうか? 

やわらかい土の上に生えてくれるだろうか?


そんな事はない。


人のための薬草と言って千切られては、薬草にとって甚だ迷惑な話だろう。


草だって生きているのだ、出来るだけ他の草に紛れる様に生息するし、毒々しい色や棘を持って自衛する種もある。


草との知恵比べではないが、薬草のありそうな所に、中腰になって、砂利だらけの地面に手と膝をついて、雑草を掻き分け、薬草を探していくのだ。


長年の経験で薬草のありそうなポイントは見当がついても、腰への負担、膝への負担は変わるものでも、慣れるものでもない。


「(もっと薬草を採取できれば、薬も安くなって、より多くの人々に行き渡る)」


疲れた、辛い、痛い、楽をしたい、贅沢をしたい、休みたいと考える日もある。

しかし初心の思いである両親の死を、滅びた村の事を胸に、それだけを支えに、オプファはいつも薬草採取に励むのである。





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