幕間 男が前に進むとき
※三人称視点。
キザイル・マクドゥガルは爽やかな朝日をあびていた。
大きなリュックに野営用の道具や、食料一式──それと希望を詰め込んで。
「ん~。天気は快晴、格好よく旅にでるには丁度いいタイミングだ」
オウマにも、ステラにも、誰にも言わずに王都を出立した。
振り返れば故郷の景色。
今日、そこから旅に出て、自分をイチから鍛え直すと決心したのだ。
「おーい! 待て、ちょっと待て!」
「ん? あれは……」
王都の門から走ってきたのは、団長のライオネルだ。
全力疾走に近いスピードだが、さすがの基礎体力で息を切らせてはいない。
「やっと追いついたぞ、キザイル。誰にも言わずに行っちまうのか?」
「ええ、気を遣わせちゃいますからね」
キザイルはいつもと変わらず、ライオネルとの一件などなかったかのように笑った。
二人は似ていた。
力を求め、力を得ようとして、力に飲み込まれた。
そして最後の一線をオウマに助けられた。
「その……なんだ。悪かったな」
「何がですか? 団長?」
「いや、元は俺が“渇望の剣”に魅入られちまったからで……」
「あっはは、そんなことは気にしてませんよ。むしろ、あの剣を修復して、使いこなしてやりますよ。……そう、今まで以上にね。ククク」
キザイルは──ニィっと悪意ある笑みを浮かべた。
ビクッとするライオネル。
「き、キザイル……。もしかしてお前、まさか……! まだ操られていて、竜殺しの枢機卿として……!?」
「あ、冗談です。じょーだん」
「む、むぅ。そうか。驚かすな。──いや、だが、あの剣自体はどこに行ったんだろうな。行方不明のままだろう」
「それなら折れて、この背嚢の中に入ってますよ?」
「なっ!?」
キザイルは折れた剣を取り出した。
赤黒い刀身の聖剣。
「お、おいキザイル!? 折れたとはいえ、そんな気軽に持ったら!?」
「うん、剣の意思が伝わってきますね。──でも大丈夫。なぜかあれから、剣の声が聞こえても冷静でいられるんです」
「なんだと?」
「ホントなんででしょうね。力を求めているのは今も一緒なのに、とても暖かい気持ちでいられるんです」
その早朝の清々しさ似た笑顔のキザイル。
ライオネルは何かに気が付いたかのように、フッと破顔した。
「そうか、もしかしたら俺に足りなかったものを……見つけられたのかもしれねぇな」
「そうかもしれません」
「は~あ、若いっていいねぇ」
「団長もまだ若いでしょう?」
「ばーか、ガキンチョに抜かされるのはあっという間って気が付いたら、それはもう若くねぇんだよ」
ライオネルは憑き物が落ちて、満ち足りたような表情をしていた。
「おめぇが帰ってきて、それなりに強くなっていたら、まぁ、なんだ。団長の座をゆずってやることも考えておいてやらぁ」
「はい、それなりにがんばってきます」
「おう、それなりにがんばってこい!」
バシッと背中を押された。
キザイルは深々と最後のお辞儀をしてから、リュックを背負い直して進んだ。
一歩一歩、今度は誰かの声に操られることなく、強くなるために自分の足で。
──と、しばらく行ったところ。
木陰に誰かが背を預けていた。
200センチの長身、痩せ形、切りそろえられた金色の髪。
それは──。
「マギウィル兄ちゃん……」
「偶然だな、キザイル」
顔を少しだけ動かし、冷たく鋭い眼光で睨んできた人物──マギウィル・マクドゥガル。
この世界に数人しかいない人類上位の存在、魔法使い。
キザイルの兄である。
「偶然ついでに言っておくぞ、キザイル。引き返せ、そして教会の庇護下に入るか、剣を返却しろ」
「……っ」
キザイルは、ヘビに睨まれたカエルの気分だった。
目の前の相手が魔法使いという超常の存在というのもあったが、生まれた時から、いつも自らの上にいる“兄”という部分が苦手なのである。
だが決して、不仲という意味ではない。
そういう複雑で微妙な兄弟関係なのだ。
「僕は……」
「私は無駄口が嫌いだ。時間が惜しい、早く決断しろ」
「僕は──」
しかし──。
「剣も渡さないし、教会にも属さない。自分の足で進み、誰かを助けられる強さを得るために前線で修行をするんだ……ッ!」
キザイルは身をすくめながらも、自身の意思を主張した。
始めて兄に反抗したのかも知れない。
それに対してマギウィルは、眉をぴくりと動かした。
例え魔王がいたとしても冷静さをかかない存在が。
眉を動かしたのだ。
「そうか……」
「だ、だからマギウィル兄ちゃん、僕は──」
「それなら死ぬなよ。母さんの墓参りに行けなくなるからな」
キザイルは唖然としていた。
始めて、兄の判断が覆されたところを見たからだ。
いつだって兄は正しかった。
正しくないことは言わない。
それは──違ったのだ。
「良き友を持ったな、キザイル」
風の音に紛れて、そんな声が聞こえた気がした。
マギウィル・マクドゥガルは、木に立て掛けてあった“オリハルコンの聖杖”を手に取り、しずかに去っていった。
「ふぇ……」
キザイルはその背が見えなくなった瞬間、力が抜けてへたり込んでしまった。
なさけないのだが、言葉一つでも全力を尽くさないと聞き届けてもらえないと思っていたからだ。
緊張しすぎた。
ひどく喉が渇いた感じがしたので、リュックに入っている水を飲んでから旅立とうと思った。
「そういえば旅立つことは、マギウィル兄ちゃんだけじゃなく、オウマちゃんにも言ってなかったなぁ……」
リュックの中の水筒はどこだとガサゴソと探ったのだが、違和感があった。
「……あれ? 入れた覚えのないものが入ってる」
いつの間にか四角い箱が入っていた。
それは王都で何度か見たことがあった。
あの懐かしい、狭くきたない兵舎の相部屋で、その住人の持ち物として。
「これ、オウマちゃんの弁当箱だ」
一枚のメモと一緒だった。
『風邪をひかないように気を付けるのである』
相変わらずの親友に思わず笑みが漏れてしまった。
なんか嬉しくなってしまったので、いつものようにゆるーく、弁当でも食べてから出発することにした。
※次回から四年後の三章です。




