4饗宴 魔王、裸見られ決闘パターンを華麗に回避
「ぜぇ……はぁ……」
「キザイルよ、顔色が悪いぞ?」
「そりゃ……ッ! そう……だろ……っ。歩きっぱなしで……疲れ……た……」
どうやら先の剣による試験は、前半戦だったらしい。
我々は今、後半サバイバル試験に来ている。
場所は、王都から南に進んだ山の中。
傾斜はそれなりにきつく、生い茂る草木が進行をジャマする。
格好は兵士の重い甲冑に、サバイバル用品一式が入った大きな背嚢を背負っている。
「お、おっさんは平気そうな顔をしてんな……。もしかしてただ者じゃ──」
ま、まずい。
もっと疲労したフリをしないといけないのか。
「い、いやぁ。実はもうすごい疲れていてな! はぁ、ふぅ、うぐぐ」
我は迫真の演技をした。
たとえるなら、鳥魔将軍グゴリオンの勘違いで薬湯ではなく、神殺蛇劇毒の溜まりにヒャッホイとダイブした時の表情だ。
あのときはさすがにまいった。身体が怠くて怠くてたまらなかった。
「ひぇ、おっさん!? 顔色が急激に悪くなってるぞ!?
ちょ、ちょっと待ってろ! 僕が何とかしてやるから! し、死ぬなよ!」
オーバーだな、キザイル……。
だが、我を心配してくれるとは案外いいやつだ。
ただの軽い貴族少年だと誤解していたようだ……。
もう、我のバカ。あのハゲ筋肉人間のときもイメージだけで判断してしまっていたし……。
「試験官! 試験官! オウマちゃんが疲れて動けないって! 休みましょうよ!
あ、僕はまったく疲れていませんけどね! オウマちゃんのため仕方なくです!
僕は! まったく! 疲れて! ません! けどねェ! ハァハァッ、カヒュッ」
後方を歩く試験官を捕まえて、キザイルはそんなことを言っている。
「そうだな。では、昼食を兼ねた休憩を入れる」
「や、やったァァア……ッ!」
……というか、これ完全にキザイルが休みたいだけじゃないのか。
* * * * * * * *
「ウェーイ! やっと昼食だぜぇ! 味気ない固形食だけど──お、おぶぇっ! オロロロロロロロロ……」
「どうしたでござるか。いや、どうしたんだ。キザイル」
そこらへんの地面に座って休む志願兵たち。
キザイルもそのひとりなのだが、どうやら此奴は昼食を食べた瞬間に口から汚い虹を噴出……致してしてしまった。
「はぁ……はぁ……。ふっ、このイケメンの僕とした事が。見苦しいところを……。
どうやら、さっき試験官に休憩を提案したところで体力のすべてを使い果たし、食事すらまともに食べられないようだ」
「そ、そうか」
人間というのは思った以上に貧弱らしい。
「あ~~~~、本来なら全然平気なんだけどなぁぁぁぁぁあああ!!
この固形食が不味いのと、僕がオウマちゃんのために勇気を振り絞って休憩具申して、体力が一気に削られちゃったのがなぁぁぁああああああああ!?」
たぶん思った以上に精神まで貧弱なのはキザイルだけかもしれない。
いくら我でも、さすがにそこまで面倒は見ていられな──。
「あれ? オウマちゃん、さっきまで歳のせいでポックリ逝っちゃいそうな顔をしていたのに、今はすごい平然そうじゃない?」
そこに気が付くとは此奴、やはり侮れないのかも知れぬ……。
今、この状態で一緒にいてはまずい予感がする。
適当に理由を付けて、休憩中はしばし独りになっておくか。
「よし、キザイルよ。ここで待っていろ。我が何か美味い物でも調達してきてやろう」
「まじで!? 感謝! 本当に感謝だってばよ!」
「サバイバル試験ということを考えると、日持ちする固形食を節約するというのも考えなければならないのでな」
「なるほどぉ、さっすがオウマちゃん! 僕の親友だよぉ、うんうん!」
いつの間にか親友にランクアップしているのか。
「んじゃ、僕は寝てるから頼んだよ! うっオロロロロロロ──」
此奴、意外と大物の器かも知れぬ……。
とりあえず、志願兵や試験官たちがいるその場から移動した。
そういえば、先ほどの登山中に……勇者ステラが付いてきていたな。
それも、今度は小さな人間のメスを連れていた。というか肩車していた。
あれは16歳の勇者ステラよりさらに小さな個体なので、我の勘によると6歳くらいだろう。
歩いてる合間にキザイルにきいたところ、どうやら勇者ステラの妹らしい。
姉の勇者と違って、無能で将来性のない妹。そう言われているとか。
人間ながら同情してしまうような酷い言われようだと思ってしまった。
……いや、魔王にあるまじき感情だ。
この街に来てから、人間に情でも移ってしまったのだろうか。
「いかん、いかん。我は目的のために人間を利用するだけなのだ」
適当に食べ物でも探して休憩時間を潰そう。
幸いなことに、この森は精霊の祝福が豊富に降り注いでいて生気に満ちている。
普通の人間だと精霊の気配に気づけないだろうがな。
王都から割と近い南の山だというのに。そういえば……南の山……何かあったような気もするが、気のせいだろう。
さて、獲物としてはウサギ辺りが手頃か?
それなら臭み消しの香草や、肉を軟らかくしたり、消化の良くなる付け合わせの山菜や果物もセットで探すか。
「ぬ……?」
というところで、勇者ステラが少し離れたところにいるという気配に気が付く。
木々に遮られて直接は見えないが、どうやら先客として来ていたらしい。
ステラが立つ場所は水源のニオイがするために、たぶん湖で身を清めているな。
穢れを嫌う精霊もいるためだろう。
「ふむ……これは誘っているのか?」
きっと隙を見せて、我が襲ってくるか試しているのだろう。
だが、魔王はそのような間違いは犯さない。
軽い英雄譚ではよく『キャーえっち! 裸を見られたから決闘よ!』というトラップが仕掛けられているらしいが、我は全力で回避だ。
まったく、この深淵の暗黒王がこんな古典的な手に引っかかるはずもなかろう!
くるりと方向を変えて、水浴びで全裸の隙だらけ勇者ステラから距離を離していく。
というところで、小さすぎる気配を察知した。
我の腰辺りまでしか背のない、小さきメスが目の前に立っていた。
「おじちゃん、もしかしてわるい人? ロリコンというやつです?」
……手に服を持って、全裸の格好で。
「おろろ!?」
我はトラップを回避できず、さらにもう十段階くらい危険な状況におちいってしまった。
確かロリコンという言葉は、人間社会で最上級のやばさで、そのレッテルを貼り付けられると殺されるらしい。さすがに殺されるのはマズイ。
とりあえず急いで、その小さなメスが持っていた服をぶんどり、無理やりに着せようとした。
……と思ったが、身体がなぜか濡れていたので最初にキレイに拭いてやった。
描写は我の名誉ためにせぬが、色々とがんばった。
「ぷぁっ。お着替え、てつだってくれてありがとうです」
「礼には及ばん」
よく見ると、この小さきメスは勇者ステラの妹ではないか。
これは下手をすると、さらに危険な状況になるかもしれない。
魔王の我が、無力と言われる勇者ステラの妹を人質に取ったとか、そんな噂が立ったら魔族的にも死んでしまう。しかも全裸だった6歳を……だ。
ここは訴えられないように、友好的に振る舞っておかねばならない。
こういうときにキザイルのフレンドリーさというか、軽さがうらやましくなる。
「はじめまして、あたしはジャスティナって言います!」
ペコリとお辞儀をしてくる小さきメス──ジャスティナ。
その髪は姉ゆずりで、やはり焼き討ちしたくなるような小麦の黄金色ツインテールだ。
一般庶民よりは上だが、貴族とまではいかない程度の簡素なドレスを着ている。
山の中では異色の服装だが、勇者ステラが肩車してピクニック気分だったのだろう。
「我の名はオウマ・ブラオカだ」
「オウマおじちゃん!」
「お、おじちゃん……」
何というか……歳を感じる呼ばれ方である。
我、まだまだナウくてチョーイケてると思うんだけどな……。
「ジャスティナと言ったな。お主は、姉のところに戻らないのか?」
「ステラお姉ちゃんの水浴びが長いから飽きちゃいました! ここらへんは魔物がいないはずだから、遠くに行かなければ遊んでていいって!」
「なるほど」
まぁ、勇者なら見知っている妹の気配くらい掴めるだろうから、山の中でも迷子にはならないだろう。
「オウマおじちゃんはなにしにきたの~?」
「我は……へばっている親友のために、元気になってもらえそうなステキなものを探しに来たんだ」
知能が低そうな人間の幼体のため、噛み砕いて説明してやった。
何となくは伝わるだろう。
そして、あまりにつまらない理由……という空気で離れてくれれば作戦成功だ。
「オウマおじちゃんは友達想いなんですね! あたしも一緒におてつだいしたいです!」
「ん? え?」
なぜこんなことに興味を持つ!?
ふわっとしている理由で、人間のために何かしてやるという愚行なのだぞ!?
い、いや……そうだ。そうだった。今の我は人間に化けているのだった。
うかつ、圧倒的うかつ……ッ! それと人間幼体の好奇心を舐めていた……ッ!
「じゃあ、いきましょ!」
「あ、ああ……」
ここで断って機嫌が悪くなったら、手のひらを返されて我は殺されるかもしれない。心臓を握られような状況で従うしか無い……。
「向こうにステキなものがありそうです!」
「お、おい。なにを……」
ジャスティナは元気に走って行く。
木々の奥に何か見えているかのように。
我の強化された知覚ですら何も反応しないので、幼体特有の気まぐれというやつだろうか?
「これ、ピカピカ光ってますよ! きっとステキなものです!」
「こ、これは……」
* * * * * * * *
「いや~。オウマちゃんが作った料理を食べたら心も体も元気になっちゃったよ!」
火をおこすための簡易的な石と土の竈をいくつか作り、休憩中の全員に軽い野外料理を振る舞った。
さすがにフルコースという量はなかったが、昼食には丁度いいだろう。
「うむ、美味いし精も付くな! 王城の料理番としてもスカウトしたいくらいだ!」
「これは……侮れん。さすがと言ったところだな」
立場の違う試験官や、勇者ステラまでもが舌鼓を打っている。少し意味深で怖いが。
「そうか、それはよかった」
あのときジャスティナが見つけたのは薬草だった。
近付くまでは我もただの薬草と思っていたが、よくよく観察すると精霊の息吹を感じられた。
驚いたことに、それは精霊に好かれ、加護を受けるという特殊な神々の薬草。
完全回復薬や不死飲料の原材料の一つとされているものだ。
人間はおろか、魔将軍クラスでも察知するのは難しいだろう。
よほど神に愛されていなければ、光って見えるはずなどないのだ。
我も遠き昔はもっと良く見えたのだが……。
とりあえず有用そうだったので、邪竜の皮膜袋にも詰め込んでおいた。
そのまま料理に入れるなら滋養強壮くらいだが、きちんと加工すれば一種でも霊薬程度となろう。
「ふぅ~、食べて元気になったら眠たくなってきちまったぁ」
「おいおい、キザイル。サバイバル訓練中なのに寝るというのか……いくらなんでも……」
「ははは、冗談だって。それに本当に寝ても、ここ──南の山は魔物が出ないって話しだしな!」
南の山……魔物……。
何か記憶にあるような……。
あ、確かハゲ筋肉人間が言っていた──。
「た、大変だ!! 試験は中止だ!! 大量のゴブリンが攻めてくるぞ!!」
魔王、思い出した。冒険者ギルドの一件を。
ゴブリンの巣が先日できたって言ってたな……南の山。