8饗宴 ブラオカの騎士百人クッキング
「何人でもって言ったな下民のおっさん……それじゃあ、騎士団百人とやってもらおうか……? へへ……謝るなら今だぜ。下手したら死ぬからよぉ……」
エリート貴族騎士が、そんな“他愛も無いこと”を自信満々に言い放っていた。
我はもちろん二つ返事だ。
「雑魚が何人来ようと構わぬぞ?」
「くっ、あとで吠え面かくなよ!?」
* * * * * * * *
「ごめんオウマちゃん……。僕が余計なことをしちゃったからこんなことに……」
「なにを言っている、親友よ。我は嬉しかったぞ」
自分の責任でもあるとしょげているキザイルの頭に手をやり、我は戦場に赴く幽鬼の如く歩みを進める。
ここは、剣の試験で使われた野外訓練場。
我と、反対側に待機する騎士たち。
刃を潰した鉄の剣を獲物として、お互いが中央に向かう。
「さぁ、まずは俺様からだ」
初戦は──あのエリート貴族騎士だ。
「ほう、一番手とは度胸があるな。我の体力を削らせてから最後にくると思ったぞ」
「それじゃあ、お前が死んでて──いたぶれねーだろうが!」
エリート貴族騎士は、開始の合図も無しに踏み込んできた。
そして上段からの、全力を込めた振り下ろし。
我を力の弱い技巧タイプだと判断したのか、防御ごと潰して嬲ろうとする戦法らしい。
判断は悪くないが──。
「ふむ、いたぶるのが好きなのか?」
「なっ!?」
我は片手で鉄の剣を持ち、軽々と受け止めてみた。
相手からすれば枯れ木が岩の如くズシリと感じるのだろう。
いくら押そうとしても無駄である。
そも、つたない剛剣が通じるのはよっぽどの力量差の場合だけだ。
真なる剛剣とは、柔剣も合わせて初めて武となる。
「どれ、手本を見せてやろう」
それは二つの意味で、お手本だ。
剛剣と──魔族の本質である邪悪のいたぶり方を。
「ぐっ!?」
わざと力加減をして、相手に黙々と剣を打ち込んでいく。
エリート貴族騎士の手から剣が落ちないように、丁寧に。
限界ギリギリに手が痺れるように。
重く、速く、弾く。
鉄の剣をハンマーのように振るう。
「ひ、ひぃ!? な、なんだコイツ!?
なんで一般入隊のおっさんがこんなにつえぇんだ!?」
我が笑顔で打ち込んでいく間、勇者ステラが口を開いた。
「まったく、手合わせしてやっと力量差に気が付いたのか。
──そのオウマ殿は、私ですら一目置く方だぞ」
一歩間違われれば頭を砕かれると予感したエリート騎士は、涙と鼻水で顔面をクシャクシャにしながら叫んだ。
「こ、降参! 降参します! 降参しますからもうやめてください!」
我は、つまらんと言い放ちながら、相手に蹴りを入れて転がしてやった。
その場所はキザイルの足元だ。
奴はこちらを見てサムズアップ。
我も若者に合わせて、同じようなポーズをしてみた。恥ずかしい。
「さぁ、次はどいつだ」
──と強気に言ってみたが、勇者ステラが見ているということを忘れるところだった。
相手に合わせてギリギリの力で戦っていこう。
10人──20人──30人──。
どれもこれも、大したことの無い相手ばかりだった。
たぶん実戦経験も、本気の訓練もしていない。
此奴らは、前線の兵士たちとは大違いだ。
人間とは本来、弱者であるがそれを何かで補って魔族に立ち向かう者なのだ。
そのため普通の人間と変わらぬ騎士など雑兵以下。
無駄に高い甲冑が泣いているぞ。
誰かが鍛え直さねば我の計画も危うい。
70人程度を倒したところから、多少は骨のある騎士たちも混じってきた。
たしか、おぼっちゃまたちの上官で、前線帰りの30代だ。
さすがに実戦でも通じる動きをしている。
だが、所詮はただの騎士。
マシなだけで、特別に強いというわけではない。
我は少しだけ力を出して、それに丁度良く勝利していく。
そして──100人目。
「ひ、ひぃ!? 最後は俺かよ!?」
今までの戦いから我の力量を悟って、最後の騎士は躊躇していた。
たぶん面白半分で参加したのだろう。
100人組み手なんて滅多にあるもんでもなかろうし。
「……わりぃ、ちょっと代わってくれねぇか?」
後ろから騎士の肩を掴む大きな手。
その男は見覚えがあった。
たしか騎士団長──ライオネルだ。
赤い髪は逆立ち、硬いヒゲがアゴを覆い、体格は筋肉で膨れあがっているが、同時に俊敏な動きもできる実戦的な身体。
例えるなら獅子のような男。
平時の魔将軍に匹敵するかもしれない。
「これは騎士団長殿。このような戯れに参加なされるのですかな?」
「ふん、これが戯れなものか。またとない強者と正式にやりあえるんだ。
この退屈な王都じゃ最高の生きがいだぜ?」
……さて、どうするか。
騎士団長より強いとなったら、後の動きが面倒なことになりそうだ。
わざと負けるか……? いや、だが……。
「騎士団長ライオネル。その100人目は私も狙っていたのだがな」
「ほ~。ステラの嬢ちゃんもか。……それじゃあ、一緒にやるか」
ちょ、ちょっと待て。なんだその展開は。もしや──。
「ああ、オウマ殿なら平気だろう。私とライオネルの2人がかりでもな!」
マジか。
なんだこれ。
……落ち着いて断ろう。
「い、いや~……。我、ちょっと歳のせいか腰にきちゃって……」
「では──参る!!」
ナントォオオ!?
問答無用で打ち込んできたとかぁ!!
しかも、こいつらが使ってるのは真剣じゃないの!?
これはアレか!? もしかして魔王を2人で処理するという孔明の罠なのか!?
今後の計画のため本気を出せない我に、本気で楽しそうに撃ち込んでくる2人。
受け流すも、相手のミスリルとかそんなガチ素材の剣で、我の訓練用の鉄剣は早くも曲がってきたりしている。
たぶん折れる! 剣折れちゃう!
「これはすごい! 本当に2人を相手に、まるで計ったかのようにギリギリで耐えきっている! しなやかな柳──いや、世界樹のような、げに恐ろしき達人よ!」
「さすがオウマ殿! さすがだぁッ!」
表情と口調はすごい褒めているのだが、実際はこちらに全力で攻撃してきているのである。絶対にこいつらドSの部類だ……。
だが、どうする。
我が力を調節しているというのは、さすがにこいつらクラスとなると気が付いているらしい。
ここで長引かせるのは得策では無い。
適度な落としどころで終わらせるしかない。
すなわち、我の敗北を見せ──。
いや、この勝負で敗北すると言うことは、キザイルの名誉にも傷を付けるということだ。
それはダメだ。
つまり──。
「隙あり──!」
「もらったぁ!!」
2人がこちらの剣を折り、追撃をしかけてきていた。
こちらの両肩に一本ずつ──致命傷コースだ。
我はそれを予測しつつ、殺気を少量解放する。
剣に纏わり付かせるように。
「──ッ!?」
我たち3人の動きはピタッと止まった。
2人の剣は肩に当たる直前で寸止めされている。
そして──我の剣は。
「引き分けですね……」
「ああ……ちゃんとした武器だったら俺たちの首も飛んでいた」
折れた剣の先端に殺気を纏わせ、武人にしか理解できぬ闘気の剣の切っ先で首を薙いでいた。
簡単に説明すれば、折れてない剣のリーチだったなら相打ちだったという話だ。
* * * * * * * *
あれからキザイルが大喜びして、今後は訓練の方針を変更すると団長のお達しが出て解散となった。
「はぁ……。我、いくらキザイルのためとはいえ、やりすぎてしまったのである……」
勇者ステラの目の前であれだけのことをやってしまったのだ。
今までも、我に対して独特な視線──つまり、魔王と疑っていたであろう相手なのに。
「しばらくは目立たないようにして、勇者ステラと会わないようにせねば……」
我は部屋で猛省していた。
既にキザイルは出かけてしまっているため、我1人でお留守番だ。
彼奴といるのもいいのだが、やはり独りというのも落ち着くのである。
部屋がキザイルの私物で散らかっているので、すこし片付けておこうかな……。
エッチめな英雄譚とか転がってるし。
とりあえず巻数ごとにならべておこう。何かそこはキチンとしていないと許せないのだ。
「オウマ殿。私です、ステラです。入っていいでしょうか?」
「ッ!?」
突然の来訪者がやってきた。
先ほどのこともあるので、あまり顔を合わせたくはないのだが……!
ついでにエッチな英雄譚を並べている最中……!
おっさんで誤解されれば致命傷!
でも、立場的に断りにくいよね……。
ささっと隅っこに隠して返事をしよう。
「どうぞ、空いているので御自由に」
「では、失礼します」
扉を開けて入ってきた勇者ステラ──と、その妹のジャスティナだった。
姉の後ろに隠れながら、笑顔で手をブンブン振ってきている。
我も手を振る。
「折り入って話があるのです。オウマ殿」
「ん?」
早く本の巻数並べに戻りたいから、すぐ終わる軽い話だと助かるなぁ。
「実は私はニセモノの勇者なのです」
そういえば途中の巻数が足りてなかった。キザイルの奴はまったく──。ん?
「……え、なんだって?」
非常に面倒くさそうな話なので難聴のフリで切り抜け──られぬよね!
られぬよね、って言いにくい。