家を買ってユニオンを
【家を買ってユニオンを】
前回のこの町の傍のダンジョンのアイテムを売って、手にしたのが金貨百三十枚。
フライシュのダンジョンで買い物の残りが、金貨二百五十六枚。
今の胡椒の買取金額が、金貨二百枚であり、約六百枚弱が手元にある。
これだけあれば、工房付きの家が買えるのではないかと考える。
「エムファスさん」
「ん? 何かしら?」
「僕の持っている資産で、何とか工房付きの家って買えませんか?」
「ちょっと待っててね・・。わぁおぉ!? 金貨六百枚。ねぇ、オプファ君、年上のお姉さんは好み?」
工房付きの家ではなく、自分を売り込みに来た。流石商人の鑑・・
「えっと、そのですね。い、今のところは・・結構です」
「ちっ! 冗談よ」
「い、今・・舌打ちが・・」
「男が細かい事は気にしないの!」
くそーとか、ちくしょーとか、やっぱり若い方が良いのかとか、呪いのように延々と垂れ流されているんですが。
「それで工房付きの家だっけ?」
「はい、そうです」
商業ギルドで押さえている物件のリストを、ぺらぺらと捲っていく。
「ふむふむ。薬師や錬金術師向けのリフォームをしたとして・・、場所は大通りに面していた方が良いとか希望はある?」
「うーん。場所よりも、十人程度が寝泊りできる大きさが良いんですが?」
「十人? ずいぶん人を雇う予定なのね」
流石に今すぐとはいかないのは分かっている。
しかしお金がある内に、物件があるなら押さえて置きたい。
「此処までの大きさになると、大通りには空き物件は無いわねぇ・・。大通りから二本ほど入った所に、一軒あるけどどうする?」
「安全面はどうですか?」
「大丈夫よ。逆に静かで落ち着けると思うわ」
「そうですか・・。見せていただいても?」
「勿論よ」
エムファスに案内され、物件の外や中の説明を受ける。
大通りから二本ほど奥まって入るが、周囲には似たような生産職系の工房が多い。
しかも鍛冶屋ではないので、静かであり、治安も悪くなさそうだ。
「この物件はおいくらになりますか?」
「リフォーム込みで、金貨三百枚を切ると思うわ」
「では、購入します」
「分かったわ。リフォームが終わってからの引渡しになるから」
「はい」
ふと気になった事を聞いてみる。
「ちなみに、指名料は如何ほど入るのですか?」
「・・内緒」
エムファスは視線をずらして、明後日の方向を向いて誤魔化す。
諸々の手続きを終えると、トロナを迎えに薬師ギルドへと向かいながら呟く。
「恐るべし、商業ギルド・・」
商業ギルドにしろ、冒険者ギルドにしろ受付嬢は、対応が柔らかく、親切丁寧であった。
冒険者ギルドはにもあるらしいが、商業ギルドは指名制度がある。
職員の笑顔の下が、全て指名料を得るためとは思いたくないが、明朗会計の一割という。
つまり先ほどの家の購入の場合、エムファスに金貨三十枚の指名料が入る。
聞いた時は目を逸らして誤魔化していたが、いずればれると教えてくれた。
「すべてが懐にって訳じゃないだろうけど・・、笑顔の裏側を見てしまった」
そう言えば、前回のアパートメント探しは幾らだったのだろう・・
薬師ギルドに、調味料の町周辺で採取した、大量の薬草に驚かれながらトロナを待つ。
「おっ!? お帰り」
「うん、ただいま」
そのまま屋台街で夕食を取るが、当然旅の事を根掘り葉掘り聞かれる。
「まあ、何よりも無事で良かったわ」
「ご心配おかけしました」
二人の間に、笑顔がこぼれる。
その流れで、家を買った事を隠しながら、探りを入れてみる。
「ねぇ、トロナ」
「なあに?」
「僕は役に立ってる」
「・・ほへぇ!?」
トロナが串焼きに齧り付いたまま固まる。
「いきなり何を言い出すのよ!?」
「トロナは、少しでも安く薬を売りたいといっていたね。僕も出来るだけ多くの人に薬が行き渡って欲しい。二人の夢は叶っている?」
「オプファ。何か有ったの?」
旅の間に何かあったんじゃないかと、心配してくる。
「あなたが毎日のように、薬草を採取してきてくれるから、ギルドは大助かりよ。傷薬に関して言えば、だいぶ値段が下がっていると思うわ」
「そっか・・。傷薬以外ではどう?」
「不足の薬草を持ってきてくれているから、ギルドの値段は落ち着いているけど、独立した薬師の方はそうもいかないから・・」
「ごめん、独立した薬師って?」
もしかすると、工房に来てもらうために必要なキーワードかもしれない。
「薬師だからと言って、必ずしも薬師ギルドで働かなくちゃいけない訳じゃないのよ」
「ふむふむ」
「自分の店を持ちたい人もいれば、村に帰って村の薬師になる人もいるわ」
「へぇー、そうなんだ」
「でも町で店を持とうとすると、最大手の薬師ギルドがあるわけじゃない?」
「えっ!? ギルドが独立を邪魔するの?」
これは由々しき事態である。
「違う違う、逆よ逆」
「逆・・って?」
「薬師が独立する際に、薬師ギルドから、やりたい薬の製造の委託を受けるのよ」
「委託を受ける?」
「薬師ギルドの製造の一部を、独立した薬師にお願いする形を取るのよ。ギルドに買いに来た人たちに、この店で扱っていますって紹介するの」
「なる程、分業制にしているんだ」
独立した薬師に仕事を与える事が出来、ギルドは他の薬に人員を割ける。
「上手く仕事がバッティングしないように出来ているんだね」
「そこで問題になるのが、ギルドと独立した人との差。何だか分かる?」
「・・分からない。けど、それがさっき言ってた値段と関係するんでしょう?」
「その通りよ」
トロナは軽く溜息をつく。
「ギルドは、薬に必要な材料はギルドで用意してくれるんだけど、独立した薬師は自分で薬草を入手しなくちゃいけないの」
「ああ、それは大きな問題だね」
「自分で取りに行くか、薬師ギルドで買うか、冒険者ギルドに依頼するしかないんだけど・・」
「冒険者ギルドの方では、薬草採取の依頼をこなす人が少ない」
「それだけじゃなくて、依頼は種類が関係ないから、必要なものが揃わない」
「不味いね」
これでは値段の下がりようがない。
「薬師ギルドや商業ギルドでも何とかしようとは考えているんだけど、結局お金の問題に行き着いちゃって、二の足を踏んでいる状況ね」
「そっか・・」
「だからオプファの薬草採取は、とっても役に立っているわけよ。分かった?」
「うん、分かったよ」
二人の夢を叶える上で気になる事がある。
「そう言えば独立した薬師って、薬の値段って勝手に決められるの?」
「うーん、薬師ギルドの役割としては、薬の安定供給と、薬の市場価格の安定と言う責任があるの」
「と言う事は、決められない?」
「ううん、そんな事はないけど、薬師たちの生活を守るために最低価格って言うのが設定されているわ。それ以上なら問題ないはずよ」
「ふむ、なる程」
確かに安くすれば、その分人々の手に渡りやすくなるだろう。
だからと言って、薬師たちの生活が守れなくては意味がない。
「ねぇ、トロナ。薬局ってあるでしょう? 独立した薬師と違うの?」
「ああ、誤解する人多いよね。薬師は薬を作って卸す。じゃあ、卸先は?」
「薬局って事かぁ・・。それで沢山の種類を取り扱えるんだね」
「その通りよ」
町中の薬局は、何種類もの薬が置いてあったにも拘らず、今の話を聞くと、薬師は一種類程度しか取り扱えず、おかしいと思ったのだ。
そして、ついでに思いついた事を聞くと言った感じで、核心に迫ってみる。
「トロナは・・、独立したい?」
「そうねぇ・・。扱う薬は限定されちゃうけど、独立って言う事は一人前の証だし、夢ではあるわね」
「そっか・・。夢が叶うと良いね」
一応トロナの気持ちを確認すると、後はリフォームの完了を待って、ユニオンに誘ってみるだけである。
翌日は商業ギルドに、リフォームの案の調整で行く約束になっている。
「オプファ君、少しはアイデアが固まったかしら?」
「いいえ、僕みたいな素人じゃあ、何も分かりませんよ・・」
「一応叩き台は、今までの経験から作ってあるから。後はオプファ君の直感的なものを聞かせてもらえるかしら?」
「はぁ・・」
直感で家を建てて良いんだろうかと思ったが、エムファスの方が経験量は大きいので黙っている。
「まず建物の外側、通りに面した所以外は庭があったでしょう?」
「はい、覚えています」
「あれは工房つき住宅の場合、万が一火事になった場合、他への延焼を防ぐためでもあるから、建物は建てちゃ駄目よ」
「へぇー、そんな理由があったんですか」
「まあ薬品の異臭とか、物作りの騒音の緩和という建前もあるんだけど、所詮は焼け石に水ね」
「そうなんですか」
肩を竦めるエムファスに、何かを加工する薬品の臭いはきついし、鍛冶屋の音は響くだろうなぁと思う。
「その代わり、草ボウボウでも、庭園でも、薬草園でも構わないわ」
意味深に、にっこりと微笑むエムファス。
「薬草園!? そっか・・、庭に薬草を植えられるのか」
考えてみれば、お金があれば町に土地を買って薬草園を作る事は可能だ。
大量には採取できなくても、安全に、また珍しい薬草を栽培できる。
「庭はその辺にして、建物の中なんだけど、元は大手商会の倉庫兼従業員の寄宿舎だったのよ」
「へぇー」
「内装は見てもらったとおり、一階の奥の方に、休憩スペースとトイレ、三段ベッドの部屋が三つが押し込まれ、あとは倉庫用のスペースね」
「あれはちょっとキツイですよねぇ・・」
「ただで寝泊りできるから、文句は言えないんだけど、オプファ君がそう思うなら、改修した方が良いとなる訳よ」
「ああ、それが直感になるんですね」
自分が嫌だと思っている所に、人は来てくれないだろう。
「オプファ君の要望はどんな感じ?」
「そうですね・・、皆で食べられる台所や食堂のスペースは欲しいかな。出来れば住んでもらう人には個室とお風呂を用意したいです」
「食堂とお風呂は良い案だと思うけど、個室はどうしても住める人数が限られるわよ? 後は工房としてのスペースを削る事にするか」
「例えば二階を半々にするとどうでしょうか」
半分を作業場、半分を居住空間にする事を提案する。
「そうね、一階と二階だけど作業スペースとしては十分かな。ただ個室だと六部屋が良い所だから、十人の予定が六人になるという事を了承してもらえれば何とかなるわ」
「ふむふむ」
「それから提案として、三段ベッドの三部屋をぶち抜いて、オプファ君の部屋にした方が良いと思うの」
「僕の部屋ですか?」
「正確には雇い主の部屋ね。従業員と同じと言う考え方も悪くはないけど、やはり貴重品や重要なものは別に保管した方が良いわ」
「なる程、それは大切ですね」
僕は薬師じゃないから何ともいえないけど、ここは従った方が良いと思う。
「ざっと話し合った事を、形にして、最終確認でOKならリフォームに入るわ」
「分かりました、お願いします」
翌日にはリフォームが開始される。恐るべしエムファス・・否、商業ギルドの受付嬢。
しばらくしてリフォームが完了して、物件の引渡しが終わると、何時もの夕食の時間に、トロナへ打ち明ける事にする。
「なあ、トロナ」
「何? 食べられないものあった?」
広く、数の多い屋台街と言えど、夕食だけとは言え毎日使えば、食べ慣れたものは制覇してしまう。
となるとチャレンジメニューとして、今まで食べた事のない屋台となる。
「違う違う。家を買ったんだ」
彼女の発言に、思わず苦笑いを浮かべながら切り出す。
「ふーん、家をねぇ・・ん? 家ぇぇぇぇ!? か、買ったってどう言う事よ!?」
「お、落ち着いて!? ちゃんと話す、順番に話す、首絞めないで!?」
思わず胸倉を掴んできたトロナを落ち着かせて、家を買うまでの経緯を話す。
「前回の商隊の手伝いで買った物が、以外に値が付いて大儲けできた? それで何とか家が換える資金になったと?」
「そうそう」
「一回の取引で、そんな事があるのかしら?」
「いやいや、それは無理だよ。ほら前回のダンジョンの件の、アイテムの売買で得たお金があった上での事だから」
「ふむぅ・・、不足分を補う程度の利益ならあり得るかしら?」
思いがけない彼女の突っ込みに、大して考えていなかったため回答がシドロモドロになる。
「しかし大きな買い物したわねぇ」
「商業ギルドのエムファスさんが、宿代とか家賃が以外に出費として大きいから、買える時に買った方が良いってアドバイスを貰ってね」
「それはそうよね」
トロナは薬師ギルドの寮にいるため、給料が安くてもやっていけるらしい。
低ランクの冒険者なんかは、日々の収入の殆どが宿代で消えていくのだ。
「そこでトロナ、独立するつもりない?」
「・・はぁ!? 何で私の独立と関係があるのよ!?」
「ほら僕は殆ど家にいないから、家を使ってもらえる人が居ると助かるんだ」
「・・それって、家を買う意味があったの? 無駄じゃない?」
トロナは呆れ顔であるが、何かを探るように聞いてくる。
「いやいや、それなら何も残らない宿屋や借家だって同じだよ? 家の場合は資産として残るからね」
「うむぅ、それは言えるけど・・」
何か期待した答えと違う答えを、聞かされたような感じだ。
「僕は薬草採取、トロナは薬を安く売ると言う夢に近づくと思うんだ」
「いいわ。先ずはどちらにせよ、家を見せてもらいましょうか」
その言葉は尤もなので、家へと案内する。
案内された家の大きさを見て、トロナはあんぐりとしている。
「いやに・・、大きくない? 本当に此処?」
「うん、ここだよ。間違いない」
ここに来るまでトロナの頭の中には、ちょっとした戸建てを想像していたらしい。
「あなた何を考えているのよ・・。こんな大きな家、しかも工房付きなんて・・」
しかしいざ蓋を開ければ、工房付きの十人は寝泊りできる建物で、僕の正気を、本気で疑ったそうだ。
「色々と言いたい事とか、突っ込みたい事とかあるけど、事実は受け止めましょう」
溜息をついて諦めた様子のトロナを、家の中へと案内する。
「それで私に此処を使えと?」
「後々はユニオンハウスにする予定だけど、今のところはそうなるね」
「ユニオンハウス? なる程、それでこの大きさなんだね」
薬草採取から、製造販売を行うユニオンの設立の可能性を、エムファスから聞いていた事を告げる。
「そこでトロナには、ユニオンの一人として引き抜きたいんだ」
「独立の話しが、ここに繋がるわけね」
トロナはウンウンと頷いている。
「分かったわ。明日、薬師ギルドのギルドマスターと相談してみる」
「でも、無理強いはするつもりはないからね。それから管理者として、一階奥の主人の部屋はトロナが使ってね」
「・・はぁ!? この家はオプファのよね?」
「ほら貴重な物とか、大事な物の管理も任せるわけだから」
「うーん、それなら・・良いのかしら?」
「今はそれでスタートして、問題があれば直していこうよ。人数が増えたり、作業場の変更があると、真っ先に潰れる部屋だし」
「まあそう言う事なら・・」
悩みまくるトロナを、初めての事だから手探りで進めようと説得する。
なんやかんやあったが、まずは独立の話しを勧める事になる。
最初トロナの頭の中には、同棲? プロポーズ? きゃー!?って言うものがあったようだが、今は話の大きさに、すっかり鳴りを潜めてしまっていた。




