5饗宴 今のは──では無い。──だ。
気が付いたら、周辺をゴブリンたちに囲まれていた。
我は、正確には気配は察知していたのだが、あまりにも弱すぎたために自然とスルーしてしまっていたのだ。
蚊を気にする像は居まい。
「う、うわあああ!」
「すまねぇ、俺たち冒険者を追いかけてきていたみたいだ……! せっかく、あの人が逃がしてくれたってのに!」
ゴブリン程度にビクビクしているので、此奴らは駆け出しの冒険者だろうか。
我達の休憩場所に駆け込んできて、トラブルを持ち込んだ輩だ。
やはり、生半可な意識で冒険者になる者のストッパーとなっていた、ハゲ筋肉人間は正しかったようだ。
「ふっ、ゴブリン相手に、なーに怖がっちゃってんの? やはり、ここは未来の騎士団団長……いや、勇者候補キザイル様に任せてもらおうか!」
やたらと勇ましいキザイル。
だが、お約束というか何というか、根っこの性格は変わらないのでへっぴり腰でガクブルしている。
表面だけは気合い十分なようだ。
「ひ、ひぃ。まだ騎士団にすら入っていないのに、いきなり実戦かよ。王城務めなら、兵士でも安全だって聞いていたのに!」
……どうやら、キザイルの方がまだ強がりを言えるだけマシだったのかもしれない。
若い志願兵たちは、剣術の稽古はしていたが、喧嘩はしたことがないようなお坊ちゃまが多かったらしい。
試験官たちですら、剣を抜いて構えてはいるが覇気が足りず恐怖状態だ。
頑強に守られすぎた王都ならでは、といったところか。
「ギャギャッ!!」
だが、ゴブリンの集団はこちらの事情などおかまいなしのようだ。
言葉すら解さない野生のゴブリンが、固まって防御陣形を取っている我々に突っ込んでくる。
まずは一番弱い標的──幼きジャスティナだ。
「きゃっ!?」
死体から漁ってきたらしい錆びた剣が、ゴブリンによって振り下ろされる。
「させるか──!」
この集団の中で、ただ1人、鋭気を漲らせていたものがいた。
勇者ステラだ。
「ハッ!!」
奴はミスリル製の剣で、ゴブリンの錆びた剣を叩き斬り、そのまま胴体まで斬撃を届かせた。
技……というよりは、馬鹿力だ。
「魔物は死ねぇ……! 全て死ねぇ……!!」
勇者というイメージの華麗さの欠片も無い。
というか鬼気迫りすぎてて我、怖い。
「ひ、ひえぇっ! た、助けてぇー!」
視界の隅で戦っていたらしい、キザイルが救援を求めてきている。
どうやら自慢の魔剣が緊張で手からすっぽ抜けて、丸腰でゴブリンにやられそうになっているらしい。
我は仕方なく剣を抜いた。
「下がっていろ、キザイル」
「ま、マイブラザー!」
いつお前と兄弟になったのだ。
「……このくらいか? いや、こうか」
我はゴブリンの錆びた剣を、苦戦っぽく剣で受ける。
相手の剣を折ると勇者と比較されてしまうので、つば迫り合いになったところを蹴りで気絶させる。
こうすれば撃破数ともならないだろう。
ふむ、素手なら力の調整がしやすいな。
必要最低限を剣で防御して、素手で弱らせていこう。
それなら目立たない。
我、冴えてる……!
「ふっ、どうやらまともに戦えるのは私と、貴方だけらしいなぁ……! ククク……ゥフハハっ!」
勇者ステラが、ゴブリンの血で化粧された顔で、興奮した狂戦士のような口調で言ってきている。テンション怖い。ちょっと引く。
そもそも誰に向かって言っているんだ?
……我にか。状況的に、視線的に我だよね。
「い、いやぁ。我、偶然一匹倒しただけで……」
「そんなはずはない! 以前の強さを知っているぞ!」
……もしかして、魔王だと……やはりバレているのか?
いや、だが……知っている上で泳がせている理由が……なにかあるのか?
「良いだろう。だが、我はあくまで入隊志願者だ」
「そういうことにしておいてやろう。──共に行くぞ!」
魔王と勇者が共闘とはな。
少なくとも、この人間達を守るのは勇者ステラとの利害関係にはなっているはずだ。
ここは従うしか無い。
多少は目立ってしまうが、負傷者を出さない程度の働きだけはしよう。
「す、すげぇ……。あのふたり、僕たち全員をカバーしていやがる……」
言ってないで、剣を拾って戦えキザイル……。
そんなことを考えつつ、ゴブリンたちを圧倒していく我と勇者ステラ。
いや、圧倒しているように見えるが、十数人を守りながら戦うのは地味につらい。
戦いの途中で不自然に離れる一匹のゴブリンも、追うことができない。
たぶんそのゴブリンは──。
「や、やべぇ。あのゴブリンは巣の方に向かっていった! と、届け! 初級石魔術!」
初級石魔法を使えるのかこの冒険者!? と思ったが、その手から飛んでいったのは拳サイズの小さな石。勢いも投石より少しスピードがあるくらい。
どうやら『魔法』では無く……『魔術』のようだ。
詳細は省くが、魔法は上級存在が開発した界法改変で、魔術は人間が模倣した手品もどき。
──とまぁ、ストーンの魔術バージョンでは、逃げるゴブリンすら倒す事はできなかった。
「冒険者よ、もしかして巣にはまだゴブリンがいるのか?」
「……すまねぇ、駆除をしくじったからまだ大量にいる。
先輩の冒険者にいい所見せたくて、気がはやって俺が巣に突っ込んじまって……。
せっかく、あの人が逃がしてくれたっていうのに……自分が情けねぇ!!」
やはり新人の冒険者か。
我のゴブリン殲滅作戦をそのまま実行していれば、ここまでゴブリンを表に出すことはなかったはずだ。
いや、もしあのハゲ筋肉人間の冒険者だけなら……アドバイス抜きでやっても、ここまでの惨事にはならなかっただろう。
「これでラストだっ!!」
勇者ステラが最後に立っていたゴブリンを斬り捨てた。
結局、我と勇者が9割は倒した感じだ。
1割しか倒せなかった入団志願者と試験官たちは不甲斐ない。
強さ、身体が──ではない。精神が貧弱なのだ。
「さてと……我は思うのだが、このままだとまたゴブリンがやってくるぞ。途中で逃げた一匹が巣から引き連れてくるだろうからな」
「マジかよオウマちゃん! じゃ、じゃあ早く逃げないと──」
「いや、山に慣れていない我々が、ゴブリンから逃げ切れるという保証は無い。
それに下手に尾行されて、王都の街道まで引っ張っていってしまったらまた面倒なことになる」
野生の獣と一緒だ。
一度、街道を通る商人たちがウマイ獲物だと知ってしまったら、繁殖した子世代ゴブリンや、他の群れなどもやってくるかもしれない。
──と、なると。
「ようするに、今すぐゴブリンの巣が消し飛べばいいわけだな?」
「な、なにを言っているんだ……?」
我は小声で呟いた。
初級石魔法。
──流星滅殺魔群──と。
これで数十秒後、ゴブリンの巣は消し飛ぶことになるだろう。
魔族に慈悲は無い。
「ははは、オウマちゃん。これで言う通りゴブリンの巣がぶっ壊れれば、オウマちゃんってば魔王か予言者かなんじゃないの?」
……しまった。やってしまったのである。
先に巣が消し飛ぶとか言っちゃったよ、うっかり者我。
この後、すごい怪しまれてしまうではないか……ど、どどどどどうしよう。
い、いや。そうだ。
キザイルの言葉にヒントがあった!
もしやキザイル……天才か! 無意識にだろうが!
「じ、実は我! 占星術をかじっているんだよね!?」
「占星術? なんだそりゃ」
「ほ、星の動きを読めるという学門だよ!」
──ゴゴゴゴゴゴゴゴと大気が震え始めた。
「お、オウマちゃん。星の動きを読めたらどうなるの?」
──地面が揺れているのではない。
「空のさらに上から降ってくる、隕石とか色々わかっちゃうかな~。な~んて~……」
──宇宙から飛来してくる巨大な隕石が、その身を摩擦で燃やしているのが、ここまで伝わってきているのだ。
「い、隕石……? もしかして、それがゴブリンの巣に──」
「そ、そう! ゴブリンの巣に落と……──ぉちちゃうのヲぉ! 予測しちゃったんだよね!」
落としたと言ってしまいそうになったのを全力回避。
語尾が不自然に上がってしまったりだが。
「もしかして、この音は……」
音──人間界で例えるのなら、巨大な滝の音だろうか。
エネルギーがぶつかり、絶え間なく耳にやかましさを与えてくるアレだ。
それに肌がビリビリしてしまう震動と、遠くに隕石がいくつも落ちてゆくビジュアルを加えれば完成である。
「あ、アレは……極大石魔術──メテオフォール!? ……いや、それ以上だ」
「いや~。自然の力ってすごいよね。我、感心しちゃう」
今のは極大では無い。初級だ。
「うぉぉおお!? 落ちたぞ!?」
身体が飛び跳ねそうになる衝撃、耳をつんざく轟音。
木々が揺れ、大地が割れ、山の形が変わった。
ちょっとした嵐──突風や破片などがここまで飛んでくる。
「くっ、冒険者として……あの人が遺してくれたモノは忘れねぇ……」
「ああ、忘れてはならない……」
ん? 新人冒険者たちが、なにか泣き出したぞ。
「うぉぉー! 俺たちは、俺たちは偉大なる犠牲で勝利を勝ち取ったぁー!」
な、なにこの雰囲気。
……そういえば、あのハゲ筋肉人間を見ていないな。
ゴブリン討伐に名乗りをあげていたはずだ。
「あの人は、俺たちを巣から逃がすために『ここは良いから早く行け!』──と、送り出してくれたんだ……。あの漢らしい背中は生涯忘れはしねぇよ」
「結婚したばかりだったのにな……」
「奥さんになんて言えばいいんだよ……。お腹に子供がいるっていうのにさ……」
ま、まさか……。
我は恐る恐る聞いてみる。
「そ、そいつはハゲで、筋肉が付いていて、冒険者ギルド入り口に座っているやつか……?」
「ああ、その人だ。巣の中で1人足止めをしていたんだ……。本当に立派な人だった……」
「えぇ……先に言ってよぉ……」
呆然とする我に、隕石落下の衝撃で何かが飛んできた。
それはひしゃげた金属片のようだった。
「それ……奥さんがくれたっていう幸運のお守りだよな……。いつも自慢していたぜ……」
……ハゲ筋肉人間。
我の中では、お主は気高き戦士として記憶しておいた。
せめて安らかに眠るが良い……。
* * * * * * * *
数時間後。
「ふぅ、うまく衝撃に吹き飛ばされて助かったぜ」
ハゲ筋肉人間生きてた!
人間しゅごい!