プロローグ
【プロローグ】
非常に美しい女性・・まるで人形のように・・
誰かに創られたかのような・・、それでいて誰にも創れないような美しさ・・
ゆったりとした白い着衣を身に纏った、腰まである真っ直ぐな金髪、強い意思を感じさせる碧眼が、空中に浮かぶ何十とある透明な板の、中央にある一枚を睨み付けている。
「・・そろそろかしらねぇ」
冷淡にそう呟くと同時に、全ての透明な板が、赤い警告の文字を浮かび上がらせ点滅する。
部屋中に、けたたましいサイレンの音が鳴響く。
「うぁおぉー! タイミングぴったりじゃない」
無邪気に笑っているが、その笑みは嘲笑を含み、呆れたような呟きに聞こえる。
しばらくして女性と似たような格好をした女性が、どこからともなく現れる。
金髪は肩で切り揃えられ、碧眼には眼鏡が賭けられている。
「わが主様、大変です! 負の感情レベルが上限を突破しました。いつ魔王が発生してもおかしくありません」
「失敗したわね・・」
「もう少し早く手を打つべきでした・・」
「この警告の文字とサイレンを大人し目にすべきだったわ。目はチカチカするし、音は鳴り止まないし・・」
「・・えっ!? 何を・・仰っているのですか?」
「いや前回の時に思ったのよ。設定を変えておこうって」
自分たちの管理する世界にもたらされた危機的状況への報告に対して、全く違う感想を告げられた事に戸惑っているようだ。
「何を仰っているんですか! 魔王が発生するんですよ!?」
「分かっているわよ、そんな事・・」
「そんな事って・・」
呆然と問いかける女性に、何やらけだるげに答える。
「・・って、あなた眼鏡かけてたっけ?」
「えっ!? ええ、まあちょっとしたイメチェンでして・・ ・・・ん? じゃなくて、何も手を打たないのですか? あっ!? もしかして既に手を打たれているのですか?」
一縷の望みに賭けた女性の問いに、チラリと冷めた視線を向ける。
「何もしてないわよ? する訳ないでしょう・・」
「なっ!?」
人間を守護し、世界を管理する者の言葉とは到底思えなかったのだろう。
「な、何故・・?」
「ねぇ、私たちは今まで・・、何もしなかった?」
「そ、それは・・」
世界の管理者として、出来うる最善を行ってきたと、私は自負している。
それこそ、別の世界にある経典にある言葉の『雌鳥が翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう』と言うほどに・・
「私はこの世界を創る時に、あの方 が仰ったように、皆仲良く暮らせる世界を創ろうとしたわ」
「承知しています」
「ちょっと強制的かと思ったけど、世界の理に負の感情が高まると魔王が生まれ仕組みを取り入れたわ」
「承知しています」
「そして何度も何度も警告してきたわ。これは人が人と争わないようにするため。例え薄氷の上の平和であっても、私は良しとしたわ」
「・・その通りです」
あの方 は、人間が仲良くと言われた。
他の天使達は、強制として心や自由を奪われた存在が、人間なのかと言う意見が根強い。
ならば人間が傷つけあう世界を無すために、あくまでも警鐘としての魔王を用意した。
「それでも最初の魔王が生まれてしまった」
「・・はい」
魔王を誕生させないように、何度も何度も啓示を与えてきた。
「あの時は、慌ててたから直接干渉率も考えず勇者を与えたわ」
「そうでしたね」
世界の住人達が気づく前に、秘密裏に処理してしまった。
「二回目の時は、釘を刺されていたから、上司に頭を下げて勇者を与えさせてもらって・・。これで三度目よ?」
「そ、それは・・」
つい先日の事のように思い出される。
−Bar 堕天使−
最初の魔王が生まれ、魔王を倒せる勇者を慌てて召喚して、人間に与えた事を、二度としないようにと口酸っぱく、散々釘を刺されていた。
それでも二度目の魔王が生まれが、意を決して勇者を与える事を上司に願い出た後、上司は私をここに連れてきてくれた。
何でも、天使である私たちに、救いと助けをもたらす神秘の場所だという。
「二回目の勇者の召喚・・だったね」
「はい、そうです。私の世界の人間の負の感情が高まり、近々魔王の誕生が危惧されています」
名札に Mephistopheles と書かれた店員に、注文を伝える。
「君の世界に組み入れた、負の感情の高まりによる魔王の発生、これについては何も言う事は無い。寧ろ面白いシステムだと思っているよ」
「ありがとうございます」
「一度目は君の独断で、勇者を異世界より召喚した。これについては厳しく戒めたね」
「はい・・・。あの時は勝手に・・、申し訳ありませんでした」
直接干渉率を考えず、勝手に知り合いに頼み込んで勇者を召喚したのだ。
「『世界の初期化』・・、この一点に関してしか注意をしていなかった」
「ですので、こうやって二回目の召喚はお願いしているのです」
「ふむー・・」
上司は何やら考え込む素振りを見せ、優しく言葉をかけてくる。
「すまなかったね」
「えっ!? ど、どう言う事でしょうか!?」
「君をここまで追い詰めてしまって・・」
「追い詰める? 私がミスを犯してしまったのですから・・」
頭を下げる上司は、真摯な表情でこちらに語りかける。
「二度目の勇者召喚は許可しよう」
「あ、ありがとうございます」
「ただし条件がある」
「何でしょうか?」
居住まいを正し、上司の言葉を一言残らず聞き取ろうとする。
「今一度、勇者召喚の意味を考えて欲しい」
「それは魔王から、人間を守るためです」
「魔王を生み出すシステムは、何のためか思い出して欲しい」
「もちろん、人間が仲良く楽しく暮らせるようにです」
そう答えると上司は一度目を瞑り、再び開けると問う。
「結果は?」
「・・えっ!?」
「一度目の勇者の召喚の結果はどうだったのかな? 何故二度目の勇者召喚に至ったのかを考えたかな?」
「そ、それは・・」
私は世界の危機に囚われて、根本的な解決に至ってない事を指摘された。
「君の世界の人間を守りたいという気持ちは十分理解できる。しかし魔王と言うシステムが発動している以上、あの方 の思いとは反する世界であると考えられる」
「っ!?」
あの方 は、何よりも人間や仲良く楽しく幸せに暮らして欲しいと願っている。
「過保護・・とまでは言わないが、君は人間たちから、選択する権利を奪っていないだろうか?」
「選択する・・、権利ですか?」
「そうだ。人間たちが傷つかないように、全ての危険を取り去ってしまったら、人間たちは危険を学べるだろうか?」
「自分が導入したシステムで、人間が傷つくのを黙って見ていろと仰るのですか?」
「耐え、任せる・・と言った事も、世界管理者としての勤めだと考えるがね」
人形のように命令だけに慕う人間で良ければ・・、確かに甘やかすだけで、一から十まで助けるつもりなら、魔王と言うシステムは必要なかっただろう。
言われてみれば、魔王を生んだのは人間たちであり、確かに責任の一端は彼らにある。
上司は人間に責任の所在を明らかにして、自分達に責任を取らせるべきと言うのだ。
「先程も言ったけど、二回目の勇者召喚は承認する。しかし、その後の世界をしっかりと見定めて欲しい」
「・・分かりました」
上司の言葉に頷く。
店員も注文した物をそっと差し出しながら、優しげに笑みを浮かべて頷いてくる。
私たちは過去に二回、勇者の能力を持った存在をこの世界に与えていた。
「上司からね、私たちは過保護って言われているの。勇者の誕生の時期が早過ぎるって」
「どう言う・・事でしょうか?」
「人間たちは、魔王の存在理由を知っている?」
「・・えっ!?」
「人間たちは、勇者の存在理由を知っている?」
「・・それは」
「人間たちは、神の言葉が正しいと思っている?」
「・・・」
「人間たちは、神の存在意義を感じている? 必要としている?」
「・・分かりかねます」
人間たちが傷つくのが可哀想、可哀想で、先手先手で問題を解決してしまった。
人間たちが苦しむ前に、勇者を生み出してしまっていたのだ。
「ここいら辺で、トコトン生き地獄を味わってもらったらと思う訳よ」
「・・神の言葉を軽んじた罰である、と?」
「そう言う事ね」
人間たちは、私たちの警告が真実を知らないのだ。
これでは神の言葉を軽んじても仕方がないし、存在そのものを疑うだろう。
「あなたも知っている通り、上司から言われたのよ? 何のために勇者を召喚するのか? って」
「それは人間を魔王から守るためでは?」
「じゃあ、そもそも魔王を作った理由は?」
「人間たちが仲良く暮らすためです」
「結果は?」
「そ、それは・・」
「神たる存在を軽んじ、神の言葉を蔑ろにし、お互いがお互いを傷つけ、勇者を出しても感謝せず、勇者の存在すら気づかず、神の警告など単なる脅し、嘘だと思っているわ」
「流石にそこまでは・・」
言い過ぎ・・、かもしれないが、人間たちにはそのような節が見受けられる。
「百歩譲って私たちの事など、どうでも良いとしましょう。じゃあ人間たちは仲良く暮らしているかしら?」
「・・一部に限れば」
「じゃあそのコミュニティ同士はどうかしら?」
「仲が良かったり、争ったり・・」
自分たちの小さなコミニティだけが平和では意味がない。
そんな事、人間じゃなくても動植物、モンスターでさえやっている事だ。
「神が何もしていないと思わせる訳には行かない。神が嘘をついていると思わせる訳には行かない。神が神たる存在である事を示す必要があるわ」
「・・承知、しました」
人間たちの意識改革に、てこ入れをする時期に差しかかっているのだ。
「もうしばらくは警告を続けて頂戴。できるだけ記録に残させ、いざと言う時に反論できないほどの証拠として頂戴」
「分かりました」
人間たちの老若男女、上下の身分、職業に関係なく勧告や警告といった啓示を与え、証拠の品をわざわざ記録までするように仕向ける。
人間たちは、神は嘘つき、役立たず、いないという証明にするつもりでせっせと残してくれている。
私たち世界の管理者は、裁きの証拠として、一つ残らず管理する。
出揃った証拠を前に、最後に笑うのは神か人間か・・