嘘をつく
【嘘をつく】
どうしてこんな事にと思いながらも、セイテンの勢いに負けた自分が悪いとは思っているのだが・・
『では、手っ取り早くアイテムの発見率アップと、探索と鑑定の能力を確かめてもらうとするか』
「ちょっと待って!? もしかして、今から上級とか最上級の薬の素材を集めるの?」
『あん? 当たり前だろう? それくらいしないと分かるまい?』
「いやいやいや、戦闘になったら・・」
『おいおい。そのための暗黒魔法だろう? ステータスもアップしてあるし、危険回避に、状態異常耐性に、限界突破だってあるだろうが』
セイテンが、何を言っているんだと溜息を吐いている。
「それも全部試せと?」
『どんな能力か、一度は知っておくべきだとは考えるが、今はそこまで望まん。そもそもそれほど強いモンスターが出るのか?』
「確か・・、ランクC相当だっけ? この森はあんまり詳しくないからなぁ」
『何でも良い! とっとと先に進め!』
「わ、分かったよ・・」
オプファは、セイテンに催促されて森の中へと足を踏み入れる。
森の中に入ったは良いが、全く持って何も感じられないし、分からない。
「なぁセイテン・・。まったく分からないんだけど?」
『だから言ったろう? 一度は使って体感しろと』
「セイテンの仰るとおりです」
能力を与えられたからって、使ってみて初めて自分の物になることを痛感する。
『まず最初に探索能力に意識を向けろ』
「どうやって?」
『分からん。その辺は自分なりに努力しろ』
「何という根性論・・」
仕方なく自分は探索能力があると自身に思い込ませたり、探索能力発動とか心で思って、周囲を見渡す。
「あっ!?」
『おっ!? 何か掴んだか?』
「色々な物に反応しているような・・?」
何やら視界に映る全てに対して、『何か有る、居る』という感じがある。
『だったら、薬草やアイテム、モンスターに絞ってみろ』
「分かった・・。・・おお!? だいぶ減ったよ」
言われた通りに絞ると、それが何なのかまでは分からないが、幾つか残される。
『次は鑑定能力を意識しろ。成功すれば何なのかが分かる』
「やってみるよ」
先ほどと同様に、鑑定能力に意識を向けると、薬草から、徐々にどんな薬草かが分かるようになる。
そしてモンスターも・・
「セイテン! モンスターがいる」
『当たり前だろう? 探索能力の欠点は距離が掴めん。どの辺に居るのか、近づいているのか遠ざかっているのか』
「じゃあ如何すれば・・」
無敵と思われた能力には、思わぬ落とし穴が沢山あった。
モンスターが居ると分かっては、おちおち薬草を採取何かしていられない。
『そこで必要となるのが、危険回避という能力だ』
「名前からすると、身に迫る危険に何かしてくれそうだけど?」
『概ねその通りだ。本来はダンジョンなどのトラップ回避なのだが、何かが近づく物にも反応する』
「それならモンスターが居ても、危険回避の反応を待てば良いんだね」
『その場合、魔法攻撃や矢などでは致命傷になりかねない』
「遠距離攻撃は間に合わないか」
いくら反応しても、気づいてからでは避けられない物もある。
『精々一回に一矢、多方向から一斉に攻撃されれば、躱しようがないし、躱した先に何があるかまでは考えてくれん。』
「そっか・・、当たり前といえば当たり前だよね」
『それからもう一つ。同じ人間は危険と反応しない』
「っ!?」
セイテンの言葉に、冒険者ギルドでの出来事と、彼自身という存在の意味を思いだす。
言葉につまる僕を、セイテンは深く追求せずに話を続ける。
『危険は残るが、モンスターに気づくのが不安なら、探索はアイテムのみ、モンスターは危険回避に任せると言う住み分けもありだな』
「そうだね。そうしようかな」
不安は変わらないけど、心の安定のためにも、セイテンの助言に従う。
『それじゃあ次は、アイテム発見率アップを意識しろ。一回きりの奇跡の一瞬を見逃すなよ?』
「えっ!? どう言う事?」
『アイテム発見率アップの発動が成功すれば・・分かる』
セイテンの思わせぶりな言葉を問いただすが、はぐらかされてしまう。
「分かったよ、やってみる。・・・ ・・・えっ!?」
仕方なくアイテム発見率のアップに意識を向けると、セイテンの言った奇跡の瞬間を目の当たりにする。
『見たか? 見たんだな!? 俺様も見た事のない、正に奇跡の一瞬を!』
「何だ・・、今の」
僕の全身に鳥肌が立っている。
「アイテムが・・、増えた?」
探索で、鑑定で、見えていた風景の中のアイテムが、突如として増えたのだ。
『一度だけの奇跡! アイテム発見率アップを意識した時にだけ現れる神秘! ただの雑草が、ただの石ころが、ただのゴミが、アイテムに変化する神の戯れ!』
「何が・・起きたんだ?」
『アイテム発見率アップは、単にアイテムを見つけ易くする能力じゃない。純粋にアイテムを増やしてくれる能力なんだよ』
「そ、そんな馬鹿な・・」
確かに自分の目で見ていた事なのに信じられない。
『アイテム発見率アップは、特別な能力であり、気づく事なく使えてしまう。この奇跡の説明をされていないと、「あっ、またあった」程度で見逃してしまうのさ』
その通りだろう。セイテンに言われなければ、あれ?あったけ、程度で済んだはずだ。
『そして一度能力が発動すれば、常時発動しており、二度と見られない』
「そう・・なんだ」
『さあ折角の奇跡の薬草、天の恵みに感謝して、採取しようじゃないか!』
「そう・・だね」
僕はあまりの出来事に、呆然となりつつも、ノロノロと薬草の採取を開始する。
しばらく薬草を採取していると、何かが近づいてい来る感覚を感じる。
「ん? 何だ? 何かが近づいてくる?」
『おっ!? 危険回避の能力に引っかかる何かがあったって言う事だろう』
「それじゃあ・・」
『探索をモンスターだけに絞った方が良いぞ』
「分かった」
探索能力をアイテムや薬草から、モンスターへと意識を向ける。
「・・ゴブリン。さっきの奴かな?」
『さあ、どうだろう。ゴブリン如き何処にでも居るからな』
「逃げ・・」
『・・るんじゃない。戦え』
「無理無理無理、勝てない、怖いって」
トロナと出会った時の、モンスターとの戦いの恐怖が蘇る。
『ふぅー、分かった分かった。それならば一つ頼みがあるのだが』
「頼み・・って?」
『その足元の石を拾ってぶつけてみろ。痛みに悶えている間に逃げれば確実だし』
「うーん、そうかな? 命中するか分からないし・・」
『頼む、一度だけで良い』
「はぁー、仕方ないなぁ」
セイテンには沢山の力を借りているし、なかなかに断り難い。
足元の石を拾って、全力でゴブリンに投げつける。
ボンッ!
「・・・えっ!?」
自分が投げたとは思えない速度の石が、ゴブリンの体に命中し、爆散させる。
『くっくっくっく・・、分かったろ? 石の速度も、命中も、威力も、全てステータスアップによるものだ』
「・・・・・」
呆然と爆死したゴブリンと、自分の手を何度も見比べる。
『ゴブリン程度、石の投擲で十分。それが今のお前の力だ』
「これが・・、セイテンから借り受けた力・・」
『分かったか?、ならばとっとと薬草採取の続きをしろ』
「えっ!? 戦わなくても良いの?」
『もうその必要はあるまい? お前は戦えるだけの力を自覚した。今は無理に探さなくても、その時に俺様が声をかければ、お前は戦うはずだ』
「そ、そうかなぁ・・」
確かに石を投げれば、ゴブリンを倒せる。この事実は、自分の中で大きく占めている。
今はセイテンの言葉を否定しても、実際にモンスターと出会えば戦ってみようと思うかもしれない。
その思いに眩まされて失念していた、ゴブリンの血の臭いの事を。
セイテンは話術で時間を稼ぐだけで良かった、他のモンスターが血の臭いに誘われるのを。
『それよりも帰る時間を考えろ。出来るだけ薬草を採取した方が良いのだろう?』
「そうだね、急がなくちゃ」
その事に気づくまで、血の臭いに誘われるモンスターを、時には暗黒魔法、時には剣で、時には投擲やその他の方法で倒していく。
夕方、城門が閉まるギリギリに町に帰り着く。
「遅かったね、心配したよ!」
トロナが、薬師ギルドの前で待っていた。
「ゴメンゴメン。まず薬草を卸してくるね」
「はいはい」
そのまま薬師ギルドに入り、何時ものカウンターへで薬草を取り出す。
「・・えっ、上級用をこんなに!? 最上級用も混じってますよ!?」
普通の冒険者では、決して採取しない程の量が積み上げられる。
その多くは、薬師ギルドの職員にお願いされた上級用であり、最上級用の素材も含まれていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、単に運が良かったか、最近採取されていなかったんだと思います」
職員の感謝の言葉に、頭をかきながら言い訳をして誤魔化す。
全ての買取を終え、屋台街へ向かう道すがら、トロナが声をかけてくる。
「なんか何時もより、時間がかかっていたみたいだけど?」
「何時もの上級とか最上級の素材の頼まれ事」
「むぅーん、あれはオプファが気にする事ないと思うよ? 絶対に無理だから」
「絶対って酷いなぁ・・。まあ、実際はそうなんだけど」
トロナの辛辣な言葉に、思わず苦笑いする。
今回簡単に見つけられたのは、セイテンが貸してくれた力のためだ。
上級ならまだしも、最上級ともなれば、なかなか見つからないし、危険な領域に踏み込む必要がある。
討伐などの依頼と合わせて、パーティが休憩の合間にちっと見つけるぐらいだ。
ソロの僕がそんな事をすれば、命が幾つあっても足りないだろう。
「上級の素材とは言え、必ず森にしかないわけじゃないでしょ?」
「そりゃ、極稀に草原だって見つかるけど・・って、もしかして?」
「そう。ちょっとだけ見つけたから、何かの足しにでもって出したんだ」
「ああ。そうしたら、これからもって言われちゃったのね」
気にかけてくれるトロナを見ながら心で思う。
トロナに嘘をつくのは嫌だが、彼女を巻き込む訳にはいかない。
セイテンの能力を隠すためには、時間稼ぎをする言い訳が必要なんだ。
そして、自分の考えをトロナに切り出す。
「でも今の自分では無理なのは分かっているから、出来るようにしようと考えているんだ」
「出来るように?って、どうやって? 何とかなるものなの?」
「一番はパーティを組む。討伐をしたくないって言う人はいると思うんだ」
「オプファみたいに? でも生活が出来ないでしょう?」
薬草採取が不人気な理由の一つが、採算性の悪さだ。
労力に対しての、報酬の低さ。
これは誰でも出来ると言う安全性との引き換えでもある。
「そこで商人として、少しでもお金を稼いで家を買おうと思っている」
「・・はぁ? 何で家が出てくるのよ!?」
「冒険者としての生活で一番の出費は、宿代と食事代だ」
「ああ、なる程。オプファの今の生活からの経験ね」
商業ギルドの受付嬢兼商人のエムファスによって、出費の改善を指南されている。
「そうそう。宿代が無ければ、薬草採取でも貯金が出来るんだよ」
「ふむふむ、もしかして、うまく行けばユニオンを設立しようかもとか思ってる?」
「そこまで大きく出来るとは、思っていないんだけど」
「でも家を買うお金はどうするつもりよ?」
尤もな質問をされるが、ちゃんと考えてある。
「薬草採取だけでは無理だけど、商業ギルドの仕事をやってみようと思うんだ」
「例えば?」
「大手商会や商人大隊の下働きに入れさせてもらって、下積みして・・」
「先なが! ずいぶんと呑気ねぇ・・」
商人になるのは、下積みという試用期間を経て、どれだけ認められるかが大きい。
のれん分けや、人脈を作るのには時間がかかるものなのだ。
勿論一発当てると言う手もあるが、非常にリスクが高い。
「まだ商業ギルドにも、薬師ギルドにも話してないから、何とも言えないんだけどね」
下積みしている事を、商業ギルドに認識させなくてはならない。
長い期間、不在になる事を薬師ギルドに伝えなくてはならない。
「まあ、がんばって。一応は応援するわよ」
トロナは心の中の思いはひた隠す。
冒険者に戻って危険な事をする訳じゃないし、夢が実現するように応援すべき。
離れ離れになるのが寂しい、って言うのはおかしな話だ。
「いや。まだ何にも決まってないから」
そんな思いを知らないオプファは、決まった事のように話すトロナに困った顔をする。
アパートメントに戻って、お茶を淹れ、一息つく。
『くっくっくっくっ・・。お見事お見事』
「何だよ、セイテン。いきなり」
『いやはや感服しているのさ。俺様の能力を使うための準備に』
「仕方ないだろう。大きすぎるんだよ、セイテンの力は」
何時ものような高笑いではなく、再び見下すかのような笑い声がする。
「何がおかしいんだ、セイテン?」
『気づかないのか?』
「どう言う事だ?」
『嘘、欺き、騙す、偽る、隠す。まるで俺様のようだぞ?』
「っ!?」
思わず手にしていたカップを床に落とし、木と木のぶつかる高い音がする。
セイテンの言葉に、心臓を鷲掴みにされたような気がした。
『流石は俺様の器だけの資質は備えていると言う事か』
「まさか・・、これを見越して・・力を?」
『馬鹿言え! そんな姑息な事する必要は無い。逆にどんどん使って欲しいぐらいなんだぞ? 折角与えてやった力なんだからな』
「そうだよね・・。ごめん」
その通りだろう。何故ならセイテンは、僕が幸福の絶頂期になる事を待っている。
ただ純粋に、セイテンのための、僕と言う器の成長を喜んでいるのだろう。




